第六話「エテメンアンキへ」
神官将となるための推薦が取れた以上次にすべきは神官長の座す中央、エテメンアンキに向かうこと。
シャダはゆっくりなどと言っていたが、こういうことは出来る限り早く済ませておくものだ。
「……(しかしその前に凍子に事情を説明しておきたいところだな)」
それにエテメンアンキに行くことも神官将になることも独断で決めてしまった故、どう切り出すか彼女に会う前に考えておいた方が良いだろう。
「ようやく、出てきましたわね」
そんなことを考えながら歩いていたわけだが、ウォルキア大聖堂から出た直後、いきなり凍子と鉢合わせてしまった。
「と、凍子?」
廃屋に残してきた手紙を見て追ってきたのか、それともウォルキア市街に来たことを察して様子を見に来たのかわからないが、とにかく凍子が目の前に立っている。
彼女にどう話そうかをまだ考えていなかった秋隆は困ったように頭をかいた。
「このような場所に来て、わたくしに報告することがあるのでは?」
「……はい」
とにかく下手に小細工を弄さずに感じたこと、思ったこと含めてここまでのことを正直に白状しよう。
凍子が指を鳴らすとともに時空捻転現象が発生、二人はウォルキア市街を後にした。
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「……なるほど大体の事情はわかりました」
時空捻転現象で移動した先、蓬莱島の洞府にて秋隆の話しを聞き終えた凍子は豊かな胸の下で腕を組み、何度か頷いて見せた。
「卿は神官将になるつもり、と言うわけですわね?」
「その通りです。すでに必要な手続きは完了済みです」
「……ふむ、予想以上に上手くやったようですわね」
秋隆の言葉に凍子はうっすらと両目を細める。相変わらず感情らしきものを察知することは難しいが、その言葉は弟子を賞賛するもの、どうやら宮仕えそのものを反対するつもりはないらしい。
「私が宮仕えなど意外、ですか?」
「いえ、卿にとっても世界にとっても、それが最も良きことと言えるでしょう」
世界にとっても、と言うのはいささか大袈裟な気がするが、よくよく考えてみれば秋隆は封神霊廟を踏破した超越者だ。世界を左右するほどの力があると言われてもおかしくはないだろう。
「……(今後は力を使う際にはより慎重な判断が求められるのかもしれないな)」
「……ところで、聞くところによると神官将はエルメラ神聖国の要職とのこと」
液体窒素を思わせる冷たい瞳で秋隆の赤い瞳を正面から見据える凍子。その目は彼の内心を全て見透かすかのように鋭く、また容赦のないものだ。
「よもやエルメラ内における栄達に目が眩んだ、と言うわけではないですわよね?」
答えによっては即座に斬り捨てる。そんな不穏極まりない気配に、秋隆は知らず生唾を飲み込んだ。
「無論です。使命を果たすために神官将となるのが効率的と判断しただけのことです」
しばし凍子は秋隆の考えを全て読み取るかのように、その鋭い瞳で彼の目を覗き込む。
永遠にも感じるほどの一瞬、やがて凍子の中でどうにかこうにか及第の判定を出したのか、微かに息を吐き、目を閉じた。
「それならば結構です」
再び開かれた凍子の目は相変わらず鋭く容赦の欠片もないものだったが、わずかながら丸みを帯びたものに戻っている。
「では、早速エテメンアンキに参りましょうか」
直後凍子を中心に光のドームが出現し、二人の姿を一瞬にして掻き消した。
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「着きましたわね」
「……この感じにも段々慣れてきましたよ」
