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霊亀将  作者: 花鏡
黎明編
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第三話「功名」

 神官将テンプルナイトナルカ・ヴァルナーを撃破した秋隆。

 炎や水が飛び交うまさに超能力者同士の戦闘を終えたにも関わらず、その顔に疲労の色はない。


「お見事でした杏一。良き初陣と言えるでしょう」


 相変わらず凍子の表情は無表情そのものであったが、瞳の奥には隠し切れないほどの喜色が浮かんでいる。


「おかげで理気と言うものの使い方が分かってきましたよ」


「あ、あいつです! あいつが神官将テンプルナイト様を……!」


 鋭い声に秋隆が顔を上げてみれば、通行人と思しきエルメラ人が簡素な鎧の女兵士たちを前に、こちらを指差しているところであった。


「どうやらのんびりしている暇はないようですわね」


 ものものしい雰囲気でこちらに向かってくる女兵士を一瞥すると、凍子は体の周りに理気を収束させ始める


「あ、あの!」


 そこで秋隆は先ほどのメイド少女がこちらに視線を向けているのに気付いた。

 彼女ももう時間がないことはわかっているのか、彼らを引き留めるような真似はしない。


 ただ、王侯貴族が見せるような見事な動作で二人に向かって頭を下げる。


「ありがとうございました!」


「礼は不要だ、達者で暮らせよ?」


 瞬間凍子を中心に白い光のドームが発生し、二人の姿はウォルキアの街から消え失せた。


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 消えた二人がたどり着いたのは薄暗い地下牢のような場所。

 白い光のドームから出ると凍子はどこからともなくカンテラを取り出し、明かりをつけた。


「……ここまで逃れれば、当面は問題ないでしょう」


「ここは、どこですか?」


 蜘蛛の巣の張った天井に冷え切った空気、幾星霜もの年月使われてはいないと思われる古びた出入口、どう考えても人が住むような場所ではない。


「先ほどいた街から十里ほど離れた地点にある廃墟の地下、ですわね」


 十里、ということはおよそ四十キロほど、令和の日本であれば自動車を使うような距離を一瞬で移動したという事実に秋隆は内心舌を巻く。


「そんな距離を一瞬で詰めたわけですか……」


時空捻転現象じくうねんてんげんしょう截教せつきょうに不可能はありません」


 蓬莱島から出るときにも使用した技、空間を歪めて別の地点と繋げる技、そのようなことを可能とする時点で莫大な理気が動いているのは間違いない。

 そんな技を涼しい顔をして行使するあたり、凍子もまた並ではないことは明白だ。


「……先ほどの戦いですが」


 赤い瞳で秋隆の瞳をのぞき込み、凍子はわずかながら口角を上げる。


「隙のない身のこなしに鋭い剣捌き、どこかで戦い方を学んだことが?」


「いえ、封神霊廟での経験で身体が勝手に動いたのと、後は理気が教えてくれました」


 封神霊廟の中で生きた人生の中には、敵対者と殺しあわねばならない文字通り修羅の世界に生きたこともあった。

 無論秋隆もその中にあっては生きるために剣を振るい、生きるか死ぬかの瀬戸際で足掻いたものである。

 肉体に関してはそんな修羅に比べると遥かに脆弱と言えるが、足りない部分は理気による先読みで補い、結果初陣にもかかわらずあれほどの戦いが出来たというわけだ。


 秋隆としては封神霊廟における戦いが頭の中にあるため、満足のいく結果ではなかったが、凍子の基準では十分及第点と言っても良い。


「上出来です。属性術や理気纏化りきてんかについても問題なく会得したようで、何よりです」


「属性術?」


 またしても出てきた知らない単語に首を傾げる秋隆。そんな弟子を見て師父たる少女は理気を収束、空中に小さな竜巻を発生させる。


「理気を用いて自然属性を再現することを属性術と称し……」


 直後、空中の竜巻から生じる真空の風が秋隆に襲い掛かったが、彼はこれを予測し軽く身を捻って回避した。


「これを他者への攻撃に転用する技術を属性攻撃と呼びます」


 次に凍子はすぐ近くに落ちていた小さな木の破片を手に取るとこれに理気を込める。

 続いてこれを数メートル離れた場所にある壁に向かって投擲した。


「っ!」


 信じられない光景に絶句する秋隆。凍子が触れた時点では何の変哲もない木片であったのが、まるで超合金でできた手裏剣か何かのように石の壁に深々と突き刺さっているのである。


