第六十七話「鋼獣」
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魔獣兵器の正体。
正体不明の襲撃者との戦いを終えた秋隆は一旦自室にて休息し、その後双葉から現状を聞き出すべく、白狐城の書院に赴いた。
「……お疲れ様でした。久坂卿」
書院にはすでに双葉が待機しており、脇に控える形で平伏し、秋隆らが座に着くのを待っている。
上目遣いにこちらと上座を代わる代わる見ているあたり、どうやら双葉としては秋隆にそちらへ座って欲しいようだ。
秋隆としては客の分際で上座に座ることなどしたくないのだが、このまま根競べを続けても時間を浪費する結果にしかならないだろう。
「……(致し方ない、か)」
一瞬だけ顔をしかめ、可能な限り不本意な本音を外に出すことはせず、上座に腰を下ろした。
続いて、ともに書院に入ってきたルドヴィカ、豊輝、綾音の四人がそれぞれ下座に着いたことを確認すると、秋隆は双葉が頭を上げるのを待つ。
「……幽都の被害は?」
双葉が頭を上げた直後に問うのは街の被害状況、かなり気を遣って戦ったとしても戦というものは一度始まれば周囲に甚大な損害をもたらすものだ。
死傷者や街への損害、その辺りのことを秋隆は心配していたのだが双葉は微かに首を振って見せる。
「おかげさまで幽都の被害は軽微、怪我人もなく無事事態の終息を見ることが出来そうです」
「そうか、それは何よりだ」
どうやら命を危険に晒した甲斐はあったらしい。双葉の返答に秋隆は胸を撫でおろした。
しかし当面の危機を回避出来たとは言え、安堵してばかりもいられないのが現状、被害状況を理解したならば次の話に移らねばならない。
「……それで、あの機械は?」
秋隆の言葉に書院内の空気が一気に引き締まる。
そう、目下気になることは突如として幽都に現れた正体不明の襲撃者のことだ。
見た目は完全に機械にも関わらず生物の理気を備えた異形の兵器、あれはこれまで秋隆が見たことのない存在である。
書院内に緊迫した空気が立ち込める中、双葉は一瞬だけルドヴィカを一瞥し、口を開いた。
「まだ解析中ですので正確なところはわかりませんが、隣国ゼデキアの半機械旅団に属する兵器、半機械戦獣の類ではないかと」
「半機械戦獣?」
双葉の口から放たれた聞き慣れぬ単語に思わず復唱する秋隆。ゼデキア、というのはこの世界の見聞が恐ろしく狭い彼であっても聞いたことのある名前である。
大陸に存在する強大な統一国家であり、長年エルメラとの戦争を続けている勢力。
神官将の本分は鬼紋獣を倒すことだが、場合によっては将官待遇で禁軍兵士を率いてこれと当たることも役目に組み込まれているという文字通りの敵国だ。
しかし肝心の半機械戦獣とやらは初耳、聞き覚えのない単語である。
そんな秋隆の疑念を察知したのか、すぐさま双葉は口を開いた。
「はい、人工的に培養された生物の中枢神経と人工筋肉を機械に移植し、生物の柔軟さと機械の頑強さを両立した生体兵器です」
要は人工知能の代わりに脳髄を組み込み、接続部位に生体的な部品を使うことで行動に柔軟性を持たせた機械と生物のハイブリッド兵器。
機械の中に生物を残しておくことにより理気の運用も可能とし、おまけに機械であるが故に低コストでの量産も実現させているとのこと。
「……(随分と高度な技術を持っているらしいな)」
理気そのものに関しては大したレベルでないが、それでも一定の能力を持つ理気使いが大量にいるとなれば脅威にもなるだろう。
恐るべきはそのような兵器の研究開発を可能とするゼデキアの国力と技術力、エルメラの敵国たる資格は十二分にあると言っても良いかもしれない。
「……幽都はいつもこんな目に?」
いささか心配そうな表情の秋隆に対して双葉は素早く首を振って見せた。
「いえ、これまで国境における小競り合いこそありましたが、幽都が攻撃を受けるなど一度もありませんでした」
「ふむ、では……」
「ゼデキアの連中が本腰を上げてクリシアの攻略に来た」
突如として下座から発せられた鋭い言葉に秋隆は顔を上げる。
「……そんなわけないけどね」
軽く鼻を鳴らしルドヴィカは自身の言説を否定すると堂々たる様子で腕を組んで見せた。
隣に座る綾音は何か言いたいのか、そんな彼女に向かって厳しい眼差しを向けていたが、秋隆は右手を上げてこれを制すとルドヴィカの言葉を促す。
「根拠が?」
「まあね、連中にとって幽都は遠い上に旨味のない場所、ここを攻めるくらいなら最西端の離島、ロトル要塞に戦力を集中させるでしょうね」
ルドヴィカの言葉は秋隆の考えをほぼ代弁したものであった。
彼の見る限り幽都は住民の大多数が魔族であることを除けば普通の都市。
一応エルメラ本土に属する大都市と言う意味では占領する旨味がないわけでもないのだが、わざわざ領土侵犯と言う危険を冒してまで制圧する意義が見受けられない場所、つまりはリスクとリターンの釣り合いが取れていない街と言える。
もっと言うならば、同じクリシア地方の都市を空襲するにしても、幽都ではなく直接大神官のいるクリシア大聖堂を狙う方が自然かもしれない。
