第七十七話「五清将の臨御」
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五清将揃い踏み。
大修道院とも称されるクリンゲルヴァルド中央に位置するクリンゲルヴァルド修道院。
厳粛にして壮大なこの修道院には特徴的な二つの塔が存在する。
一つは修道院内の幹部が重要な会議に使用する調律の間を頂点に頂く調律塔。
もう一つはかの地に拘留された虜囚が処刑執行の日までを過ごす改悛塔、いずれもクリンゲルヴァルド修道院のシンボルと呼ぶべき建築物だ。
さて、未だ太陽が東の空に登り切っていないような早い時間帯、使われることが少ないこの調律の間に三人の人物が集められている。
「こんな朝早くになんでしょうか?」
広々とした円筒形の部屋に、これまた丸を描く形で並べられた会議用の席に座りながら、クリスティア・カラレスは微かに顔をしかめた。
「出来るならあの化狐から一秒でも目を逸らしたくはないのですが……?」
「まあ、待てクリス」
不機嫌な様子を一切隠そうともしないクリスティアを制したのは魔族特有の青い肌をした女性。
額から生える二本の角にその身には東洋風の重い鎧と肉食獣の毛皮。
鍛え抜かれた肉体に裏付けられたその気運は戦鬼と呼ぶに相応しい猛々しいものである。
彼女の名は椿鬼、五清将の地位にあってエルメラ最強格の名前を欲しいままにしている神官将の一人だ。
「……クリンゲルヴァルドにいる五清将を全員招集したのだから、相当な事態が起きたのだろう?」
椿鬼の言葉にふんぞり返るようにして席に座っていた神官将は微かに鼻を鳴らす。
「そうでなきゃこんな時間にあんたらを招集したりなんてしないわよ」
憮然とした態度の女性は透き通るような白い肌にエルフを思わせる尖った耳を備えた蕃神族の女性だ。
青い胸甲と丈の長い前掛けのみという露出過多ないで立ちであり、神官将らしく鍛え抜かれた腹筋やそれを彩る蝶のヘソピアスと、身体の大半を惜しげもなく晒している。
さすがにルドヴィカ・ウォルキアほどではないが、それでもエルメラ人の神官将としては相当露出度の高い服装をした女性だ。
ミディアン・ヴァルナー、五清将の一員にして総長の地位にいる人物である。
彼女は会議室全体を見渡し、自分含めてまだ三人しかいないことを確認すると小さく舌打ちした。
「で? あの娘は?」
呼び出したのはクリンゲルヴァルドにいる全ての五清将。
現在この地にいないアイオナを除けば、ここに集うのは四人になるはずである。
それが定刻になっても一人、しかもミディアンの気に食わない人間が遅れているため、イライラが抑えられないのだ。
そんな彼女を見て、椿鬼は諭すような口調で静かに口を開く。
「郊外の斥候中に呼び出したのだ、多少の遅刻は大目に……」
「はわわわわわ、失礼します!」
椿鬼が何事かを話そうとしたその刹那、会議室の扉が開いて一人の少女が駆け込んできた。
「すいません! 遅れちゃいました!」
四人目となる五清将もまた椿鬼と同じ青い肌の魔族である。
その四肢は硬い外骨格で覆われ、質素な上衣に桜が散る様子を描いた袴、腰には日本刀と女剣士と言う呼び名がしっくりきそうな少女だ
遅れた背景をよく知る椿鬼と特段興味のないクリスティアは何も言わなかったが、先ほどからイライラと奥歯を噛み締めていたミディアンは辛抱ならないとばかりに怒声を上げる。
「遅い! さっさと席に着きな尸道草」
とんでもない大声でどやされ、四人目の五清将、尸道草は慌てた様子で指定された席に着いた。
「……それじゃ、早速始めましょう」
草が席に着いたことを確認すると、ミディアンは時間がもったいないとばかりに即座に口を開く。
「昨晩かの者、久坂杏一郎の郎党がクリンゲルヴァルドにて確認されたわ」
「はわわわわわ、ほ、本当に久坂さんが……?」
久坂杏一郎と言う名前を聞いて、草は大きく肩を跳ねさせた。
彼女は以前シャダ・ウォルキアの命で秋隆の実力を測るために捕獲した鬼紋獣をけしかけたことがある。
その時見せた強大な力がこちらに向くとなれば、動揺するのも致し方ない。
「ほう、早かったな」
一方の椿鬼は好戦的な笑みを浮かべると、感心したように何度も頷いて見せた。
「海路と陸路の封鎖を突破し、この短期間でエテメンアンキからクリンゲルヴァルドまで来るとは、どんな裏技を使ったのやら……」
「感心している場合じゃないわよ!」
椿鬼の反応に顔を真っ赤にしながら机を叩くミディアン。
「相手は反逆者なのよ? もっと本腰を入れて……」
「……別に大した問題ではありません」
熱くなった心を冷やすような冷淡極まりないクリスティアの言葉。
彼女は緩やかな動作で席から立ち上がり、冷たい瞳でミディアンを見下ろす。
「私たち五清将が集められたのは最初からそのため、神聖なクリンゲルヴァルドに侵入した愚かな羽虫どもの駆除です」
それだけ告げるとクリスティアは、もう話は終わりとばかりに席を立ち、会議室の出口に足を向けた。
そんな彼女の行動を見て、慌てた様子でミディアンは声をかける。
「どこへいくつもり?」
「話がそれだけならあの化狐の監視に戻ります。何をやらかすのか不安でならないので」
化狐、翠明院陽華は極めて狡猾にして胡乱な策謀家として知られた人物。
そのような魔族から一瞬でも目を離すことがどれだけ危険な行為かクリスティアはよくわかっているのだ。
