第七十一話「五清将アイオナ」
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エルメラ最強の引き篭もり。
「どーも」
襖を開いて黒書院にずかずかと入ってきたのはエルメラでも稀に見るほどの奇抜な装いの少女であった。
長く伸びた髪に黒を基調としたワンピースはリボンやフリルのあしらわれたゴスロリ調のもの、その右手には黒色の折りたたまれた日傘を手にしている。
顔立ちは非常に整ったもので、虫も殺せないような優しげで同時に気怠げな風貌も相まって病弱にして儚げな深窓の令嬢という表現がぴったりな美少女。
一見したところ何の危険もなさそうな人物、しかし秋隆は一目見て彼女が強大な能力を保持した理気使いであることを見抜いた。
「……(出来るな)」
そんな見た目でありながら身に纏う理気は強壮の一言、彼女が入室しただけで部屋の空気は一瞬にして引き締まり、肌を冷やすほどの強烈なプレッシャーが秋隆の肌に刺さる。
「私はアイオナ、稀黒将アイオナ・イグナウス」
ゴスロリ少女こと五清将アイオナ・イグナウスは黒書院にいる数人の男性、秋隆と豊輝、三人の旗本を順々に見比べると首を傾げて見せた。
「それで、久坂杏一郎って言うのは誰?」
「私がそうだ」
返事をするとともに秋隆は右側に置いていた鼈甲霊亀を即座に左側に置きなおし、臨戦態勢を整える。
標的、久坂秋隆が誰なのかを認識するとアイオナは両目を細め、心底面倒そうに息を吐いた。
「そ、ならさっさと死んでくれる?」
本丸御殿に上がる前に靴を脱いでいたのか、現在彼女は素足。微かに湿る足を小さなハンカチで拭うと、上座に座る秋隆に目線を合わせるようにその場にしゃがみ、正面から視線を合わせる。
「正直こうして外に出るのも面倒なの。私が来たことに免じて自決とかしてくれない?」
自ら命を絶って欲しいなどと言う要求を呑むわけがない。即座に秋隆は首を振って見せた。
「する気はない、私の命が欲しいなら実力行使を試みる他ない」
「あそ、じゃあ面倒だけどやるしかないわけね」
アイオナとしても秋隆が自決するとは思っていなかったらしい。
その場に立ち上がると正座したままの秋隆を見下ろすように目線を下げ、手にしていた日傘の切っ先を突きつける。
「……ここで戦うの? 私は構わないけど……」
すでに戦う気満々のアイオナを見て苦笑しつつも秋隆は鼈甲霊亀を左手に持ち、その場に立ち上がった。
「ふむ、ではすまぬが外まで来てくれぬか? この城は出来たばかり故、可能な限り傷いたくない」
秋隆の言葉を聞いた瞬間アイオナの表情が変わり、落胆したかのように肩を落とす。
「はあ、また歩くの? 面倒なことは嫌いなんだけど……」
大手門からここ本丸御殿までは徒歩で十五分から二十分、水城とは言えそれなりに坂道も多い城をゴスロリ装束で歩くのはそれなりの苦行かもしれない。
「では師父たるわたくしが戦場を整えて差し上げましょう」
瞬間凍子が右手を上げるとともに秋隆とアイオナを包む形で時空捻転現象が発生、二人は瞬時に城の外に移動させられた。
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移動させられた先は桔梗城の裏側。曲輪としては三の丸の部類で大手門の反対側、水城らしく桔梗湖畔に面した船着き場を擁する場所だ。
「……貴方の郎党、面白い技を使うみたいね」
石垣の上に聳え立つ天守閣と本丸御殿をちらっと一瞥するとアイオナは予備の靴を履き、日傘を広げる。
日傘のデザインも彼女によく似合う黒を主体としたゴスロリ調のもの、外見と機能を両立させた逸品だ。
「郎党ではなく彼女は私の師匠だ」
「そうなの? まあ私にとってはどちらでも良いことなのだけど……」
攻撃するには絶好の位置と距離にいるにも関わらずアイオナは日傘を差してクルクル回すのみで、攻撃を仕掛けてくるような気配はない。
