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霊亀将  作者: 花鏡
ヴァルナー領編
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第三十八話「ヴァルナ・ウルベリウム」

いつもお読みいただきありがとうございます。

励みになります。

都市の惨状

 太陽が昇り、徐々に気温も暖かくなる程度の早い時刻。

 エテメンアンキでは早出の人間がようやく出勤し始めるような時間だが、その理屈はここヴァルナ・ウルベリウムでは通用しないらしい。

 二十四時間の発電が求められる各種発電施設は言うに及ばず、町中の工場もすでに稼働を始めているのだ。

 そんな工場立ち並ぶヴァルナ・ウルベリウムの通りには住居と思しき建物がいくつもあるが、それらはいずれも老朽化進むボロ屋だらけ。

 ひび割れの走る壁に蔦の絡まる窓、酷いところでは家そのものが傾いており、今にも倒壊しそうなものまである。

 だが、ボロ屋であっても住民にとっては寄るべき住まいだ。

 そこから出てくる住民たちは死んだ魚のような目をして通りを進み、それぞれの仕事先へと向かっていく。


 そんなこの街では日常的な朝の様子を物陰からじっと眺める一人の青年。

 あまりにも酷い、生きていると言うよりも集団のために生かされていると言うべき者たちの姿を見て一瞬だけ険しい表情を浮かべると、すぐ近くにある発電施設の中へと入っていった。


