第七十話「三尸蟲」
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翠明院陽華が国家反逆罪で拘束され、秋隆とルドヴィカ二人もまたその仲間として反逆者認定。
さすがの秋隆もそんな情報を聞かされてしばらく放心していたが、すぐさま気を取り直すと鋭い瞳で情報提供者ことナインを見据える。
「それは、どう言うことだ?」
「どういうことも何も言葉通りさ、杏一郎殿」
軽く肩をすくめ、内側に秘めた興奮を隠そうともせずにナインは情報の詳細を語り始めた。
「君がここに戻る二、三日日前ってとこかな? 事件が起きたのは……」
桔梗城へ戻る二、三日前と言うことは秋隆たちが陽華の招きを受けてクリシア幽都へ移動を開始した頃であろうか?
何をもって反逆者と認定されたのかはわからないが、あの時の翠明院陽華にはなんらおかしな点はなかったし、自分たちも反逆に与するような行為はしていないと、少なくとも秋隆はそう記憶している。
「会議を終えて西南北の管区に帰ろうとする三人の大神官の船が、洋上で爆破された」
「はあ?! ちょっと、それどう言うこと!?」
ナインの話に割り込むようにしてルドヴィカが口を開いた。
西南北の大神官と言うことはルドヴィカの母、シャダ・ウォルキアも事件に巻き込まれたということ、気になるのも致し方ないことだろう。
「ルイズは何も聞いてないんだけど!」
今にもナインに掴みかかりそうな勢いだったが、直前で思い返し、寸手のところで立ち上がるのを辞めた。
そんなルドヴィカの姿を見てナインは愉しそうに喉の奥を鳴らすと、微かに口角を上げつつ口を開く。
「そりゃそうさ、何しろ現在エテメンアンキは元より、エルメラ全土に箝口令が敷かれてるからね。事件のことを知ってるのは元老院とエルム教団のトップくらいじゃないかな?」
ルドヴィカ、つまり事件に巻き込まれた当事者の身内にすら情報が回ってきていないという話に秋隆は微かに首を傾げた。
「……(あまりにも徹底され過ぎている)」
これくらいの大事件が起きた場合、完全に隠蔽するなど本来ならば不可能である。
仮に事件が発覚したと同時に情報統制を敷いたところで目撃者がいた場合、そこから漏れて正確とは言えないまでも情報が漏洩することは止められない。
このようなことが出来るのは、最初から隠蔽できるように事件の首謀者が関係各所に手を回してからことに及んだ場合、すなわち黒幕と隠蔽する側、国家がグルである場合のみだ。
「続けても良いかな?」
険しい顔で考え込む秋隆を上目遣いで眺めつつ確認するかのように訊ねるナイン。無論秋隆としてもこの先のことは気にかかるため、すぐさま先を促す。
「それで、事件の黒幕と言うのが翠明院陽華ってわけ」
「馬鹿な、陽華殿がそのような真似をするはずがない」
陽華を擁護しつつ下座に座るルドヴィカを見ると、彼女もまた同意するかのように激しく頷いていた。
あの常に胡散臭い雰囲気を纏い、機略縦横、表裏比興を地で行く三枚舌の化け狐ならば、ことを起こすにしてもこのようなわかりやすいやり方ではなく、もっと難解な、それこそ事件として扱われないような手段を使うだろう。
「君の言いたいことはわかるけど、残念なことに彼女はすでに取り押さえられ、東方トルキオに護送されたよ?」
「……トルキオに送られてその後は?」
「ま、慣例通りならトルキオ東方のクリンゲルヴァルト大修道院に勾留され、そのまま処刑されることになるかな?」
聞くまでもないこと、国家反逆を企てるような人間の末路は極刑、しかも見せしめにするために晒し物にするのが世の常だ。
「……状況はだいたい分かった」
ナインからの話を聞き終えると秋隆はしばしの瞑目の後に、深いため息をつく。
「現在我々は信じられないほどの窮地に陥っているというわけだな」
「窮地、ではなく土壇場と言うべきかもしれないね」
にやにやとなんとも楽しそうな笑みを浮かべるとナインはポケットの中から一枚の紙きれを取り出し、真っ二つに引き裂いて見せた。
「何しろ君たちに出来ることは、このまま濡れ衣を着せられたまま死んで、反逆者の汚名を後世に残すことくらいだからね」
「……戯言を、我々はまだ全員生きている」
秋隆の言うように、反逆の罪を着せられた人間はまだ全員生きている。
いつ死ぬのかわからないような状況にいるのは間違いないが、誰も死んでいないのならばまだ挽回出来るかもしれない。
「ああ、そうそう、そのこと」
何か思い出すことでもあったのか、ナインは手に持っていた紙きれをルドヴィカに示した。
「外出中でよかったねルドヴィカ君、エテメンアンキにある君の屋敷に五清将が来たってさ」
「はあ? 五清将ですって?」
五清将、基本的にエルメラ内ではトップクラスの権力を持つ神官将が反逆行為を行った際に派遣される神官将を倒すための神官将。
この状況下でそんな人間がわざわざルドヴィカの邸宅にやってくる理由など一つしかないだろう。
「……十中八九消しに来たな」