その代わり、秋隆の出方を伺うかのように気怠げな瞳でこちらを眺めている。
「ところでさっきから気になっていたのだが、何故不意打ちをしなかった?」
アイオナが来る直前、秋隆は黒書院に人を集めてナインと接見していた。
油断していたというわけではないが応接に意識を向けていたため平時に比べれば不意打ちも成功しやすかったであろう。
しかしアイオナはそれをせずに、律儀にも本丸御殿に上がり込み秋隆の前に姿をさらした。
「城ごと攻撃すればもっと簡単に私を殺せたかもしれぬぞ?」
成功していたかは微妙なライン、だが倒すべき標的がいる人間は正面突破よりも不意打ちの方をまず考えるであろう。
「私の標的は貴方一人、ルドヴィカをどうしろとも言われていないし、それ以上の犠牲を出すなんて、面倒でしょ?」
予想だにしなかったアイオナの言葉に秋隆は思わず吹き出してしまった。
つまり不意打ちを行い、秋隆以外の人間がケガをしたり命を失うことを嫌ったらしい。
「……なるほど、そなたもただの怠け者と言うわけではないらしい」
確実性よりも正当性、無駄な犠牲を出さないように気を遣って仕事をするのは怠惰なだけの人間には到底出来ないことだ。
「さあ、どうかしら? 私の理想は誰かに養ってもらってずっと部屋の中に引きこもってることだから」
秋隆の言葉を否定するかのようにそのような言葉を返すと、アイオナは日傘をたたみ、そのまま理気を込める。
「そう言う意味では五清将と言うのは理想的ね。こういうことがない限り遊んで暮らせるし……」
瞬間アイオナの強い理気を込められた日傘はその意匠そのままの巨大な鎌に姿を変えた。
「だからその役割は果たさないといけない、面倒だけどね」
日傘が変化した大鎌を何度か振るって調子を確認すると、アイオナはいよいよと言わんばかりの闘志のこもった目で秋隆を見つめる。
「それじゃ、そろそろ始める?」
「その前に一つだけ確かめさせて欲しい」
鼈甲霊亀を引き抜きつつも、左手の人差し指を立てる秋隆を見て、アイオナは深いため息をつくと大鎌を肩に担いだ。
「……面倒だから、本当に一つだけにしてね?」
「感謝する。では……」
それまで穏やかであった秋隆の目が剣呑なものに変わり、その奥にも酷薄な光が宿る。
「上方は何を根拠に翠明院陽華が反逆者、三神官の爆破を謀った黒幕と判断したか聞いているか?」
秋隆の質問に対して、アイオナはしばらく無言のまま大鎌で肩を叩いていたが答えをまとめると静かな口調で口を開いた。
「爆破した犯人が自供したと聞いているわ」
「犯人?」
「ええ、爆破事件が起きた日の午後に自ら出頭して、『当日爆破の指示を受けた』と話したそうよ?」
『当日爆破の指示を受けた』という言葉を聞いて秋隆の瞳の奥に何かを確信したかのような、強い意志の光が宿る。
「その犯人は今どこに?」
「さあ、あくまで私は反逆者を倒すのが仕事だから、それ以外のことは所轄外のことよ」
すげなく切って返すとアイオナは大鎌を持ち上げ、その切っ先を秋隆に向けた。どうやら話はここまでらしい。
「気は済んだかしら?」
「……ああ、おかげさまで一つ確信を得られた」
ここまで陽華は99%無罪と考えていた秋隆であったが、アイオナの話を聞いて100%無罪であると確信した。
ならばこの後何をするべきなのかは決まっている。
なんとかこの場を凌いで、まずはトルキオにいる陽華の安全を確保、次に彼女の無罪を訴えるとともに秋隆とルドヴィカの潔白も証明するのだ。
「そう、じゃあ、そろそろ始めましょうか」
「っ!」
アイオナが微笑みを浮かべ、大鎌を構えるとともに場の空気が一変する。
「大逆の徒久坂杏一郎、その命、このアイオナ・イグナウスが貰い受けます!」
直後不可視の理気が空間に広がったかと思うと秋隆のすぐ前にアイオナが出現、手に持っていた大鎌を振り上げた。
