第五十四話「旗本」
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新人教育について。
襖の向こう側に控えていたのは魔族から成る三人の少年。その中央でこちらに頭を下げるのは秋隆にとってなじみの人物であった。
「頭中将殿、ここに出でたる面々が久坂家に奉仕しようって連中さ」
豊輝の目配せとともに中央に座す少年、江坂将監隆兼が旗本たちを代表して口を開く。
「我ら一同粉骨砕身、殿にお仕えいたします!」
そのまま深々と頭を下げる旗本たちを見て秋隆は満足そうに頷いた。
恐らくここに来るまでの短い時間で豊輝に仕込まれた必要最低限の礼法、粗削りな部分が多々見受けられる。
しかしそれでもその動きには、及ばずながらも精一杯主君に礼を尽くそうという真心が込められていた。
「……期待している。アズ」
「はいなのです」
「一旦彼らを城内の足軽長屋へ、後のことは追って伝える」
「承りましたなのです」
アズの先導で三人が三の丸にある足軽長屋に向かうと秋隆は難しい表情で腕を組む。
「さて、そうなってくると彼らの教育を急ピッチで進めていかねばならないな」
当たり前だが、いかに前途有望な若手たちと言っても何の訓練も与えていない状態では使い物にならない。
その能力を鍛え、正しく導いてやることも主君たる秋隆の務めだ。
すべきことはいくつもあるが、まずは速やかに指南役を登用し、教育に当てることが急務であろう。
今後の新人教育についてあれこれ頭を悩ませる秋隆を見て、呆れたようにため息を吐くルドヴィカ。
「あんた、ヴァルナ・ウルベリウムへの投資に飽き足らず、今度は連中の教育まで背負い込むつもり?」
「良き教師との出会いは巨万の富にも勝る。主君としては可能な限り最高の環境を整えてやらねばなるまい」
「杏一、そう言うことならば私を頼りなさい」
静かな口調で凍子が口を開いた。液体窒素のごとき冷ややかな瞳の奥に、確かな使命感を宿らせている。
「これでも卿を育てた実績があります。戦闘訓練に関しては力になれるはずですわよ?」
「これ以上ない謳い文句ですね」
微かに含み笑いを漏らすと、秋隆は凍子の瞳を真正面から見据え、軽く頭を下げた。
「願ってもなきこと、ご厚意に甘えさせていただきます」
元より何らかの形で凍子には旗本の教育に携わってもらうつもりだったのだから秋隆にとっても望ましい結果と言える。
それに主君の師匠が指南に入るとなれば、旗本たちも全力で修行に取り組むはずだ。
「有職故実やら、何やらに関しては追々やるとして、師父殿には戦い方と、最低限の礼法を担ってもらうってことにしとくかい?」
「そうだな。いかがでしょうか?」
豊輝の言葉に賛同する形で秋隆が視線を向ければ、凍子も微かに頷く。
「そのつもりです。私も神州のことには疎いので……」
適材適所、戦い方については凍子が担当し、旗本として必要な教養は別の人間が授けるというわけだ。
「……(となると、後は……)」
しばしの沈思黙考の末、秋隆は座を立ち凍子のすぐ前にまで至りしゃがみ込む。
「凍子、暫く……」
「……どうかしましたの?」
やや戸惑いながらも凍子が顔を寄せると、声を潜めつつ神妙な表情で秋隆は口を開いた。
ここまで来た以上、一つ確認しておかねばならないことがある。
「彼らのことなのですが……」
それだけで秋隆が何を話そうとしているのか察したらしく、すぐさま首肯する凍子。
「……卿の気にしていることはわかっていますわ」
「では?」
「恐らく一日、いえ半日もあれば結論が出ると思いますわ」
半日と言う言葉に一瞬面食らう秋隆だったが、相手は自身の最も信頼する師父、ここは一任すべきところだ。
「わかりました。よろしくお願いします」
凍子から離れて再び上座に戻る秋隆だったが、何故か彼を見るルドヴィカの表情が芳しくない。
「……凍子に貼り付いて、何の話よ?」
「いや、何、大した話しではない」
それとなく誤魔化すかのような秋隆の言葉に彼女は不機嫌そうに鼻を鳴らす。
「大した話しじゃないって言うのなら別にルイズに教えてもいいんじゃないの?」
「将監ら旗本の教育方針の話だが、そんなに気になるのか?」
秋隆と凍子が話していた話はこれまでの常識を覆すような内容、可能な限り伏せておきたいが他ならぬ彼女にならば話しても良いかもしれない。
そう考えての発言だったのだが、秋隆の言葉に何故か頬を染めてそっぽを向くルドヴィカ。
「べ、別にそこまで気にしちゃいないわよ!」
身に纏う気運から察するに怒ってはいないようだが、その態度の意味するところがいまいちわからず秋隆は首を傾げた。
直後、先ほどから黙って話を聞いていた豊輝が辛抱できないとばかりに含み笑いを漏らす。
「……どうかしたか?」
秋隆の問いに豊輝が申し訳なさそうに右手を振った。
「悪いな。ただ頭中将殿は記憶がなくなっても相変わらずだなあと思っただけさ」
ひとしきり笑うと咳ばらいを一つして、笑みを絶やすことなくその糸のような細い目で秋隆を見据える。
「ところで話は変わるけど、頭中将殿は今日これからなんかあるかい?」
「いや、特にこれと言った予定が入っているわけではないが……」
神官将としての指令を受けているわけでもなければ、何か急遽せねばならないことがあるわけでもない。
