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霊亀将  作者: 花鏡
妖魔王・布石編
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第六十一話「エルメラに潜む闇」

いつもお読みいただきありがとうございます。

励みになります。

四千年前の亡霊

 城主不在で訪れる者なき桔梗城、内管領として留守を守る役目にあるアズはその日城内の見回りを行っていた。


 本丸御殿はもとより普段使われることのない天守閣に無人の二の丸御殿、さらには三旗本に貸与されている足軽長屋までその対象は広い。


 最後に見張りのいる大手門を回り何の問題もないことを確認すると城外に進み、両手を伸ばして関節の調子を整える。


「んー! 今日も平和なのですね」


「ひひひ、これはこれは、思いがけないお方に出会えました」


「え?」


 突如後ろから聞こえた声に振り向くと、そこには異質な服装の人物が立っていた。

 全身を覆うボロ布に顔をスッポリと隠すフード、声の感じから言って女性であることはわかるが、どんな容姿をしているのか伺い知ることは出来ない。


「良き城に良き郎党、実に羨ましい限りですな」


 顔は見えないがニタニタと笑いながらその女性はアズの正面に立ち、彼女の紫の瞳を見据える。


「えっと、貴女は誰なのです? 杏一郎様はおられないので申し訳ないですが日を改めてまた……」


 尋常ならざる気配に身を退こうとすりアズだったが、ボロ布の女は突如として彼女の肩を掴んだ。


「え?」


「ひひひひひ……」


 さほど強い力だったわけではない。アズが驚愕したのは彼女の左手が見たことのない異形のものであったからである。

 露出された左手は赤紫色の水晶で出来た小手により、その地肌を見ることは叶わない。

 一瞬アズも彼女が左手だけ小手をつけているように認識したのだが、次の瞬間その異質さに鳥肌が立った。


 それはよく見ると無数の水晶、それが女性の皮膚を突き破る形で体内から生えており、密集することで鎧のような形状を形作っている。


「ひえっ!」


 まるで夥しい量の寄生生物を見たかのような不快感にアズは思わず悲鳴を上げた。


「ひひひ、そう怖がりなさんな。これでもあたしはあんたの仲間、エルメラ人さ」


「……仲間?」


 一瞬女性の瞳が怪しげな光を放つ中、アズは微かに首を傾げる。


「ひひひ、今はわからずともいずれ自分の居場所に悩むことになる。その日を楽しみにしてな」


 謎めいた言葉を残すと女性は肩を掴んでいた手を話し、その場を去っていった。


「な、何だったのです……?」


 後に残されたアズはしばし呆然としていたが、いつまでもこんなところで油を売っているわけにはいかない。

 城の巡回以外にもやることは山積みなのだからさっさと城内に戻って仕事に戻った方が良いだろう。


 一人頷くとアズは来たときと同じように無駄のない動きで城の中へと戻っていった。


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 秋隆とルドヴィカがウォルキアの港町にて南蛮種を打ち倒した次の日の明朝。エテメンアンキ中心街に位置する宰相の官邸は屋敷中張りつめた空気が支配していた。


