第三十六話「血染めの白薔薇」
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搾取構造の直視。
何の警告もなく放たれた銃弾を躱し、後方に着地する三人。次弾を警戒しつつも、苛立ちからかルドヴィカは小さく舌打ちする。
「……ったく、あいつらこっちが誰だかわかってないの?!」
本来禁軍の兵士が神官将に向かって攻撃を仕掛けるなどあってはならないこと。
そのような行為を平然とやってのけた白薔薇旅団の神経がさっぱり理解できないのだ。
「わかっていようがいまいが、ああ言う手合いは仕掛けてくると思うがねえ」
ルドヴィカの斜め前に立つ豊輝もまたいつもと変わらぬ調子ながら、どこか苛立った声音でそう漏らす。
「いや、これくらいの方がこちらも手心を加えずに済む」
すでに空中で抜刀していたのか鼈甲霊亀を正眼に構え、吐き捨てるように呟く秋隆。
見たところ自身の前に居並ぶ兵士たちの理気は決して高くはない。
もっと言うならば、こちらを一方的に侮り、あのような軽はずみ行動に出た時点で兵士として練度も足りていない。
「何外してんだよ!」
「うるせえな! 加減が難しいんだよ!」
「胴体さえ無事ならどうとでもなる。多少傷がついても四肢切り落として変態に売りつけりゃ良いだろが!」
最早狂気としか言えないようなとんでもない発言をする兵士らに内心げんなりしつつ、秋隆は鼈甲霊亀の切っ先を彼女らに向けた。
「……やってみよ、無理だと思うがな」
「はっ! 吠えたなオスガキが!」
またしてもサブマシンガンの銃口をこちらに向ける兵士であったが、銃口が火を噴くよりも前にその先端に亀裂が走る。
「……遅すぎる」
瞬時に近づいてきた秋隆が鼈甲霊亀を一閃、一刀のもとに切断したのだ。
「なっ! どうなってんだよあいつは……!」
役立たずとなった凶器を放り投げ、慌てて後方に下がりながら兵士は苛立たし気に秋隆を睨みつける。
「オスのくせに超能力者ばりに動けんのかよ!」
「……多少は肝が冷えたか?」
直後、秋隆の姿がぶれたかと思うと、鼈甲霊亀の柄頭が兵士の腹部に食い込んだ。
「ぐあっ!」
口から吐瀉物を吐きながら後方に吹き飛ぶ兵士、続いて跳ね飛ばしたそのままの動きで鼈甲霊亀を振り上げると、すぐ近くにいた兵士を袈裟懸けに斬りつける。
「ぎゃっ……!」
無論そのまま刀の錆にするというわけではなく、命中する寸前で鼈甲霊亀を返した峰打ちによる一撃だ。
絶命しないとは言っても、峰打ちと言うのは謂わば鉄の塊に叩かれるようなものである。
そんなものを急所に受けてタダで済むわけもなく、兵士はそのまま苦痛の中で意識を失った。
「ふむ、現象攻撃を使わずともある程度は動けるらしい」
武器の強化と空間認識に理気こそ使ってはいるものの、六耳彌猴や鬼紋王との戦いで見せた現象攻撃まで使う必要はない。
煽るように笑みをこぼすと、ただこちらを睨むことしかできない旅団員に視線を向ける秋隆。
「次は、誰だ?」
「だったらあっちだ!」
正面から秋隆と戦っても勝ち目がないことを悟ったのか、残りの兵士らが豊輝に銃口を向ける。
「不粋なもんだねえ。お嬢ちゃんたち……」
糸のような豊輝の目に殺気が宿ったその刹那。
一迅の風が戦場を吹き抜け、遅れて発砲しようとしていた複数人の兵士が跳ね飛ばされた。
「がっ!」
「な、にが……?」
宙を舞う兵士らには何が起きたのか理解していない。彼女らにはいきなり豊輝が消え、次の瞬間自分たちが跳ね飛ばされたことしか認識できていないだろう。
