第五十二話「蕃神族市民団体」
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怪しい団体。
桔梗城、エテメンアンキ南、桔梗湖畔に建つ、壮大な曲輪に白塗りの外壁を備えた純和風の城。
かの城こそが神官将久坂秋隆のエルメラ神聖国における居城である。
時空捻転現象を用いて本丸御殿のすぐ近くに瞬間移動した秋隆は、静かな足取りで出入り口をくぐった。
「お帰りなさいませなのです」
待ち構えていたかのように秋隆を迎えたのは和装に白い前掛けを着けた幼い少女。
エルメラ人らしく褐色の肌をしているが、その耳は蕃神族のように長い。
アズ・オグトール、神官長カークスから秋隆につけられた使用人であり、現在は彼の執事職、内管領の地位にいる。
「旗本が増えることになると思う」
本丸御殿内において、表と呼ばれる城主の公的空間へと続く長い廊下を歩きながら、秋隆はそう告げた。
「旗本?」
主君の発した言葉の意味が分からず、後ろに付き従いながら戸惑った声を上げるアズ。
「将軍家中において御目見以上の直参が旗本、御目見にない者は御家人と呼ぶ」
「じき、ごけ?」
基本的に四道将軍家の直臣たちはいずれも直参と呼ぶが、その全員が同格と言うわけではない。
御目見、すなわち主君たる四道将軍と直接対面することが出来る者を旗本、そうでない者を御家人と呼ぶ。
「要は私の直臣たち、いずれも即戦力とは行かぬであろうがな」
「ははあ、つまりこのお城に人が増えると言うことなのですね」
「そういうことだ。内管領たるそなたにも負担を掛けることになると思うのだが……」
そこで一旦足を止めてアズを見れば、彼女は胸の前で両拳を握り、生き生きとした表情でこちらを見ていた。
いよいよ単なる雑用係以上の職務、内管領としての実力が試されることとなりそうなため、アズとしても張り切っているらしい。
「承りましたのです! 必ずご期待に応えて見せるのです!」
「よろしく頼む」
ふんすと鼻息荒く去っていく無邪気なその様子を内心ほほえましく思いながら、廊下の右側に広がる庭園の視線を向ける。
すでに太陽はそれなりの高さにまで達し、そろそろ昼と言う時間帯のため、いささか日差しが眩しい。そんな光の下、剣を振るう一人の女性がいた。
エルメラ人よりも濃い褐色の肌に銀色の髪、その身に纏うのは胸の先や股座を隠すのみと言う最低限のもの。
鍛え抜かれた四肢や腹筋を惜しげもなく晒し、滴る汗を拭うこともせず、一心に青白い霊気を放つ剣を振るっている。
「……戻ってきたようですわね」
秋隆の存在に気付いたらしく、その女性は剣を鞘に納めると彼に顔を向けた。
彼女は瀛洲寺凍子、截教と呼ばれる集団で修行を積んだ仙女であり、秋隆の師匠でもある。
「朝から鍛錬ですか?」
少しばかり庭園に近づきそう問いかければ、にこりともせずに凍子は頷いて見せた。
「実力を養わねば、日に日に強くなる弟子に威厳を保つことなど出来ません」
「そのようなことはありません。私はいつも貴方を頼りに思っています」
秋隆の言葉に、凡そ感情と言うものを表に出すことをしない凍子の表情が微かに和らぐ。
しかしそれも数ミリ口角が上がる程度のものだったため、秋隆が師父の変化に気付くことはなかった。
「直臣を迎えることになったようですわね?」
先ほどまで振っていた霊剣、誅仙剣を空間の中に消すと、庭園を横切り秋隆の前に進み出る。
凍子がそのまま秋隆のすぐ前、縁側に腰かけると汗の匂いに混じって彼女本来の花のような匂いが微かに漂った。
「成り行きですが、そうなりそうです」
兼太こと江坂将監隆兼の要望と彼の同僚たちの話を秋隆がかいつまんで話せば、凍子の目に鋭い光が宿る。
「卿の直臣であるのならばそれなり以上の実力なくばならないでしょうね」
「一か月前までヴァルナ・ウルベリウムにいた者たち、いきなりそのようなことを求めはしませんよ」
確かに凍子の言う通り最終的には四道将軍に仕える者として相応しい実力を養ってもらいたいが、現段階でそれを望むのは高望みが過ぎるというものだ。
まず基礎的なところからスタートして当人の資質を見極めつつ、段階に応じた教育を与えていくべきであろう。
「修行を付ける者が必要ですわね」
「……指南役を探さねばなりませんが、現時点で任せるとなると……」
心なしか嬉しそうな凍子を眺めつつ、秋隆が自身の考えを口にしようとした刹那、廊下が急に騒がしくなった。
「お話し中に失礼しますなのです!」
ぱたぱたと慌てた様子でアズがこちらに近づいて来るのを見て、秋隆は微かに首を傾げる。
「どうした?」
「ご主人様に会いたいという方々が来られているのです」
「私に? 誰だ?」
訝しげな様子の秋隆に、アズも困ったように顔を顰めた。
「それがご主人様に会わせろの一点張りで名前すら名乗らないのです」
「そのような無礼者に会う必要はありませんわ」
縁側から立ち上がり、正面から秋隆と向かい合う凍子。
「城主に会いたいのならば目的と名前を告げるのが最低限の礼儀と言うもの、礼儀知らずの相手をする必要はありません」
静かながらも己の内にある感情を吐き出す凍子をなだめるように両手を挙げると、秋隆はアズに近づく。
「それなりの人数がいるのか?」
「ざっと見た感じ十から二十人程度なのです」
「ふむ……」
