第四十五話「予想出来た終着」
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神官将と言うよりも白薔薇旅団
「それでは、決勝戦を始めます」
審判の声とともにここまでの試合を勝ちぬいた二人の選手が闘技場中央に進み出た。
「いやいや、さすがは頭中将殿、現象攻撃どころか属性攻撃すら使わずに決勝戦とはな……」
観客席から秋隆の様子を眺め豊輝は楽しそうに笑う。
「ふん、杏はこのルイズが認めた男よ? こんくらい出来て普通よ」
そんな彼の隣でルドヴィカも機嫌良さそうにしているが、こちらは何故か誇らしげな表情だ。
「ね、ねえ、もしかして、本当に?」
「も、もしかするかもよ?」
すぐ近くから聞こえてきた声にルドヴィカはさりげなく聞き耳を立てる。
声の感じから言って、最初は秋隆を嘲笑し、次に大金を溶かしたことを嘆いていた一団のようだ。
「でも、どうやって? と言うかあいつ、本当に男なの?」
「か、仮に女でも強過ぎるのは変わらないわよ!」
「神官将いや、五清将クラスなんじゃ……」
秋隆の能力を目の当たりにしてようやく実力を認めつつあるらしい。
「……先程とは違い随分と機嫌が良さそうですわね」
静々と言った足取りで席に帰ってきたのは凍子。相変わらずの無表情で自席に座り、秋隆に視線を向ける。
「長い離席だったな師父殿、どちらに?」
「少しばかり細工をして杏一が不当な手段で貶められることがないようにしました」
にこやかな豊輝の問いに凍子は秋隆から視線を逸らすことなく、必要最低限の返答のみを返した。
「……不当な手段、ね」
ふふっと含み笑いを漏らす豊輝。どうやら彼女が何をしていたのか大体の事情を把握したらしい。
「……何ですか?」
「いんや、必ず勝てるようにしないって辺りやっぱり頭中将殿のことよく理解してるんだな、と思ってな」
恐らく試合中に凍子は大会運営本部を始め運営側の人間がいる場所に赴いて、戯法理術を掛けていたのであろう。
無論秋隆が有利に立ち回れるようなものではなく、理不尽な理由で失格にならないようにするためだ。
「わたくしは彼の師匠であり姉であり伴侶、排除するは理不尽な結果を押し付けられることのみでその先は杏一が自分でどうにかすべき領分です」
凍子の言い回しに自分の推察が当たっていたことを確信し、豊輝は愉快そうに喉の奥を鳴らす。
「むしろそれ以上のことをやったりしたら、正々堂々と勝負する機会を奪われたとして、怒り狂いそうだ」
彼にとって四道将軍、否神州人は正当な手段で以て正当な結果を手にすることを重視する人種だ。
此度の場合、同じ裏工作をするにしても勝てるよう工作するのではなく、正規の勝負が出来るように取り計らう。
そうやって得た結果にこそ価値があるとよく理解しているが故の行動原理だ。
「さて、決勝戦が始まるようですわね」
凍子の言う通り闘技場では秋隆と対戦相手が向かい合い何やら話をしている。
「あんたの目から見て、どんな試合になると思う?」
ルドヴィカからの問いかけに対して、凍子は少しばかり考えてから答えを口にした。
「……これまでとさほどには変わりませんわ。杏一の圧勝で幕を閉じるでしょう」
理気も武芸も秋隆に分がある以上、よほどのことがない限り負けることはない、はずである。
それはわかっているはずだが凍子の中には、何とも言えない不安、嫌な予感と呼ぶべきものがあった。
「……(この理気の感じ、何も起きなければ良いのですが……)」
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「……やはり最後に残ったのはお前だったな」
闘技場で秋隆と向き合うことになった人物は、吐き捨てるようにそう告げた
蕃神族らしい白い肌と尖った耳、黄金の瞳。
武術大会には不釣り合いなほどに華美なドレスと、繊細な装飾が施されたレイピア。