瞬間移動としか思えぬほどの速度で兵士に接近するや抜刀、そのまま居合切りの要領で一閃して対象を打ち倒したのだ。
「斬捨御免、もっとも……」
悠然とした様子で刀を鞘に納めつつ、ニヤッと笑みを見せる豊輝。
「私も峰打ちだけどねえ」
「なっ、なななななな……!」
「なんだってんだよ! この有様は……!?」
いよいよ味方が少なくなり、この先に待ち受ける運命を悟ったのか、残った兵士らは恐懼に駆られたように叫び声を上げる。
「他者を攻撃することは、自分もまた相手の間合いに飛び込むと言うこと」
「っ!」
ゆらっと残った兵士らの前に立ちつつ秋隆は極めて平淡な声でそう告げた。
「よもやそんなことすら理解せずに仕掛けてきたのか?」
「か、カスが! 理気も使えないようなゴミ虫の分際でよくも……!」
「お前たちは私らの機嫌を伺って、貢いで生きてりゃ良いんだよ!」
ガーガーと声だけは一人前に喚きたて始めた兵士らに憐憫の表情を向け、微かに肩をすくめる秋隆。
「なるほど、単に暴力と支配欲、己の内にある加害性に酔いしれていただけ、と言うことか……」
「なっ……!」
絶句する兵士に対して秋隆は心底軽蔑したと言わんばかりの表情で嘲笑を浮かべる。
「最も愚かで唾棄すべき行為の一つ、だな」
「ふ、ふざけるなああああああああ……!」
完全な挑発行為であると考えることすらせず、サブマシンガンを投げ捨てナイフを片手に秋隆目掛けて殺到する兵士達。
しかしいくら数を揃えたところで今更戦況が大きく変わるようなことはない。
一瞬の内に鼈甲霊亀を振るって攻撃を仕掛けてきた敵兵たちを打ち倒すと、秋隆は最後に残っていた兵士に殺気を向けた。
「っ!」
「殺しはしない、ただし……」
太陽の光受けて煌めく鼈甲霊亀、一瞬剣先が揺れ、その峰が兵士の肩に深々と食い込む。
否、肩ばかりではない、二度三度と光が走る度に、彼女の身体のあちこちに鈍痛が走った。
「ぐえっ! がっ! うげっ!」
「大した覚悟なく仕掛けてきたことに関する代償ぐらいは味わって貰う」
ぎりぎり痛みで意識を失わない程度の力加減、気絶すら許されぬ痛みの末、兵士は白目を剥く。
「はっ! か、は……!」
「ま、こんなところか」
最後に腹部を柄頭で突いて意識を奪うと秋隆は一仕事終えたとばかりに大きく息を吐いた。
「……片付いたようですわね」
「相変わらず大した実力だねえ」
「……それはどうも、さて……」
秋隆の目の前に広がるのは苦悶の表情を浮かべたまま兵士らが倒れている死屍累々の光景。
一見したところ惨たらしい景色に見えるだろうが、その実誰一人として死んでいないある種慈悲深い結末とも言える。
「一応みんな生きてるみたいだけど、結局どうすんの?」
ルドヴィカの質問を受け前に進み出るのは凍子。今度は自分の仕事とばかりに頷いて見せた。
「ふむ、この中で最も位が高い兵士は誰でしょうか?」
「そりゃ、こいつじゃない?」
右肩に刺繍された階級章を確認し、一人の兵士を指差すルドヴィカ。
「杏一、縛るものと椅子を」
凍子の指示に秋隆はすぐさま現象術を応用して植物由来のロープと簡単に組まれた木の椅子を作り出す。
「こんなのでどうでしょうか?」
「上出来です。では、始めましょうか」
きびきびした動作で兵士を椅子に座らせ、その身体を拘束すると凍子はぱちりと指を鳴らした。
「っ!」
恐らく理気を用いて直接意識に働きかけたのであろう。意識を失っていた兵士が一瞬にして目を覚ました。