秋隆の言葉にルドヴィカは一瞬顔をひきつらせたが、結局何も言わずにそっぽを向いた。
「まあ、当人がいなかったから、結局何もしないで引き上げたみたいだけどね」
少なくとも館の人間に犠牲者が出なかったことを知り、ホッと胸を撫でおろすルドヴィカ。しかし脅威が去ったというわけではない。
「つまりここにもいずれ来るってわけ」
ナインの言う通りルドヴィカを倒すために五清将が動き出したということは、同じ立ち位置である秋隆のもとにも彼女らが来るのも時間の問題であろう。
「……尖兵ならすでに来た」
そう呟くと秋隆は懐から手の甲サイズの金属片を取り出し、ナインにも見えるように床に置いた。
二つの五芒星が重ねられた神官将の紋章が刻まれたそれは、以前豊輝が倒した神官将が装備していた籠手の一部である。
「ほう、さすがに手が早いことで……」
金属に刻まれた神官将の紋章を見て何度も頷くナイン。どうやら彼女も何が起きたのか察したらしい。
「しかしどうして五清将ではなく一般的な神官将が来たのだろうか?」
その使命が神官将を粛正することであり、ルドヴィカの邸宅にも派遣されたというのならば、桔梗城に来るのも五清将であって然るべきだ。
極めて真っ当な秋隆の疑念にナインは小首を傾げて何やら考えつつ、妙に平淡な調子で口を開く。
「……めんどくさがりの怠け者が担当にさせられたけど、仕事したくなかったから代役を用意したってとこかな?」
ナインの発した『怠け者』という単語に、ルドヴィカは弾かれたように顔を上げた。
「じゃあ杏のとこに派遣されるはずだったのは……」
「稀黒将アイオナ・イグナウス、五清将一の怠け者」
やれやれと言わんばかりに肩をすくめると、ナインは秋隆に向かって片目を瞑って見せる。
「彼女は初動までやたらと時間がかかることで有名だから、今から動けば逃げ切れるかもしれないね」
どうやらアイオナ・イグナウスと言う人物はこのような任務にも代役を派遣するほどに怠惰な性格のようだ。
そのため彼女は自分が出なければならなくなった際もなんだかんだ理由をつけてはギリギリまで仕事をしないのであろう。
普通ならば相手が怠けている間にいずこかへと逃亡し身を隠すような場面、しかし秋隆は軽く首を傾げると信じられない言葉を言い放った。
「……そのイグナウスとやらには、どうすれば会える?」
「ちょっ!」
その言葉に驚愕するルドヴィカと彼女とは対照的に一瞬だけ目を見開いたが、すぐさま楽しそうな笑みを浮かべるナイン。この反応は予想外だったらしい。
「邸宅はエテメンアンキにあるけど、任務を受けてるならこっちからわざわざ出向かなくても向こうから来るんじゃないかな?」
「ならば好都合と言うもの」
秋隆の態度は余裕に満ちた悠然としたものである。どこかに逃げるでも身を隠すでもなく、このまま迎撃するつもりらしい。
「杏、あんたまさかアイオナ・イグナウスと、五清将とやり合うつもり?」
「その必要があると言うならば、そうするだけだ」
信じられないものを見るような目をしたルドヴィカの質問に、秋隆は一切の迷いなく応じた。
「はあ? アイオナ・イグナウスがどれほどの相手かわかってんの?!」
ルドヴィカは大神官たるシャダ・ウォルキアの娘として生まれ、神官将となるべく過酷な修行に身を投じた過去を持つ。
そのため、師匠たる大神官ガーラ・クリシア始め、多くの関係者と関われる機会があった。
故に五清将の実力に関しても十分すぎるほどに理解している。
ここまで秋隆に食い下がるのも五清将と相対した場合、相当苦しい戦いになることがわかっているからだ。
「わかっているとも、五清将は神官将を倒すための神官将、謂わば精鋭中の精鋭」
「だったら……」
「だからこそ逃げるわけにはいかない」
「っ!」
強い意志の宿った秋隆の言葉を正面から受け、ルドヴィカは目を見開く。
「アケイオスの話を聞く限り、すでに元老院が我々を討伐対象とみなしている以上、どこまで逃げたとしても連中は必ず追いかけてくる。違うか?」
「それは……」
恐らく秋隆の懸念は正しい。誰が何を思ってこのような陰謀を主導しているのかは不明だが、ここまでもって回った手段で追い込みに来た以上ここで逃げても二の矢、三の矢が飛んでくるのは明らかだ。
そして絶え間なく攻撃を加えられれば、どこかのタイミングで力尽き、倒れることになるのは間違いない。
「今日逃げ切れても明日には追いつかれるかもしれない、イグナウスから逃げ切れても次は別の五清将が来るのは間違いない。ならば逃げるよりもこちらから出向き、危機の中に安らぎを見出す他ない」
決意のこもった秋隆の言葉にさすがのルドヴィカも口を噤む。
「それに、いくつか気になることもあるからな……」
「気になること?」
「二人とも、どうやら議論はここまでのようですわよ?」
まだ何か話そうとする秋隆とルドヴィカに割り込む形で口を挟む凍子。
「ああ、どうやらお客さんがいらしたようだねえ」
豊輝の言葉とともに襖が開き、招かれざる客が黒書院に侵入した。




