第五十五話「変わるもの、変わらぬもの」
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見た目は筋肉マンバギャル、中身は少女。
いくつもの巨大な建築物が建ち並ぶエルメラ神聖国の首都、エテメンアンキ。
豊輝によって半ば強引に引き摺り出された秋隆はルドヴィカと並んでこの街の大通りを歩いていた。
「神官将としての役目がない状態でエテメンアンキを歩くのは初めてかもしれぬな」
しみじみした様子でそのようなことを言う秋隆の服は先ほどまでの衣冠装束ではなく、外向き用の羽織袴姿。腰に鼈甲霊亀と脇差を帯びた侍のような姿である。
「……こうして落ち着いた気分で見ると、エテメンアンキというのは中々に発展した都市だな」
天を貫かんばかりに建ち並ぶ石作りの高層建築物に大通りを走る路面電車、古風でありながらも新しいものを内包する街並み。一応この道も通ったこともあるはずだが、これまで忙しくしていた秋隆に街の造形をゆっくり観察する余裕などあるわけがなく、初めて来たかのように新鮮な感覚だ。
「……叙任以降ここまで仕事詰めにされた神官将なんて、ルイズと杏くらいかもね」
一方秋隆の隣を歩くルドヴィカにとってエテメンアンキはそれなりに慣れた都市、彼ほど新鮮な気分を味わえるわけではない。
にも関わらず彼女の表情には少なからず喜色が滲んでおり、この状況を楽しんでいることが伺える。
「このルイズ様にここまで仕事を押し付けるなんて、妖魔王も神官長も人使いが荒いのね」
「鬼紋王の一件はともかく、セント・ヴァルナールに関しては私の巻き添えを受けた形だがな」
穏やかな雰囲気で雑談しながら歩く秋隆であったが、ふとその足が止まった。
そこはエテメンアンキでも下町のような雰囲気の場所で、なんとなく怪しい雰囲気の飲み屋やあるいは専門店が建ち並ぶ一角。
秋隆が足を止めたのはそんな街の中でも一際危険な匂いのする小さな路地に繋がる小道、周囲を家屋に囲まれ昼間にも関わらず薄暗い。
そんな路地裏、ポリバケツのゴミ箱や薄汚れた木箱がいくつも並べられた五、六十畳ほどの狭苦しい空間にいくつかの人影が見える。
目を細めて注視して見ればそれは何人かのエルメラ女性に囲まれ、土下座のような姿勢で足を着くエルメラ人男性の図であった。
「おらっ! 金出せってんだよ!」
一人の女性が男性の脇腹辺りを蹴とばし、品のない笑い声をあげる。
一方の男性は身体中泥にまみれながらもなんとか許してもらおうと、頭を下げるのみだ。
「か、勘弁してください! お願いします!」
情けない光景に映るかもしれないが、理気を使えるのは女性のみ、そのためこのような状況では女のほうが圧倒的に優位である。
「お前みたいな奴が持ってても仕方ねえだろ!」
「いいからさっさと出せよ!」
見るに堪えない状況、取り巻きたちも男性の尻を蹴とばし始めたため、秋隆はこれを止めるべく路地裏に足を踏み入れていった。
「そこで何をしている?」
努めて穏やかな声音を心掛けたがそれでも内に抱いた嫌悪感を完全には隠し切れない。
そんな秋隆の声から敵愾心を感じ取ったのか少女たちが一斉にこちらを振り向く。
「あ? 何だお前は?」
男性の尻を蹴っていた少女が恐ろしい顔で詰め寄るが、恐らくリーダー格と思しき少女、最初に脇腹を蹴ったエルメラ人は秋隆の顔を見るや否や、はっとしたように両目を見開いた。
「私が何者かなど関係ない、それよりこれは何の真似だ?」
さり気なく地べたに這いつくばる男性の前に立ち、先ほどよりも語気を強めて叱責する。
「このような姿になるまで集団で、しかも一方的に甚振るなど卑劣極まりない所行、恥を知れ!」
「関係ないカスオスは引っ込んでろよ! それとも女に逆らって痛い目に遭いたいのか?」
右手に雷を纏い秋隆に近づこうとする少女の肩をリーダー格のエルメラ人が掴んだ。