単独ではなく複数、そうなるとなんらかの陳情と見るのが自然だ。
「何か思い当たる節がありますの?」
凍子の言葉に思考を巡らせる秋隆だったが、皆目見当がつかず首を振る。
「いえ、ありません」
どうにもよくわからないがこのまま放置しておくわけにもいくまい。
そのまま秋隆はアズの案内のもと外へと向かっていった。
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桔梗城大手門は来訪者と門を固める門番が押し合いへし合いする混沌とした状況となっていた。
「会わせろって言ってんのよ!」
強い言葉で喚き散らす来訪者に対して、新たにエテメンアンキで雇われた門番たちが困った様子で応対に当たる。
「約束もなしに来られては困ります!」
「このハチアナ・クージュラ会えないって言いてえのかよ!?」
「だからそういうわけではなく、いきなり来られてもお会いにならないと……」
「……随分騒がしいな」
二人の門番が困り果てたその時、アズと凍子を引き連れる形で本丸方面から秋隆が姿を現した。
「あ、霊亀将様!」
「この方々が会わせろと……」
門番二人の報告を受けて、秋隆が視線を向ければ来訪者たちは途端に喚き声をあげる。
「出てきた!」
「お前が久坂杏一郎か!?」
「オスのくせに、こんな立派な城に住みやがってよ!」
先頭に立つ一際派手な蕃神族を筆頭にガーガーと喚き散らす来訪者たちだったが、彼の後ろにいた凍子が咳払いすると途端に静かになった。
「杏一」
「ありがとうございます。いかにも、私が久坂杏一郎だがそなたらは?」
大手門前に居並ぶ者たちはいずれも蕃神族よく見ると後ろの方には「蕃神族市民連合」と書かれた幾つもの幟が見える。
「ふむ、蕃神族の集まりか、何の用か?」
「惚けるな!」
「お前に故郷を追い出されて困ってんだよ!」
「それ相応の謝罪と保証をしてもらおうか!」
故郷を追い出されたと言う言葉に秋隆は今朝カカンから訊いたことを思い出した。
確かセント・ヴァルナールの行政改革に際してあそこから出ていった蕃神族が大勢いたとか……。
「……アズ、代表者一名をお通しし、それ以外の方々は番所でお待ち頂け」
「は、はいなのです」
ひとまず話を聞いてみようとする秋隆だったが市民連合の面々はまたしても抗議の声を上げる。
「全員が代表者だ!」
「私らを全員入れな!」
「さもないと後悔することになるぞ!」
いよいよ収拾がつかなくなってきたその時、彼女らの後ろから凄まじい怒声が轟いた。
「……さっきから訊いてれば、つまらないことをベラベラベラベラと……!」
「なんだお前、は……?」
勢いよく振り向く市民団体の面々だったがそこにいた者の姿を見て、急に縮こまる。
彼女らの後ろで仁王立ちしていたのはいくつも色の入った金色の髪に、鍛え抜かれた筋肉質な身体を惜しげもなく晒す少女。
これだけでも圧迫感ある見た目だが、彼女の顔は原型がわからなくなるほどに濃い化粧が施された異質なものであり、そんな見た目で顔を怒らせているのだから地獄の鬼もかくやというような恐ろしさだ。
彼女こそ騰蛇将ルドヴィカ・ウォルキア、最年少の神官将にして、秋隆とは幾度もともに死線を潜り抜けた関係である。
「杏に会いに来てみればこの騒ぎ、あんたら一体何しにきたのよ!」
雷のごとき大音声の怒声に市民団体たちは恐ろしさのあまり震えあがり、先程の威勢の良さはどこへやら対象的に誰かの後ろに隠れようと押し合いへし合いする有様だ。
周りに押し出される形で最初に門番と押し問答していた派手な蕃神族ハチアナ・クージュラが前に出てきたが、その顔にはくっきりと焦燥感が浮かんでおり、とてもルドヴィカと立ち会えそうにない。
「わ、我々は、その……」
「何? 聞こえないんだけど? さっきの威勢の良さはどこ行ったの?」
「おいおい、こりゃどうなってんだい?」
のんびりした男性の声に、緊迫した空気が僅かながら弛緩する。
そこに立っていたのは何人か引き連れた豊輝、セント・ヴァルナールから戻ってきたらしい。
いつから話を聞いていたのかは不明ながら、大体の事情は理解しているらしく、顔は笑顔ながらもなんとなく不愉快そうだ。
「お嬢ちゃんたちよ、人と話がしたいって言うなら、通すべき筋ってもんがあるんじゃないのかい?」
至近距離で開かれる豊輝の赤い瞳、朗らかな表情から想像もつかない鋭い眼光に、 市民団体の面々も気圧されたように後ろに下がる。
「っ! 退くわよ!」
「お前ら、覚えてろよ!」
「今にこの行動を後悔することになるわ!」
ばたばた足音を響かせ、我先にと逃げ去る市民団体を呆れた表情で見送りつつ、ルドヴィカは嘆息を漏らした。
「……また、絵に描いたみたいな捨て台詞ね」
「ルイズ、尚左、そなたらのおかげで助かった」
秋隆が頭を下げると、若干頬を染めつつそっぽを向くルドヴィカ。
「ふん、ルイズの進路を塞ぐ奴がいたから退かしたってだけよ」
「それで頭中将殿? 俺たちは入っても?」
「無論だとも、よく来てくれた」
先程の市民団体と違って、この二人を拒絶する理由などどこにもない。
「もし、連中が戻ってきたら即座に知らせよ!」
「ははっ!」
「了解しました!」
門番たちの言葉に満足げに頷くと、秋隆はすぐさま豊輝とルドヴィカに視線を向ける。
「では、行こうか」




