第三十七話「佞臣に侍る者たち」
いつもお読みいただきありがとうございます。
励みになります。
ぽっちゃり(気を遣った表現)神官将
夜間にも関わらず昼のごとき明るさを誇るセント・ヴァルナールの歓楽街。
居並ぶ店はいずれも資産力を誇示するかの如くゴテゴテした電飾に煌びやかな電子公告を出し、その派手さを競っている。
しかしこの繁栄は労働階級の住む町、ヴァルナ・ウルベリウムあってのものだ。
そのことを考えてみた場合、ここは何も生産することがないにもかかわらず見てくれだけは立派な、文字通り虚栄の街と呼んでも良いだろう。
そんな歓楽街の中でも一際豪奢なとある店の一室。
薄暗い広々とした空間は派手な電飾で飾り付けられ、いくつもあるテーブルの上には高そうな酒がいくつも並んでいた。
「ぎゃははははははははは……!」
自身の周りに眉目秀麗なエルメラ人男性を幾人も侍らせ、ひどく下品な笑い声をあげつつ、その女性はいくつもの指輪が輝く指をテーブルの上にあるグラスに手を伸ばす。
見た目だけで見るならばまだ若い、二十代半ばといったところであろうか?
エルメラ人らしい褐色の肌に着飾った服装、酒と香水の匂いもあって退廃的な雰囲気の女性だ。
しかしそんなことよりもまず目が行くのは彼女の容姿であろう。
いかなる生活習慣によるものかその身体は常人の数倍近くにまで膨れ上がった肥満体系であり、どこなくトドを思わせる風貌だ。
おまけに身に着けている服もやたらと露出の多いドレスのため、弛んだ四肢や揺れる腹などを晒す結果となり、忌憚なく言えば酷く見苦しい様相となっている。
だがそんなことにはまったく無頓着なのか、それとも生まれてこの方鏡と言うものを見たことがないのか、彼女のくつろぎっぷりは堂々たるものだ。
そんな女性に一人の男性が近づく。周りに居並ぶ男性陣よりも一回り程度上だろうがそれでも整った顔立ちに、黒い執事服のような装束、見るからに経営者と言った雰囲気のエルメラ人だ。
「あのカカン様、お楽しみ中失礼致します」
執事服の男性が肥満体系の女性、カカンに話しかけると彼女は一瞬にして顔を歪める。
「何あんた、私の邪魔してぶち殺されたいわけ?」
ガンッと強い音をたててグラスをテーブルに戻したために、周囲にアブサン色の液体が飛び散った。
「ま、いいわ、今の私は機嫌良いし、許したげる」
渋々と言った様子でカカンがそう告げると、男性もホッとしたように頭を下げる。
「あ、ありがとうございます」
「で?」
「は、はい、ダラニア様がこちらに……」
「何ですって?!」
ダラニア、という名前を聞いてカカンの顔色が一気に変わった。
「すぐに通しなさい! 気が利かないわね!」
「も、ももも申し訳ございません! ただちに!」
慌てた様子で執事服の男がその場から立ち去ると、苛立たし気に貧乏ゆすりをするカカン。
「全く、これだから男って奴は……」
そこで恐々とこちらを見つめる男性陣に気付いたのか周囲に聞こえるような大きな音で舌打ちし、グラスを手に取る。
「いつまでいるつもり? とっとと失せな!」
カカンがテーブルに置かれていたグラスを床にたたきつけると、男たちは蜘蛛の子を散らすかのように部屋から出ていった。
「随分楽しんでるみたいね。カカン・キラミス」
男性陣と入れ違いになる形で部屋に入ってきたのはカカンとは異なり透き通るような白い肌と、妖精じみたしなやかな四肢の女性。
その美しい肢体を誇示するかのように胸元や太ももを露出した服に、身体中を飾る煌びやかなアクセサリー。
まさに富豪と言うべき姿だが、その金色の瞳はどこまでも冷たく、他者を蹴落とすのを躊躇しない冷酷無比な色を湛えている。
「これはこれはダラニア・エンチュラ殿、宰相様の代行お疲れ様です」
先ほどまでの傍若無人っぷりとは打って変わり、媚びへつらうかのように応対するカカン。
ダラニア・エンチュラ、エルメラ神聖国宰相アウグスタ・ルベルムの子飼いである三和烏の一人だ。
総長としての任務により領地を空けることが多いミディアン・ヴァルナーに代わり領地経営をする立場、すなわち代官であるカカンにとってはまさに雲の上の存在と言っても良い。
普段は宰相直属の実行部隊、白薔薇旅団との管理統括や連絡を担当しているが、今回ここに来たのは宰相の代行である。
「ふん、この私が来たのだからそれなりの接待は期待しても良いのよね?」
親愛の情らしきものを一切含むことなく、粗暴にして尊大な態度で問いかけるダラニア。無論、宰相の代理として丁重に扱われることがわかっているが故のこの態度だ。
「も、もちろんです。例の大会が終わるまで最高級ホテルを貸し切り、さらにはダラニア様好みの上物も多数揃えています」
額に汗を浮かばせながらも諂いの笑みを崩さない辺りカカンも最低限世渡りと言うものを心得ていると言っても良い。
しかし内心他人に頭を下げることにストレスを感じているのか、こめかみには青筋が浮かんでいる。
「わかってると思うけど、何か不備でもあったら宰相様、どころか総長の心象を損ねることになるから」
「はい、滞在中ご不便をお掛けすることはございません」
「なら良いわ。せいぜい励みなさい」
馬鹿にしたように鼻で笑うと、ダラニアはすぐ近くに設えられていたソファに腰を下ろし、その長い足を組んだ。