「お、おい、こいつやばいって!」
「あんだよキュレン! どうせカスオスはカスオスだろ?」
「こ、こいつ多分霊亀将、神官将久坂杏一郎よ」
久坂杏一郎という名前に一瞬少女の顔からあらゆる感情が抜け落ちる。
「は? え?」
続いて微かに恐懼の宿る瞳が秋隆の後ろから無言でこちらを睨むもう一人の神官将、ルドヴィカの姿を捉えた。
「う、後ろにいるヤベー奴は、騰蛇将ルドヴィカ・ウォルキア!」
剣を交えることすらせずに戦意を喪失した少女たちを前に秋隆は鼈甲霊亀の柄を叩く。
「……痛い目に遭うのがどちらか試してみるか?」
「ひ、ひええええええええええええ……!」
そのまま情けない悲鳴を上げて少女らが路地裏から逃げ去るのを見送ると秋隆の右手が伸び、速やかに魔族男性を立たせた。
「大丈夫か?」
「あ、ありがとうございます! 助かりました」
泥と砂埃に塗れボロボロになってしまった財布を拾い、エルメラ男性は秋隆を見詰める。
「何かお礼を……」
「構わない、人として当然のことをしたまでのこと、さあ早く行け」
一瞬戸惑った様子を見せるエルメラ人だったが、秋隆が微かに首を振ると最後に深々と一礼し、路地裏から去っていった。
「……面倒な奴らだったわね」
路地裏に残る少女らの足跡を一瞥し、ルドヴィカは不機嫌そうに鼻を鳴らす。
「己が力の意味も考えず、ただ他者から搾取することのみに注力するなど言語道断」
以前アズから理気を使える分女性の方が偉いと勘違いする者もいると聞かされていたが、あのような年端もいかない少女らですらも男性相手に暴力を楽しむあたり看過できない問題かもしれない。
「……親の顔が見てみたいものだな」
「……あの手の輩はここらに多いって話よ」
むっつりした表情で口を開いたルドヴィカによると、男性に対する暴行件数が多いのはエテメンアンキがダントツで、二位がトルキオとのことだ。
何となく治安の良さそうなエテメンアンキがダントツ一位と言う結果に秋隆も意外そうに目を細める。
「ウォルキア、クリシア、エメルスは鬼紋獣やゼデキアの脅威が近い分男も女も協力しないとやってけないって風潮があるのよ」
「……ある種の平和ボケということか」
ルドヴィカの解説を受け、腕を組み瞑目する秋隆。最前線に近い場所ほど余裕のなさから秩序が保たれ、安全な地域ほどおかしな事件が起きるというのも皮肉な話だ。
「そう言えば、杏ってどっから来たの?」
藪から棒に放たれたルドヴィカの質問に秋隆は苦笑を漏らす。
「お母さまの推薦ってことはウォルキア? でも杏みたいな人は昔からちょっとくらい話題になんじゃないの?」
「ふむ、そのようなことを気にしていたのか?」
「……凍子に、あの入江って奴もそうだけど、杏周りって何だか秘密が多いのよ」
何となく寂し気なルドヴィカの言葉、もしかしたら彼女は秘密を共有する三人を見て疎外感を覚えていたのかもしれない。
「話したところで恐らく信じてはもらえまいが……」
「……はあ、そんな波瀾万丈な半生を送ってんの?」
「そうだな、そうだったかもしれぬ」
四千年前封印され、つい最近帰還したなどと言っても混乱させる結果になるのは火を見るよりも明らかだ。
しかし相手はともに背中を預けた仲たるルドヴィカ、話せる部分だけでも話しておきたい。
「実は私にはエルメラ神聖国に来るより前の記憶がほとんどない」
「はい?!」
「私が神官将となったのもそこに理由がある」
意外過ぎる話にルドヴィカが仰天するのを内心微笑ましく思いつつ、草に嗾けられた鬼紋獣との戦いで記憶の一部が戻ったことなどを話す。
「要するに、鬼紋獣と戦うために神官将になったってこと?」
それなりに長い秋隆の身の上話を聞き終えたルドヴィカの瞳には少なからず憐憫の感情が宿っていた。
記憶を取り戻すために鬼紋獣と戦わざるを得なくなったことを気の毒に思っているらしい。