「……しかし、あんな巨大な輸送機を素通りさせるとは……」
狐らしく鋭い瞳で畳を睨みつけつつ、双葉は苛立たし気に口を開いた。
「クリシア管区の目は節穴と呼んでもいいのかもしれませんね」
「そこだ、双葉」
「え?」
完全に愚痴めいた独り言のつもりだったにもかかわらず、いきなり秋隆に発言を拾われ双葉は戸惑いの声を上げる。
「そこが一番妙な部分だ」
「妙、ですか……」
「……ゼデキアからあんな輸送機が、警戒厳しいロトル要塞を突破してここまで来れるわけがないってことだろ?」
形の良い顎を撫でつけながら静かな口調で口を開いたのは豊輝。その表情は引き締まっており、普段の胡乱な気配からは想像もつかないほどに凛々しい雰囲気だ。
「普通に考えれば、あんなのが幽都まで来れるわけがない、どっかで撃墜されるだろうさ」
彼の言う通り、幽都はクリシアの中でも内地に位置する場所で、国境線からも距離がある。
当然そこからここまでの間には国境を守るロトル要塞を始めいくつもの都市、軍用施設が存在するはずだ。
それらの頭上を通過しておいてなんの妨害も受けずにここまで来るなど不可能である。
「で、ではあの輸送機はどこから……?」
微かに喉を震わせながら双葉が問いかけると、先ほどまで瞑目し、何事かを考えていた綾音が両目を開いた。
「クリシアのどこからかと考えるのが自然でしょうね」
ちらっと綾音が秋隆の方を見ると、彼もまた難しい表情で頷く。
「……そうだな、敵国の兵器を鹵獲しての再利用、それならばこのような形での強襲も可能であろう」
「そ、そんな……!」
秋隆の言葉に放心する双葉。奇襲を受け、おまけにそれが味方であるはずの存在からなされた可能性が出てきたとなれば、動揺するのも無理はない。
「で、ではエルメラは我ら魔族を粛清しようと……?」
「さすがにそれはないと思うわ」
最悪の仮説を口にしようとした双葉を慌てて制止し、ルドヴィカは何度か咳ばらいをしてから自身の考えを述べた。
「標的は理気に長けた魔族の本拠地、本気で落とすってなったら、たとえ滅茶苦茶な理論だろうがなんだろうが、大義名分を用意して五清将を派遣するんじゃない?」
ルドヴィカの言うように魔族と言う存在はエルメラ人の中でもとりわけ理気に秀でた種族である。
おまけにクリシアはエメルス同様鬼紋獣だけでなくゼデキアとの小競り合いも頻発する国境地帯、目に見える脅威がすぐ近くに存在するとなれば防衛意識は高まり、理気を修行する者も増えるというのは自然な話だ。
ただでさえ理気の扱いに長けた種族なのだから、当然その中には並みの神官将では太刀打ちできないような手練れも存在する。
そんな相手が複数いるような拠点を本気で抑えるつもりならば、半機械戦獣ではなく五清将クラスの理気使いを派遣してしかるべきだ。
「……つまり、何者かが正体を気付かれないようにゼデキアの兵器を使い攻撃を仕掛けてきた、と?」
おずおずと言った様子で口を開いた双葉の総評に秋隆は難しい表情のまま頷く。
「……ゼデキアが攻めてきたとかエルメラが魔族を粛清に来たとか言う話しに比べれば、そちらの方が可能性が高いだろうな」
そうなってくると次に気になるのはその何者かの狙い。
双葉の話によれば幽都が襲撃を受けるというのこれまでなかったこと。つまりその何者かはここにきて幽都に攻撃をしなければならない理由が出来たということになるが……。
「兄上様」
再び沈黙が書院を支配する中、真剣な表情で綾音が前に進み出た。
「此度の件、兄上様の命を狙う何者かによる陰謀ではないでしょうか?」
「ふむ、何故そう思う?」
秋隆の問いに対して、綾音は何を話すのかすでに考えていたらしく、悠然とした様子で質問に応じる。
「これまでなかったことが、よりにもよって兄上様滞在時に起きる。偶然とは思えません」
「偶然でなければ必然と言うことか……」
「……仮にそうだとして、誰が杏の命を狙いたがるのよ」
ルドヴィカの指摘に綾音は一瞬だけ首を傾げて見せたが、すぐさま口を開いた。
「それは、そちらが一番ご存知なのでは?」
「はあ? あんた何が言いたいわけ?!」
「やめないか二人とも」
またしても殺気立つルドヴィカと綾音、二人を放置しておけば先ほどと同じ必要以上に殺伐とした雰囲気になるのが目に見えているため、秋隆は間髪入れず仲裁に入る。
「エルメラ側に私を邪魔に思う者がいるかも知れないと言うことだろう?」
「その通りです」
「……なら最初からそう言いなさいよね」
面白くなさそうにそっぽを向くルドヴィカではあったが、同時に綾音の言葉にも思い当たる節があるらしく、微かに鼻を鳴らす。
「……まあ、確かに杏みたいな人を排除したい人間はエルメラにもたくさんいるかもだけど……」
「いずれにせよ警戒を怠ることは出来ません。久坂卿には当面身を隠していただくべきかと……」
「……その意見には賛成出来ませんわね」
突如として氷のごとき冷たい声が響き、次いで固く閉ざされていた書院の扉が開かれた。




