第四十二話「騰蛇乗霧」
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二つ名について。
「……偉大なる我らが母にして栄光の総長、ミディアン・ヴァルナー様の名に恥じぬ戦いを期待するとともに、第八回総長就任記念武術大会の開始をここに宣言するものである」
三十分ほど掛けた試合前の大演説を終えると、カカン・キラミスは満足そうな表情で観覧用の特別席に座る。
「……我ながら歴史に残るような、感動的な演説だったわね」
椅子がギシギシと悲鳴を上げているのも気にせず背もたれに身体を預け、カカンはすぐ近くに立つ秘書に視線を向けた。
「ちゃんと録画していたでしょうね?」
「も、もちろんですカカン様」
三十分もの間眠気と戦いながら演説を録音し続けていた秘書は、内心の不満を悟らせないためかカカンの問いを受け、すぐさま頭を下げる。
「……カカン・キラミス」
後ろから聞こえてきた声に振り向けば、そこにいたのはダラニア・エンチュラ。
カカンに声を掛けるために三十分つまらない演説に付き合わされたためか、わかりやすく不機嫌な顔だ。
「お、これはダラニア様」
一方のカカンは気が済むまで独りよがりな演説をしたためか晴れやかな表情、それが余計にダラニアの機嫌を損ねる。
「どういうこと? どうして久坂があそこにいるの?」
ダラニアが指差した先は八つに区分けされた闘技場の一角。
五十人はいるのではないかと言う予選参加者の中でもひときわ目立つ姿の人物だ。
周りが女性の中で唯一の男性、すなわちレフト・ロイヤルガードこと久坂秋隆である。
「私はこの会場で捕らえるように指示したはずだけど?」
「ははっ! 無論そのつもりです。されど、ただそれだけでは不十分と判断いたしました」
「不十分?」
基本的にこちらの言うことは素直に聞くカカンにしては珍しい具申、少しばかり好奇心を刺激されたダラニアは微かに顎を上げた。
「一応聞いてあげるから言うだけ言ってみなさい」
「かの者は劣ったオスにも関わらず神聖な神官将と言う地位に土足で踏み込んできた無礼者、どうせ捕らえるなら、この上ない恥辱を与えてからにすべきです」
鼻息荒くそれらしい文句を口にするカカンであったが、聞かされるダラニアの目は恐ろしく冷たい。
「……つまり、あいつをボコボコにして不様な姿にしたいってわけ?」
「はい! それにこの警戒厳重な会場に入った時点で奴は鎖に繋がれたようなもの、捕縛などいつでも出来ます」
「そこまで言うなら好きにしなさい」
どうにも秋隆の実力を見くびり過ぎているカカンを内心蔑みつつ、ダラニアが考えるのはこの先に待ち構えている悲劇。
拘束からの不戦敗が出来なかった以上、恐らくこの大会の優勝者は秋隆でほぼ決まりであろう。
そうなれば現在ニヤニヤと下卑た笑みを浮かべながら獲物を見ている市長は今の地位から引きずり降ろされ、その後自分たちとの『癒着』が明るみになるのは火を見るよりも明らかだ。
別にカカンがどうなろうがダラニアに関係ないが、こちらに累が及ぶのだけは避けねばならない。
「こちらとしては久坂の奴が処理出来るならその前後、お前があいつを嬲りものにしようが慰みものにしようが興味ないわ」
自身の思考を一切表に出すことはせずに、無関心を装いながらそう告げるダラニア。
「ありがとうございます。ダラニア様」
上機嫌で手に持ったグラスを口元に運ぶカカンを横目に見つつ、ダラニアは微かに唇を歪める。
「……(今のうちに束の間の夢を楽しむことね)」
彼女が席に着けば、いよいよ予選が始まったのか、観客席から割れんばかりの喝采が沸き上がるところであった。
「……(お前には最後の仕事が残っているのだから)」
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「はあ、長い話だったわね」
カカンの無駄に長い、自分に陶酔するかのような演説が終わり、ルドヴィカは退屈そうに両手を伸ばした。
「……美辞麗句を並べ立てた長いだけで中身のない空虚な演説」
彼女の隣に座る凍子も表情が変わっていないというだけで内心イライラしているらしく、氷点下にまで下がりそうな冷たい目で上機嫌に席へ座るカカンを見据えている。
「どうやらあの太鼓腹同様、頭の中にも大したものは詰まっていないようですわね」
「あれでも初代優勝者で流濁将の称号持ちの神官将ってんだからわかんないわね」
カカン・キラミスという人間は総長就任記念大会の初代優勝者。群れ寄る猛者を打ち倒し、実力で以て優勝したはずなのだが、今のだらしない姿からは想像もつかない。
「称号?」
何やら気になるものがあるのか、凍子の瞳がルドヴィカに向けられた。
「その称号と言うのは神官将であれば必ず名乗るものですの?」
「そうね。自分で名乗るにせよ、誰かにつけてもらうにせよ、それなりの修羅場を経験しな神官将は必ず名乗っているわ」
ルドヴィカの説明に凡そ表情と言うものを変えることがない凍子の口元が微かに緩んだ。
「なるほど、では杏一には他ならぬわたくしが称号を与えることとしましょう」