「そして理気を用いて武器や防具を強化することが理気纏化、威力を増す場合は理気鋭化りきえいか、防御する場合を理気硬化りきこうかと呼称いたしますわね」


「本当に理気と言うものは何でもできるのですね」


 刺さったままの木片を一瞥し、秋隆は凍子の持つ底知れぬ技量に内心驚嘆した。

 先ほどナルカとの戦いで秋隆も理気纏化りきてんかを使用したが、あれ以上の硬度ではないか?

 そんな彼の内心を見抜いたのか、凍子は軽く肩をすくめて見せる。


けいは封神霊廟を踏破しこの力をわたくしより精妙に操れるだけの下地を持っているのですから、誇りに思うべきかと」


「そうは言っても、いまいち自分ではピンとこないのですが……」


「心配せずとも、今後経験を積んでいけばいくらでも伸びていくと思いますわ」


「だと良いのですが……」


「それに杏一、けいの中には五十六億七千万年にも及ぶ経験があるのでしょう?」


 凍子の言葉を受けて思い出すのは封神霊廟における五十六億七千万年分の記憶。

 人間の生涯と言うものは立ち位置や生まれによってそれぞれ必要とされることが異なるため、生まれ変わるたびに様々な技術を身につけねばならなかった。


 当然封神霊廟の中にいる間は前世の記憶も現実における記憶も全て封印された状態で生涯を送るわけだが、解脱しそれらを全て思い出した今の秋隆にはかの世界で得た五十六億七千万年分の記憶がある。


 いくつもの戦場を駆け抜けた実戦経験を含む数多くの記憶、これは相当なアドバンテージと言っても良い。


 しかしながら凍子の言葉に秋隆は渋い表情で首を振った。


「……そうは仰いますが凍子、いくら経験や知識が頭の中に入っていようとも、肉体がついてこないならば実行は困難です」


 そう、確かに秋隆は十六億七千万年分の記憶を保持してはいる。

 しかし、その大半の知識は今の秋隆だと、そのまま活かすことのできないようなものなのだ。


 例えばメジャーリーガーとしての記憶と経験があったとしても、それに適したトレーニングをしていない状態では同じパフォーマンスをするなどとても無理であろう。

 つまりいくら知識と経験があったとしても、肉体がついていけていないのならば無用の長物とならざるを得ないということだ。


 無論、知識と経験の中には現段階でも十分生かせるものも数多く存在するが、全体から見ればごく少数と言えるだろう。


 ところが意外なことに凍子は秋隆の話を聞いても残念そうな素振りを見せることはなかった。

 いや、むしろ自身の仮説が証明されて少なからず喜んでいるような、そんな気すらする。


「問題ありません、理気を鍛えればどうとでもなることばかりです」


 凍子の言葉に秋隆は頭の中に電流が走ったかのように感じ、思わず顔を上げた。理気と言うものはこの世界のあらゆる存在を形作る根源にして力場。

 これを極めることが出来たならば、理論上いかなることでも可能となる。

 となれば、封神霊廟を踏破し、理気を極めるに足る下地を作り上げ、同時に五十六億七千万年分の記憶を保持する秋隆はどうなるのだろうか?


 理気による身体強化でアシストすれば、封神霊廟で得たいかなる技術も再現し、圧倒的な力を発揮出来るのではないか?


