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霊亀将  作者: 花鏡
黎明編
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第四話「鬼紋獣」

「さあさあみなさんお立合い。本日の大目玉はなんと元人間の大亀です」


 ここはどこだろうか? 眩しすぎるスポットライトと奇妙な熱気に満ちた空間、オークション会場のような場所である。


 私の前にはたくさんの観客がおり、男女ともにいずれも浅黒い褐色の肌、エルメラ人だ。

 否、エルメラ人ではない。確かにこの場にいる人間の外見的な特徴はエルメラ人に酷似している。

 しかしその目は品のない金属のごとき金色に染まり、身に纏うのも自制心というものをまるで感じられない残忍な気運、挙句締まりのない口元に全裸に近い原始人のような装束と人間らしい知性とは対極に位置するような、下品極まりない見た目だ


「こんな見た目をしていますが元は神州の騎士階級だったそうです」


 司会者と思しき者の声、毛皮で胸元と股間を辛うじて隠すと言う露出過多な女が四つん這いになっている状態の私の背中を叩く。

 恐らく全裸であろう私の背中を叩けば湿った皮膚の音が鳴るはずだが、代わって聞こえてきたのは石を叩いた際に聞こえるコツコツという音。


「偉大なるマグオールに逆らって返り討ちにあった負け犬ならぬ負け亀、無様ですね」


 会場内が品のない笑い声、嘲笑に包まれ観客たちの表情がさらに歪み、いよいよもってけだもののような下品なものに変わった。


「それでは元人間のこの亀、まずは10000000からスタートです!」


 司会者の声を聴きながら、私はステージの隅に置かれた巨大な鏡越しに自分の姿を見る。


そこに映っていたのは首輪を掛けられ、背中に背負った甲羅に『υοκοζγγιμυοοττιαρ』と大きく書かれた巨大な亀であった。


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「っ!」


 暗闇の中で目を覚ました秋隆は夢から覚めると上半身を起こし、いまだ荒れたままの呼吸を整えた。


「……夢、か」


 ひんやりとした埃っぽい空気に、微かに漂う腐朽の匂い、先ほどまで見ていたものが夢であることを認識し、ほっと一息つく秋隆。

 しかし心臓は早鐘のように激しい鼓動を刻み、背中にはびっしょりと汗をかいている。


「……(凍子は、まだ帰ってきていないのか)」


 現在秋隆がいるのはウォルキア市街から遠く離れた地点にある打ち捨てられた家屋の地下。

 はるか昔はおそらく酒蔵か何かに使われていたらしいが、今は手入れする者も訪れる者もいない廃屋であり、身をひそめるにはちょうど良い場所だ。


「……(それにしても、妙にリアルな夢だったな)」


 秋隆が思い出すのは先ほどまで見ていた悪夢、自分が巨大な亀にされて高値で売られる夢のことである。

 その場にいたかのような臨場感に、観客から向けられた悪意、さらには秋隆の感じた焦燥感、それら全てが夢を現実と誤認させるほどのものだった。

 まるでVRMMORPG、ではなく封神霊廟にいたかのような感覚、こうして目が覚めてからも夢の中で得た感覚が残っている。


「……(少し、外の空気でも吸ってくるか)」


 よろよろと立ち上がると、秋隆は軽く身体を伸ばし、地上へとつながる小さな階段を昇って行った。


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 秋隆が廃屋から出ると、そこに広がっていたのは植物が伸び放題となった街道やツタの絡む廃屋、まさに廃村と言う言葉がしっくりくるような場所であった。

 時間帯はちょうど太陽が顔を出し、少しづつ周囲が明るくなる程度の時間、そんな早朝の空気を秋隆は肺腑いっぱいに吸い込む。


「……良い空気だ」


 夢から覚めて以降感じていた正体のわからない不安はなくなり、代わって身体中に活力がみなぎってきた。

 つい十数時間前に神官将テンプルナイトとひと悶着を起こしておいてこうして外に出るのは危険を伴う行為であるものの、その危険を冒すだけの価値はあったかもしれない。


「むっ!」


 ようやく心の平穏を取り戻すことが出来た秋隆であったが、突如として感じた剣呑な気配に鼈甲霊亀べっこうれいきを抜き放つ。


「ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!」


 直後聞こえてきたのは野太い雄たけび、次いで飼いならすことなど不可能な猛獣特有の危険な気配、直感的に秋隆が身をひるがえすと、先ほどまで彼が立っていた場所に何者かが突っ込んできた。


 信じられないほどの速度に重量感、もしも秋隆が何の対策もしていなかった場合、彼の肉体は簡単に押しつぶされていたであろう。


「なんだ、この魔獣は……!」


 そこにいたのは秋隆が見たことのないような存在、猛獣と呼ぶのも陳腐に映るような凶悪な気運を備えたけだものであった。


 全体的なシルエットは狼を思わせるイヌ科の肉食獣のものだが、針のような剛毛が生える肌は高熱を帯びた鉄のように赤く染まり、その瞳もただ破壊衝動しか宿していないギラギラとした危険極まりないものである。


