第七十六話「四神官蟄居」
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生きていた方々。
エテメンアンキ辺境、桔梗湖畔からさらに離れた場所に存在する山岳地帯。
元老院やエルム教の力が強いこの地にあって、その立地の悪さからほとんど誰にも顧みられることがない辺鄙な場所だ。
そんな場所であるが、文明の痕跡が全く何もないというわけでもなく、まばらに建つ形でいくつかの山荘が存在する。
「……暇ね」
辺鄙な山岳地帯の中でも一際山奥に位置する山荘、王侯貴族が住まうような豪華な調度品の並ぶその居間から鬱蒼とした森を眺めつつ、ウォルキアの大神官、シャダ・ウォルキアはそう呟いた。
「一体いつまでこんな辺鄙な場所に閉じ込められてなきゃいけないのかしら?」
イライラした口調を隠そうともせずにシャダは自分と同じようにこの空間に存在する三人の同胞に視線を向けた。
「……アウグスタの言葉を借りるなら我々の安全が確保されるまで、でしょうか?」
シャダの言葉に答えたのはトルキオの大神官にしてエルム教内の神官を統括する役目も持つ神官長、カークス・トルキオ。
こちらは苛立った様子こそ見せていないものの、疲れた表情でソファに腰かけている。
「で? 確保させるまで一体どの程度の時間がかかるっていうんだよ?」
ドスドスと大きな足音を響かせながら部屋の中を行ったり来たりしていた大神官はその大柄な見た目に相応しい大声でカークスに問いかけた。
鼻の辺りを両断する形で傷跡が残るこの猛々しい見た目の人物はジドス・エメルス、北方の領域、エメルスの大神官である。
「それは私にもわかりませんが……」
「大体なんだってこんなことになったってんだよ!?」
いよいよ我慢しきれなくなったのか踏み抜くような力で床を蹴飛ばすと、部屋の隅で一言も話さずに本を読む人物に目を向けた。
「……私たちが乗るはずだった船が、何者かによって爆破されたから」
本から目を上げることすらせずに、四人目となるその神官は静かな口調で言葉を紡ぐ。
「ジドス、あんまり大声を出さないで、仕事が溜まってイライラしてるのは、ここにいるみんな同じだから」
幼子を諭すような言葉にジドスは少しばかり冷静さを取り戻したらしく、深いため息をついた。
「わかってるよそんなこと……!」
イライラしながらも他者からの言葉を素直に聞き入れる辺り、ジドスもまた大神官に相応しい人間性を有していると言えよう。
彼女を諫めたのは南方クリシアから来たガーラ・クリシア、シャダの娘であるルドヴィカ・ウォルキアの師匠でもある大神官だ。
このような辺鄙な山荘にエルム教団、どころかエルメラ神聖国の中でも最高位に近い四人の大神官が集められているのは先日発生した大神官の暗殺事件に起因する。
彼女らのうち神官長以外の四人の大神官は予定通りそれぞれの任地に帰る予定だったのだが、直前になって元老院の名前で出航を取りやめられた。
何が何やらわからないものの、なんらかの不手際があったとのことでこのままでは出航できないという。
やむなく荷物だけ任地に送ることにして、三人は事情を聴くために元老院に向かうことになった。
三人が乗る予定だった船が洋上で爆破されたのはそれからほどなくしてからのことである。
結果、暗殺未遂に遭った三人は世間的には死んだことにされ、彼女らにカークスを加えた四神官は、安全のためと言う名目で人里離れた場所にある山荘に押し込められたというわけだ。
犯罪者でもなんでもないため屋敷内の移動こそ認められているが、外出を禁じられたまますでに一週間。
押し込められた四人がピリピリし始めるのも致し方ないだろう。
「どこにいくの?」
無言で居間から出ようとするジドスを引き留めるように声をかけるシャダ。
「ひと眠りだ。寝てればイライラしないで済む分まだマシってもんだ」
ジドスが居間の扉に手をかけたその瞬間、何者かが外側から戸を叩いた。
「失礼いたします。大神官諸氏」
ほどなくして姿を見せたのは白い肌に尖った耳と蕃神族の特徴を持つ女性。
「お前は確か、アウグスタんとこの……」
「グレーン、グレーン・マグラマですジドス様」
人の顔と名前を思い出すことが苦手なジドスが口を開くのを待たず、自ら名乗る蕃神族、グレーン・マグラム。
神官将の叙任式や、その後のパーティでもアウグスタのすぐ近くにいた人物である。
彼女の顔を見るなり、シャダは不機嫌そうに鼻を鳴らした。
「ふん、アウグスタの郎党が来たってことは、多少は事態が動いたと考えて良いのかしら?」
「はい、此度の襲撃事件を目論んだ首謀者を捕え、トルキオに移送いたしました」
グレーンの口から出てきた単語に、先ほどまで気だるい雰囲気の漂っていた居間を緊迫した空気が支配した。
「トルキオ、と言うことは……」
本から目を上げ、ちらっとガーラがカークスを一瞥すると、彼女は一度だけ唇を舐め、慎重な声音で口を開く。
「クリンゲルヴァルド、と言うことですか?」
「はい、近々処刑されることになるかと思われます」
「近々? 裁判や捜査は済んだのですか?」