ヨライ・クリスリー、昨日庁舎の前で会ったその少女は美しい顔を歪めつつ、親の仇を見るがごとき目で秋隆を睨みつけている。
普通ならば萎縮しかねないほどの敵意、否殺意だがこれを受ける秋隆に一切の動揺はない。
むしろ正面から笑顔でもって応じるほどの余裕を見せるほどだ。
「決勝戦まで残るとは、有言実行というわけだな」
「ちっ! お前がいなけりゃ、もっと事は簡単に進んでたんだよ!」
イライラと地面を蹴とばす少女を見て、秋隆の表情が少しばかり険しいものへと変わる。
「それはどうかな? もしかしたら私が倒した相手の中に、そなたを今大会中最も苦しめるはずだった娘がいたかもしれぬぞ?」
一回戦目の相手も二回戦目の相手も秋隆の敵ではなかったが、それでも決して弱い選手ではなかった。
もし彼女らとぶつかった場合、この決勝戦の結果はまた変わったものとなっていたかもしれない。
「……一回戦の筋肉ダルマも、準決勝の蕃神族も運営の仕込みだったのに、何負けてんだよ……!」
「なんだと?」
「ちっ! なんでもねえよ!」
相変わらずの憎々し気な視線、単なる試合の相手以上の敵意を向けられているような気がして、さすがの秋隆も疑念を抱く。
「そなた、ヴァルナー領で対面する前にどこかで会ったことが?」
「あるわけねえだろうが!」
間髪入れずに返って来る返答に首を傾げる秋隆。ここまで迷いなく否定されてしまうと、むしろ怪しく思えてくるのだが……。
「それではヨライ・クリスリー選手対レフト・ロイヤルガード選手、決勝戦、始め!」
審判の合図とともに後ろに飛び退くヨライ。腰に帯びていたレイピアを引き抜き、臨戦態勢をとることも忘れない。
「言っとくけど、私はお前に負けるつもりはねえからな?」
鈍い光を放つレイピアの鋒を秋隆に向けるとともに、ヨライは親指を下に向けるハンドサインを行った。
「ここまで中々の戦いだったみたいだけどな、そんくらいの理気私にだって出せるんだよ」
その言葉を裏付けるかのようにヨライの周囲に渦巻く濃厚な理気、蕃神族らしい強い気配を見るにどうやら口ばかりではないらしい。
「そうか、それは楽しみだな」
この期に及んでもまだ余裕の態度を崩すことをしない秋隆の姿に、ヨライは音が聞こえそうなほど強く奥歯を噛み締める。
「ちっ! 調子に乗ってんじゃねえぞ!」
直後、ヨライの纏う理気が攻撃的な気運を帯び、白熱した電流へと姿を変えた。
「属性攻撃か」
「おら! 死ねやっ!」
ヨライがレイピアを振るうとともに、触腕を思わせる動きで雷が秋隆に襲いかかる。
文字通り光の速度、防御姿勢をとっていない秋隆はこの攻撃を正面からまともに受けた。
「へへっ! 思い知ったか、このゴミ野郎が!」
爆炎とともに濛々と煙が立ち込める中、確かな手応えとともにヨライは嘲笑を浮かべる。
人並み以上の理気で加えた攻撃、こんなものを受ければタダでは済まない。
しかし次の瞬間、煙の向こう側で鯉口を切る金属音のような音が聞こえた。
「え?」
嫌な予感にヨライが身体を震わせた直後、剣圧由来の斬撃が周囲に拡散、一瞬にして炎を霧散させる。
「……気は済んだか?」
炎と煙が晴れた後、そこに立っていたのは右手に鼈甲霊亀を握った秋隆。雷による火傷はおろか、かすり傷一つ負ってはいない。
「ば、馬鹿な、あれを食らって無事でいられるわけが……」
「確かに中々のものだとは思うが、私の理気硬化を突破出来るような威力ではない」
血振りするかのように鼈甲霊亀を振り、秋隆は小さなため息をついた。
「もしあれが全力ならばそなたに勝ち目はない、棄権せよ」
「き、貴様あああああああああああああ……!」
激昂とともにヨライはレイピアを振り上げて秋隆に襲いかかる。あまりにも直線的な動きに半ば呆れつつ鼈甲霊亀を振るうと、余裕のある動きで斬撃を阻んで見せた。
「剣術については問題外、そなたレイピアの扱いと言うものをわかっておらぬな?」
「喧しい! さっさと死ねっ!」