強いて言うならば突発的な来訪があった時に応対することと、凍子に着いて旗本たちの訓練を見ることぐらいだ。
「そうかい、それじゃあちょっくら嬢ちゃんとエテメンアンキのパトロールでもしてきたらどうだい?」
笑みを浮かべたまま豊輝が視線を送れば、ルドヴィカはびくりと身体を震わせる。
「ちょっ……!」
「私とルイズで、か?」
提案の意味をいまいち測りかね、秋隆が問い返すと、楽し気に何度も頷いて見せる豊輝。
「ああ、頭中将殿もここまで結構バタバタしてたから、あんまり街の様子は見れてないだろ? 旗本たちの教育も結果が出るのに時間がかかるだろうし……」
言葉通り解釈するならば、神官将として宮仕えしながら、エルメラの首都をよく知らないことへの危惧。
しかし、ここに来ていきなりこのような話しをするのはどうにも不自然、何らかの思惑あっての提案と考えるべきだ。
「僭越ながらお嬢様、入江殿の意見にも聞くべきところはあるものと愚行致します」
遠慮がちながらもはっきりした声で口を開いたのは黒書院の隅に控えていたルドヴィカの従者、東山躑躅。
「大神官様のご令嬢たるお嬢様が早くも武勲著しい久坂様と行動を共にすることは、ウォルキア家の威信を高めることにもつながります」
初の男性神官将と言うだけではなく、ヴァルナー領で行われた武術大会で蕃神族を下し、優勝した秋隆の名前はすでにエルメラ全土に広がりつつある。
そんな人間と親しくしていることをアピールするだけで一目置かれるようになるし、それが彼を神官将に推薦したウォルキア家の人間ともなれば威光も高まるというものだ。
「そ、そうね。お母さまのためとあっちゃ、仕方ないわね」
口では仕方ないを連呼しつつもわかりやすく口角を上げつつ秋隆の様子をチラチラ伺うルドヴィカ。
「いや、私はまだ行くとは一言も……」
秋隆が何か言おうとしたその瞬間、ルドヴィカは席を蹴るようにして立ち上がると腕を組んで正面から彼を見下ろす。
「このルイズ様が案内してあげるって言ってるんだから、感謝感激して一緒に来なさい!」
凄まじい威圧感に濃厚な理気、断ろうものならば黒書院内部を一瞬にして霧まみれにされかねない迫力だ。
一瞬だけ逡巡する秋隆であったが最終的には微笑とともに頷いて見せる。
「わかった。そう言うことならば厚意に甘えさせていただくこととする」
こちらとしても根無し草の身の上でウォルキア家との繋がりを世間にアピールするのは益しかないことだ。
それにここまでともに戦ってきたルドヴィカとさらに友好を深めるのも必要なことかもしれない。
秋隆の了承に豊輝はいつもの胡散臭い笑みを浮かべる。
「決まりだな。留守のことは俺に任せて、後は神官将同士で仲良くやりな」
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秋隆とルドヴィカの二人が去り、凍子も旗本たちの訓練のために三の丸に向かった後の黒書院。
襖に仕切られた部屋に残った躑躅は彼女と同じく黒書院に居残り、畳の上で何やら考え込んでいる豊輝に近づく。
そのまま彼の前に正座すると、楚々とした動作で頭を下げた。
「感謝いたします。入江殿」
「んー? 俺は何にもしてないぜ?」
「いえ、お嬢様のお気持ちを汲んで、久坂様を動かしてくださいました」
躑躅の言葉を聞いて豊輝も彼女が言いたいことを察したのか破顔する。
「お嬢様はあのようなお方なので、久坂様との距離の詰め方を測りかねておられます」
「私から見れば随分わかりやすいんだけど、頭中将殿は昔っからこの手の話はどうにも疎くてねえ」
ルドヴィカが秋隆ともっと親密な関係になりたいと言うのは、直接彼女から本音を聞いたわけではない豊輝でも容易に察しがつくことだ。
「こりゃ、お宅のお嬢さんも苦労するだろうねえ」
「初めて背中を預けられる男性に出会えてお嬢様も舞い上がっているのでしょうが、もう少し素直になっていただきたいものです」
「ま、頭中将殿に好かれてはいる分まだマシだろうねえ」
静かに息を吐く豊輝。秋隆としてもなんだかんだで彼女を憎らしく思ってはいないようだが、その秘めた想いに関して気づく様子はない。
他者の理気に敏感な分、この手の感情には恐ろしく鈍いのであろう。
「入江殿は、久坂様とは長いのですか?」
「長いぜ? 多分妹殿を除けば一、二位を争うんじゃないかな?」
躑躅の問いに答えた豊輝の目は微かに潤んでいたが、細い目のお陰で相手に気付かれることはなかった。
「久坂様には、妹君がおられるのですか?」
「いるぜ」
短く応じるとともに豊輝は座を立ち、出入り口となる襖を開く。
廊下を挟んだ対面上には中庭があり、空から差し込む昼前の眩しい光が豊輝の顔を照らした。
「普段お淑やかな分、怒らせると征夷大将軍より怖い妹がな」
凛としていながらその実情が深く、静謐であるとともに激しい気性も持ち合わせるある種武家らしい娘。
彼女の持つ海のように得体の知れない、湿度の高い瞳を思い出したのか、豊輝は微かに身体を震わせると黒書院に目を向ける。
「……それは、荒れるかもしれませんね」
「火種はいくつも転がってるからねえ」
躑躅の言葉を肯定すると、黒書院の一角を見つめる豊輝。その場所は先程まで秋隆の師父、瀛洲寺凍子が座っていた場所であった。




