第六十二話「四道将軍家当主」
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四人の公方。
ウォルキアを出た次の日、秋隆たちを乗せた船はエルメラ南端の地、クリシアにたどり着いていた。
航海中のトラブルと言えば精々ウォルキアにて鬼紋獣による襲撃を受けた程度、その後は何事もなく順調そのものと言った調子である。
「……ここがクリシアか」
船着き場を出て、ウォルキアに勝るとも劣らず人でごった返す港町を一見すると、秋隆は感心したように幾度も頷いた。
「思った以上の活気だな」
「そりゃそうでしょ」
せわしなく走り回る商人らしき一団を一瞥し、ルドヴィカも微かに鼻を鳴らす。
「クリシアは対ゼデキアの最前線、となれば物資も人も必要なだけ投入されるってもんよ」
南端の地クリシア、かの地は南蛮種とも呼ばれる鬼紋獣の生息域が近いだけでなく、北のエメルスと並び地理的に大陸の玄関口となる場所。
それ故軍事的にも非常に重要な拠点であり、各地から禁軍兵士や対鬼紋獣要員たる神官将が集められているのだ。
そしてウォルキア同様に人口が増えればそこで商売する人間も増えるというもの、人も物資も潤沢に集まっているということもあり、商いも活発に行われているというわけである。
「ま、鬼紋獣だけじゃなくてゼデキアの脅威も近い分、ウォルキアよりずっと危険と言えるかもだけどね」
「さすがはルドヴィカ殿、よくご存じのご様子」
ルドヴィカの説明を聞いて、すぐ近くに立っていた双葉は感服したらしく、微かに嘆息を漏らした。
「恐らく御身と同い年の少女に説明を求めても、これほど詳しいことは話せぬでしょう」
双葉からの賞賛は心よりのもの、しかしルドヴィカはそれを受けても誇らしげにすることはなく、むしろ苦虫を嚙み潰したかのような微妙な表情を浮かべている。
「そりゃウォルキアよりもクリシアにいた期間のが長いんだから嫌でも詳しくはなるわよ」
今よりずっと幼い頃クリシアに送られ、鬼紋獣の前に立たされるなどの苛烈極まりない修行を思い出したのか、ルドヴィカは微かに首を振り鋭い瞳で双葉を見据えた。
「そんなことよりも、こっからどうするつもりなの? 幽都は内陸、歩いていけるような距離じゃないでしょ?」
「ご心配には及びません、すでに足は手配済みです」
ルドヴィカの質問を涼風のように流すと、双葉は尻尾を揺らしながら港町の方向に視線を向ける。
「ちょうど来たところのようですね」
双葉がそのようなことを呟くのと同時に、港町の方向から二台の馬車が現れた。
立派な体躯の馬が引く馬車は長時間の旅を想定しているのかそれなりの大きさであり、六、七人は優に乗れそうな広さである。
「……これまた随分と豪華だな」
黒塗りの車体に見る者を威圧するかのような巨体、自身のすぐ前に停まった馬車を見て秋隆はそう呟き、微かに唇を尖らせた。
「妖魔王様の主賓である以上、こちらもそれ相応のものを用意せねばなりません」
どうやらこれほどの馬車を用意したのは妖魔王こと翠明院陽華の意思によるものらしい。
豪華客船にせよ馬車にせよ、ここまでの待遇を受けたことがない秋隆は申し訳なさから頭を下げる。
「……気を使わせてすまない」
「いえ、久坂様は今後世界に必要となるお方、これくらいはなんてことございません」
秋隆の謝辞に丁重に応じると、双葉は馬車の扉を開き、笑みを浮かべた。
「それでは久坂様と入江様はこちらに……」
「ありがとう」
微かに頭を下げて馬車の中に足を踏み入れる秋隆。見た目通り内部は非常に広く、八畳ほどの車内は畳が敷かれ、まるで移動する個室のような面持ちである。
「そんじゃルイズも……」
秋隆に次いで同じ馬車に乗り込もうとしたルドヴィカであったが、恐ろしい速度で回り込んできた双葉によって相乗りは阻止された。
「ルドヴィカ殿はあちらにお願いいたします」
双葉が右手を向けた先にあるのはもう一台の馬車。見た目も大きさも一切変わらないが、秋隆と同じ馬車に乗るつもりであったルドヴィカは肩を怒らせて双葉に抗議する。
「はあ? なんでルイズが杏と別々なのよ!」
「男女で同じ馬車に相乗りさせてはならないと妖魔王様からきつく言われております」
秋隆に続いて豊輝が馬車に乗り込んだことを確認すると双葉は素早く扉を閉めてそのまま発進させた。
「ちょっ!」
ルドヴィカが声を上げる暇もなく双葉はもう一台の馬車の前に立ち、微かに頭を下げる。
「どうかご理解ください」
「ぬくくくくくく……」
正直なところ腹立たしいがここは異郷の地、先導役の言うことは素直に聞き入れねばなるまい。
「……いずれ埋め合わせはしてもらうから」
「ご随意に」
ルドヴィカが馬車に身体を滑り込ませると双葉は御者の隣に腰を下ろし、そのまま馬車を発進させた。
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「いや、思いの外快適だな」
広々とした馬車の中で身体を伸ばし、興味深そうに車内を見渡す豊輝。
「盤双六まで用意するとは、妖魔王殿は中々の人物らしいな」
楽し気にそう呟くと豊輝は隅に置かれていた黒塗りの重厚な箱を車内中央に設置し、引き出しの中から白と黒の駒を取り出した。
彼が言うようにそれは盤双六のセット、馬車同様に相当値が張るものなのか駒も盤も小さな宝石のごとき光を放っている。