「それで? もう大会参加者は出揃ってるの?」
「いえ、募集は明日の昼までですので、まだやってございます」
「で、次の日の朝一に開催、相変わらずハードスケジュールね」
微かに顎を上げ、嘲るように口元を歪めるダラニア。大会、彼女がここまで来たのは宰相の代わりにこれを陪観するためである。
総長就任記念武術大会、その名の通りミディアン・ヴァルナーが総長になったことを記念して始まった大会だ。
募集要項は大会の日にヴァルナー領にいる者全員という極めて緩いハードルである。
例年、総長への任命権を持つ神聖王と宰相を招いて盛大に行う大会なのだが、神聖王は開催前に祝電を送るのみで、宰相も代理を派遣するというのが実態だ。
「それにしても随分続いてるみたいね? 今年で八回目だっけ?」
「ええ、何しろ優勝商品は、総長直々に神官将への斡旋と市長として二つの都市を支配する権利ですので……」
カカンの言う通りこの大会に優勝した者は神聖将へ推薦されるととともにセント・ヴァルナール、ヴァルナ・ウルベリウムの市長となる栄誉が与えられる。
無論、神官将に任命されるには担当管区の長、すなわち四大神官いずれかの推薦がいるのだが、総長直々の斡旋ともなれば無碍には出来ない。
そのため狭き門ながらも神官将を目指す者にとって夢のある形態と言えるのだが、この話をするダラニアの表情は極めて酷薄なものだ。
「全く、蕃神族がたくさんいる中で普通のエルメラ人が勝てるわけないのに、どいつもこいつも夢見すぎね」
そう、彼女が言うように実はこの大会には理気的にも身体的にもエルメラ人や魔族を圧倒する蕃神族が多数参加する。
そのためすでに最初の時点で公平な条件での大会とは言えないのだ。
事実これまでの優勝者七名はいずれも最終的に神官将になってはいるが、うち六名が蕃神族である。
もっと言うならば基本的に優勝者は神官将にこそなるが、市長位は辞退し、結果初代優勝者にして現市長たるカカンが地位に居座ることになるのが慣例だ。
もちろんこれも偶然ではなく、すでに都市内で十分過ぎる権力を持つ蕃神族たちが、大して見返りがない割に仕事が増えるだけの市長をやりたがらないだけと言う話しである。
つまり結局誰が出ようが蕃神族が優勝し、市政のあり方は変わらないというわけだ。
「ごもっともです。しかし……」
そこでカカンは表情を歪ませ、酷く醜い笑みを浮かべて見せる。
「おかげさまでダラニア様も合法的に弱者が痛ぶられる様を見ることが出来ると言うわけです」
「ふん、まあそれくらいしか楽しみがないと言ってしまえばそれまでなんだけどね」
一旦言葉を区切り、ダラニアは胸元から小さな布袋を取り出した。
「それで、今回優勝するのは誰?」
「はい、蕃神族ヨライ・クリスリーを予定しています」
「当然ちゃんとゲームになるようにしているのでしょうね?」
「もちろんです。何人か蕃神族のダミーを混ぜていますのでしっかりギャンブルとして成立するかと思います」
にやにやと醜い笑みを見せるカカンに合わせてか、ダラニアの顔にも拝金主義者特有の卑しい表情が浮かぶ。
「なら良いわ。今回も稼がせてもらうからそのつもりでいなさい」
「毎度ありがとうございます」
ダラニアの差し出してきた金貨の満載された布袋を受け取り、カカンは話題を変えようとばかりに唇を舐めた。
「そう言えば、最近オスの神官将が現れたそうですね」
「……久坂杏一郎のこと?」
その名前が出た瞬間ダラニアの瞳に冷たいものが浮かんだが、そんなことにも気付かずカカンは話を続ける。
「私はまだ会ったことがないのですが、普段エテメンアンキにおられるダラニア様はもう……?」
「……二、三度見かけた程度で直接話したことはない」
不快感を隠そうともせずに腕を組み、まっすぐカカンを見据えるダラニア。
「何あんた、あれに興味があるの?」
「ええまあ、オスの分際で超能力者、しかも神官将、ですからね」
カカンの澱んだ瞳の奥に何とも言えない危険なものが浮かぶのを見て、ダラニアは呆れたように鼻を鳴らした。
「あんたのことだから実力よりも希少価値、蒐集したいってだけでしょ?」
「お察しの通りです。是非私のコレクションに加えたいところです」
鼻息荒くそのように応じるカカンの姿に、ダラニアは微かに口元を歪める。
「確かに見た目は悪くないと思うけど、あいつは妖魔王のお気に入りみたいだし、おまけにウォルキア神官家とも強い繋がりがあるわ」
「正当な手段で手に入れる必要はありません。ヴァルナー領に引き入れてしまえば後はどうとでも出来ます」
最早蒐集欲を隠そうともせずに前のめりになるカカンだったが、もしダラニアがいなければその分厚い唇から涎を垂らしていたかもしれない。
「ま、せいぜい火傷しないように気をつけることね」
どんな手段を使うつもりなのか、そんなことはダラニアにとって関係のないこと。
しかし件の男、久坂杏一郎は彼女ばかりか主君たるアウグスタにとっても邪魔な存在のため、彼の生死については気にせざるを得ない。
「……ま、あれがいなくなれば私らにとっても好都合だけど……」
「はい?」
「なんでもないわ。それじゃ私はホテルに行くわ。大会までが終わるまで気を抜かずにやりなさい」
話は終わりとばかりに両手をヒラヒラさせつつ立ち上がると、ダラニアはそそくさとその場を去っていった。