「無論にございます。かなり速足ではありますが、全て法に則って粛々と進めさせていただいています」
速足どころの騒ぎではない、これはあまりにも早すぎるとカークスは直感的に感じた。
「こんな重大な事件を、速足に解決しようとする理由は?」
どうやらそれは彼女だけではなかったようで、ガーラもまたうっすらと目を細めつつ、グレーンに質問を投げかける。
「無論エルメラのためでございますよガーラ様、大神官様方の命を狙った不届き者の一派は早晩公開処刑にしてしかるべきでございます」
言わんとすることはなんとなく理解できるが、それにしてもあまりに不自然なことが多い。
「……一応そっちの事情は分かったわ」
相変わらず不機嫌な胸の内を隠そうともせずに腕を組み、シャダは核心に迫る真実をグレーンに尋ねた。
「それで私たちを爆殺しようとしたのはどこのどいつ?」
「はい、元老院議員で妖魔王、翠明院陽華殿でございます」
予想だにしなかった名前がいきなり飛び出してきたため、シャダ含む四人の大神官は言葉を失う。
「……もう一度」
念のためガーラが聞き返してみたもののグレーンの口から出てくる名前が変わることはない。
「翠明院陽華殿です」
「いやいや、何かの間違いだろ!」
堪らずジドスが声を上げたが、グレーンは彼女を一瞥したのみでそれ以上の反応は何も示さず、そのまま何事もなかったかのように説明を続けた。
「すでに妖魔王に近しい者たちの中でも主だったる者たちは軒並み拘束し、トルキオでの公開処刑の後はエメルス北方の流刑地に流すこととなっています」
まだ何か言おうと口を開いたジドス、しかしカークスは彼女を目で抑えるとすぐさま口を開く。
「……では私たちが外に出るのはある程度の結末を見てからということですか?」
「そういうことになります」
カークスの言葉に短く応じるグレーン。言葉遣いこそ丁寧なものだが、要するにこちらの都合がよくなるまでは軟禁するということだ。
「承りました。宰相殿にもよしなにお伝えください」
「はい、それでは失礼いたします」
恭しく一礼し、グレーンが居間から出ると、しばしの間その場を陰鬱な沈黙が支配する。
やがて音もなくシャダが扉に近づき、外側に誰もいないことを確認すると、囁くような小声で口を開いた。
「……どう思う?」
「きな臭い、しかも相当に……」
「ええ、元老院、いえ官僚や禁軍も大半が影響下にあると見て間違いないでしょう」
ガーラとカークスはシャダが言わんとすることを即座に察したらしく小さな声で意見を交わし始めたが、一人取り残される形となったジドスは何が何やらわからずに首を傾げる。
「んん? なんだなんだ? どういうことだよ?」
「恐らく私たちの暗殺を演出したのはアウグスタ・ルベルムでしょう」
ジドスの質問を受けて即座に答えたのはカークス。決定的なことがわかるまで明言を避ける傾向にある彼女にしては、推論の段階でここまではっきり結論を口にするのは珍しいことだ。
「は? え?」
混乱のあまり、しばし顔を青くしたり赤くしたりしていたジドスだったが数秒後には顔を赤く染めてカークスに詰め寄る。
「あ、あいつがオレ様たちを殺そうとしたってのか!?」
とんでもなく恐ろしい顔、それこそ今この場にアウグスタがいれば即座に命を奪いそうな表情だ。
「……殺すつもりはなかった。だから元老院に手を回して、私たちの出発を遅らせた」
カークスが口を開く前に、いつの間にやらジドスのすぐ近くに来ていたガーラが情報の補足を行う。
「あいつの目的は、暗殺事件が起きたという事実を作ること」
「は?????」
いよいよ混乱の極みに陥り、頭の上に無数のはてなマークを浮かべ始めたジドスを見て、カークスは小さく息を吐いた。
「要するに暗殺事件の主犯として翠明院陽華と久坂杏一郎の命を奪うことが目的なのでしょう」
「い、いや、なんだってそんな……」
「鬼紋獣が減ることが面白くないから、他にもヴァルナー領との兼ね合いとか、色々理由はありそうだけどね」
シャダの言葉にジドスは先日の会議でアウグスタが異常なほどに鬼紋獣の生息域にこだわっていたことを思い出す。
「鬼紋王の討伐を成功させた久坂杏一郎とその手引きをした翠明院陽華を始末するってとこでしょうね」
「け、けどよ、そこまでするかな?」
一通りシャダの説明を聞いて一応ここまでの流れについては理解できたようだが、まだ納得しきれていないらしくジドスはカークスに視線を向ける。
「事が露見したらアウグスタの奴もただじゃすまないのに、なんだってこんな強引なことを……?」
「ええ、そこがわからないところです」
ジドスの言葉にカークスは困ったような苦笑を浮かべた。
状況から考えてアウグスタが秋隆と陽華を始末したがっていることも、そのための大義名分として暗殺未遂を行ったのはほぼ間違いないだろう。
しかしなんのためにそこまでして秋隆の命を奪おうとしているのか、奪うにしても何故ここまで急ぐ必要があるのか、そこがわからない。
「……(なんにせよこの一件、相当根が深そうですね)」
どのみち当分こちらから動くことは出来ない、カークスは一旦思考を止めると天井を見上げた。