「目が覚めましたわね?」
「て、てめえら、覚えろよ!」
ギシギシと椅子を揺らしながら、女兵士は口角泡飛ばす勢いで凍子に言葉を浴びせる。
「この私に、第二大隊隊長のヤマイ・ギャラネイにこんなことして、総長や宰相が何と……」
「必要なことだけ話しなさい。ただし正直に、ね?」
極めて冷淡ながらも穏やかな凍子の言葉。これが放たれた瞬間、周囲の空気が一変した。
否、変わったのは雰囲気だけではない。先ほどまであれだけ攻撃的だった女兵士、ヤマイ・ギャラネイが口を閉ざし、従順に頷いたのである。
「必要なことだけ話す。正直に……」
「これは……」
あまりの変わりように秋隆が呆然としていると、凍子が隣に立ち説明を始めた。
「戯法理術、理気のこもった言葉を通して相手の精神に干渉し、行動を誘導する技術です」
要は強力な催眠術の類、完全に極めることが出来れば相手を意のままに、しかもその自覚なく操ることすら可能かもしれない。
「意思が強い者には掛りが悪いのですけど、こういう小悪党には十分通用しますわ」
これでこの女兵士はどんな質問にも答える証人マシーンとも言うべき存在、正直人道的に引っかかる部分もありそうだが先に仕掛けてきたのは彼女ら、罪滅ぼしも兼ねて協力してもらうとしよう。
「この街は蕃神族以外を粗雑に扱っていると言うのは本当か?」
少しばかり慎重に言葉を選んで秋隆が問いかけてみると、ヤマイは従順な様子で質問に応じた。
「本当、蕃神族はセント・ヴァルナール、所謂α地区に、エルメラ人はヴァルナ・ウルベリウム内縁、通称β地区、魔族は外縁部γ地区で暮らしている」
「何故そんなことを?」
「総長の意向、搾取と支配構造の可視化」
ヤマイ曰く、β地区、γ地区は共にセント・ヴァルナールを支えるための製品やエネルギーの供出用プラントらしい。
セント・ヴァルナールに暮らす番神族のために、普通ならば誰もやりたがらないようなきつい仕事をさせてその成果物を独り占め、搾取の構造と言って間違いないだろう。
そして、蕃神族を頂点とするピラミッド状の社会構造を作り上げることにより、上に逆らいにくくするとともに下を見せることである程度不満を緩和すると言うわけだ。
「……なるほど、大体わかった」
剣呑そのものな表情で秋隆が後ろに下がると、ヤマイの耳元で凍子が何やら囁く。
「卿は目覚めたとき全てを忘れています。これは夢、覚えるにも能わないようなつまらない夢」
「夢、夢、夢……」
その後凍子が辺りに転がっていた女兵士にも似た処置を行えば、彼女らは前後不覚のままバギーに乗り込みいずこかへと去っていった。
「……カークス殿の話は本当だったと言うことだな」
バギーがセント・ヴァルナール方面に消えたことを確認すると、秋隆はそう呟く。
「頭中将殿が言うように、これはさすがにほっとくわけにはいかないらしいねえ」
豊輝も何か思うところがあるらしく、その細い目の奥に憤怒の念が見え隠れするほどだ。
「とは言え、外の助けは期待出来ない以上我らだけでどうにかする必要がある」
「ふん、望むところよ」
いつになく力強い言葉とともにルドヴィカは腰に帯びた刀の柄を叩く。
「どうせルイズの敵じゃないんだから、ちょうどいいハンデよ」
「その言葉頼りにさせてもらう。ではそろそろ……」
秋隆の視線の先にあるのは数多の犠牲と搾取から成り立つ虚栄の城、セント・ヴァルナール。
先程の証言を聞いた後だと、あの豪勢な高層ビル群もどこか白々しく見えてくるのだから不思議だ。
「……始めるか」




