第六十三話「魔族の都」
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白狐城到着。
「……こんなところか」
何局目になるか知れない対局を終え、秋隆は静かに息を吐いた。
「相変わらず強いな、お前さんは……」
ぼろ負けした盤面を見ながら、自嘲するように呟く豊輝。
ここまでそれなりに回数の局面をこなしてきたのだが秋隆の強さはまさに圧倒的、未だ一勝すら挙げられていない。
「ここは手拍子であったろう?」
数手前に盤面を戻し、秋隆は微かに首を傾げつつ豊輝の駒を指差す。
「もう少し相手の出方を伺うべきだったかもしれぬな」
「こうして落ち着いて検討してるとそういう気にもなってくるんだが、いざ対局してると頭に血が上ってきていけない」
盤双六と言うものはサイコロの出た目によってその時その時の最善手が目まぐるしく変わるものだ。
それ故に思ったより大きな目が出た時も、小さな目が出た時も盤面をよく見て作戦を考えることが求められる。
サイコロの目で一喜一憂しているようでは相手に振り回される結果にしかならないということだ。
豊輝は秋隆の言葉に苦笑すると、サイコロをつまみ上げ、その表面を眺める。
「ま、私や東香じゃここらが限界、右近殿とかならお前さんとも上手く渡り合えるかもしれないけどな」
軽く肩をすくめてサイコロを盤の上に戻すと豊輝は御簾を上げて外の空気を車内に入れた。
「お、頭中将殿、外見てみろよ
外の景色を見て微かに気色ばむ豊輝、その声に興味をひかれ、秋隆も窓の外に目を向ける。
そこに広がっていたのは瓦屋根を持つ古い民家が建ち並ぶ城下町のような景色であった。
現在馬車はそれなりの高台にある道を走っているのか、規則正しく建ち並ぶ民家に碁盤の目のように縦横きっちりした角度で整備された通り、それらが織りなす文明的な街並みが一望できる。
そんな瓦屋根の先に見えるのは白い壁と広々とした堀を備えた美しい城。桔梗城もかくやと言うべきその威容は、遠くから見ても思わず嘆息を漏らすほど見事なものだ。
「これは中々……」
古式ゆかしい城下町にその中央に聳える城、何とも言えない絶景に秋隆は幾度も頷いて見せる。
「どうよ、頭中将殿」
「……うむ、なんとも懐かしい気分になる」
このような光景は少なくとも現実世界では見たことがないものだ。
しかし長く見ていると心底ほっとするような気分にさせられるのは、秋隆の失われた過去の中にこれに酷似した景色の中で過ごした記憶があるからなのだろう。
「だろうな、今神州の文化風俗を色濃く受け継いでいるのはエルメラ人じゃなく、魔族だからな」
豊輝はそう告げると、出したままになっていた盤双六を片付け始めた。
「そんじゃ、そろそろ降りる準備をしとくか」
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それから十数分後、秋隆と豊輝を乗せた馬車は市街地をまっすぐ進み、先ほど二人が眺めていた城に到着した。
馬車が停車したのは二の丸にあるそれなりに大きな御殿の前、どうやらここが秋隆たちの滞在する邸宅らしい。
「久坂卿、入江卿、長旅お疲れ様でございました」
二人が馬車から降りると、すぐ隣を並走する形でついてきていた馬車の御者席から双葉が姿を現す。
「退屈な思いをさせてしまい大変申し訳ございません」
「……いや、こちらはあまり退屈はしなかった」
双葉の言葉に秋隆はすぐ隣に立っている豊輝と、馬車内に置かれている盤双六を一瞥した。
「むしろそちらの方が大変だったのでは?」
こちらの馬車に乗るのは見た目は大人でも中身はまだまだ少女なルドヴィカ、退屈のあまり騒ぎを起こしたのではないかと一瞬心配になったのである。
そんな秋隆の言葉に双葉は心配無用とばかりに、うっすらと笑みを浮かべた。
