第六十六話「空からの一撃」
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異形の怪物。
クリシア幽都白狐城。凄まじい衝撃とともに空から降りてきたのは、秋隆にとって見慣れぬ姿をした存在であった。
「なんだ、こやつは……」
一目見て感じたあまりの違和感に思わず秋隆は顔をしかめる。
まず最初に目を引くのは箱を思わせる躯体を覆う赤鉄色の分厚い装甲。
三メートルはあろうかという巨体は隙間なく防御されており、関節部を除けば一分の隙もない。
続いては箱の両側に備え付けられた小型のガトリング砲。
基本的に軍事行動に関しては理気使いに依存するエルメラではなかなかお目にかかれないような重火器の類だ。
秋隆も現実に帰還してから見るのは初めてだが、その形状に関しても運用法についても封神霊廟のものと同一と見て間違いないだろう。
一際目立つのが躯体の背中から伸びる巨大な鉄の翼。
いかなるテクノロジーかは不明ながら空から落ちてきたことも加味すると滑空することを念頭に入れて設計されているのかもしれない。
だが見た目の違和感と言うものは、単純にこの手の機械を見慣れていないがゆえに生じる感覚で、この場合においては気にする必要のない些細なものだ。
秋隆が感じた違和感は見た目ではなく、かの存在が纏う理気に由来する。
「この気配は間違いなく生物の発する理気……!」
そう、今目の前にいるのはまず間違いなく機械の肉体を備えた戦闘兵器。
しかし、かの兵器の纏う理気は生物固有のものであり、もしも視覚を遮断し、理気のみで対象を確認した場合、生物と誤認しそうなほどに強いものだ。
「こやつは、一体……?」
「兄上様!」
横から飛ぶ綾音の警告、その直後機械兵器が動き出し、ガトリング砲を始動させる。
「っ!」
たちまち空間全域にばらまかれる弾丸の雨、しかし秋隆はこれをすばやく見切り、身を低くして這うような動きでこれを躱した。
「問題ない」
雨の如き弾幕と硝煙の匂いが充満する中、秋隆は機械兵器に接近し、鼈甲霊亀に理気を纏い一閃、一太刀で対象の胴体を両断する。
「!?!?!?!?!?!?!?!!?!?!?!?!」
躱す術を持たず、秋隆にされるがままに胴体を引き裂かれ、真っ二つになる機械兵器、その刹那周囲に濃厚な鉄の匂いが立ち込めた。
「むっ!?」
両断された機械兵器の胴体から吹き出すのは燃料の類ではなく生臭い臭気を宿した真っ赤な血液、それこそ生物がその身を割かれたか如く庭先が真紅に染まる。
「……(やはり生物、なんらかの生物を改造して兵器に仕立て上げているのか!?)」
そんな状態でもまだ動けるのか、機械兵器は血の滴るガトリング砲を秋隆に向けた。
「爆ぜよ!」
「!?!?!?!?!?!?!?!!?!?!?!?!」
秋隆が鼈甲霊亀を振るうのと同時に、機械兵器のすぐ下から大量の竹が生え、天に向かって勢いよく伸びる。
ほぼ無防備な状態であった機械兵器は竹に巻き込まれる形で躯体を引き裂かれ、そのまま機能を停止した。
「お見事でございます。兄上様」
上部が真紅に染まる竹を一瞥し、綾音は秋隆に向かって軽く一礼する。
「四道将軍の筆頭に相応しき実力、感服いたしました」
「褒めて貰えて恐悦至極、しかし……」
秋隆は鼈甲霊亀を鞘に納めることはせず、鋭い瞳で夜空を見上げた。
「どうやら一体ではないらしい」
彼の視線の先、それなりの高度で微かに光が瞬き、流星のようなものが横切る。
その直後、空を切るような音がして、先程とまったく同じ姿をした機械兵器が秋隆のすぐ前に着陸した。
その数三体、いずれも最初からこちらを敵視しているのは丸わかりであり、着地と同時にガトリング砲の銃口を秋隆に向ける。
「無粋な機械ども、兄上様ここは此方が……」