 おまけにその身には強力な理気を宿しており、身体の周囲には竜巻のごとく渦巻く、炎のような理気が見て取れた。

 もっとも特徴的なのは額、そこには揺らめく炎のような紋章が浮かび上がっており、銅色の鈍い光を放っている。


「っ!」


 額にある紋章を見た瞬間秋隆の頭に鋭い痛みと違和感が襲った。

 どこかで見たことがあるにもかかわらず、それをいつ見たのか思い出せない時の不快感、あるいは既視感のようなものを感じ、秋隆は思わず顔をしかめる。


「……(この魔獣、私の失われた記憶に何か関係が……?)」


「ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!」


 凄まじい雄たけびとともに秋隆に飛び掛かる魔獣、考える前にまずは目の前の脅威を取り除くことが先決のようだ。


「ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!」


「遅いっ!」


 空中に跳びあがりこちらを押しつぶそうとしたのかもしれないが、秋隆はその動きを瞬時に見切るとともに一閃、もちろん刀身に理気を込めて斬撃を強化することも忘れない。


「!?!?!?!?!?!?!!!?!??!?!?!?!!?」


 理気により強化された鼈甲霊亀べっこうれいきの一撃は鋭利そのもの。

 頑強であるはずの頭蓋骨を真正面から切断し、そのまま股座まで唐竹割り、魔獣の肉体を一刀両断する。


「なるほど、理気による攻撃ならば通用するらしいな」


 それなりの巨体を斬ったにもかかわらず手の中に残るのはまるで豆腐を斬ったかのような軽い感覚、改めて理気と言う力の強大さを目の当たりにして、秋隆は背中を冷たいものが伝うのを禁じえない。


「しかし、この魔獣は一体……」


 真っ二つにしたはずの魔獣の肉体は地面に落ちる前に空気中に霧散、消滅、どうやら理気に変換されたらしいが普通の生物ならばまず起こりえないような現象だ。


「ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!」


 詳しく調べる前にまたしても雄たけびが聞こえたかと思うと、茂みの中から魔獣が現れ秋隆のすぐ前に立ちふさがる。


「新手か!」


 しかも今回は一体ではない、同じようにあちこちから声が聞こえたかと思うと、いつの間にやら五体の魔獣に包囲されてしまった。


「……いささか不利かもしれないな」


 鼈甲霊亀べっこうれいきを油断なく構える秋隆に対してジリジリと距離を詰めてくる魔獣、このままでは一斉攻撃を喰らうことになるのは間違いない。

 前回ナルカ・ヴァルナーと戦った際に理気を用いて自然界に存在する属性を再現し、これを攻撃に転用することを学んだわけだが、ここまで包囲されている中で一体ずつ狙えばその隙を突く形で攻撃を喰らうことになるだろう。