そう告げるや否やルドヴィカが何か言いだすよりも前に秋隆に与える称号を口にする。
「では今後彼には霊亀将、とでも名乗ってもらいましょう」
「な、なんであんたが杏の称号を勝手に考えてんのよ!」
「わたくしは彼の師匠であり姉であり伴侶、これくらいは当然ですわ」
堂々たる動作で胸に手を当て、そのようなことを宣う凍子。ここまではっきりと言われてしまうとそれが自然にも見えてくるだから不思議なものだ。
「人のことより自分のこと、卿の方こそ称号にアタリをつけていますの?」
「そ、それはまだだけど……」
何となくもごもごと言い辛そうなルドヴィカの様子に、凍子は微かに首を傾ける。
「……もしかして、杏一につけてもらいたいのですか?」
「っ! そそそそそそそそそ、そんなわけないでしょうが!」
わかりやすく動揺するルドヴィカの姿に凍子もおおよそのことを察したらしく、片目を瞑って見せた。
「では、わたくしが杏一に並び立つ名を考えて差し上げましょう」
「き、杏と?」
正直なところ凍子の指摘通り、秋隆に名前を考えて欲しかったのだが、その彼と並ぶ称号と言うのはルドヴィカにとって非常に魅力的である。
「ええ、例えば、そうですわね……」
少しばかり頭の中でいくつかの候補を選び、僅かな推敲、緊張した面持ちのルドヴィカを前に、やがて凍子の口が開いた。
「卿の現象は霧と言うことで騰蛇将と言うはいかが?」
「騰蛇?」
聞き慣れぬ単語に首を傾げるルドヴィカを見て、凍子は静かな口調で説明を始める。
「霧を操る蛇にして龍王、比較的最近の詩文にこうあります」
そこで一旦言葉を切ると、しばらくして朗々たる声音で詩を読み始めた。
「神亀雖寿猶有竟時(じんきはいのちながしといえどなおおわるときあり)、騰蛇乗霧終爲土灰(とうだはきりにじょうずるもついにはどかいとなる)」
長く生きる亀であってもいずれは寿命を迎え、騰蛇も霧に変じ、最後には土塊となる。要はどんなものにも必ずや終わりが来ると言う意味だ。
「亀と騰蛇はそれぞれ玄武の化身、斯様に並んで詠まれる辺り、非常に縁が深いと言えますわね」
「そ、そう、霊亀と騰蛇、杏とルイズってわけね……」
並んで詠まれるほどに縁が深いと言う言葉に、ことの他気をよくしたのかルドヴィカは一人ニマニマと笑う。
「どうやら、お気に召して頂けたようですわね」
「あ、あんたが名付け親ってのは気に食わないけど、特別に受け入れてあげようじゃないの!」
普段通りの強気な態度、しかし先程の余韻が残っているらしく、彼女の顔には隠しきれない喜色が滲んでいた。
「よっ!」
「っ!」
いきなり後ろから声をかけられ、飛び上がらんばかりに驚くルドヴィカ。
そこに立っていたのは豊輝、試合前まで秋隆と一緒にいたのだが、予選が始まるため観客席にやってきたらしい。
「尚吉、杏一は?」
「頭中将ならあそこさ」
凍子の疑問に答える形で豊輝は八つに分割された闘技場の一区間を指差す。
見ると五十人ほどの選手に紛れる形で秋隆が準備体操をしているのが目に入った。
他の選手は当然女性のため、女ばかりの中に一人だけ男がいる構図となりこれ以上ないほどに目立っている。
「滅茶苦茶人がいるのね」
現在広大な闘技場は八つに分けられており、その中に予選に参加する選手が押し込められている形だ。
「八つのブロックに分けての乱戦、ルールは簡単、ブロック内で最後の一人になれば勝ちさ」
つまりは総当たりからの勝抜戦、予選参加者を短時間で八人にまで絞らねばならないことを考えると、非常に効率の良い形式と言えよう。
しばらく豊輝の説明を聞いていたルドヴィカだったが、すぐ近くから聞こえてきた嘲笑に思わず顔を顰めた。
「ねえ、あれ……」
「うわ、本当に男が混じってるみたいね」
「ねね、あの男どのくらいまで保つと思う?」
「うーん、一分くらい?」
「そんな保たないって! 多分十秒くらいじゃない?」
「何それ? ま、男なんてそんなもんよね」
明らかに男、と言うよりも秋隆を馬鹿にする言葉にルドヴィカの目に敵意が宿る。
「あいつら……」
「まあ、待ちなって嬢ちゃん」
衝動的に立ちあがろうとしたルドヴィカだったが豊輝に腕を掴まれ、無理やり席に引き戻された。
「けどあいつら杏のこと……!」
「こんくらいで腹を立ててちゃ身がもたないぜ? と言うより意外だねえ」
ちらっと未だ秋隆への嘲笑を続ける一団を一瞥し、豊輝はルドヴィカの異常に攻撃的な相貌を眺める。
「自分が馬鹿にされたわけじゃないのに、そこまで怒るのかい?」
「っ! べ、別に深い理由はないわよ! 単に杏の奴を笑っていいのはルイズだけってこと!」
「……ふふ、今はそう言うことにしとこうか。まあ、見てな」
ルドヴィカの腕を離し、再び闘技場に目を向ける豊輝の姿は他者を信頼するが故の落ち着いた物だ。
「結構人がいるみたいだけど、多分頭中将が勝ち残るから」
「いえ、ただ勝ち残るというだけではありません」
豊輝の言葉を聞いて、凍子は闘技場から目を逸らすこともせずに、胸の下で腕を組む。
「……杏一ならばこの程度、五秒以内に全員片付けますわ」