静々とした動作で綾音が前に出ようとした瞬間、突如として白い霧が庭先に漂い始めた。
「むっ! この霧は……」
理気を帯びた霧、明白な意思をもって放たれたそれは恐ろしい速度で周囲に広がり、機械兵器を飲み込む。
これに巻き込まれた機械兵器は瞬時に装甲を融解させられ、その内側に隠された生体部品も一瞬にして炎上、跡形もなく焼滅した。
「……ルイズのいないとこで随分楽しいことしてんじゃないの」
予想通りと言うべきか、霧の中から現れたのはルドヴィカ・ウォルキア、先程まで夢の中にいたのか若干寝ぼけ眼である。
「……にしても、寝込みを襲おうとは不逞輩だな」
そんなルドヴィカに追随する形でやってきたのは、豊輝。こちらは眠っていたわけではないのか足取りも表情もしっかりしたものだが、心底面倒そうな口調だ。
「ルイズ、それに尚左」
「貴方は、左兵衛督殿!」
「おや? 誰かと思えば綾音嬢ちゃんじゃねえか」
びっくりした表情の綾音に対して、豊輝も一瞬だけ目を見開いたが、直後に状況を察したのかすぐさまいつもの胡乱な笑みを浮かべる。
「そうか、クリシアはお嬢ちゃんの……」
「杏、こっちの魔族は?」
豊輝がまだ何か発言しようとしていることも気にせず、ルドヴィカは秋隆の隣に立つ綾音に鋭い視線を向けた。
いきなり夢の中から叩き出されたかと思えば外には正体不明の襲撃者、そして見慣れぬ人物がいるとなれば警戒するのも無理なきことであろう。
「彼女は久坂綾音、私の妹だ」
秋隆の放った妹と言う言葉にルドヴィカはただでさえ鋭かった目をさらに厳しいものに変え、綾音の姿を上から下まで舐め回すかのように見つめた。
「妹? だってどう見ても魔族なんだけど……」
心底怪しいと言わんばかりに綾音を見つめるルドヴィカ。霊亀とはいえ人間にしか見えない秋隆とは違い、綾音は魔族としか思えない異形の姿、あまりにも不自然なその様相にルドヴィカは警戒心をさらに引き上げたらしい。
「ルイズ、これは……」
秋隆がどうにか言い訳しようと口を開いたその刹那、彼の前に出るような形で豊輝が進み出る。
「ま、世の中色々、こういうこともあるってことさ」
相変わらず胡乱そのものな笑みに軽薄な口調の豊輝、しかしその目は笑っておらず言葉にも有無を言わさぬ不思議な圧力が込められていた。
「……ぐっ!」
ルドヴィカの方もどうにか反論しようと口を開いたが、結局言葉が見つからず、悔しそうに唇を噛む。
気まず過ぎる空気、ともあれ気乗りしないことはさっさと済ませるに限るもの、秋隆は綾音にルドヴィカを紹介しようと口を開いた。
「綾音、彼女はルドヴィカ・ウォルキア、神官将で何かと縁があって組むことが多い」
「……ええ、史上最年少で神官将の地位を得た少女、騰蛇将の噂は此方も聞いています」
微かに顎を引くと綾音は相変わらずこちらを睨みつけているルドヴィカを正面から見据える。
「久坂綾音です。童女とは言え神官将である以上は一人前の旗本、あまり兄上様に迷惑を掛けぬようお願い致します」
洗練された礼儀正しい動きでルドヴィカに一礼する綾音。しかしその所作は先程秋隆にしたものとは異なり、親しみと言うものを感じさせない冷徹なものであった。
そんな内面に宿る敵愾心を目敏く察知したのか、ルドヴィカは面白くなさそうに鼻を鳴らす。
「妹って言う割には、なんとなく距離が近過ぎる気がするんだけど」
ルドヴィカの言葉に綾音の顔を険しいものが横切ったがそれも一瞬のこと、次の瞬間には爬虫類のごとき酷薄な笑みを浮かべた。
「……無礼な方ですね。兄上様に対してあまりにも気安過ぎるのではなくて?」
氷で作られたナイフを思わせるほどにゾッとする冷たい言葉、常人ならば恐怖心から震え上がりそうなものだが、そんなもので怯むルドヴィカではない。
「無礼? ふん、ルイズと杏が死にそうな目に遭ってる時に助けに来ないような身内が他人を無礼呼ばわりだなんて、ちゃんちゃらおかしいわ!」