時空捻転現象で移動した先はエテメンアンキ市街にある薄暗い路地裏、ゴミ箱や商家の木箱やらが置かれた街の裏側のような場所だ。
曲がりくねった道を進み、陽の光に照らされた大通りに出て、秋隆はあまりの光に一瞬だけ目を眩ませる。
「うっ!」
微かな光沢を備えた石で作られた建造物に、数学的な検知と高度な建築技術によって作られた規則的な街並み。
大通りを行き交う人々や馬車、その数たるやさしものウォルキア市街も比較にならないほどのものだ。
エルメラ神聖国の聖都エテメンアンキ、まさに首都と呼ぶに相応しい街である。
「神官将を目指すと言うならば、もっとシャキッとしなさいな」
「心配しなくても師匠の名前を穢すような無様な戦いをするつもりはありませんよ」
弟子が功を上げればそれは師匠の功となり、恥をかけばそれは師匠の恥となるのだから凍子が自分の働きっぷりを気にするのは当然のこと、そう秋隆は考えていた。
「……そのようなことは二の次、この世界に卿の居場所があると言うならばそれで十分ですわ」
「? それはどういう……」
「あ、あの!」
非常に気になる話だったのだが、突然話しかけられてしまい秋隆はそちらに意識を向ける。
「そなたは……?」
そこに立っていたのは幼い少女。褐色の肌に短く切り揃えられた艶やかな髪、給仕が身に着けるような活動的な服を着ているところを見るとどこぞの名家に使える使用人なのかもしれない。
見た目で判断するならばまず間違いなくエルメラ人なのだが、耳は蕃神族同様に尖り、あちらがエルフであるならばこちらはダークエルフとでもいうべき姿だ。
そこで秋隆は首をかしげる。なんとなくどこかで会ったことがあるような気がしたのだ。
「やっぱり貴方ですよね? 前にウォルキアで私のことを助けてくれたのって……」
そこまで言われてようやく秋隆はこの少女をどこで見たのかを思い出して、微かに顔を上げる。
ウォルキア市街で暴虐の限りを尽くしていたナルカ・ヴァルナーから秋隆が助けた少女だ。
「……人違い、ではないか?」
ここまで確信をもって話しかけられてしまった以上言い逃れは難しいのだが、一応反駁を試みる。
「いえ、貴方みたいな見た目の人は中々いません」
案の定少女はすぐさま首を振り、はっきりした口調で秋隆の言葉を否定した。
「そうは言うが、蕃神族の肌も白いぞ?」
そこまで言ってからここに来るまでの間に見た蕃神族の姿を思い出す秋隆。
自分で話しておいてなんだが、あの青い血管が見えそうなくらいに透き通る、ある種人工的にすら見える白い肌とどこまで行っても黄色が混じっている己の肌ではあまりにも違う。
「いえ、蕃神族の肌は貴方よりずっと白いです。それに……」
ちらっと少女は秋隆の腰にある鼈甲霊亀を一瞥し、大きく息を吸い込んだ。
「そんな珍しい拵えの刀を持ってる人なんて貴方以外いません」
「詰みですね、もう認めざるを得ないかと」
降参とばかりに両手を上げる凍子の姿に秋隆もようやく観念したのか真実を口にする。
「……いかにも、私は久坂杏一郎、そなたが探していたらしい人間だ」
秋隆が認めた瞬間、少女は花が開いたかのような麗しい笑顔を見せた。
「やっぱり、あの時は助かったのです。本当にありがとうございます!」
スカートの裾をつまんで一礼して見せる少女。やはりその動きは洗練されたもの、その礼儀正しい姿勢に凍子も感心したように何度も頷く。
そして頭を上げると少女はポケットの中から何やら小さなものを取り出した。
「お礼ってほどじゃないですけど、よかったらこれを……」
彼女が差し出してきたものは琥珀色の勾玉。封神霊廟、すなわち令和の世界であれば機械で削り出しが出来るかもしれないが、あちらと違って機械的な文明ではないエルメラでは相当貴重な品ではないだろうか?