 ならば必要なのは広範囲の敵を一度に殲滅するだけの力、そんなことを考えていると、秋隆の脳裏に水と土を吸収し、巨大化する樹木のイメージが浮かんだ。


「試してみるか……」


 最早考えているような時間はない。今この瞬間にも秋隆は魔獣たちからの殺気を敏感に感じている。


「ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!」


「受けよ、静かなる力を……!」


 魔獣たちが襲い掛かってきた瞬間、秋隆は水と土、この二つの属性を混合するかのようにして同時に発現させた。

 すると、イメージしたとおりに秋隆の周囲に巨大な樹木が発生、一瞬にして魔獣たちを飲み込みその肉体を押しつぶす。


「……出来た」


 どうやら理気による属性は二つ合わせることでより強力な力を発揮するらしい。

 今回は植物が出てきたわけだが、使用者や混合する理気の属性によっては無限に近い組み合わせがあるのかもしれない。

 魔獣の気配が樹木の中へ完全に消えたのを確認すると、秋隆はすぐ後ろにある茂みに声をかけた。


「そろそろ出てきたらどうか?」


 秋隆の声に微かに茂みが揺れ動きその奥から小さな声が聞こえる。


「……不思議ですね。気配は消していたつもりですが……」


「生憎気配を読むことについてはちょっとしたものでな、理気そのものを消せないならば私の探知から逃れることは出来ない」


「な、なるほど、少々貴方を見くびっていたようです……」


 観念したかのように茂みから出てきたのは少女であった。

 目元を隠すほどに長い前髪に桜の紋様が染め抜かれた衣、桜色の袴にシンプルな拵えの日本刀と女剣士と言う表現が似合いそうな見た目をしている。


「魔族……?」


 秋隆の指摘通りその肌は海のごとく青く、和服の袖からのぞく両手もよく見れば骨のような外骨格に覆われた異形のものだ。


「は、はい、私は尸道草しどうかや、神聖王陛下から、神官将テンプルナイトを仰せつかっております……」


「私は久坂杏一郎、なるほど神官将テンプルナイトか……」


 神官将テンプルナイトと聞いて最初に頭に浮かぶのはウォルキア市街における一件。


「ナルカ・ヴァルナーとやらの仲間か」


 とりあえずまずは様子見、しかし秋隆の放ったナルカ・ヴァルナーという単語に草は露骨に顔をしかめて見せる。


「ええっと、同勢力に属する者同士というくくりであるならば、仲間と呼べますね」


 なんとも歯切れの悪い言葉、どうやら草自身はナルカ・ヴァルナーに良い印象を抱いていないらしい。


「あの魔獣は君の差し金か?」


「は、はい、すみませんが、貴方の実力を調べるため、私の能力で捕獲してきた鬼紋きもん獣を使わせていただきました」


「調べてどうする? ナルカ・ヴァルナーの仇を討つのか?」


 相当に踏み込んだ一言、先の反応から鑑みるに草が自発的にナルカ・ヴァルナーのために動く可能性は低いかもしれないが、一方で上からの命令で秋隆の命を狙いに来たという線も捨てきれない。

 もしそうなら一戦は免れないわけだが、幸いなことに草は即座にこれを否定した。


「い、いいえ、そのような大それた指令は受けてはいません」


 ちらっと草は彼の手にある抜き身の鼈甲霊亀べっこうれいきを一瞥すると、長く伸びた前髪の奥から秋隆の目を見据える。


「私に与えられた指令は貴方を探し出し、その後ウォルキア大聖堂までお連れすることです」


「……いやだと言ったら?」


「せ、正式な依頼である以上実力行使も厭わないつもりです。気は進まないのですが……」


 自身の腰に帯びた刀の柄に手をかけつつそう告げる草。本来ならばすでに抜刀している秋隆の方が有利なのだが、草も神官将テンプルナイトである以上戦うならば一筋縄ではいかないかもしれない。


「どうか私とともに来てはいただけませんか? 決して悪いようには致しません」


 声そのものは穏やかなもの、しかしどうにも頷かなければならないような『圧』を感じ、秋隆は微かに首を傾げた。


「……奇妙な技を使うのだな」


 秋隆の指摘に草ははっとしたように顔を上げると刀の柄から手を放し、何度も頭を下げる。


「す、すみません! じ、実は私にも能力の制御が出来てなくて、交渉する時には勝手に発動しちゃうんです」


 どうやら彼女もまた理気による何らかの能力を会得しているらしい。

 先ほど奇妙な圧力を感じたのも、鬼紋獣とやらを捕獲出来たのもその力に由来するようだ。


「……わかった。そこまでされては私も無碍には出来ない」


 居場所もバレたうえ、能力の正体もつかめないような存在と戦うのはリスクが高すぎる。それならば死中に飛び込んで活を得るほかない。


「申し訳ないです! で、でも本当に良いんですか?」


「ここで断ったりすればさらに面倒なことになるだろう? それにもっと威圧的に接することも出来たにも関わらず君は私に頭を下げた。その礼には報いたい」


 鼈甲霊亀べっこうれいきを収め、そのようなことを言う秋隆の姿勢に、草は深々と頭を下げる。


「あ、貴方の厚意に感謝いたします」


「ただ、少し待ってほしい」


 草に断りを入れると秋隆は一旦先ほどの廃屋の地下に戻り、凍子宛てに簡単な手紙を残した。

 凍子のことだから別に何も手がかりがなくとも秋隆の位置を探り当てるかもしれないが、これくらいの心遣いは忘れないようにしたい。


「これでいい」


 廃屋から出ると、秋隆は草の前に立ち、武士を思わせるような隙のない、美しい動作で頭を下げる。


「では行こうか」


 しばしその所作に見惚れていた草であったが、はっとしたように顔を上げ、自分の左掌に手をかけた。


「は、はい、では……」


 かちっと軽い音がしたかと思うと掌に小さな穴が開き、そこからBB弾程度の小さな球が飛び出す。

 外に出た次の瞬間、その球は一瞬にして巨大化し数秒後には四つの車輪に四頭の馬を備えた巨大な馬車に姿を変えた。


「なっ!」


 絶句する秋隆の前で馬車の扉が開いたかと思うと、中から御者が現れ、馬や車の様子を点検し始める。


「すごいな、こんなことも出来るのか……」


「い、一応エルメラの神官将テンプルナイトですので……」


 困りながらも得意げな草、前髪に隠れていて以前その目は見えないが凍子よりかは感情を読みやすい。


「そ。それじゃ、お願いします」


 二人が馬車に乗り込むと御者は扉を閉め、ウォルキア市街に向けて馬車を走らせ始めた。

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