「此方は兄上様の実力をよくわかっているからこそ無粋な手出しはしなかったのです。近くにいながら危険な目に遭わせるような人間に比べれば遥かにマシかと」
ここまで来れば完全に売り言葉に買い言葉、ルドヴィカも綾音も相手が気に食わないのか、それぞれが持つ得物に手をかけており、今この瞬間にも流血沙汰が起きそうである。
「辞めないか二人とも! 非常事態だぞ!」
剣呑極まりない雰囲気に秋隆が怒声をあげれば、そこでようやく綾音はハッとしたように顔を上げた。
「……申し訳ございません兄上様」
「……ちっ!」
機嫌悪そうに舌打ちするルドヴィカであったが秋隆に逆らうつもりはないのか、綾音から目を逸らし、そっぽを向く。
「んで頭中将殿よ、こいつらは何だと思う?」
ようやく冷静に話が出来るとばかりに豊輝は庭のあちこちに転がる機械兵器のことに話題を移した。
「わからん、見た目は機械にしか見えぬが、発する理気は生物のそれだ」
「久坂卿!」
新たな声に秋隆が御殿の方に目を向ければ、そこにいたのは慌てた様子の魔族。
翠明院陽華の部下にして、秋隆らを幽都まで引率してきた人物、石動双葉である。
「双葉か」
「大変です! 正体不明の怪物が幽都郊外に……!」
「奴ら、街にも現れたのか!」
どうやら先ほどの機械兵器は白狐城だけでなく民間人の住まう場所にも襲撃を仕掛けてきたらしい。
鼈甲霊亀を固く握りしめ、秋隆はその場にいる人間全員に声を掛けた。
「ここは私が出る、そなたらは非戦闘員の誘導を頼む!」
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幸いなことに機械兵器が降りてきた場所は民間人が住み暮らしている場所ではなく、草木生える空き地が乱立する郊外。
しかし放置していればやがて市街地に進出し、民間人にも犠牲者が出るのは想像するに容易い。
「そこだ!」
「!?!?!?!?!?!!?!?!?!?!?!?!?!!?!」
郊外に到着するや否や、秋隆は目にも止まらぬ早業で手近な場所にいた機械兵器を攻撃、その躯体を一刀両断して見せた。
無駄のない動きに、必要最低限の理気を用いた一撃、攻撃を受けた機械兵器は断面から血を吹き出し、その機能を停止する。
「ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」
瞬間、その場にいた全ての機械兵器がガトリング砲の銃口を秋隆に向けた。
絶対絶命の危機、しかし彼は鼈甲霊亀を構えることすらせずに、うっすらと笑みを浮かべて見せる。
「無駄だ」
発砲しようとするその刹那、地面から大量の竹が飛び出し、一瞬にして機械兵器らを飲み込んだ。
「!?!?!?!?!?!!?!?!?!?!?!?!?!!?!」
抵抗することすら出来ずに機械兵器が押し潰されたことを確認すると、秋隆は星の煌めく夜空を見上げる。
理気を用いて認識空間を広げてみれば、上空2000メートル辺りに巨大な輸送機が飛んでいるのがわかった。
「……あれが親玉か?」
念の為そちらに意識を向けてみれば、輸送機の内部にはいくつもの熱反応。
どうやら先程落ちてきた機械兵器を大量に搭載しているらしい。
「……恐らくここからでも届くだろうな」
口元を緩め、うっすらと酷薄な笑みを浮かべるとともに秋隆は鼈甲霊亀に理気を収束させる。
「理力剣!」
一閃とともに放たれた理気の斬撃は夜空を高速で走り、輸送機の頑強な躯体を一瞬にして両断した。
そのまま輸送機は切断面から炎上、制御を失い幽都の郊外へと墜落する。
直後、空間が震動するとともに一瞬だけ周囲が真昼のように明るくなった。
どうやら輸送機の動力炉に火の手が周り、そのまま収容していた機械兵器ごと爆発したらしい。
「再生を夢見て眠れ……」