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「……あ? お前こんなとこで何してんだ?」


 青年が発電施設の中に入ると、屋内にいた警備員が恐ろしい剣幕で彼の前に立った。


「とっとと作業に戻りやがれ、この穀潰しが!」


 まるで鬼婆のごとき恐ろしい表情、しかし青年はそんな警備員に物怖じすることはなく、むしろ穏やかな笑みを浮かべる。


「……私は視察の途中故、ここにいるのはおかしくない」


 青年、久坂杏一郎秋隆が言葉を放った瞬間周囲の気配が一変した。

 まるで空間そのものを支配されたかのような気運、しかも変化があったのは場の空気だけではない。

 先ほどまで異物を排除せんとしていた警備員の表情が信じられないほどリラックスしたものに変わったのである。


「そちらは視察の途中、ここにいるのはおかしくない」


 そのまま秋隆に一礼すると、警備員は何事もなかったかのようにその場を去っていった。


「ふむ、完全に会得したようですわね」


 一体どこに潜んでいたのか、警備員を追い払いホッとする秋隆の後ろから凍子が姿を現す。

 戯法理術ぎほうりじゅつ、新たに伝授した技をちゃんと弟子が成功させられるかどうか、後ろで見ていたのだ。


「まだ、ちゃんと効くのか少々不安ですが」


「可能な限り相手が違和感を感じない範囲で暗示を掛けることがコツですわ」


「人間観察をすることが求められるわけですね」


 正直このような手段で人間を操ることは好ましいことではないがここは敵地でしかも現在は任務の途中、取れる手段がある以上出し惜しみしている場合ではないだろう。

 そのようなことを考えながら発電施設の奥に足を踏み入れると、そこに広がる光景に秋隆の表情が歪んだ。

 広々とした空間にはいくつもの柱のようなものが設置されており、夥しい数の人間がそれをグルグルと回している。

 いずれも魔族男性だが、働き盛りの成人ばかりではなく腰の曲がった老人に幼い少年の姿まで見て取れた。

 額に走る汗にあちこちから聞こえてくる苦悶に満ちたうめき声、相当過酷な現場と見て良いだろう。


「……絵に描いたような強制労働の現場、だな」


 そこで秋隆のすぐ近くにある柱から一人の少年が飛び出して来た。


「む?」


 青い肌に色素の薄い髪、場所が場所なら小学校に通っていそうな年頃の少年である。

 その掌は血に染まり、相当長い期間ここで働かされているのは明白だ。


「また貴様かっ! 男の分際で生産ラインを乱す穀潰しが!」


 すぐ近くにいた監視員が鞭を片手に少年に近づく。


「ゆ、許して下さい! ち、ちゃんとしますから!」


「許さん! このベラスカ・インパスが直々に罰を与えてやる!」


 鞭が振り上げられたその刹那、秋隆は考えるよりも先に前に飛び出し、監視員の腕を掴んでいた。


「な、何だてめえは? 非魔族が何でこんなところに……」


「こんな年端もいかない幼子を痛ぶるなど、恥ずべきことではないか?」


「こんな年端もいかない幼子を痛ぶるなど、恥ずべきこと」


 戯法理術を受け、鞭を下ろす監視員。そのまま所在なさげに秋隆を眺める。


「では、多少は大目に見るべきでは?」


「多少は大目に見るべき」


 それだけ呟くと、監視員は少年に一瞥もくれずに定位置へと戻っていった。


「大丈夫か?」


 秋隆の問いかけに少年ははっとしたように頭を下げる。


「あ、ありがとうございます! その……」


「面倒なことになる前に作業に、すまないが今はこれ以上のことは出来そうにない」


「は、はい! ありがとうございます」


 少年が作業に戻る姿を見ると秋隆は悲しそうに息を吐いた。


「……あんな幼い少年がこんな環境で……」


「杏一、あまり長居していては面倒なことになりますわ」


 ここは作業現場のど真ん中、凍子の言う通り、いつまでもここにいればまた監視員に絡まれ、面倒なことになってしまうだろう。


「わかりました。一旦出るとしましょう」


 最後にもう一度だけ先ほどの少年が作業に参加している柱を見ると、秋隆は凍子とともにその場を後にした。


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「よう、頭中将殿」


 調査後の合流地点たるヴァルナ・ウルベリウムの裏通り、この時間でも人の姿が一切見えない路地裏に行けば、すでに豊輝の姿があった。


「首尾よく調査出来たみたいだな」


「どうにかこうにかな、そちらは?」


 秋隆の問いに応じる形で豊輝の視線が凍子に向けられる。


「師父殿に教えてもらった戯法理術ぎほうりじゅつのおかげで随分捗ったぜ」


 こちらを眺めながらにやっと口角を上げる豊輝を一瞥し、凍子は静かに嘆息を漏らした。


「杏一はともかくけいにも扱えるだけの下地があったとは驚きでしたわね」


「長く生きてると色々やってるもんさ」


 カラカラと笑い声をあげる豊輝に、凍子も呆れたように鼻を鳴らす。


「どの口が言うのやら……」


 神州の生き残りたる豊輝はいかなる手段を用いたのか、秋隆同様実年齢四千歳以上。人間の基準で見ればとんでもない数字だが、霊亀にして仙道でもある凍子から見ればまだまだ若者の範疇なのだ。


「そんなことよりも尚左、彼女は?」


「そろそろ来るんじゃないかい?」


 路地裏への入口に視線を向ける豊輝に倣い、秋隆もまたそちらへ顔を動かす。

 見ればちょうどひとりの女性がこちらに向かって歩いてくるところであった。

 白い肌にエルフのような長い耳、身体中に豪華なアクセサリーを身に着けたまさに蕃神族アルコーンを代表するかのような見た目の女性。

 しかし瞳は蕃神族アルコーンの黄金色ではなく、比較的一般的な濃い色をしている。


「本当に良く化けたものですわね」


 凍子の賞賛にその蕃神族アルコーンは不機嫌そうに顔を顰めた。


「……全く、蕃神族アルコーンに変装するのはさすがのルイズも疲れるんだけど」


 直後彼女の身体を白い霧が包んだかと思うと、その姿が変容を始める。

 褐色の肌に原型も見えないほどに厚い化粧、さらには毳々しい髪と先ほどとは似ても似つかぬ姿。


 その正体はルドヴィカ・ウォルキア、此度の任務を遂行するため蕃神族アルコーンに化け、潜入調査をしていたのだ。


「これで全員揃いましたわ」


 凍子の言葉を受け、秋隆も満足そうに首肯する。


「よし、では情報のすり合わせと行こうか」


 直後時空捻転現象が発生し、四人の姿がヴァルナ・ウルベリウムから消え失せた。


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 時空捻転現象で移動したのは秋隆の本拠地たる桔梗城の黒書院。