「いや、これはどう考えても値が張るものなのでは……」
どのような製法で作られたものなのなのか不明ではあるものの、勾玉からは肌を冷やすような強烈な力が溢れており、ただの装飾品とは間違っても言えないような逸品。
そんなものをこのような幼い少女が簡単に手に入れられるとは到底思えない。実家の家宝か主家から下賜されたものかの二択だろう。
そんな貴重品を命を救ったという恩があるとは言え、その報酬のような形で受け取るということを秋隆はしたくないのだ。
「いえ、どうしても杏一郎様に持っていてほしいんです」
固辞しようとする秋隆に対してグイグイと迫ってくる少女。
そんな中このままでは水掛け論にしかならないことを察したのか、凍子が前に進み出る。
「杏一、こんな幼気な少女の願いを無碍にするつもりですの?」
師匠たる凍子からの鶴の一声に思わず背筋を伸ばす秋隆。どうやら議論はここまでのようだ。
「……わかった、ではありがたく頂戴することとしよう」
内心忸怩たる思いだったがこれ以上続けるわけにもいかないだろう。
それにこのような品を差し出すことからも少女が秋隆の恩に報いたいという気持ちは間違いなく本物、その思いを無碍にしてしまうことは秋隆の本意ではない。
「はい、このご恩は忘れません。では、失礼いたします」
最後にもう一度だけ秋隆に一礼すると、少女はそのまま大通りに消えていった。
少女の姿が大通りの雑踏に消えると凍子は秋隆の方に視線を向ける。
「大したことをしたわけではないのですが……」
再び歩き出しつつあの時のことを思い出す秋隆。
あのとき彼は損得勘定のような細かいことを考えて動いたというわけではない。
ただ目の前にいる生命を見殺しにすることなどできなかったというだけのことだ。
そんな彼の姿は凍子から見た場合、やや謙遜が過ぎる。しかしそれもまた神州人らしい神州人たる秋隆の美徳、必ずしもマイナスに作用するような特徴ではない。
とはいえ、一応一言くらいは言っておこうと凍子は口を開いた。
「英雄というのはそんなもの、英雄になろうとしてなるのではなく、行動の一つ一つが英雄を形作るものです」
最初から英雄になろうというものではない、何かを果たした人間が結果的に英雄となる。
その理屈で言うならば、すでにあの少女の中で秋隆は英雄になったと言えるのかもしれない。
「……私がなるべきは英雄より先に神官将。とりあえずそこからですがね」
まずは手近なところにある目標から、神官長に会い神官将となるのだ。
「あとは神官長とやらに会えば万事解決、ということになりますの?」
「一応シャダが推薦をしてくれているらしいのでおかしなことにはならないはずですが、試験の一つは覚悟しなければならないかもしれませんね」
推薦があるとは言え神官長が秋隆のような怪しい人間を手放しで信用するとは考えにくい。
それなりの対応が待っていることは覚悟しておく必要があるだろう。
さていつの間にやら二人がいるのは官公庁が建ち並ぶエテメンアンキ中心部。
神官長のいるエテメンアンキ大聖堂もちろんのこと、エルム教団のトップにしてエルメラ神聖国の王たる神聖王のいる宮殿も存在する場所に辿り着いていた。
「杏一」
ふとそこで急に足を止める凍子。何か言いたいことでもあるのかじっと秋隆を見つめる。
「凍子? どうかしたのですか?」
何とも言えない嫌な予感。基本的に感情を表に出すことの少ない凍子にしては珍しいことに瞳の奥で光が揺れており、尋常ではない事態が起きたと秋隆に予知させるには十分なものだった。
「もしかして、私に同行しようとしたことに何か関係が?」
先んじて放たれた秋隆の質問にどう切り出すべきか言葉を選んでいた凍子は、すぐさま顔を上げる。
「……正直ただでさえ祖国の復興という重荷を背負っている卿にこのような話はしたくないのですが……」
僅かな逡巡、頭の中で言葉をまとめると凍子は静かな口調で口を開いた。
「先日我が師より警告を受け取りました。この世界が歪み始めていると」
「世界が歪む?」
いまいち凍子の言わんとする内容が分からず受けた言葉をそっくりそのまま聞き返す秋隆。
「卿も知っての通り、理気はこの世界のすべての物質、理の元となる力、この力の流れに異常が起こると世界そのものに歪みが生じ、あらゆる存在が意味をなさなくなります」
ここまで聞いてようやく秋隆は事の重大さを理解した。
凍子ほどの存在が動き始めるような事態、簡単に収拾を図れるようなことではないのだろう。
「それは、つまり……?」
「世界の終焉、ですわね」




