第七十二話「桔梗湖畔の血闘」
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エルメラ頂上対決
理力剣をその身に受け焼滅する他ないと思われた秋隆であったが、必殺の一撃を受けてもなお五体満足のままその場に立っていた。
「えっ!?」
あまりにも予想外の展開に呆然と立ち尽くすアイオナの鼻先を何とも言えない麗しい花の香りが漂う。
「片手であってもこのくらいのことは出来るらしい」
軽い調子で秋隆が翳していたのは空間に固定された右手ではなく左手、その掌には一輪の蓮の花。アイオナの放った理力剣を瞬時に理気へと変換、全て吸収し無力化したのだ。
「そんな力が……?」
「調査不足であったな」
役目を終えて蓮の花が散華するのを横目に、アイオナはもう一度と言わんばかりに大鎌を振り上げる。
「でも、動けないことに変わりはないでしょう?」
「その通り、この状態ではひっくり返された亀も同然と言うわけだ」
あの蓮の花が防御出来るのはあくまでも理気由来の攻撃のみ、ならば直接大鎌で斬ってしまえば良いだけのことだ。
初撃は防げても追い込まれたことに変わりはない秋隆、しかしその表情には一切焦りらしきものがない。
「もっとも、何の手立てがないと言うわけではないがな」
瞬間秋隆の右手に握られていた鼈甲霊亀が宙を舞い、アイオナに襲い掛かる。
「っ!」
理法念力による遠隔操作、即座にアイオナは地を蹴り攻撃を躱した。
だがこれはあくまでも牽制目的、彼女が鼈甲霊亀の攻撃を躱すために距離を開けた瞬間、秋隆は右手に理気を収束させる。
直後、秋隆の右ひじから先がゴツゴツした樹皮に覆われ、そこから幾重もの木の幹が飛び出した。
「右腕を……?!」
慄くアイオナの前で完全に木の幹と化した右腕から肘を引き抜く。
すると新たに出現した樹木のみが空間に残り、秋隆の右腕は元の人間のものに戻った状態で拘束から解放されていた。
「ふむ、どうやら外れたらしい」
何度か右手の指を開閉して調子を確かめると、秋隆は遠隔操作したままであった鼈甲霊亀を回収する。
「動けるようになったのならば、もう一度止めてしまえば良いだけのこと!」
大鎌を振り上げ再び不可視の理気を放つアイオナであったが、秋隆は瞬時に理気を集中、地中から巨大な竹の壁を召喚した。
「っ!」
「いくつかわかったことがある」
アイオナの理気が完全に遮断されたことを確認すると、秋隆は念力を用いて壁の移動を試みる。
しかし壁はピクリとも動かず、先ほど秋隆の右腕が拘束されていたのと同様、まるで空間に貼り付けられたかのような状態になっていた。
動かすことが全くできないということを確認すると壁を理気に変換、周囲に霧散させ、臨戦態勢のままアイオナに視線を向ける。
「アイオナ、そなたはどこにでも行けるわけでも、無差別に動きを止められるわけでもないな?」
「っ!」
核心を突いた秋隆の言葉に驚愕から思わず両目を見開くアイオナ。
「恐らく能力が行使できるのは最大でもそちらの理気で触れられる範囲」
これまで確認できた限りでは十メートル程度が最長距離だが、実際のところはもっと広い範囲で能力の行使が出来ると考えておいた方が良い。
「そして、瞬間移動も空間の固定も最低一度は理気が対象に触れていなければ発動出来ない、違うか?」
「……違わない」
やや硬い表情でアイオナは右手に理気を集中、よく目を凝らしてみると彼女の右掌の中で限りなく透明に近い半透明の液体が渦を巻いているのが見て取れた。
「見た目的には完全に隠せていたと思うけど……」
「生来気配を読むことについてはちょっとしたもの、強力な理気であれば尚のこと、な」
強力な理気を用いた技はどれほど巧妙に隠せたとしても必ず何らかの痕跡を残す。
理気の流れを読むことに長けた秋隆のような人間から見ればなおのこと発見しやすいということだ。