本来突くことに優れたレイピアをただ闇雲に振り回だけと言う稚拙極まりない運用をするヨライの斬撃を軽くいなしつつ、秋隆は微かに目を細める。
「初めて会った時から思っていたのだが、どうにもそなたは言動が攻撃的過ぎる」
先の先に来る攻撃を正確に予測し、攻撃をいなしながら思い出すのはこれまでヨライが投げかけてきた言葉。
気が強いと言うだけならばルドヴィカもそうなのだが、彼女の場合荒いようでいて年齢由来の無垢さも見え隠れするためか、どこか親しみを感じさせるものだ。
そもそも彼女の場合見た目が凶暴極まりないため実態以上に攻撃的に写るだけで、実年齢のことを考えればそこまで酷い言動ではない。
むしろあのような幼い身空で危険を犯してでも世のため人のために仕事していることを考慮すると、十分過ぎるほど出来ていると言えよう。
一方ただただ噛み付くばかりと言うだけではなく、あからさまに他者を見下す言動が多いのがヨライ・クリスリーと言う人間だ。
まるで野生のロバのごとき性質、誰彼構わず拳を振り上げているようにしか見えない。
「神官将ではなく、白薔薇旅団に入りたいのか?」
「んなっ!」
秋隆の指摘に怒りによるものかヨライの顔が一気に赤く染まる。
「て、てめえええええええええええええ……!」
理気を纏い、怒り任せにレイピアを振り回すヨライ。理気硬化を掛けていない箇所に当たれば骨を砕くダメージとなるかもしれないが、その程度大した脅威ではない。
「カスが! オスの分際で、私らよりも格下の二等市民の分際で、理気も使えねえ無能の分際で、この私を舐め腐りやがって……!」
体力を磨耗し、早くも息を荒げ始めるヨライを一瞥し、微かに首を振って見せる秋隆。
「その差別的な態度が白薔薇旅団向きだと言っている」
「差別じゃねえ! 純然たる事実だ!」
またしてもレイピアを振り回すヨライにうんざりしながらも秋隆は適切に攻撃をかわしつつ、静かに口を開いた。
「その言説を担保しているのは男性が理気を使えないと言う一点のみ、しかし……」
大きく右手を振り上げた一瞬の隙を突く形で鼈甲霊亀がレイピアを絡め取り、そのまま後方に弾き飛ばす。
まさに刹那の動き、ヨライにはこの一連の動作を視認することすら出来なかった。
「なっ!」
「……私のような人間がいる時点でその理論は破綻している」
そのまま鼈甲霊亀の鋒を喉元に向ける秋隆。最早勝敗は決まったも同然である。
「こ、この、ゴミ虫がああああああああ……!」
しかしヨライは往生際悪く、至近距離で電撃を放たんと、その身に纏う理気を変質させた。
だがこの動きはすでに秋隆にとって予想されていたもの、電撃が拡散される寸前に大きく飛び上がり、急降下とともに彼女の肩目掛けて鼈甲霊亀による一撃を加える。
「かはっ!」
無論峰打ち、しかし骨が折れるような不吉な音が響くとともにヨライは苦痛に顔を歪ませ、そのまま前のめりに地面に倒れた。
「……再生を夢見て眠れ」
誰がどう見ても戦闘続行不能、一つ頷くとともに審判が右手を掲げる。
「勝者レフト・ロイヤルガード!」
初となる男性優勝者の誕生に観客席は湧き立ち、万雷の喝采が闘技場全体を包み込んだ。
秋隆もまた嘆息とともに鼈甲霊亀を納めようとしたが、背中が粟立つような感覚に顔を上げる。
「むっ!」
直後、凄まじい轟音とともに闘技場全体が大きく揺れ動き、床の一部が崩落した。
「……なんだ、この悪意は……」
無論巻き添えを喰らわないよう瞬時に後ろに飛び退く秋隆であったが、それ以上に空間全体に満ちる怖気を感じるほどの悪意に眉を顰める。
続いてポッカリと開いた穴の中から巨影が飛び出し、秋隆の前にその禍々しい姿を現した。
「そなたは……」
隠しようのない敵意に濃厚な理気、すぐさま彼は鼈甲霊亀を構える。
「ーーーーーーーーーーーー!!」
穴から現れ、雄叫びを上げる巨影。それは鬼紋獣に勝るとも劣らない異形の怪物であった。




