第四十四話「迫る結末」
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カウントダウンスタート。
予選を見事に突破し、本戦に勝ち残ることが出来た秋隆だったが、休む間も与えられず一時間後には再び闘技場に立っていた。
「一回戦、トウア・スカイル選手とレフト・ロイヤルガード選手の試合を行います」
審判の声とともに分割が解消された闘技場に進み、秋隆は己の対戦相手と対峙する。
「ふん、男の細腕であの予選を通過出来たこと、まずは褒めてやる」
対戦相手トウア・スカイルは身の丈、三メートルはあろうかと言うエルメラ人であった。
普通よりも濃い赤、すなわち茜色の長い髪はドレッドヘアに纏められており、額には稲妻のような紋章が刻まれている。
彫刻のように割れた見事な腹筋や筋骨隆々とした丸太の如き太い手足を誇示するかのように身につけるものは下着のようなウェアのみで、一般的なエルメラ人よりも浅黒い肌の大半を晒す装いだ。
「だが、理気も使えないような奴に負ける私ではない」
長い髪を掻き上げ、トウアは右手に握る巨大な戦槌を振り上げると分厚い唇を舐め、嗜虐的な笑みを見せる。
一方の秋隆は精々、百六十七センチ程度の中肉中背の体躯、トウアに向かい合った場合、確実に手合い違いと言われそうな見た目だ。
しかしそんな状態にも関わらず、一切物怖じすることないどころか堂々たる姿勢で対戦者を見据える秋隆。張子の虎でもなんでもなく、その瞳に一切の恐怖はない。
「己の価値基準だけがこの世の全て、とは思わぬことだ」
その鍛え抜かれた見事な腹筋とルドヴィカや凍子すらも細腕に見えてきそうな太い四肢を一瞥し、恐れを抱くどころか笑みすら浮かべる。
「そんな言説が主流では、その鍛え抜かれた見事な筋肉も、そこに至るまでの努力も、全てただの飾りと言うことになってしまうぞ?」
「ふん吠えたな。虫ケラ風情が……!」
煽るような秋隆の言説に応じるかのように、トウアも牙を剥き、恐ろしく攻撃的な笑顔を見せた。
「それでは第一試合、スタート!」
審判の宣言とともに秋隆はトウアと距離を取り、同時にいつでも鼈甲霊亀を抜けるように居合の姿勢を取る。
一方トウアの方はまだ秋隆に対する侮りがあるのか、構えらしい構えを取らず相変わらずニヤニヤするのみだ。
「理気も使えない身の上でこのトウア・スカイルの前に立ったことに敬意を払い20パーセントの力で相手をしてやる」
戦槌を肩に担ぐとともに、トウアは全身の筋肉に力を込める。
「はあああああああああああ……!」
刹那、とんでもない理気がトウアを中心にあふれ出し、闘技場全体の空気がビリビリと震動した。
「どうだ? あまりの迫力に動くことすら出来ないか?」
得意げに胸を張るトウアであったが、秋隆は理気の奔流の中にあっても一切動じておらず、涼風を受け流すがごとく余裕の表情を受かべている。
「……なるほど、確かに中々の理気らしいな」
理気のみで判断した場合、トウアの実力は神官将として十分通用するであろうレベル。
あの地獄のような予選を突破してここに立っているのは決して伊達ではないと言って良い。
しかしそれでも秋隆は余裕を崩すことはせず、ただ鷹のごとく鋭い瞳でトウアの動向を見守るのみだ。
「これで20パーセント、と言うのならばまだ全力ではないということか?」
秋隆の問いかけに我が意を受けたとばかりににんまりと笑うトウア。
「安心しろ。残り80パーセントを出すつもりはない」
「そうか、だが何が起こるかわからないような場において意味なく実力を出し惜しみするのは決して賢明な手とは言えぬぞ?」
「ふん、意味がないわけではない。この後に続く準決勝のために余力を残しておくためだ」
ゆらっと戦槌を正面に構え、その身に理気を纏うトウアを見て、秋隆もまた姿勢を低く保ち、臨戦態勢をとる。
「わかった。ならば好きにすると良い」
「そろそろ行くぞ、虫ケラ!」
雷のごとき大音声で叫ぶとともにトウアは戦槌を振り上げ、秋隆を押しつぶさんと鍛え抜かれた筋肉に理気を充満させた。
「五清将の一角、闘鬼将椿鬼様より授かりし我が強襲闘技! その目に焼き付けるが良い!」
直後、一瞬にして秋隆に接近するトウア。外見からは想像もできないほどの素早い動き、まるでヒグマが一瞬で距離を詰めてくるかのような迫力である。
「もらったあ!」
最早秋隆との距離は目と鼻の先、ここまで接近されてはどうすることも出来ない。
勝利を確信するトウアであったが次の瞬間、目の前にいた秋隆の姿が突如として掻き消えた。
「……へ?」
空しく空を切る戦槌、そのあまりの重量に闘技場の床は陥没し、震動が観客席にまで伝わる。
「ど、どこに……!?」
刹那、後ろで聞こえた納刀音、慌てて振り向こうとして、トウアの全身を凄まじい悪寒が走り抜けた。
何もかも手遅れであることを予見させる嫌な気運に正体不明の恐怖感からその身が微かに震えだす。
瞬間、まるで見えない何者かに攻撃を仕掛けられているかのようにトウアの全身を衝撃が襲い掛かった。
「がっ! はあ!? ぐえっ!」