「なるほど、男性のみでありながら神官将を拝命するだけのことはあるってわけ、でも……」
瞬間、アイオナは先ほどとは比較にならないほど多量の理気を収束、現象を発現させる。
あまりの密度に彼女の周囲には陽炎のようなものが立ち上り、さしものアイオナも額に汗を滲ませるほどだ。
「……躱せるかどうかは別問題、でしょう?」
アイオナの下知とともに秋隆目掛けて殺到する現象。その規模、密度ともに先ほどまでの比ではない。
その正体は依然不明なままだが、もしも当たれば先ほどと同様空間に縫い付けられてしまうのは間違いない。
しかし秋隆は視覚ではなく理気を用いてアイオナの現象攻撃を認識、最低限の動きでもって攻撃を躱す。
「っ!」
ほぼ認識可能範囲全体にまで広げた現象を躱されてしまい、アイオナは思わず言葉を失った。
「残念だったな、同じ技が通用するほど私は単調な相手ではない」
「面倒……!」
すぐさま次弾装填のために理気を収束させるアイオナであったが、そんなことを許すような秋隆ではない。
「では、今度は私の手番だな?」
「っ!」
直後理気による警告とともにアイオナは理気を解放して現象を顕現、瞬間移動を用いて後方に逃れる。
すると先ほどまで彼女が立っていた位置からいくつもの木の幹が飛び出し、次の瞬間には巨大な樹木へと変貌した。
「……さすがに良い勘をしているらしい」
微かに舌を丸めながらも秋隆は周囲に理気を拡散、アイオナを包囲するかのように樹木を伸ばす。
「なんて強力な現象! でも……!」
四方八方を包囲されながらもアイオナは不敵な笑みを浮かべると、樹木を追い越す形で遥か上空に理気を放った。
「むっ!」
「当たらなければ問題にならないわ」
現象を使って、それなりの高度に瞬間移動したアイオナは周囲に理気を放ち、まるで透明の足場でもあるかのように空中を蹴ると、秋隆に向かって急降下を仕掛ける。
「空中を蹴ったのか!?」
相変わらず正体の見えない現象、しかし相当小回りの利く能力に秋隆は内心舌を巻いた。
「はあああああああああああああ……!」
理気纏化を掛け、気合とともに大鎌を振り上げるアイオナ、無論秋隆も鼈甲霊亀を構えてこれに対抗する。
直後、二つの武具がぶつかり合い、火花を散らすとともに空間全体に振動が広がった。
「っ!」
空から急降下してきたアイオナの一撃を正面から受け止めたため、理気纏化を掛けてもなお鼈甲霊亀はビリビリと震え、秋隆の両手にも痺れるような痛みが走る。
「っ! そこだっ!」
瞬間、秋隆は鼈甲霊亀を返し反撃を仕掛けたが、アイオナは即座に現象を広げ、後方に瞬間移動、攻撃を躱した。
「……なるほど、どうやらこのままでは千日手に陥りかねないらしいな……」
嵐のような攻防、秋隆は鼈甲霊亀を振るうと、アイオナに鋭い視線を送る。
「その瞬間移動は中々に厄介だ」
「どうする? 自決するなら介錯くらいはするけど……」
死神を思わせる動作で大鎌をゆっくりと振り上げて見せるアイオナの姿に秋隆はニヤッと笑みを見せた。
「自称怠け者にしてはやる気を出してくれたな」
どうやらアイオナもポーカーフェイスを装いつつ相当消耗しているらしく。額に汗が滲んでいる。
このような提案を出したのも、身体に溜まった疲労が無視できないほどになってきたからと見て相違ない。
「残念だが私にはやらねばならないことがある」
状況を見る限り決して有利とは言えないが、完全に勝負が決まったというわけでもない。決意を固め、秋隆は鼈甲霊亀を構えなおした。
「そのためにも、ここで死んでやるわけにはいかない」
アイオナの様子を見るにこのまま戦い続けることが出来るならば、勝機はあるだろう。
「……(後は私がどの程度抗えるか、だな)」
秋隆が表情を引き締めた瞬間アイオナが動き、最後の打ち合いが始まった。