 常日頃から策謀の舞台となるため、この屋敷はいつも陰鬱な気運が立ち込めているのだが、今日はそれに輪をかけたように近寄りがたい雰囲気を醸し出している。


「なんですって!? 久坂たちが?!」


 邸宅の最深部に設えられた書斎、宰相アウグスタ・ルベルムは苛立ちと焦りからか報告をしに来た秘書、グレーン・マグラマを怒鳴りつけた。

 この書斎は最新鋭の防音設備が施されているためどれほどの大声を出しても外に聞こえることはないが、思わず漏洩を心配するほどの大声である。


「は、はい、つい先ほど入った情報です!」


 狼狽しつつも、グレーンは手元の資料を確認しながら報告を続けた。


「二日前にエテメンアンキを出発、その後西へ航路を取り、つい昨日ウォルキアに寄港、すぐに出航したとのことです」


 報告を聞いている中アウグスタの顔は赤くなったり青くなったりを繰り返し、心中穏やかではないことが容易に想像できる。


「たまたまクリシアの視察に行っていたキエスも中継地ウォルキアより同様の報告をしていますので、間違いないかと思われます。


「行き先はわかっているの?」


「い、いえ、ウォルキアに寄港したところまでは追えたのですが、それ以降のことは……」


 恐る恐ると言った様子で報告を終えたグレーンを眺めながら、アウグスタはしばしの間沈思黙考に耽った。

 秋隆たち郎党の位置を正確に把握できないのは痛いが、その程度のトラブルでどうにかなるほどやわな策謀は練っていない。


「ふん、まあ良いわ」


 沈思黙考を終えるとアウグスタは表情を緩め、その口元に薄ら笑いを浮かべる。


「居所がつかめないならばつかめないなりに出来ることがあるでしょうしね……」


 いくつか計画の変更は必要であろうが、それでも策謀全体に影響を及ぼすほどのものではないと彼女は判断し、次の話に言及することにした。


「で、翠明院陽華は?」


「はい、こちらはエテメンアンキに留まっているようです」


 自身の失態を咎められることがなかったため内心安堵しつつ、グレーンは努めて冷静に言葉を紡ぐ。


「幽都との連絡こそ認められますが、現在は特段怪しい動きを見せることなく市内の邸に引きこもっているとのことです」


 妖魔王こと翠明院陽華はウォルキアへの遠征から帰ってから、鬼紋王討伐についてを喧伝、元老院内で秋隆の活躍を周知のものにしていた。


 そのため、そう遠くない未来シャダやカークスといった秋隆に友好的な大神官を動かし、何らかの動きを見せるものと思われていたのだが意外なことに現在は引きこもっているらしい。


「……妙ね」


「は?」


 グレーンの報告にアウグスタは不吉なものを感じ取ったのか、微かに眉根を寄せる。


「あれだけ連日久坂の活躍を喧伝していたのに今は大人しくしているなんて怪し過ぎるわ。それに……」


 そこで一旦言葉を区切り、アウグスタは思わずと言った様子で唇を噛んだ。


「あの古狐のこと、こちらの企みを察知して何らかの動きを見せそうなものだけど……」


「そのことなのですが、報告によると久坂がエテメンアンキを発つ数日前、クリシアの魔族が彼に接触したとのことです」


 予想だにしなかったグレーンの言葉にアウグスタは弾かれたかのように顔を上げる。


「魔族が?」


「はい妖魔王補佐の石動双葉、どのような目的で久坂に接触したのかは不明ですが警戒が必要ではないかと……」


 普通に考えれば、此度の船旅に関係がないとは思えない。

 妖魔王の命を受けた双葉が何らかの狙いがあって秋隆に接触し、エテメンアンキから連れ出したことは考えるまでもなく明白なことだ。

 謀略家で知られる陽華のこと、何の意味もなくそのようなことはしないだろう。


 しかし今回の一件についてはアウグスタも余裕があるのか、悠然とした構えを崩すことはしない。


「ふん、すでに仕込みは万全の状態に仕上がっているわ」


 微かに顎を上げて冷笑を浮かべると、アウグスタは舌なめずりでもするかのように唇を舐めた。


「あの古狐が何を目論んでいようとも、ここまで来たならば何も出来はしないはず」


 こちらが張り巡らせた計略はすでに最終段階、仮に陽華が気付いていたとしても手も足も出ないであろう。


「とにかく、久坂たちについては早急に居所を調べることとします」


 グレーンはそんなアウグスタの様子に若干の心強さを感じ、胸を撫でおろした。


「ええ、頼んだわよ?」


 神官将テンプルナイトを送り込んで秋隆を抹殺する計画は失敗したが、すでに次の算段は整っている。

 今回の一件が成功すれば、無名の神官将テンプルナイトではなく、エルメラ最強の力を備える五清将ペンタグラム、アイオナ・イグナウスを派遣することすら可能となるのだ。


 全てうまくいった場合秋隆の命はあと一週間、そのように計算しアウグスタは満足そうに顔を綻ばせる。


「あの古狐を始末できれば後顧の憂いはなくなる。そちらもしっかり準備なさい」


「承りました」


 グレーンが一礼して書斎を後にすると、アウグスタは椅子から立ち上がり、衣の襟に手を掛けた。


 一息で衣服を脱ぎ棄て、その下に身に着けていた下着も外すし、アウグスタは生まれたままの姿を晒す。

 それが終わると執務机の上に置かれていた一冊の本を手に取り、その中に仕込まれていたリモコンのスイッチを押した。


 すると一瞬にして書斎内部の照明が落ち、真っ暗闇の中にいくつかの光球が浮かび上がる。

 その間アウグスタは執務机の前で直立の姿勢を取っているのだが、両手は下品ではない程度に豊かな双丘に当てられ、その合間、鳩尾の辺りを強調するかのような奇妙なポーズを取っていた。