「っ! 何っ!?」
「せやあっ!」
その距離わずか一メートル前後、斬撃を仕掛けるには十分すぎるほどに近い位置である。
すぐさま秋隆も鼈甲霊亀を振り上げてこれに対応、大鎌による斬撃を阻んだ。
「っ!」
刹那、周囲に電流のようなものが走り、空間全体に振動が走る。
強力な理気纏化が掛けられた武具同士の衝突によるもの、アイオナは微かに顔をしかめると、大きく後方に退き、大鎌を構え直した。
「……(面倒なことに、思った以上にやる)」
表面上は冷静沈着を装いながらも、その実アイオナの背中は汗で濡れ、焦燥感によるものか心臓も激しい動きを見せている。
完全に不意を突いたにも関わらず冷静な対応に、理気纏化を用いた攻防一体の一太刀、どれをとっても超一流のものだ。
「……(けれどこちらの能力が見抜けないなら、対処し辛いでしょうね)」
とにかく今は勝負を焦らず、理気に意識を集中させることこそが肝要、そして達人同士の戦いである以上おそらく決着がつくときは一瞬であろう。
アイオナが静かに戦況を見極めんとする中、秋隆もまた彼女の持つ能力の正体がつかめずいた。
「……(今のは? 一気に距離を詰めてきたように見えたが……)」
時空捻転現象ではない瞬間移動、恐らくはアイオナが持つ固有の現象術によるものと見て間違いない。
「……(とにかく、ここまで来た以上やるしかない)」
ここでアイオナに負ければ自分が命を失うだけでなく、陽華は処刑されルドヴィカも斃れることになるだろう。
勝たねばならない、その決意とともに秋隆は理気を集中、土伝いに理気を伸ばし、アイオナの足元に巨大な樹木を発生させた。
「……植物っ!」
突如として発生した植物の氾濫に焦りながらも、彼女は大きく飛び上がりこれを躱す。
だが秋隆は大樹の幹を足場にする形でアイオナに肉薄、鼈甲霊亀を振り上げて理気による斬撃を放った。
「理力剣っ!」
「っ!」
空中に投げ出される形となったアイオナにこれを躱す術はない、正面から秋隆の一撃を喰らい致命傷を負うだろう。
だが次の瞬間、にわかには信じられないような現象が発生した。
アイオナが周囲に理気を放ち、鼈甲霊亀から放たれた理力剣を空間に固定して見せたのである。
「なっ!」
「……今のはさすがにヒヤッとしたわよ?」
秋隆に先行する形で地面に降りたアイオナが指を鳴らすと空間の固定は解除、理力剣の痕跡も周囲に霧散した。
「……(何だ? 何がどうなっている?)」
純粋な理気による斬撃たる理力剣を空間に固定するなど常識的に考えればありえない。
しかし目の前でそんなことが起きてしまった以上、何らかの現象が働き、不可能であることを可能としたと考えねばならないだろう。
「……(問題は。いかなる現象を使えばあのようなことが可能となるかだが……)」
「……なかなかやるみたいだけど、こんなのはどう?」
理気を集中するとともに大鎌を振り上げ、秋隆に斬りかかるアイオナ。隙のない動きではあるがこの程度に対応できない秋隆ではない。
瞬時に鼈甲霊亀を返してこれを防いだが、直後粘り気のある液体が右腕に付着したような違和感を感じて微かに顔をしかめた。
「むっ!」
異変が起きたのはこの直後、斬撃を仕掛けるべく右手を振り上げようとするもなぜか全く動かすことが出来ない。
「……(これは、身体の固定? いや違う、まるで空間に縫い付けられたかのような……)」
両手の開閉は出来る。しかし肘のあたりが空中に貼り付けられたかのように動かせず、結果秋隆はその場に拘束されるような形となった。
「動かせないでしょう?」
これでとどめを刺すつもりなのか、アイオナは秋隆のすぐ前で理気を集中し、大鎌を振り上げる。
「そのまま良い子ちゃんでいて頂戴」
動くことすらままならない状態ではこの一撃を躱すことは出来ない。
「理力剣っ!」
次の瞬間、大鎌から放たれた理力剣が秋隆に直撃した。