「いえ、こちらも大したことはございませんでした」
キョトンとした表情の秋隆をよそに、双葉は馬車の扉を開いて内部に声をかける。
「ルドヴィカ殿、白狐城に到着いたしましたよ?」
「うにゅ?」
中から小さな声が聞こえてきたかと思うと、のそのそと言う擬音語が似合いそうなゆっくりした動作でルドヴィカが姿を現したが、彼女の姿を一目見て、秋隆は思わずといった様子で口を開いた。
「ルイズ?!」
普段は冷静な彼が驚愕したのも無理なからぬことであろう。
馬車から出てきたルドヴィカの姿は露出過多な普段の姿に輪をかけて乱れたものであったからだ。
眠そうに目をこすりながら現れた彼女は普段自分にかけている術が解け、本来の小学校中、高学年程度の幼女らしい姿に戻っている。
しかし大柄な少女としての姿のままの服装で戻ったために下着ははだけ、その身に纏うのは腰のあたりに纏わりつく上着のみという有様になっているのだ。
さすがに見えてしまっては本格的にまずい部分は辛うじて隠れているものの、少しでも動けば全て見えてしまいそうな危なすぎる状態である。
「……これはさすがに目の毒、少々お待ちください」
慌てた様子で双葉はルドヴィカを担ぎ上げるとそのまま馬車の中に連れ込み、衣服を検めた。
「ちょっ! どうなってんのよ、これはっ!」
しばらくして正気に戻ったらしいルドヴィカの声が聞こえ、直後微かな理気の光とともに彼女のシルエットが巨大化する。
「お静かに、すでに久坂卿がお待ちです」
「き、杏が!? ならさっさとそう言いなさいよ!」
ばたばたと馬車の中から騒がしい音が聞こえたかと思うと、やがて扉が開き普段の大柄な姿に戻ったルドヴィカがその姿を見せた。
相変わらず褐色の肌のおよそ八から九割は露出しているような扇情的な姿であるが、先ほどのような状態を見た後だとこれでもまだ良心的な姿に思えてくるから不思議なものである。
「お待たせいたしました久坂卿」
ルドヴィカが所在なさげに前髪を触る横で双葉が馬車から降り、秋隆に頭を下げた。
「とりあえずの問題はこれで片付いたものと思われます」
ちらっと双葉に流し目を送られ、ルドヴィカは慌てた様子で後方に聳える天守閣に視線を向ける。
「ふん、ここに来るのも随分久しぶりね」
露骨な話題逸らし、そんなルドヴィカの姿を見てクスクス笑いながら双葉は秋隆と豊輝のすぐ前に立った。
「久坂卿と入江卿は妖魔王陛下の居城、白狐城は初めてでしょうか?」
「ああ、話には聞いたことがあるが、実際に見るのは初めてだ」
白狐城、以前ルドヴィカの家令である東山躑躅から聞いた城である。
妖魔王の居城であり、相当に美麗な城とのことだったが、こうして見るとその評価に嘘偽りは一切ないことがわかるというものだ。
「立派な城だな、少しも古臭さがないのに趣がある」
秋隆の賞賛に双葉は三角の耳を低くし、丁寧な動作で頭を下げる。
「お褒めにあずかり光栄です。それではこちらに……」
そのまま双葉は案内のため一同の先頭に立ち、御殿の中に足を踏み入れていった。
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三人が案内された場所は桔梗城における黒書院に相当する部屋、すなわち応接用の広間である。
三十畳ほどの広々とした空間に桔梗城の黒書院との違いはほとんどなく、真新しい畳と檜の匂いに満ちた、なんとも落ち着けそうな場所だ。
そして部屋の最深部、上座にはこの城の主たる妖魔王、翠明院陽華が座るための御座があり、その場所だけ一段床が高く設定されている。
「こちらの書院でしばしお待ちください」
双葉が書院から退室し、いずこかへと姿を消すとルドヴィカは下座に座ろうとして、渋い顔つきで足を伸ばした。
「はあ、正座って奴はどうも苦手なのよね」
