第五十三話「元老院の動き」
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権力者の悪意。
蕃神族市民団体が去り、一時の平穏が訪れた桔梗城。
今後の話だけではなく、ルドヴィカの訪問や豊輝の報告といった種々の打ち合わせもあるため、関係者一同は黒書院に参集した。
「帰って来て早々随分な目に遭っちまったな」
帰城時にちょうど蕃神族市民団体に鉢合わせてしまったためか豊輝の表情には少しばかり疲労の色が見える。
一方彼と似たような目に遭ったルドヴィカは疲労よりも苛立ちの方が強い。
「あの手の輩は単に声が大きいってだけで大したことは何一つ出来やしないんだから、別に気にする必要はないわ」
座椅子に座り苛立たし気に膝を揺さぶるルドヴィカの隣、先程は無言で様子を伺っていた凍子が静かに口を開いた。
「それで、結局どういう集団でしたの?」
凍子の質問に黒書院に座る面々の視線が一斉に上座、すなわち秋隆に向かう。
しかしながら秋隆も例の団体、ハチアナ・クージュラ率いる蕃神族市民団体が何故来たのかについて言えることは少ない。
「……まともに話を聞く前に帰った以上、何をしに来たのかもよくわかりません」
口々に言っていたのは秋隆の所為で故郷を追い出されただの、それについての補償をしろだのよくわからないことばかり。
相互理解をしたいならば可能な限り冷静に話し合い、主張のすり合わせをすることが必須なわけだが、どうも彼女らにその姿勢は見受けられなかった。
「補償がどうとか言ってなかった?」
ルドヴィカとしても連中の狙いが気になるのか一番声高に言っていたことを口にする。
「補償も何も、蕃神族どもの後始末のために金出してるのはむしろ頭中将だろ?」
どこかうんざりした様子の豊輝が放った言葉に秋隆は一つ思い当たることがあった。
「……恐らくだが、先の行政改革に異を唱えてセント・ヴァルナールを去った者たち、ではないだろうか?」
「カカンのお嬢ちゃんが言ってたあれかい?」
豊輝も秋隆の言いたいことを察したのか、少しばかり難しい表情で腕を組む。
現在セント・ヴァルナールはカカンの下、急ピッチで改革が進められているわけだが、その結果これまで好き勝手やっていた者たちやその身内が他の地域へ流出したことは記憶に新しい。
元々他責志向の強い者たち、困窮し、自分たちの生活をつぶした秋隆を恨んでこのような騒動を引き起こしたとしてもなんら不思議はない。
「蕃神族の集団に敵視されるとなると、それくらいしか思いつかん」
「つまりあいつら、自分勝手に甘い汁を吸うだけ吸って街を出たくせに、今度は杏に寄生しようって考えてんの?」
先程の貧乏ゆすりとは異なり、わなわなと怒りから震え始めたルドヴィカに対して、秋隆は微かに首肯して見せた。
「連中の主張を聞く限りはそうだろうな」
次の瞬間、畳に重いものがぶつかるような音ともに黒書院全体に微かな振動が走る。どうやら怒りのあまりルドヴィカが己の足を床に打ち付けたらしい。
「……むかつく」
「ルドヴィカ・ウォルキア、苛立つ気持ちはわかりますが少し押さえなさい」
怒りの気運を纏うルドヴィカに冷静な声を掛ける凍子。
「けど……!」
何か言おうと口を開くルドヴィカだったが、凍子の冷たい瞳の奥に宿るものを見て口を閉ざす。
「連中に対して思うところがあるのは杏一含め、この場にいる全員がそうですわ」
その身の内に生じた激情を一切外に漏らすことない冷静な言葉。それを聞いて豊輝も頭が冷えたのか、いつもの胡散臭い笑みを浮かべた。
「ま、大した集団でもなさそうだし、あの手の輩は拒絶して放置で良いと思うがねえ」
「そうだな、下手にこちらから譲歩すれば事態をさらに悪化させる可能性もある」
あの手の輩はこちらが責任を認め、これ以上問題が起きないように譲歩すれば、嬉々として攻撃を開始しかねない。
どこまで譲っても折れることはなく、全て奪いつくすまで止まることはないだろう。
最初から相手にせず、必要最低限の対応に留めた方が良い。そのように結論付けた秋隆を見て、感心したように鼻を鳴らすルドヴィカ。
「随分手慣れてるのね」
「あのような者たちはいつの時代、どこの世界でも湧いてくると言うだけのことだ」
それ以上答えることはせず、秋隆は気分転換とばかりに深く息を吸い込みルドヴィカに視線を合わせた。
「そんなことよりルイズ、何か私に用事があって来たのか?」
「まあね、お母さまから手紙を預かってるわ」
豊かな胸元からルドヴィカが書簡を取り出すや否や、これを受け取るべく秋隆の後ろに控えていたアズが瞬時に動く。
「大神官殿から? もしやまだエテメンアンキにおられるのか?」
アズ経由で手紙を受け取りつつ、秋隆は困惑から首を傾げた。
本来ルドヴィカの母、大神官シャダはウォルキア管区にいるべき人物。
秋隆に叙任を与えるべくエテメンアンキに来たことは周知のことだが、あれから一か月以上も逗留しているのは不自然である。
そんな言葉を受けて、何やらクスクスと含み笑いを漏らすルドヴィカ。何が何やらわからずいる秋隆を前に楽し気な表情で口を開いた。
「なんだか、ルイズたちの叙任式以降いろんな用事が重なってみんな帰れなくなってるみたいね」
ルドヴィカの「いろんな」という単語に秋隆も遅まきながら事情を察したのか苦虫を嚙み潰したような表情を見せる。
