第四十一話「もう一つの武術大会」
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賭博事情。
試合当日の朝、秋隆と豊輝が総長就任記念武術大会の会場となる闘技場に来ると、すでに周辺は恐ろしいまでの混雑となっていた。
「凄い熱気だな」
まさに寿司詰め状態の闘技場周辺の様子を見て、思わず秋隆は嘆息を漏らす。
この闘技場はヴァルナ・ウルベリウムとセント・ヴァルナールの境界線を跨ぐ形で建設されており、現在二人がいるのはヴァルナ・ウルベリウム側だ。
エルメラ人であろうと魔族であろうと関係なく観戦に訪れるのか、二つの種族の住民たちが押し合いへし合いを繰り返している。
「一年通してヴァルナ・ウルベリウムで娯楽って言えるのはこれくらいらしいからねえ。そりゃ盛り上がるってもんさ」
豊輝の説明に一瞬目を伏せる秋隆。確かにあのような労働環境では娯楽らしい娯楽など望むべくもない。
そんな中で一年に一回でもこのような催しがあるならば、否が応でもボルテージが上がるというものだ。
「そういえば、今日の大会誰が優勝するかの賭博も行われてるらしいぜ」
「……名簿が出そろったのは昨日の昼、どう考えても仕事が早すぎないか?」
呆れたようにそう呟く秋隆に対して豊輝は表情一つ変えずに話しを続ける。
「それが俺の調べた情報によると、都市公認のものらしい」
「……なるほど、それは確かに仕事が早そうだな」
賭博行為を都市が公認するということは、恐らくそれによって生じる何割かの利益が上納される仕組みと見て間違いない。
金が絡んでくるならば動きが早くなるのも頷けるというものだ。
「でだ、ここからが本題なわけだが……」
秋隆のすぐ近くに顔を寄せ、先ほどとは打って変わり声を潜める豊輝。
「昨日の夕方には一般向けに情報が出回り、ヴァルナー領の各公営施設で参加者の公表がされてたわけだが、当然優勝候補みたいな実力者は倍率が低い」
「ふむ、つまりある程度は倍率で実力が測れるということか……」
倍率が低いということは、すなわちそれだけ多くの人間がその人物に賭けているということ。勝てる可能性は当然高いものの、その分返って来る配当金の額は多くない。
反対に倍率が高いということは賭ける人間が少なく、その分配当金も高いということだが逆に言えばそれだけ勝てる可能性が低いということでもあり、所謂大穴狙いの勝負師でなければわざわざ賭けることはしないだろう。
要するに基本的に倍率が低い人間ほど侮れない存在であり、逆に高ければ高い程危険度が低いというわけだ。
そんな秋隆の考察を察してか、ニヤニヤ笑みを浮かべながら首を振ってみせる豊輝。
「いんや、頭中将殿の倍率がダントツで高い時点でそうとは言い切れないと思うぜ?」
くくっと喉の奥を鳴らし、肩を震わせる様はなんとも楽しそうである。
「頭中将以外に賭けた人間が数時間後どうなってるか想像すると、何とも楽しくなって来るねえ」
豊輝の中で秋隆と言う人間は優勝候補、そんな人間に賭ける者がおらず大穴となっている現状が愉快でならないらしい。
「……男の参加者など前代未聞、誰も賭けようとは思わないというだけだろう」
秋隆が肩をすくめて見ると、豊輝は懐から一枚の紙を取り出した。
そこには恐ろしく細かい字で夥しい数の人名が書かれており、その横には数字らしきものが並んでいる。
「それで、だ。頭中将を除いた場合のレートがこれだ」
「そなた、昨夜姿が見えないとは思っていたが、こんなことをしていたのか?」
昨夜秋隆たちは試合に備え一旦桔梗城に戻ったのだが、何故か豊輝のみヴァルナ・ウルベリウムに残っていた。
