第五十六話「全人類が持ち得る異能」
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旗本覚醒。
昼食後エテメンアンキから時空捻転現象を用いて桔梗城に戻った秋隆とルドヴィカはそのまま本丸御殿に顔を出す。
「あ、ご主人様にルドヴィカ様。お帰りなさいませなのです」
「ただいま、他の者たちはどうしている?」
パタパタと玄関口まで出迎えにきたアズに留守中の様子を聞くと、彼女はすぐさま口を開いた。
「師父様と旗本の人たちは、ついさっき戻られたのです。尚左様は白書院脇にある廊下の奥で二時間ほど一人盤双六を……」
「何やってんのよあいつ……」
あまりにも陰鬱な情景を想像し、呆れたように呟くルドヴィカをよそに秋隆は履物を脱ぎ、本丸御殿に上がる。
「凍子と話しは出来そうか?」
「はいなのです。黒書院でお待ちなのです」
「すでに何らかの成果が出たらしい。すぐに行こう」
秋隆がエテメンアンキに繰り出す前、彼女が任されたのは新たに入ってきた若き旗本たちの教育、どの程度成果が出たのか気になるところだ。
「戻ってきましたのね」
二人が黒書院に入るや否やこちらに目を向ける凍子。広々とした室内には彼女しかおらず、旗本たちの姿はない。
「凍子、旗本たちは?」
「今は足軽長屋で休んでいますわ」
どのような結果になったのか早く聞きたいと言わんばかりの秋隆に普段冷静な凍子も苦笑する。
「気になって仕方ないようですわね」
「今後に直結する内容だからな」
秋隆が上座についたことを確認すると、凍子は二人がエテメンアンキに行っている間に起きたことを話し始めた。
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「私の名は瀛洲寺凍子、卿らの主君、久坂杏一郎の師匠です」
肌と心を急速に冷やす神聖な雰囲気が立ち込める異空間。旗本たちが修行のために招き入れられたのは凍子の所領たる仙境、蓬莱島。
見渡す限りの深い霧と自然そのものといった景勝に囲まれ、旗本らは戸惑いながらも凍子の話しに耳を傾ける。
「卿らは我が弟子の手となり足となる宿命を帯びているわけですが……」
そこで少しばかり凍子の瞳が鋭くなり、居並ぶ面々の内に宿る才覚を見極めんとばかりに冷たい光を放った。
「なるほど、どうやら素質だけならば十分のようですわね」
数秒の品定めの後凍子が発したのは少なくとも才能に関しては認める発言。緊張した面持ちだった旗本たちも少しばかり表情を緩める。
しかし、その直後凍子が放った言葉によってまたしても三人の間に動揺が走ることになった。
「恐らく卿らならば半日、否数時間我が下で修行に励むことで、神官将は無理でも禁軍の理気使いたち程度なら互角以上に渡り合えるようになるでしょう」
本来理気を使うことが出来ないはずの男性が理気の使い手たちと戦えるようになると言う発言に、使えない側である男性旗本たちの顔が驚愕に彩られる。
そのうちの一人がおずおずといった様子で挙手したため、凍子は一旦話しを辞め、彼の名前を呼んだ。
「坂江将監」
「あ、あの、僕たち男なんですけど、本当にそんなことが可能なのですか?」
坂江将監隆兼の質問はこの場にいる二人の旗本も抱いていた疑問である。
エルメラどころかこの世界において理気と言うものを使えるのは女性のみと言うのが常識。
もし凍子の言葉が真実だった場合、これまで正しいとされていた言説が根底から覆ってしまうのだ。
動揺を隠しきれない旗本たちとは対象的に、感情の感じられない冷静そのものといった声音で凍子は説明を続ける。
「截教に不可能はありません。そもそも杏一も男性ですが理気を使いこなしていますわよ?」
まさに正論と言わんばかりの発言に旗本たちも思わず黙り込んでしまった。
そう、他ならぬ彼らの主君、久坂秋隆も男性のはずだが並の神官将以上の理気を使いこなしている。
そんな中放たれた凍子の言葉は三旗本にとって、これまでどこか遠い世界の出来事のように感じていた事実をいよいよ目の前に突きつけられた形だ。
しかしいきなりそのようなことを言われてもすぐさま信用できないというのが人間の心理と言うもの、ましてやこれまでの常識が間違いともなればなおのことであろう。
凍子の前に立つ旗本たちも一応納得こそしたものの半信半疑と言った様子だ。
どうやら速やかに証拠を見せねばならないらしい。そう判断し、凍子は右手に不可視の理気を収束させ、即座に三人目掛けて拡散させる。
「っ!」
「理気は元来全人類が持ち得る異能、女にしか使えないなどと言うのはただの妄言と知りなさい」
変化は劇的なものであった。一瞬突風が駆け抜けるような感覚があったかと思うと、旗本たちの感覚が一気に鋭敏なものへと変わる。
「え? あ、あれ?」
味わったことのない感覚に隆兼はもちろんのこと、彼の両隣に立つ二人の旗本も青白い顔で膝を着いた。
「今、卿らに放ったのは蓬莱山にて濃縮された理気をさらに凝縮したものですわ」
冷淡ながらもどこか得意げに胸を張る凍子。一生涯でまず受けることがないような量の濃厚な理気を浴びせることで旗本たちの潜在能力を活性化させたのである。
「う、ぐ……」
「なん、でやんすか、この感覚……」
「……っ!」
しかし凍子の行為はこれまで存在し無かった感覚を半ば強引に覚醒させることに他ならない。
