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霊亀将  作者: 花鏡
妖魔王・布石編
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第六十九話「カオス・クロール」

いつもお読みいただきありがとうございます。

励みになります。

死の商人。

 どことも知れぬ空間、そこは一筋の光も差し込まぬ闇としか形容できない場所であった。

 どこまで行っても闇しかなく、果てと言うものがまるで見えない空間。

 もしもここに生きた人間が立ち入った場合、たちまち自分と闇の境界線を見失い、正気を失う結果となるだろう。


 そんな空間にあって、唯一光が存在する地点にかの存在はいた。

 否、厳密に言えば光が存在する地点にかの者がいるのではなく、この空間にあって唯一光を放っているのがかの者、その見た目は何とも形容しづらい。

 表面に網目模様のようなものが浮かび上がった白く輝く巨大な球体、かの者を最初に見た者はそのような印象を抱くであろう。

 しかしその実、それは網目模様なのではなく、おびただしい数の光の球体。

 億や兆では効かないほどの恐ろしい数の球体が一か所に集まり、さらに巨大な光の球を形成しているのだ。

 その全長は正確にはわからないが、途方もない大きさであることだけは確かであろう。


「……どうやら、失敗したみたいね」


 微かに空間が震え、球体から聞こえてきたのは少女の声だ。

 ここには球体以外存在しないため、独り言のようにも見えるが、次の瞬間別の声が周囲に響く。


「しかし、これで一つはっきりした」


 二番目に聞こえてきたのは最初に聞こえてきた少女のものとは異なり成熟した女性の声。

 少女の声がやや幼稚な調子を帯びているのに対して、こちらは妖艶な声音だ。


「うん、アウグスタの言っていた言葉は真実、四千年の時の果てにあいつは帰還を果たし、かつて出来なかったことを果たそうとしてるってわけね」


 妖艶な声に応じる形で言葉を返す少女、その声は微かに震え何事かを恐れているような、そんな印象を受ける。


「そればかりか、四千年前とは比べ物にならぬ理気、これほどの力を得た目的はまず間違いなく我らを討滅するためであろう」


 続いて聞こえてきた成人女性の声は少女のものと比べて落ち着いたものだったが、彼女もまた少なからず話題の人物に恐れを抱いているらしく、言葉の端々から恐怖心がにじみ出ていた。


「ぬうううううううう、殺せ!」


 三番目の声はしゃがれた老婆の声、こちらは先に聞こえた二つの声とは異なり、落ち着きのない酷く攻撃的なものである。


「毒にこそなれ薬にならぬ危険因子、どんな手段を用いてでも惨殺するべし!」


「少し落ち着きなさい」


 少女の声に一旦空間内部が静寂に支配されたが、次の瞬間成人女性が声を発した。


「確かに儀同三司ぎどうさんしの力は規格外ではあるが、奴の身柄がエルメラにある以上対処のしようはいくらでもある」


「ならば即座に処刑だ! 斬首せよ!」


 老婆の言葉に成人女性はやれやれと言わんばかりに嘆息を漏らす。


「安心しろ。斬首は無理でもすでに処刑できるように事は運んでいる」


「どうやら時空捻転現象じくうねんてんげんしょうすら使いこなしているようだけど、それも無意味」


 成人女性に次いで聞こえてきた少女の声は弾んでおり、何かを楽しみにしているかのような声音だ。


「すでにあいつの居城には五清将ペンタグラムが行くように仕向けてあるわ」


「あの怠け者の性格が良い感じに働いた結果と言えるかもしれぬな」


 怠惰、さぼり癖というものは本来ならば悪癖以外の何者でもない。

 だが今回に関してのみはその悪癖が状況を好転させる結果となっているため世の中わからないものである。


「クリシアから出て来ないようならば面倒なことになっただろうが、わざわざ自分から火の中に飛び込むとはな」


 場合によってはタイミングが合わず、捕捉できなかったかもしれないが、結局それも杞憂に終わった。

 派遣した五清将ペンタグラムがなかなか動き出さなかった時はやきもきしたものだが、この結果は彼女らにとっても満足いくものである。


「ま、儀同三司ぎどうさんしがどこまでエルメラ最強の神官将テンプルナイトと渡り合えるか、高みの見物と行こうじゃないの」


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 東のから太陽が昇り、徐々に大地が朝焼けに照らされ始める恐ろしく早い時刻。