「……厄介なことになったわね」


 やがて部屋の中に響く少女のように甲高い声、声が聞こえるや否やアウグスタは胸の先端から両手を離し、その場に膝をつく。


「はい、しかしながら計画に狂いはございません」


 反証するアウグスタの声は微かに震えており、心底報告をする相手を恐れているであろうことが察せられた。


「そうは言っても、儀同三司ぎどうさんしを狙った刺客は仕損じた上、奴だけでなく、鎌倉大納言かまくらだいなごんまで現れたという話じゃない」


「もし、四道将軍の残り、鎮西ちんぜい大納言と奥州おうしゅう大納言の二人も帰還した場合、いささか面倒なことになるぞ?」


 続いて聞こえてきた第二の声は最初に発言した少女のものよりも若干大人びた印象を受ける威厳に満ちたもの。

 少女の声が中学生程度のものであるならば、こちらは成熟した一人前の女性を彷彿とさせる落ち着いた声である。


「もちろん承知しております。しかし所詮は過去の化石ども、我らの敵ではありません」


「その過去の化石によって我らはかつて幾度も煮え湯を飲まされ、今回も一度出し抜かれたこと、忘れたのかしら?」


 少女の指摘にアウグスタは一瞬身体を震わせ、ギリギリと奥歯を噛み締めた。

 その表情にあるのは後悔、あるいは屈辱、そして怨恨、一言では形容できないほどの負の念が込められた悍ましいものである。


「そ、それは……」


「計画が大詰めを迎えるというこの時期に、四千年間消息を絶っていた儀同三司ぎどうさんし始め四道将軍どもの帰還、とても偶然とは思えぬことだ」


「ぬうううう、殺せ!」


 熟女の言葉を遮る形で突如として聞こえた三番目の声はしゃがれた老婆を思わせる声。

 しかしその声には不自然なほどの力がこもっており、まるで若者が老人の声で話しているかのようだ。


儀同三司ぎどうさんしだろうが、鎌倉大納言かまくらだいなごんであろうが、我らに歯向かう者、我らの仇になる者は全て排除しろ! 皆殺しだ!」


「短絡的に考え過ぎなのよ、貴女は……」


 酷く物騒なことを叫び始めた老婆の声を少女が制すると、いささか疲れたかのような調子で熟女が口を開く。


「だが、いずれはそうしなければならない」


 その声は落ち着いてはいるが、確固とした意志が感じられる力のこもったものであった。


「エルメラ人はともかく、ここにきて滅びた国家の生き残りがウロチョロするのは目障りでしかない」


「それに確認される限り全員クソオス、生きている価値はないわ」


 熟女に追随する少女の声、その調子はどこか高飛車なものであり、議題に上がった四人の男性になんの価値も見出してはいないらしい。


「アウグスタ・ルベルム、これまで貴様がエルメラ内で出世するために様々な助力をしてきたが、その意味はこの一件を解決するためにあったと心得よ」


「もちろん承知しております」


 その忠誠心を確かめるかのような言葉を熟女から投げかけられ、すぐさまアウグスタは頭を下げる。


「ならば、早急に四道将軍を排除せよ! ありとあらゆる苦痛と屈辱を与えて嬲り殺しにしろ!」


 血気盛んな老婆の言葉であるが、今回に関しては誰一人として制止する者はいない。

 突如として現れた四道将軍の排除、それが今後の必須事項であることをこの場にいる人間は全員承知しているからだ。


「奴らを排除し、計画が成就した暁には我らがこの星の支配者、四千年前に果たせなかったことが現実のものとなる」


 わずかな沈黙の後に女性から放たれた言葉にアウグスタは頭を下げながら微かに笑みを浮かべる。


 ここまでの苦労はこのため、四道将軍を始めとする全ての邪魔者を排除して、かつて叶えることが出来なかった野心を満たすのだ。

 そのための過程や方法などどうでも良い、重要なことは自分がどれほど高い位置に立てるか、彼女の頭の中にあるのはこれのみと言っても過言ではない。


「死ぬ気で任務を果たしなさい!」


「ははっ!」


 少女の言葉を受けてその場に立ち上がると、アウグスタは再び両胸を掴み、これを広げるようにして鳩尾の辺りを晒す。


「全ては偉大なる民族、真剛マグオール族のために……!」


 恍惚とした表情のアウグスタ。彼女の鳩尾の辺りには握りこぶし程度の、網目模様で形成された奇怪な紋章が青白い光を放っていた。

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