鬼紋王討伐に此度のセント・ヴァルナール、ヴァルナ・ウルベリウムの行政改革、秋隆があちこちで動いたために後処理のために逗留せざるを得なくなったのだ。
「……それは、申し訳ないな」
いずれの指令も秋隆が自発的に行ったものではなく、前者は陽華、後者はカークス経由の勅命だったのだが、その結果他者の負担を増したとあっては申し訳なくなってくる。
「それだけ卿が仕事をしているというだけのこと、胸を張りなさい」
「だと良いのですが……」
凍子の言葉に少しばかり慰められつつ書簡を一読、直後秋隆の表情が険しいものへと変わった。
「……そうか、やはり……」
「悪い知らせかい?」
秋隆の様子から只ならぬものを感じ取ったのか、豊輝も眉根を寄せる。
「ああ、どうやら六耳彌猴調査の件、相当難航しているらしい」
書簡に書かれている内容を要約すると、四大神官の連名で六耳彌猴調査に関しての議案を出したものの優先順位低めと判断されて、決議は後日に回されたらしい。
「……予想していた結果とは言え、さすがに堪えるな」
「あんな危険な生物を野放しにするなんて、元老院は何を考えてんのよ!」
先程抑え込んだ怒りが再燃したのか、またしても怒声を上げるルドヴィカ。
それを見て秋隆はもう一度だけ書簡に目を通すと、深いため息を漏らした。
「……この書状を見る限り、大神官四名は相当精力的に動かれたのだろう」
四人いる大神官の連名となれば彼女らがこの件についてどれほど関心を持っているのか一目瞭然。
恐らくここまでスムーズに進めるために、何人もの元老院議員を動かしたのだろう。
「それでも元老院は動かなかった」
冷ややかな豊輝の言葉に秋隆もすぐさま頷いた。
「そうなると、かなり立場の高い者が反対している」
元老院内において無視できない派閥を持ち、同時に強い発言力を持つ者。そのような存在は自ずと絞られてくる。
「……宰相、アウグスタ・ルベルム」
「……恐らくそうだろう」
長い沈黙の後、ルドヴィカが口にした名前はこの場にいる全員が思い浮かべていたものであった。
その理由は未だ不明ながら、彼女は鬼紋王の一件からもわかる通り、何故か秋隆と距離を置こうとしている節がある。
此度の議案提出に彼が関わっていることを知っていた場合、反駁に動くかもしれない。
もっと言うならば四大神官の連名による議題を破棄することは出来ずとも、決議を遅らせることが出来るのは元老院広しと言えども彼女くらいのものだ。
「つまり六耳彌猴の件は当分進むことないってこと?」
「そうなってしまうな」
悔しそうなルドヴィカの問いに、秋隆もまた諦観の滲む声音で肯定する。
「しかし解せぬ、何故宰相はそこまで六耳彌猴の一件に反対するのか……」
事は国家の安全に直結する重大なこと、いくら秋隆のことを嫌悪していようと自分の生命も関わってくる問題を簡単に後回しに出来るものだろうか?
どうにもアウグスタの狙いがわからず秋隆らが困り果てていると、音もなく凍子が手を挙げた。
「凍子? どうかしましたか?」
「いえ、一か月前のことを考えていました」
まだ彼女自身考えをまとめ切れていないのか、慎重な様子で言葉を選びつつ口を開く。
「あの時、ヴァルナー領で私たちを襲った六耳彌猴たちはどこから現れたのでしょうか?」
藪から棒に放たれた凍子の指摘に豊輝は首を傾げた。
「言われてみればそうだねえ。地より湧いたか、天より降って出たか……」
「あの八本足の六耳彌猴は闘技場の地下から現れたように思えます」
顔を顰めつつ一か月前の戦いを思い出す秋隆。ヨライ・クリスリーとの決勝戦直後、突如として闘技場の一角が崩れ、そこから現れたのがあの八本足の六耳彌猴である。
「あと四匹いたはずだけど、そいつらは?」
ルドヴィカの言う通り闘技場に出現した六耳彌猴は八本足を除けば四体。
しかし秋隆の知る限り落盤した場所から出てきたのは八本足のみ、他の四体に関してはどこから来たのか感知していない。
「少なくとも観客席からじゃあないねえ」
自分の中にある記憶を掘り起こしつつ、豊輝が口を開いた。
「外部や観客席と言うよりも、むしろ場内から出てきたように思えるぜ?」
外部からの侵入ではないならば、考えられるのは内部、つまり元から闘技場の何処かに潜んでいたということになる。
「……(しかしあれほど目立つ見た目の怪物が四体、誰の目にも留まらずに闘技場に潜んでいることなど果たして出来るものか?)」
秋隆の知る限り闘技場のどこにもそう言った空間はなかった。
場内に繋がる道にあるのは予選選手用の控室に使われた大部屋と、本選選手用のいくつかの小部屋。
しかも人の出入りが激しい区域のため、少しでも怪しい存在がいればそれだけで騒ぎとなるだろう。
「……(宰相が存在を隠匿しようとする上に神出鬼没、六耳獼猴とは一体……)」
「……いささか情報が足りなさすぎますわね」
凍子の発した言葉を受け、お手上げとばかりに豊輝が両手を挙げた。
「その辺に関しては、私がセント・ヴァルナールに戻ってから調べてみるとしようかい」
「頼む」
闘技場については秋隆の知らない秘密が隠されているのかもしれない。これに関しては直接現地で調査を進めた方が良いだろう。
「そんじゃ、お次は俺の番だな」
ちらっと豊輝が黒書院後方目を向けると、締め切られていた襖が数秒遅れて左右に開いた。
「久坂将軍家旗本、お披露目と行こうかい」