何らかの諜報活動のためと思っていたが、どうやらあちこちの施設に出向いてより完璧なデータを作り上げていたらしい。
「まあな、言っとくが俺の趣味ってわけじゃないぜ? あくまでも情報収集の一環さ」
「……対戦相手の情報が知れるのならば何でも良い」
内心このようなことに全力投球する豊輝に思うところがないわけではないが有用なデータであることは疑いようがないだろう。
秋隆が目を皿のようにして上から下まで数値を確認すれば、四人ほど極端に倍率が低い者がいるのがわかった。
よく見ればその中には昨日官庁前で会った蕃神族の女性、ヨライ・クリスリーの名前もある。
「この低いのが実力者か……」
あの自信過剰とも取れる態度の女性を思い起こしていると、豊輝は神妙な様子で頷いた。
「四人とも蕃神族さ。酒場の女将曰く蕃神族は基本的に倍率が低くて、次に過去の大会で良い線行った奴ら、実力未知数の新人は大抵高いって話さ」
なるほど、たしかに豊輝の言う通り蕃神族以外の参加者は軒並み横ばいの数値だが、たまに低めの倍率を叩きだしている者もいる。
恐らく彼女らが豊輝の言う過去の大会に出た者たちと見て間違ない。
「データは正直、倍率が低い人間はそれだけ信用度も高いってわけさ」
「そうだろうな。どこの馬の骨とも知れない人間に賭けようという物好きは中々いないだろう、お?」
そこで秋隆は雑踏の中を横切る一人の魔族少年に目を留めた。
少女と見まごうほどの容姿に魔族らしい青い肌と小柄な体躯、蕃神族以外の地位が低いヴァルナ・ウルベリウムでは比較的ありふれた質素な服装。
「あ」
どうやら向こうも秋隆に気付いたのか、小走りでこちらに近づいてくる。
「昨日ぶりだな少年、あれから大丈夫だったか?」
「は、はい、特に変わりなく終わりました」
ぺこりと頭を下げる魔族少年を見て、豊輝は訝し気な様子で首を傾げた。
「頭中、レフトよ、知り合いかい?」
「昨日γ地区で色々あってな」
少しばかり厳しい表情でそう告げる秋隆。今目の間にいるのはγ地区の発電施設で危うく暴行を受けそうになっていた少年である。
「何事もなかったのならば僥倖、ええっと……」
「あ、僕の名前は兼太って言います」
「そうか、私はレフト・ロイヤルガード、そなたも試合の観戦か?」
秋隆の問いかけに魔族少年、兼太は首を横に振って見せた。
「いえ、僕は先輩たちに言われてお金を賭けに行くところです」
そう言うと右手に握っていた革袋を掲げる兼太。どの程度かは不明ながら、ずっしりした重量感を見るにそれなりの量の貨幣が詰まっているであろう。
「坊ちゃんは、賭けないのかい?」
「僕はお金を持ってないので……」
何となく残念そうな様子の兼太を見て、豊輝は自身の袖口に手を伸ばした。
「じゃあ小遣いをやろう」
そのまま袖から取り出したのはこれまたずっしりと重たそうな革袋。てかてかと光沢を放っており、なんとなく兼太の持っているものよりも高価そうである。
続いて豊輝は革袋の中から手づかみでごっそり金貨を取ると、兼太に差し出した。
「そ、そんな、こんな額を何もしてないのに貰うわけには……」
「これは手間賃って奴さ、20ほど俺の分も賭けといて欲しいんだよ。坊ちゃんの取り分はそのお釣りさ」
金貨で20と言うことは封神霊廟の貨幣価値にしておよそ20万円ほど、かなりの大金である。
「そ、そう、なんですか?」
いきなり大金を渡されて目を白黒させていた兼太だったが、このままにしておくわけにも行かないと思ったらしく豊輝から金を受け取った。
「それでお兄さんは誰に……?」
