第六十五話「予想された異変」
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逮捕勾留。
エテメンアンキ中心街に位置するとある邸宅。どちらかと言うと西洋寄りの建築物が目立つ中にあって、その館は瓦屋根を備えた番所付きの門に数寄屋造りの母屋と神州風、否魔族風の建築様式をしている。
周りから浮いていると言ってしまえばそれまでだが、家主の趣味が良いためか単なる家屋以上に洗練された見た目であり、この館を見る者は一つの芸術品のように感じるかもしれない。
秋隆と凍子が白狐城の二の丸御殿にて密談を行っている頃、かの邸宅ではとんでもない大事件が起きていた。
「……騒がしいのう」
邸宅の一室、奥まった場所で書物を読んでいた家主、妖魔王翠明院陽華は外からの喧騒を受け、微かに顔をしかめる。
基本的にこの場所は警察本部にもほど近い場所であり、治安の良いエテメンアンキの中でも特に過ごしやすい地区。
それなりに広い邸宅の最奥部にまで届くほどの騒ぎなどそうそう起こることはではない。
「……(いよいよ始まったか?)」
起こりようもないような出来事、普通ならば慌てるところかもしれないが、すでに陽華はこの喧騒がどのようなものなのか察しており、頭の中では目まぐるしく思考が渦巻いていた。
「失礼いたします!」
そんな時、勢いよく襖が開かれ、魔族従者が陽華のすぐ前に膝を着く。
「何事じゃ?」
「は、はい! 屋敷が何者かによって包囲されています!」
慌てふためく魔族従者とは違い、こうなることを予測していたのか陽華の態度は悠然としたもの。
「ほう、思いの外早かったようじゃな」
薄ら笑いすら浮かべつつ、洗練された動作で立ち上がると陽華は両手を伸ばした。
「我らが時間を稼ぎます! 妖魔王様は直ちにお逃げを……」
「いやいや、それには及ばぬ、誰の手によるものかも、相手の狙いもすでに把握しておる」
「は?」
懐から扇子を取り出し陽華はその先端を呆気にとられたように固まる魔族従者の額に向ける。
「総員に下知、決して手を出さずに持ち場を守ること、この先何があろうとも知らぬ存ぜぬを貫き、静観しておれ」
「よ、妖魔王様! それは一体……?」
「心配はいらぬ、指揮官にもよろうが、お主らに手出しはさせぬよ」
カラカラと笑い声を上げながら、陽華は堂々たる歩調で邸の外へと歩きだしていった。
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邸宅の外にはかなりの集団が集まっており、アリ一匹逃さぬほどの濃密な包囲網を形成している。
直後、閉鎖されていた正面の門が開かれ、邸の主翠明院陽華がその姿を見せた。
「で、出て来ました!」
先頭にいた女兵士が声を上げるとともに周りにいた禁軍兵士らは手に持っていた銃を上げ、陽華に向ける。
「うむうむ、このようなか弱い雌狐一匹捕まえるのにこれほどの人員を費やすとは大義」
これほど緊迫した状況にも関わらず陽華の動きは落ち着き払った堂々としたもの、泰然自若という言葉を体現したかのような姿だ。
「止まれ! それ以上近づいた場合命の保証はないぞ!」
「言われずともわかっておる。これ以上近づくことはせぬよ」
軽く肩をすくめると陽華はその場に立ち止まり、簡単に周りを見渡す。
「さて、この大部隊を指揮しておるのは誰じゃ? さぞ名のある御仁なのであろうな」
「……心にもないことを口にするのは辞めなさい、化狐」
緊張した面持ちの禁軍兵士の間から冷ややかな言葉が発せられるとともに、一人の少女が姿を現した。
一見したところその見た目は非常に幼く、無垢と呼んでも差し支えない容姿をしている。
リンゴのように紅潮した頬に小柄な体躯、短く切りそろえられた髪を飾る質素なベールに、その身を覆う修道服と修練中の志願生を思わせる姿だ。
しかしその瞳には長い年月を生きてきた者特有の諦観めいた感情が宿っており、無垢な少女とは思えぬ冷たい光を放っている。
おまけにその右手にはシンプルな形状のポールメイスが握りしめられており、なんとも近づき辛い雰囲気を纏っていた。
どうやら陽華はこの少女のことを知っているらしく、彼女を見た瞬間、嬉しそうに顔を綻ばせる。
「ほう、お主はクリスティア・カラレス、五清将直々のお出ましとは、妾も捨てたものではないのう」
クリスティア・カラレスと呼ばれた少女は、陽華の言葉を受けて鬱陶しそうに顔をしかめた。
「着の身着のままで出てきたということは、観念したと見て良いのですか?」
友好的な陽華とは異なり酷く冷淡な対応、クリスティアが握るポールメイスが一瞬鈍い光を放つ。
そんなクリスティアの姿に対して陽華はこれまでの態度を崩すことはなく、余裕の笑みを浮かべる。
「お主ら次第ではあるが、基本的に妾に抵抗する意思はない」
なんとも含みのある発言に禁軍兵士らの顔に緊張の色が走ったが、クリスティアは呆れたようにため息をついた。
「翠明院陽華、私は時間を無駄にする行為は嫌いです。言いたいことがあるのならばさっさと言いなさい」
「うむ、まずは妾にどのような嫌疑が掛けられているのかくらいは教えてもらえぬか?」
陽華の問いかけに対してクリスティアは面倒と言わんばかりに鼻を鳴らす。
「この私が、五清将が派遣される意味を知らぬわけではないでしょう?」
「無論じゃとも、じゃが逮捕するにせよ制圧するにせよ、対象が求めたのならば罪状を宣告せねばなるまい?」