 全員畳の上に座るとまず初めに秋隆が口火を切った。


「凍子とともにγ地区の工場を回ってみたが、酷いものだった」


「恐らくは年齢一桁ですわね。そんな子供たちがこき使われ、挙句失敗すれば暴力にすら遭わされます」


 秋隆と凍子の二人が思い返すのは発電施設で危うく鞭打たれそうになっていた少年のこと。

 掌が血で染まるほどに仕事させ、挙句失敗すれば体罰、とてもまともな労働環境とは思えない。


「β地区も中々なもんだったぜ?」


 何となく機嫌悪そうに豊輝は自分の見てきた内容を話し始める


「何しろ安全保障の「あ」の字もないような劣悪な地下鉱山や地下水力発電所みたいな場所で二十四時間フル稼働だからな」


「子供たちも仕事を?」


「もちろん、狭い通路での作業に重宝してるって話だ」


 豊輝の答えに唖然とする秋隆。地下の仕事となれば落盤事故を始めとする命の危機と隣り合わせになるのは考えるまでもなく明白なことだ。

 そんな環境で強制労働させるばかりか、子供を働かせるなどまともな神経で出来るとは思えない。


「それで、エルメラ人や魔族をそんな目に遭わせておいて……」


蕃神族アルコーンどもは悠々自適の生活ってわけよ」


 むすっとした表情で秋隆からの質問に応じるルドヴィカ。


「昼間っからホストクラブで遊んでる奴もいれば、仕事もしないで豪華なレストランで食事、エテメンアンキの貴族ももう少し節制してるわよ」


「要するに、蕃神族アルコーンたちの生活はヴァルナ・ウルベリウムの民たちの犠牲の上に成り立っているわけか」


 秋隆の総括を受け、一同自身の見てきた惨状を思い返しているらしく黒書院全体の雰囲気が一気に暗いものへと変わる。


「不満は出ていないのか?」


「エルメラ人たちも相当不満に思ってるみたいだけど、あそこまで抑えられちゃあね……」


 豊輝の言葉は察するに余りあるもの。要は反抗でもしようものならば見せしめに痛めつけられるというわけだ。

 そのようなことが常態化していれば不満を覚えていようとも反抗する気にもならないだろう。


「で? 杏はどうするつもりなの? 当然このままにしとくつもりはないのよね?」


 心底不機嫌そうなルドヴィカの問いかけに秋隆は深いため息をついた。

 此度の任務は街の調査だけでなく問題の解決、この先のことも考えねばならないのである。


「……理想系は行政に携わる人間とコンタクトをとり、都市の社会構造そのものを変えることだが……」


「戯法理術を使っても時間がかかる上に、総長グランドマスターが手綱を握ってる以上時が経てば経つほどに完遂は困難になるでしょうね。


 秋隆の発言を切って捨てる凍子。彼女の言う通りこの街の領主、ミディアン・ヴァルナーは宰相と組んで問題の隠蔽を図るような人物だ。

 そんな人間の支配する街である以上、町の在り方を変えられる人間は皆彼女に押さえられていると見て間違いない。

 おまけに下手に時間を掛けて秋隆らの行動がミディアン・ヴァルナーに露呈すれば即座に対応され、任務遂行もより困難なものになるであろう。


「……となると、まとめてどこか、例えば桔梗城周辺にでも移住してもらうか……」


 二番目に秋隆が出した案は、街の変革が出来ない以上、被害を被っている住民だけでもどこかに避難させるというものだ。

 幸いなことに別管区間の都市ならばともかく同管区間の都市ならば手続きらしい手続きもなく移住自由である。


「悪くない手だけど、果たして市民が従うかな?」


 豊輝の言葉に秋隆は両目を閉じて俯いた。確かに都市間の移住は自由だが、それはあくまでも当事者の自由意思によるものである。

 現状あれほど酷使されながらもヴァルナ・ウルベリウムから人口の流出が起きていないことや街を歩く住民たちの沈んだ様子を鑑みるに、彼らは他地域に移住する気力さえも奪われていると考えて良い。


「四道将軍として自分について来るよう号令をかけてみるかい?」


 冗談めかしてそんなことを言う豊輝に肩をすくめる秋隆。


「実態なき権威など画餅も同じ、それなら神官将テンプルナイトとしてやったほうがまだマシだな」


「相手は総長グランドマスターよ? 一神官将いちテンプルナイトの権威じゃどうにもなんないわ」


 ルドヴィカの言う通り相手は神官将テンプルナイトの長たる総長グランドマスター、権威的な面ではまず相手にならない。

 完全に暗礁に乗り上げてしまい、いよいよ頭を抱え始める豊輝。


「……こんなとき総三の奴がいればな」


「……なんとか「久坂杏一郎ここにあり」と民に認めさせることが出来れば、集団移住も現実味を帯びてくるのでしょうが……」


 凍子が言いたいことはつまるところ「この人についていけば万事上手くいく」と民に思わせること。

 住民たちも今置かれている状況が決して良くはないことは理解していながらも行動に移せないのは、ここより他に行くべきところを持たないためだ。

 故に新たな居場所さえ用意してやればこちらに転ぶ確率は極めて高い。


「……そうなってくると、やっぱりあの手を使うしかなさそうね」


「何かいい案が?」


 秋隆の問いにルドヴィカはその豊かな胸を叩いて見せる。


「ふふん、セント・ヴァルナールで今一番ホットな話題、これを利用するってわけ」


 微かに胸を張りつつ、ルドヴィカは己の考えを三人に説明した。

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