「レフト・ロイヤルガードさ」
ふふっと含み笑いを零しながら豊輝が名前を告げれば、兼太は何かを思い出すように眉根を寄せる。
「え? レフト・ロイヤルガードって、あ……」
そこでそれが誰のことなのかを察し、びっくりした顔で秋隆を見上げる兼太。
「今日試合に出るつもりだ」
「あ、そ、その、頑張ってください」
いささか困った表情ではあるものの、ここまで来て「理気が使えないと女性に勝てない」などと野暮なことを言う兼太ではない。
「それで坊ちゃん、せっかく俺から小遣いももらえたんだし、誰かに賭けてみないかい?」
「え? でも……」
兼太の視線は己の手の中にあるいくつもの金貨。どうやら豊輝からの報酬を賭博に使うつもりはなかったようだ。
「リスクとリターンを天秤に掛けて勝負をしないってのは正しい判断、だけど今回は割と勝ちが見えてる勝負だと思うぜ?」
一瞬だけ周りを見渡して誰も聞いていないことを確認し、その両目を開いて兼太に視線を合わせる豊輝。
「……優勝するのが誰か教えてやろう」
「む、尚左、そなた何を……」
何とも言えない怪しげな雰囲気に秋隆が言葉を発するよりも前に、豊輝は己の予想を伝えんと口を開く。
「レフト・ロイヤルガードさ、俺は必ずこの人が優勝すると思ってるぜ?」
「え? でも、その……」
どうにも落ち着かない様子でちらちらとレフト・ロイヤルガードこと秋隆と豊輝の二人を見比べる兼太。
参加者数400人前後の大会で優勝者を確実に予想するなど不可能に近いことだ。
それ故賭博を行う者たちは少しでも勝てる見込みのある人間に賭けようとする。
普段なら賭け事をしない兼太も、いざ賭けるとなればヨライ・クリスリー等、倍率の低い人間に賭けるかもしれない。
だが今回に関してはそうもいかない。昨日自分を助けてくれた人間が出場し、その仲間で自分に大金をくれた者がその恩人に掛けるべきだというのだ。
「ま、信じないならそれでもいいけど、その場合坊ちゃんは稼げる機会をみすみす逃すってことになるな」
残念そうにそう告げると豊輝はいつもの糸目に戻り、闘技場に顔を向ける。
「尚左、もうその辺りで……」
「その、本当にレフトさんが優勝、するのですか?」
勇気を振り絞り兼太が問いかければ、豊輝はすさまじい勢いで彼に視線を戻した。
「未来のことであんまり確定的なことは言いたくないけど、今回に限っては間違いないだろうねえ」
「……わかりました」
豊輝の自信に満ちた答えに何か思うところがあったのか、兼太も覚悟を決めた精悍な表情で頷いて見せる。
「報酬も頂いたので、レフトさんに賭けてみることにします」
「兼太、別にこの者に気を遣う必要は……」
「いいえ、元々このお金は頂いたもの、最初からなかったと思えば惜しくはありません」
はっきりした口調でそう告げる兼太。どうやらそこまで金に対する執着が強いというわけではないらしい。
「では、僕はこの辺りで失礼させていただきます」
兼太が一礼してからその場から立ち去ると、豊輝は心底愉快と言わんばかりに満面の笑身を浮かべた。
「……さて、負けられなくなったねえ」
「元よりやることは変わらぬよ。それに負けないだけでは不十分だ」
負けないように立ち振る舞うのではなく、自ら勝ちを取りに行く。
「頭中将」
豊輝の声に頭を上げると彼は真紅の両目を晒し、まっすぐにこちらを見つめていた。
普段の胡乱な雰囲気などおくびにも出さない神妙な気運に秋隆も笑みを絶やした。
「八咫烏の導きがあらんことを」
「そなたにも、ではまた後で会おう」
心の中で決意を新たにすると、秋隆は戦いの場、闘技場へと向かっていった。