「待ちなさいクリスティア・カラレス! 反逆者が確認された以上、私の命令に従ってもらうわよ?」
「私に羽虫の駆除をしろと? 別に構いませんが、その間あの化狐の監視は誰がするのですか?」
クリスティアの正論に一瞬だけミディアンは口ごもったが、すぐさま口を開く。
「この私が各所に指示を出しながら行うわ」
「……まあ、あれを責任もって監視してくれると言うのならば、別になんでも構いませんが」
射抜くような鋭い瞳のクリスティア、まだ何か言いたいことがあるのかその場を動く気配はない。
「と言うことは総長殿」
そんな彼女の内面を察したのか、見た目に相応しい覇気の籠った声で椿鬼はミディアンに疑問を投げかけた。
「久坂と翠明院のことに関しては総長殿が全責任を負うということか?」
指揮を執るということはその件に関して全責任を負うということ。
クリスティアがここまで陽華のことに気を回しているのも、修道院長という立場上、もしクリンゲルヴァルドからの脱走を許そうものならば自分の責任問題に発展することが目に見えているからと言う事情もある。
もっとも彼女の場合は元老院から託された主命である以上、全力で果たそうというある種の使命感によるものが大きいのだが……。
「はあ? クリンゲルヴァルドで起きたことはクリスティアの責任でしょう?」
一方こちらにはそのような使命感はないのか、とんでもない言葉を発するミディアン。
「話になりません」
責任を負うどころか好き勝手やってそのツケを他者に押し付けんとする言動、それを目の当たりにしてクリスティアは心底軽蔑するような冷たい視線をミディアンに向けた。
「やはりあの化狐は私が監視した方が良さそうですね」
「ちっ! それなら責任は全て私が負うわよ」
クリスティアの視線に耐えかねたのか、イライラと頭を掻きながらミディアンは投げやり気味にそう告げる。
「本気か?」
自ら責任を負うことを決めたミディアンを意外そうに眺めつつ、椿鬼は微かに眉根を寄せた。
「万一があった場合総長や五清将の罷免だけでなく、神官将の地位すら危うくなるかもしれんが……」
「これだけ粒が揃ってればあんなクソオスとその郎党なんて、どうとでもなるでしょ」
ミディアンが言うように現在クリンゲルヴァルドに集まっている兵力はエルメラ全体を見渡しても例を見ないほど強大なもの。
普通に考えれば陽華の奪還はおろか、市街で騒ぎを起こすことすら難しいかもしれない。
「……そこまで言うなら場合によっては私も羽虫の駆除に参加します」
深いため息をついてミディアンから目を逸らすと、クリスティアは空いていた席に腰を下ろす。
「とにかくまずは予定通り処刑を行えるようにすること、市街地には戒厳令を出して神官将に哨戒させることにするわ」
「じゃ、オレ達は手はず通り各地域の陣頭指揮を執りつつ、警戒に当たるとしようか」
ミディアンの言葉に頷くと、椿鬼はすぐさま立ち上がりその巨体を伸ばした。
戦地にいるにも関わらずその表情は綻び、なんとも楽しそうに笑みを浮かべている。
「……(トウアを倒すような相手か、久方ぶりに楽しめそうだぜ)」
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「禁軍だらけか……!」
クリンゲルヴァルト市街、一分おきに増える禁軍兵士の追撃に、秋隆はその表情に険しいものを滲ませつつ、大通りを走る。
ナルカ・ヴァルナーを撃破し、首尾よく夜の闇に紛れてクリンゲルヴァルトの市街地に侵入できたものの、ほどなくして侵入がバレたらしく、街の通りはたちまち禁軍の兵卒であふれてしまった。
そのような状況で隠れることが出来るわけもなく、こうして四方八方から迫る禁軍を必死でかわしているといわけである。
「これでは翠明院陽華を奪還するばかりか、逸れた二人を探すことすら困難ですわね」
秋隆の後ろにピッタリと張り付くように追随する凍子の表情は相変わらず涼やかなもの、この程度の運動では疲労すら感じないらしい。
「……おまけに、各地に強力な理気使い、中にはアイオナ・イグナウスに勝るとも劣らない気配を感じますわ」
「アイオナクラス、まず間違いなく五清将でしょう」
神官将を倒すための神官将である五清将、ついに彼女らも秋隆討伐に動き出したらしい。
「……アイオナクラスが四人となると、さすがに分が悪いですね」
秋隆と凍子が死力を尽くして戦えば五清将を退けることは可能であろう。
しかしそれが四人もいるとなればどこかのタイミングで力尽き、押し切られることになるのは想像するに難しくはない。
さて、どうしたものかと秋隆が考えていると、突如として彼の第六感が警報を発した。
「むっ!」
続いて前方数百メートル先が一瞬キラッと光り、次の瞬間、紫色の稲妻が空間を走り抜ける。
「っ!」
即座に秋隆は鼈甲霊亀を引き抜くとともに刀身に理気を纏い一閃、これを霧散させた。
「きゃははははは……!」
稲妻が飛来した方向から聞こえる高笑い、心底戦いを楽しむような、そんな声である。
「やっぱハンパじゃないじゃないの、久坂杏一郎!」
「そなたは……?」
「叙任式の日にルイズの奴から話しを聞いて、ずっと話しがしてみたかったのよ」
やや軽薄な笑い声に少女らしい無邪気な気運、秋隆の前に雷光纏う神官将がその姿を現した。
五清将
アイオナ・イグナウス
クリスティア・カラレス
椿鬼
尸道草
ミディアン・ヴァルナー