しばらくクリスティアは人を殺せそうなほどに冷たい瞳で陽華を見つめていたが、やがて観念したのか静かに口を開いた。
「……妖魔王翠明院陽華、罪状は大神官三名の暗殺計画を目論んだことによる国家反逆罪です」
「……ほう、これまた大きく出たものじゃな」
暗殺計画の主犯、しかも殺害の対象がエルメラと言う国の中枢に位置する大神官の暗殺を目論んだと言われれば大抵の人間は動揺するであろう。
しかし陽華は変わらず悠然と笑みを浮かべるのみであり、動じた様子など欠片も見せることはない。
「して、妾が仕組んだという証拠はあるのか?」
哄笑しそうになるのをかみ殺しながら放った陽華の発言に、一人の禁軍兵士が我慢も限界とばかりに口を開く。
「貴様、あまり調子に乗るなよ?」
そのまま銃口を陽華に向ける女兵士。呼吸荒く、顔も真っ赤にしているあたり、相当頭に来ていると見て間違いない。
「今や貴様は反逆者、この場で射殺されても文句は言えぬのだぞ?」
そんな兵士の姿を見てクリスティアは微かに首を振って、遺憾の意を露わにした。
「およしなさい、相手は妖魔王、この程度の豆鉄砲では命中したところで蚊が止まった程度のダメージしか与えられません」
怒りから暴発しそうになる兵士を止めるかのようにクリスティアはポールメイスの石突で地面を叩き、他の禁軍兵士らも威圧する。
「私も詳しくは聞いていませんが、実行犯が自供したと聞いています」
そこでクリスティアが一瞬だけ当惑したような表情を浮かべるのを陽華は見逃さなかった。
どうやら彼女もこの一件は陽華らしからぬ穴だらけの事件であると考えているらしい。
「なるほど、大神官様方は無事なのか?」
「……それは貴女が知る必要のないことです」
すげなく切って捨て、クリスティアは先ほどと同じ冷たい瞳で陽華の双眸を見つめる。
今回の事件に疑惑を持っているのは間違いないが、それはそれとして上から降りてきた任務である以上しっかり果たすつもりのようだ。
「ふむ、まあそうであろうな」
とぼけたように肩をすくめる陽華を見て、これ以上ペースを乱されまいとクリスティアは努めて冷淡な調子で口を開く。
「貴女はこの後、鈴の鳴る森、クリンゲルヴァルドに身柄を移され、そこで処刑を待つことになります」
そこで一旦言葉を区切るとクリスティアは陽華の内面を探るかのようにうっすらと目を細めた。
「しかしもし抵抗せずに大人しくこちらに身を委ねると言うのならば必要以上の拘束はしないと約束いたします」
「ふふふ、国家反逆者を前にお優しいことじゃな」
「そちらの冗談に付き合うつもりはありません。いかがいたしますか?」
クリスティアの言葉に考え込むようなそぶりを見せる陽華。
正直に言うならば、もしも全力で抵抗した場合、クリスティアに勝つことは無理でもこの場を切り抜けることは不可能ではないし、そのまま行方を晦ませることも出来る。
しかし今回に関しては、そのようなことをする必要は全くない。
何故ならば事ここに至るまで、ほとんど想定通りに話が進んでいるからだ。
「抵抗するというのなら、痛い目に遭ってもらわなければなりませんが……」
陽華の沈思黙考があまりにも長かったためかしびれを切らしたクリスティアはポールメイスを微かに傾ける。
彼女も場合によっては実力でもって陽華を拘束することを勘定にいれているらしい。
「無論、五清将が来た以上抵抗するつもりはない。潔くお縄を頂戴するとも」
無抵抗を示すように両手を上げると、そこで陽華は自身の邸を一瞥した。
「妾に仕えていた者たちはどうなる?」
「……ある程度の捜査はされるでしょうが、貴女とは違い極刑になることはないでしょう」
「ふむ、ではこのまま大人しくする故、彼女らの命は保証してはくれぬか?」
陽華の要請にクリスティアは唇を一文字に引き結び、思考を巡らせる。
正直なところ彼女は陽華を逮捕するよう言われた時、相当苦戦することを覚悟していた。
魔族らしく理気に長けているというだけではなく、老練な元老院議員すらも一目置くほどの智謀、敵にするには危険すぎる存在が相手となれば警戒してしかるべきであろう。
それこそ禁軍兵士らの身内を人質にして撤退を要求するか、あるいはすでに行方を晦ませて突入と同時に屋敷を爆破するくらいのことはやると考え、可能な限り慎重に事を進めてきた。
しかしここまで抵抗らしい抵抗もなく、条件付きではあるものの自ら身柄を引き渡そうというのである。
「……(あまりにも手ごたえがなさすぎる)」
クリスティアでなくともこのような感想を抱いてしまうのも仕方ないほど、あっけない結末だ。
とは言え、仕事が簡単に運ぶのならばそれに越したことはない。
彼女としても違和感しかないこの一件は、早急に進め、決着させてしまいためこの展開は迎合すべきところである。
「……良いでしょう、命だけは助けると約束いたします」
長い沈黙の後、最終的にクリスティアが出した結論に陽華は満足げに頷いて見せた。
「助かる、では行こうか……」
従順に陽華が両手を差し出してきたため、クリスティアは理気を収束させ簡素な灰色のロープを実体化、彼女の両手首を縛りつける。
「……(これで後は、結果が出るまで待つのみじゃな)」
誰にも見られないように顔を伏せると、陽華は口元を歪め策謀家らしい黒い微笑を浮かべた。
「……(さて杏一郎殿、後のことは頼むぞ?)」