「おや? ウォルキア家のご令嬢は相変わらず正座が出来ぬと見える」
何とも人の悪い意地悪な笑みを浮かべつつ豊輝は畳の上に正座する。
「いずれ必要になるかもしれないから、練習くらいはしておいた方が良いかもしれないぜ?」
「べ、別に必要にはならないでしょ!」
弱点を突かれたためか肩を怒らせるルドヴィカの姿に、豊輝は軽く肩をすくめて見せた。
「さあ、わかんないぜ? 今後頭中将殿と長く一緒にいることになるかもしれないからな」
「なっ!」
予想だにしなかった豊輝の言葉にルドヴィカは二の句が継げずパクパクと口を開閉させる。
動揺からかその顔は真っ赤に染まり、頭から蒸気が噴き出しそうなほどだ。
「あ、あんたねえ……!」
「そこまでだ」
そんな二人の様子を見て呆れたように息を吐くと、秋隆は畳の上に正座し出入り口に目を向ける。
「誰か来たらしい」
秋隆の声とともに微かに床を踏む足音が聞こえ、次の瞬間襖が左右に開かれた。
「失礼いたします」
入ってきたのは双葉、静々とした足取りで書院を横断し上座に設えれた御座に小さな箱のような機械を置き、スイッチを入れる。
直後機械から光が漏れ、その上に見知った魔族の上半身が現れた。
「……陽華殿」
「うむ、数日振りじゃな杏一郎殿」
立体映像の形で現れたのは妖魔王こと翠明院陽華、彼女は微かに顔を動かし秋隆のすぐ後ろに控える豊輝に視線を向ける。
どうやらTV電話のようにこちらの映像も向こう側に送信されているようだ。
「そちらにおられるのは、お主の新たな郎党か?」
陽華の質問に豊輝は普段は滅多に見せない真剣な顔つきで頭を下げる。
「入江尚吉郎豊輝、頭中将殿とは同郷の同胞さ」
入江と名乗った瞬間、陽華の両目が驚愕からか大きく見開かれた。
「……入江、そうか、貴方が……」
基本的に腹に一物どころか十物くらいは持っていそうな陽華が見せた珍しい姿、しかしそれも一瞬のことすぐさまいつもの胡散臭い笑みを浮かべる。
「杏一郎殿、こうして妾の誘いを受けてくれたこと、まずは感謝させてもらう」
「ここにきて腹の探り合いは無しだ」
軽く息を吐くと、秋隆は正面から立体映像上の陽華を見据えた。
「陽華殿、何故我々を幽都に呼び寄せたのか話してもらえるのだろうか?」
「うむ、そうしたいのは山々なのじゃが、予想以上に動きが早くてな」
「動き? あんたまた何か怪しいことやってんの?」
何とも困った様子で苦笑いを見せる陽華に嚙みつくのはルドヴィカ、その目は不審者を見るようなものである。
「きな臭いことにルイズたちを巻き込まないでほしんだけど?」
「これまたご挨拶じゃなルイズ殿」
ルドヴィカの言葉に悠然と微笑み、陽華は扇子を広げ口元を隠した。
「まあ表に出せぬという時点できな臭い事案と言われても仕方がないがのう」
「つまり目的を話すつもりはない、と?」
秋隆の質問に陽華は一旦扇子をたたみ、すぐさま頷いて見せた。
「うむ、敢えて言うなら数日この地に滞在してもらうことが妾の目的と言えるじゃろうな」
「何が言いたいのかいまいちわからぬが……」
追求したところでこの化狐が本心を明かすとも思えないが、一縷の望みをかけ一応秋隆は食い下がってみる。
「今はわからずとも良い、すぐに働いてもらうことになるのじゃから今はしかと英気を養うことじゃな」
にやっと妖しげな微笑を見せる陽華の姿に秋隆はそこはかとなく嫌な予感を感じた。
「陽華殿? 今のはどう言う……?」
「では双葉、後のことは頼むぞ?」
話はこれまでとばかりに強引に通信を打ち切る陽華。直後立体映像が消え、後ろに控えていた双葉が御座の上に安置されていた機械を回収する。
「それではお部屋の方にご案内いたします」
双葉の言葉に釈然としないものを抱えながらも三人は静かに立ち上がり、彼女に従う形で書院を後にした。