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「苦戦しているようですわね」
桔梗城の天守閣から、桔梗湖畔における秋隆とアイオナの戦いの推移を見て、凍子は無感情な声音でそう呟いた。
現在ナイン・アケイオスの応接はアズと旗本らが担い、凍子、豊輝、ルドヴィカの三人は黒書院から天守閣に居場所を移し、こうして戦いを見守っている。
「あれほどの理気使いを相手にしてるんだから、まだよくやってるほうだろ」
それなりに修羅場を潜り抜けてきた豊輝から見てもアイオナの実力は驚異的の一言、そんな相手と渡り合える秋隆の実力もまた相当のものだ。
「それにしても、頭中将殿はいつも私の想像した遥か上を行くな……」
「ふん、このルイズが実力を認めたんだから、あれくらい出来て当然よ!」
秋隆の戦いが我が事のように誇らしいのかルドヴィカは微かに胸を張りそのような言葉を漏らす。
そんなルドヴィカの様子を見て、豊輝は悪戯を思いついた悪童のような笑みを浮かべると、微かに鼻を鳴らした。
「前から気になってたんだけど、もしかしてお嬢ちゃん、あいつのことが好きだったり?」
豊輝の悪意しかないような質問を聞いて、ルドヴィカの頬が一気に紅潮する。
「はあ? 馬鹿言ってんじゃないわよ! だ、誰が杏のことなんか……!」
頭から蒸気を吹き出しそうな勢いで食って掛かるルドヴィカであったが、豊輝は笑いだすのをこらえるような、何とも言えない表情で彼女を見つめていた。
「な、何よ……」
ここにきてようやく空気がおかしいことを察したのかルドヴィカは豊輝から距離を取る。
「いや、語るに落ちたと思ってな」
哄笑を我慢しきれないとばかりに喉の奥を慣らすと、豊輝は片目をつぶって見せた。
「私は頭中将殿、久坂杏一郎の話とは一言も言ってない、『あいつ』としか言ってないぜ?」
「なっ!」
完全な誘導尋問、豊輝に引っ掛けられたことを悟ったルドヴィカは怒りと羞恥からわなわなと震え始める。
「まあ、いいんじゃないか? お嬢ちゃんそれなりの家の娘だろうから、十分つり合いはとれてる」
「な、何の話をしてんのよ!」
「何って輿入れだろ? 外国人だから御簾中、正室は無理でも側室なら……」
「二人とも、それまで」
にわかに騒がしくなる二人を鋭い声で一喝し、凍子は視線で桔梗湖畔の方角を指し示した。
「……杏一が仕留めに掛かりましたわよ?」
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理気纏化を掛けた武具同士による数十合の応酬、相当修行を積んだ戦士でなければ、この戦いを目視することは出来ないだろう。
「息が上がってきているらしいな」
攻撃の手を緩めることなく、秋隆は涼しい声でアイオナに話しかけた。
「あれだけ攻防に現象攻撃を多用していたのならば、その負担も相当なものだろう?」
「だ、誰が……!」
反駁するアイオナであったが、まだまだ余裕のありそうな秋隆とは違い、その表情にはくっきりと疲労の色が浮かんでいる。
「……(いかに五清将と言えど現象攻撃は長時間連続使用できるようなものではない)」
アイオナの力は確かに驚異的、しかし現象攻撃は二属性の理気を同時に操るに等しいため消耗は激しく、また集中力を必要とするのだ。
肉体が疲労し。集中が切れたその時にこそ、突け入る隙が現れる。
「これで!」
一瞬の隙を突き、秋隆はアイオナの足を引っかけ、その態勢を崩すことに成功した。
「しまっ……!」
普段ならば即座に瞬間移動で躱せるのだろうが、この消耗しきった状態ではそれも出来ない。
アイオナの顎に理気纏化を掛けた鉄拳がめり込む。
「破壊は必然」
ぐらっとアイオナが地面に倒れこむのを見つめながら、秋隆は鼈甲霊亀を鞘に納めた。
「再生を夢見て眠れ」
次回より新編に突入させていただきます。