 恐ろしい想像が頭の中を駆け巡り、知らず秋隆は生唾を飲み込んでいた。


「さて、雑談はここまでとして、わたくしはウォルキア全域を回り、調べごとをしようかと思います」


 突如として出てきたウォルキアの調査と言う単語に訝し気な表情をする秋隆。そんな弟子をちらっと一瞥すると、凍子はその場で立ち上がり、わずかながら身体を逸らす。


「少しばかり、気になることがありますので……」


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 秋隆がウォルキアの街で暴れてから一時間後のこと、都市の中心部にある巨大な聖堂の一室、二十畳ほどの執務室で業務に忙殺されている一人の女性がいた。


 見た目から察するに年齢はまだ三十前半といった塩梅であろう。

 妖精を思わせるほっそりとした四肢に艶やかな長い髪。その身には青と白を基調とした法衣とどことなく浮世離れした印象の人物だ。


 そして、彼女がむかう大机にはうず高く書類が積まれており、この女性がいかに忙しいかを如実に示している。


「シャダ様、お忙しいところ失礼いたします」


 ウォルキア市内を警備する女兵士が報告のために執務室に入ってきたときも、シャダと呼ばれたその女性は作業の手を止めることをせず、視線は手元に集中したまま口を開いた。


「……どうかしたの?」


「は、神官将テンプルナイト、ナルカ・ヴァルナー様のことです」


「またあいつ?」


 ナルカ・ヴァルナーという名前を聞いて、シャダの顔にうっすらと嫌悪感が滲みだす。

 これまで何度となく問題を起こしてきた人物の名前に「またか」と言わんばかりの表情だ。


神官将テンプルナイトの質の低下も問題ね、それで今度は何をやらかしたの?」


 うんざりとした口調を隠そうともせずに言葉を続けるシャダ。依然女兵士の方に視線が向けられることはない。


「商家から無理やり金でも借りた? それともツケを踏み倒しでもした? まさか誰か人を殺したりなんて……」


「いえ、それが、診療所に運ばれたとのことです」


「は?」


 呆気にとられたようなシャダの声を尻目に女兵士は手元の資料に目を落としつつ、報告を続ける。


「報告によると一時間ほど前、魔族のような装束を身に着けた男性とトラブルになり、そのまま交戦、結果倒されたとのことです」


「な、冗談でしょ!?」


 予想だにしなかった女兵士の報告にシャダは動揺し、思わず作業の手を止めた。

 エルメラ、どころかこの世界にあって男性よりも女性の方が戦う技術に長けているというのは常識である。

 無論その理由は超能力的な技能である理気を扱えるのが女性のみと言うところに起因するものであり、そのため基本的にエルメラの兵士は全員女性だ。

 故に女性=男性より格上と言う風潮は昔から根深く、昨今さらに深刻な社会問題になりつつあるというのが現状なわけだが……。


「それがどうして男が、しかも精鋭である神官将テンプルナイトを倒すのよ!」


 驚愕のあまり大机からシャダが身を乗り出す一方、女兵士の方も動揺しているのか微かに唇が震えている。


「事実かは不明ですが、相手も理気らしきものを使って応戦したとのことです」


 理気を使っての応戦、それを聞いて一瞬だけシャダは目を見開いたがすぐに冷静さを取り戻したらしく、椅子に座りなおした。


「……なるほどね」


 男性が理気を扱うなど本来ならばありえないこと、少なくとも報告を受ける前ならばシャダはそう結論を出したであろう。


 しかし同時にもし男性が神官将テンプルナイトを倒すのならば、それくらい規格外でなければならないことも理解できる。


「……(面白そうじゃないの)」


 冷静さを取り戻してからシャダの頭の中にあるのは秋隆に対する興味のみ、興奮からか知らず唇を舐める。


「いかがいたしますか? すぐにウォルキア全土に戒厳令を敷き身柄を拘束すべきかと」


「いいえ、それには及ばないわ」


 未だ動揺の抜けきれない女兵士を一瞥すると、シャダは通信用の小型端末を取り出した。


「私も神官将テンプルナイトを倒すほどの男に会ってみたくなったわ」

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