長いこと暗闇の中にいた人間がいきなり明るい場所に出ると強烈な違和感を感じるのと同じように三人とも内側より生じる未体験の感覚を消化しきれず戸惑い、困惑していた。
「心を鎮めなさい」
こうなることを最初から見越していたのか、すぐさま凍子が動く。
彼女が再び右手を振ると、旗本たちを蝕んでいた違和感が瞬時に消えた。
「あ、あれ?」
「一時的に卿らの理気を封じました」
膝を着いたまま呆然とする隆兼を見下ろしつつ、凍子は淡々とした口調で言葉を紡ぐ。
「今より数時間かけて段階的に理気を制御する術を授けます」
凍子の言葉に隆兼だけでなく二人の旗本も真剣な表情で顔を上げた。
「理気とは生命、あるいは死、あるいは太極、あるいは無、あるいは一、あるいは全、そして卿らもまた、理は全て一体です」
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修行開始からきっかり二時間、誅仙剣を手に旗本たちの相手をしていた凍子は満足そうに頷いた。
「……どうやら、これまでのようですわね」
彼女の言葉に旗本たちも緊張の糸が切れたようで、皆一様に深いため息を吐く。
居並ぶ旗本たちはいずれもまさに疲労困憊、最早立っているのが精一杯という有様だ。
しかし三人ともどこか満足そうな表情をしている。
「し、信じられない、まさか本当に理気が使えるようになるなんて……!」
肩で息をしながらも隆兼がその手に持っている木刀に力を込めれば、不可視の理気が収束し、赤樫が鋼鉄のごとき硬度に変化した。
理気強化、理法念力に並ぶ基本の技とも言うべき技術だが理気由来の力であることは疑いようがない。
「すごいでやんす! これが截教の力でやんすか?!」
隆兼の誘いに乗って桔梗城に来た彼の同僚、浦部夕拝秋紀のはしゃぐ姿を眺めつつ、凍子は静かに頷く。
「単に卿らは知らず知らずのうちに本来の力を押さえ込まれ、自ら理気の認識を狭めていたと言うだけのこと、私がしたのはその楔を外しただけですわ」
「……これで、殿のお役に、立てるでしょうか?」
静かな口調で呟く三人目の旗本、榛名蔵人秋利も冷徹な表情ながら、どこか嬉しそうだ。
「この力を正しく育てることが出来れば、あるいは……」
ひんやりした気運の蓬莱島に似合わぬ熱気に凍子は空を見上げる。
存在し得ないと言われた男性の理気使いが新たに三人も現れたことを祝福するかのように、島全体を強い風が吹きぬけた。
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「いずれも才能については十分、後は修行を……」
「ち、ちょっと待って」
凍子がそこまで話し終えると、ルドヴィカは興奮冷めやらぬ様子で口を開いた。
「男が、理気を……?」
「はい、そう申しましたわ」
「信じられない、まさか……」
何事か続けようとするルドヴィカだったが、ふとその目が上座に座る秋隆に向かう。
「……やっぱり信じることにするわ」
「話が早くて助かりますわ。ルドヴィカ」
にこりともせずに頷くと、凍子はここまでの総評を口にした。
「現行では基礎的なレベル、六識が精一杯でしょうが、杏一の直臣と言うのならば、最低でも現象攻撃を使い熟せる段階、八識程度は欲しいところですわね」
現在旗本たちの実力は理気を扱えるようになった六識、この先に属性攻撃を使いこなす七識、現象攻撃や戯法理術も使用する八識がある。
尚、秋隆や凍子、豊輝の使用する時空捻転現象を使用するには最低でもその先、九識クラスでなければならない。
「……現象攻撃なんか使えるようになったら、神官将としても十分やっていけるレベルよ」
むっつりと呟くルドヴィカと対照的に、秋隆は嬉しそうな表情で口を開いた。
「旗本から神官将が出ると言うのも結構なことだな」
もし彼らがこのまま実力を付け、神官将を目指すというのならば秋隆に止めるつもりはない。
勿論直臣として残ってもらいたいというのも偽らざる本音だが、だからと言って彼らの可能性をつぶすのは高慢が過ぎるというものであろう。
「心配する必要はありません」
秋隆の心の内を見透かしたかのように静かな声音で凍子が口を開いた。
「仮に九識に至ろうとも、彼らが卿の下を去ることはそうそうないと思いますわよ?」
「だとしたら、それはとんでもなく幸せなことかもしれませんね」
封神霊廟の企業にしても将軍家にしても人材が大切なのは疑いようのない不文律である。
そんな中にあって一個人がずっと一つの勢力に所属し、順当に成長して組織のために力を尽くしてくれるということは非常にありがたい。
「失礼致しますなのです」
凍子の報告がひと段落したタイミングで書院の外側から声がかかり、静々とした動作でアズが入ってきた。
「エテメンアンキから使者の方がお越しなのです」
「ふむ、神官の方か?」
「いえ、妖魔王様のお使いらしいのです」
妖魔王というアズの報告に秋隆の表情が微かに引き締まる。
「わかった。別室でお待ちいただき、準備が出来次第お通しせよ」
「はいなのです。それでは尚左様にもお声がけをしておくのです」
「頼む」
以前鬼紋王に関する指令を持ってきた妖魔王翠明院陽華、此度はどのような案件であろうか?
気になることは多々あるが、まずは来客者のこと。ひとまず来客用の衣冠装束に着替えるため、秋隆は座を立ち黒書院を後にした。