全身を激痛から震わせるトウアの後ろで秋隆は右手で柄を拭う動作をした後、静かに瞑目する。
鎧袖一触、トウアが戦槌による攻撃を仕掛けてきたその一瞬、攻撃を躱すとともに抜刀、神速の動きで複数回の斬撃を加えながら彼女の真後ろに移動したのだ。
「ふげらばあっ!」
ついにこらえきれず、トウアは断末魔の叫び声とともに前のめりに倒れる。
攻撃が命中する寸前で刃を返し、峰打ちとしたために致命的な攻撃こそ受けてはいないが、彼女の身体はあちこちに痣が残り、文字通りボロ雑巾のような有様だ。
「れ、レフト・ロイヤルガード選手の勝利です!」
一瞬遅れる形で秋隆の勝利を宣言する審判。どうやら予選同様、彼の斬撃を見切ることは出来なかったらしい。
だがそれは審判だけではなく大多数の観客も同じだったようで、どよどよと動揺の声が広がる。
そんな中秋隆はトウアに一度だけ頭を下げると、そのまま会場脇の選手控室へと姿を消した。
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「入るわよ!」
「これは、市長様」
カカンたちのいる特別席のすぐ隣のエリア、そこはたくさんの運営スタッフがいる大会運営本部だ。
そこに殴り込むかのような勢いで入ってきたカカンはスタッフたちの迷惑も考えず、中央のスペースに陣取った。
「し、試合を中断しなさい!」
「はて、如何なる理由からでしょうか?」
大会運営委員長でカカンの秘書でもあるサインヌは眼下で行われている試合を一瞥し、突然の来訪者に瞳を向けた。
現在行われているのは準々決勝第二戦、蕃神族同士が戦う注目試合である。
「なんだって良いでしょう!? あの男、レフト・ロイヤルガードを早く失格にするのよ!」
「如何なる理由からでしょうか?」
何となく無機質なサインヌの言葉に若干気圧されながらも、カカンは怒りも露わに口を開いた。
「だからそんなものどうだって良いの! 私が失格だって言う以上失格なの!」
「失格にする理由がないならばその指示には従えません」
間髪入れずに返ってきた明確な拒絶に、しばしも間、カカンも言葉を失う。
「な、何ですって!?」
一瞬にして顔を赤くさせるカカン。これまでこの街で自分の好きにできなかったことなどない。
「お、おま、お前! 誰に向かって言ってるかわかってるの?」
「カカン・キラミス市長様です」
「だ、だったら早く言う通りにしなさい! こんなことしてタダで済むと思ってるの?!」
恐ろしげな表情で怒りを露わにするカカンに対して、サインヌの表情は無機質そのもの、ただし瞳は微かに揺れており、まるで何者かに強い暗示を受けたかのようだ。
「いえ、失格にする理由がないならばその指示には従えません」
「ふ、ふざ! ふざけるなああああ……!」
二度目となる拒絶の言葉に、いよいよ我慢ならないとばかりにカカンはサインヌを突き飛ばす。
「お、お前たち! 早く、早くあいつを失格にして!」
サインヌに言っても無駄と判断したのか、周りに居並ぶスタッフに目を向けるカカンであったが、返って来る返答が変わることはなかった。
「「「失格にする理由がないならばその指示には従えません」」」
「な、なななななななな……!」
通算三度目の拒絶、市長となって八年間一度として起きなかったことがこの数分の間に三度も起きたことが信じられず、何度も頭を振って冷静さを保とうとする。
「なんだって言うのよ! な、なんだって言うのよ!」
「ヨライ・クリスリー選手が勝利しました」
試合を見ていたスタッフからの報告を受け、サインヌは服に着いた砂埃を払いつつ立ち上がった。
「では、準決勝一回戦の用意に取り掛かってください」
俄かに忙しくなり始める運営本部。最早誰一人としてカカンに気を向けてはいない。
「お、お前たち! どこかおかしいんじゃないの!?」
喧騒に負けないほどの大声でがなり立てるカカンだったが、力任せにやったためか埃を吸い込んでしまい激しく咳きこむ。
「な、何で失格に、というより私の命令に従わないのよ!」
カカンの問いにサインヌはやれやれと言わんばかりに肩をすくめた。
「失格にする理由がないというだけです」
「なっ! じゃあどんな理由があれば良いのよ!?」
「レフト・ロイヤルガードが実力で負けたならば失格と致します」
至極当たり前の返答に、子供のように地団太を踏むカカン。
「それじゃ意味ないのよ!」
呼吸を荒げつつ、最後の切り札とばかりにカカンはポケットの中から金塊を取り出す。
「わ、わかったわ! か、金ね? いくら欲しいのよ!」
「武術大会の勝敗と言うものは純粋に実力のみで是非を判定いたします」
サインヌの正論を正面から受け、カカンの顔から表情と言うものが一瞬消えた。
買収を断られたからではない。遠い昔、その言葉を聞いたことがあったからである。
「もう間も無く準決勝が始まります」
「カカン市長、このような場所にいるよりも、観覧席で試合をご覧になっては如何でしょうか?」
スタッフたちに半ば追い立てられるかのように押され、そのままカカンは前後不覚のまま運営本部から追い出されてしまった。