 五大洲ごだいす中央エテメンアンキ郊外、桔梗城と呼ばれる城の本丸に突如として白い光のドームが出現した。

 時空捻転現象じくうねんてんげんしょう、空間を歪め長距離を瞬時に移動するという理気使いの中でも相当の使い手のみが制御を可能とする技である。

 やがてそれは朝焼けに照らされた本丸に光を映しつつ収束、四人の人間をその場に残して消滅した。


「……到着したようだな」


 背後に聳える天守閣に見事な造りの本丸御殿を一瞥し、秋隆は僅かに顔を綻ばせる。

 この城にはまだ引っ越してきたばかりであるが、自分の作った家に戻ってくるとなんとなく安心するものだ。

 そんな秋隆のすぐ前で、よろよろと何歩か前に進むルドヴィカ。


 どうやら時空捻転現象じくうねんてんげんしょうでこちらの空間に転送された際に着地を失敗してしまったらしい。


「大丈夫か?」


「……何度やっても慣れなさそうな技ね……」


 軽く地面を蹴とばして足の様子を確かめると、ルドヴィカは機嫌悪そうに鼻を鳴らす。


「いえ、けいはよくやっているほうだと思いますわよ?」


 そんな様子のルドヴィカを慰めるのは秋隆のすぐ近くに立つ凍子であった。


「慣れていないと着地するときに足を捻ったりしますからね」


「……ふん、このルイズをあんまり舐めないことね」


 そっぽを向き、口では憎まれ口を叩くルドヴィカであったが、褒められたことに関してはまんざらでもないらしく、微かに頬を紅潮させる。


「お帰りなさいませ、杏一郎様」


 少女特有の可愛らしい声とともに本丸御殿の中から現れ、頭を下げるのは久坂家内管領アズ・オグトールであった。

 続いて東山躑躅を始めルドヴィカ配下の使用人たちも道の左右に居並び、洗練された動作で頭を下げる。


「アズ、それに東山殿」


 秋隆らが本丸御殿の玄関口に立ち入るとアズは素早く扉を閉め、ルドヴィカに視線を向けた。


「想定よりも随分早いお帰り、何事かございましたですか?」


「ま、色々ってとこね、色々」


 軽く肩をすくめて見せるルドヴィカの姿に視界の隅でアズの一挙手一投足を見守っていた躑躅が小さく頷く。


「……なるほど、何やら積もる話しがありそうですね」


 どうやら躑躅は面倒ごとが起きて秋隆らが帰ってきたことを察したらしく、それ以上何も言うことはしなかった。


「アズ、黒書院は使えるか?」


「は、はい、もちろんなのです! いつ杏一郎様が帰ってきても良いようにピカピカにしてあるのです!」


 胸の前で両手を握りしめながら、自信に満ちた表情で秋隆に答えるアズ。

 先ほどの動きと良い、普段の心構えと良い、凍子の言うように秋隆が留守にしている間、相当躑躅にしごかれたらしい


「そうか、それは重畳」


 とにかくまずは凍子から話を聞くこと、その上で今後の指標を定めるべきであろう。


 すぐに黒書院に行こうと土間から上がった秋隆であったが、その表情が突如として凍り付いた。


「……後ろ?」


 何とも言えない不吉な気配、まるで悪魔に魅入られたかのような感覚に秋隆は急いで土間に戻り、アズが閉めたばかりの扉に手をかける。


「あれは……」


 扉を開けて最初に秋隆の目に飛び込んできたのはこちらに向かってくる馬車、形状的には装飾らしい装飾もないシンプルなものだ。

 車体も馬も墨を塗りこんだかのように真っ黒であり、霊柩車か何かを思わせる雰囲気を纏っている。


 しかしそれだけならば秋隆がここまで嫌悪感を露わにするようなことはない。

 ただ単に車体が陰鬱な雰囲気と言うだけではなく、馬車全体から隠し切れないほどの濃厚な死の匂いが立ち込めているのだ。


 それこそ人がもだえ苦しむことを己の悦びとする悪魔が乗っているかのような……。


「おはようございます」


 馬車から降りてきた御者は信じられないほどやつれた老婆。まるで地下墓所カタコンベの古骸骨を思わせるような容姿をしている。


「城主の久坂杏一郎様に急ぎお目通願いたいのですが……」


「私が久坂だが……」


 秋隆が前に進み出ると、御者は黄色く濁った眼を彼に向けた。


「カオス・クロール社長、ナイン・アケイオス様が御身との接見を希望しておられます」


_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_


 桔梗城の応接間、一般的に黒書院と呼ばれる部屋に移動した秋隆は、目の前で頭を下げる少女を見てその顔に険しいもの滲ませていた。


 現在黒書院には秋隆を始め、凍子、豊輝、隆兼、秋紀、秋利に加え、何故かルドヴィカも集まっており、来訪者の一挙手一投足を見守っている。

 さて、この早朝から桔梗城を訪れた来訪者は黒を基調とした胸元の大きく開いた洋服に首からは逆さのYと十字を組み合わせたようなペンダントを下げた少女だ。


 それなりに整った顔立ちではあるがその両目は流れの停滞した泥のように濁り、身に纏う雰囲気も酷く混沌としたものである。


「初めまして久坂杏一郎殿、僕の名は……」


「挨拶なら結構、ナイン・アケイオス殿」


 酷く平淡な声で目の前にいる人物の名前を呟く秋隆。一応無表情を装ってはいるが、その目は鋭く、彼女の来訪を歓迎していないのは間違いない。


 多国籍軍事企業カオス・クロール社長ナイン・アケイオス、その姿を始めてみたのは叙任式後のパーティであったが、こうして対面し話をするのは初めてだ。

 ナインはちらっと凍子と豊輝の次席に座るルドヴィカを見て口元を歪める。


「おや、ルドヴィカ・ウォルキア殿、いつから杏一郎殿の郎党に加わっていたんだい?」


「なわけないでしょ! なんでこのルイズがこいつの部下にならなきゃならないのよ!」


 顔を赤くしてがなり立てるルドヴィカに対してナインの表情は極めて冷徹な多分に嘲笑を含んだ笑顔。人間ではなく、悪魔が浮かべるような邪悪そのものと言うべき表情だ。


「でも、ここに来たのは幸運なことだったかもね」


「幸運、とは?」


「ほう、今を時めく御方、天下の久坂杏一郎殿ともあろうお方が今エルメラ全土で起きている事態についてご存知ではない、と?」


 慇懃無礼としか言えない、人を馬鹿にしたような様子のナインを見てルドヴィカばかりでなく普段は冷静な凍子すらも微かに目を吊り上げるほどだったが秋隆は右手を上げ、冷静に二人を制止する。


 しかし次の瞬間ナインが吐いた言葉は十分秋隆の心を揺さぶるものであった。


「元老院は翠明院陽華すいみょういんはるかとその一派を反乱分子と認定した」


「な、なんだと……!?」


 衝撃的な情報に秋隆が絶句していると、ナインはその反応が心底愉快と言わんばかりに口角を上げ、さらなる情報を口にする。


「そしてその反乱分子の中に、君とルドヴィカ殿も入っている」

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