「そう言うことだ。桔梗城の城主になったのも、セント・ヴァルナールの護民官になったのも成り行き、最終的な目的ではない」
最終的な目的は滅びた祖国、神州の復興であり、そのために必要なのが記憶を取り戻すことなのだが、さすがにルドヴィカが相手であってもそこまで話すことは出来ず、ある程度の部分までに留める。
「成り行きで受けるにしては危険過ぎる仕事じゃない?」
「まあ、確かに始まりは成り行きだったかもしれぬが、エルメラのために力を尽くしたいと言うのも偽らざる本音だぞ?」
「はあ、それでさ成り行きで見返りが返ってくるとも思うない都市に投げ銭やって、成り行きで仕事の世話までするの?」
「民のことを考えるのも神官将としてすべきこと、一度引き受けた以上半端な真似はしたくないと言うだけだ」
場合によっては鬼紋獣と戦ってさえいれば良いかもしれないが、秋隆にとってそれは完璧とは言えず、神官将になった時点で手を抜くと言う選択肢は存在しない。
しかしそれはただ単に義務感でやっているわけではなく、生来秋隆が高位の者が力なき者のために力を尽くすのは当然と考えていることに由来するものだ。
「……成り行きで杏くらい仕事が出来るなら、とっくの昔に鬼紋獣なんて絶滅してるでしょうね」
秋隆の言葉にルドヴィカも呆れたように深いため息を吐く。あれだけ無私の心で人々のために尽くしておいて、成り行きだけの行為など通らないと言いたげだ。
「で? 本当になんも覚えてないの?」
「断片的には覚えているが、全体から見れば爪の先程度の量でしかない」
「……もし全部思い出したら、どうすんの?」
ぽつりと呟いたルドヴィカの声音はこれまで聞いたことのないほど弱々しいものであり、秋隆も思わず彼女を振り返る。
「どうって、それは……」
「来た時とおんなじように、いきなりどっか行くの?」
秋隆の視線の先にあるのはべったりと顔料を塗りたくった最年少神官将ルドヴィカの恐ろし気な顔。
だが、その向こう側に彼女の内面、秋隆に近くにいて欲しいと言う願望が見てとれた。
考えて見ればそれも至極当然のこと、彼女本来の姿は力なき少女。いかに能力に恵まれ、手柄を上げようとそれは変わらない。
「……私は確かに記憶を失ったが、それでも同胞のために戦わねばならないと言う気持ちだけは消えなかった」
封神霊廟より帰還し、己が誰なのかすらわからなかった頃、選択によってはずっと蓬莱島で凍子の世話になる未来もあったであろう。
だがそれをせずにこうして下山し、外に出てきたのは秋隆が祖国の復興を望んだためであり、神官将になってからはエルメラの平和も願うようになった。
自分が久坂秋隆である以上、記憶があろうとなかろうと、あの時別の選択をすることないだろう。
「それと同じだ。仮に記憶が戻ろうと私とそなたが共に戦った過去が消えることも、関係性が劇的に変わることもない」
秋隆の言葉にルドヴィカは目を見開き、同時に頬を真紅に染めた。
しかしそれもほんの一瞬のこと、次の瞬間にはいつもの自信に満ち溢れた表情へと変わる。
「ふ、ふん! そんなこと杏に言われるまでもないわ!」
「なら良い、ではそろそろ昼食にするか?」
時刻はすでに昼過ぎ、ここまで食事らしい食事をしてこなかったためそのような提案をすれば、ルドヴィカも嬉しそうに口角を上げた。
「賛成、そこに美味しいオムレツ食わす店があんのよ」
「そうか、では私が……」
払うと秋隆が言おうとした瞬間、ルドヴィカが距離を詰め、彼の鼻先数センチの位置に人差し指を突きつける。
「可能な限り借りは作らない主義なの。ルイズの分は自分で払うわ」
「……ご随意に、お嬢様」
どうやらもう元気になったらしい。恭しく秋隆が一礼して見せればルドヴィカは何も言わずに彼の腕を掴み、大通りに引っ張っていった。