「これがあればどれほど長い旅路でも退屈しなさそうだな」
「……向こうは退屈かもしれぬがな」
ちらっと窓の外に見えるもう一台の馬車を一瞥し、秋隆は豊輝に応じる形で盤の上に駒を並べた。
「ところで尚左、いくつか聞いておきたいことがある」
少しばかり対局が進み、豊輝が難しい顔をし始めた辺りで秋隆は静かな口調で口を開く。
「ん? 私に答えられることか?」
「恐らくはな」
豊輝がこちらに意識を向けたことを確認すると秋隆はサイコロを振り、自身の駒二つを進め、残り僅かな戦力でいくつかのマスを封鎖した。
「私以外の四道将軍は四千年間、どうやって生き延びてきた?」
「おおっと、こいつはいきなり手厳しいな」
無論、豊輝の発したその言葉が意味するところは現在自分が置かれている双六の局面のことではない。
サイコロを振って出た目を見ると、豊輝は難しい表情のまま駒を進めようとして首を振った。
秋隆の放った質問、これは豊輝と会った時からずっと気になっていたことである。
四道将軍というのは秋隆含め、全員四千年前の神州で生を受けた人間。しかし普通の人間がそれほど長い期間生きることは出来ない。
つまり四千年経ってもピンピンしているということは、何らかの方法で普通ではなくなっているということだ。
「そいつに答えるには、まだお前さんの準備が出来ちゃいないな」
そう告げると豊輝は孤立していた秋隆の駒が止まるマスに自身の駒を置き、先客を枠外に移動させる。
「……資格が必要だというのか?」
硬い口調でそう告げると秋隆はサイコロを振り、枠外に移動したばかりの駒を右手で掴んだ。
「いるねえ、なんの準備もなく聞いても信じらんないだろうしな」
軽い調子ながらどこか秋隆の身を案じるかのような口ぶりの豊輝、事情はわからないが彼もまた口にできるタイミングを計っているらしい。
「ま、心配しなくても近々話すことになるから楽しみに待つこったな」
「……逆に言うと今は聞くだけ無駄と言うことか……」
静かに嘆息すると秋隆は掴んだままだった駒を進め、自身の駒が占領するマスに進める。
「それでは四道将軍家当主、彼らがどういう人間なのかくらいは話せるだろう?」
局面を見て顔を白黒させる豊輝であったが、秋隆の質問に冷や汗を流しながら頷いて見せた。
「……それくらいなら、問題ないか」
双六の方はどう見ても秋隆の優勢、盤を上から見たり下から見たりしつつ豊輝は次の言葉を探す。
「そんじゃちょっくら足を進めてみるかい?」
少しばかり勢いをつけてサイコロを振り、豊輝は悩みながらも一つの駒を先に進めた。
「まずはこの私、東担当の入江尚吉郎豊輝、よろしくな」
入江尚吉郎豊輝、左兵衛督であり、鎌倉大納言と呼ばれた人物の息子。
そうなると秋隆同様時代が時代なら、彼もまた父親の立ち位置、鎌倉大納言を継ぐのだろうか?
「次、北の担当が吉田英太郎義徳殿、最近名を改めて東香蓮西に変えたそうさ」
トントンと人差し指で豊輝が叩くのは、一回休み扱いを受けた駒を置く場所。
「武器は何でも使えるけど、槍とか薙刀とかの長物の扱いが得意な技巧派だ」
一旦咳払いして口調を変えると、豊輝は盤の上でバラバラになったままであった二つのサイコロを中央に寄せる。
「三人目、南の担当が高杉総三郎文良、私らの中では一番若いな」
サイコロから手を放し、豊輝はさきほど進めたばかりの駒をもう一度前に進めた。
「神業と言われた父、鎮西大納言殿の血を色濃く引き継ぐ天才、おまけに絶世の美少年って言うチート野郎さ」
「チートだろうがなんだろうが味方に付いてくれるならば心強い」
中央に寄せられたサイコロをダイスカップの中に入れると、秋隆は静かに息を吐いた。
「……いずれ彼らにも会えるのだろうか?」
「間違いなく会えるだろうな、そんとき向こうがどんな立ち位置にいるかは知らんが」
なんとなく含みのある豊輝の言葉に秋隆は微かに眉根を寄せる。
「敵対する可能性もあると?」
「そりゃあるだろ、向こうはエルメラ所属の人間じゃないんだからさ」
至極もっともな指摘を受け、秋隆は思わずと言った様子で口を噤んだ。
神州を復興するという目的は本来エルメラの利益とは別の場所にある事柄。局面によってはエルメラと敵対する行動をとることも十分に考えられる。
もし四道将軍がそのような動きを見せた場合、エルメラの神官将である秋隆は彼らと敵対することになるのだ。
「……私次第ということか」
ダイスカップを返すと、出た目は3と3、もう一度サイコロが振れるゾロ目である。
「あっ!」
短く悲鳴を上げる豊輝をよそに、秋隆は駒を二つ自陣まで進め、さらにサイコロを振って残りの駒もゴールさせた。
「ま、そう深刻に考えることはねえさ」
秋隆の勝利、圧倒的な実力を見せつけられる形となった豊輝は苦笑いしながら頬を掻く。
「神州復興っていう目的は頭中将殿も私らも同じ、そこさえブレなきゃなんとでもなるだろうよ」
豊輝はそう告げると、盤上に転がるサイコロを指でつついた。
「重要なことは出た目をしっかり見極め、先へ進むタイミングを逃さないこと、双六みたいにな」
にやっとこちらに顔を向け、笑みを浮かべる豊輝の姿に、秋隆も微かに顔を綻ばせる。
「……(いずれにせよ、止まってはいられぬな)」
秋隆の視線の先では、先ほどの対局でゴールした15個の駒が微かな光を放っていた。




