第三十五話「総長が支配する領域」
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悪逆非道
カークスが桔梗城を去って後、元の装束に着替えた秋隆は凍子、ルドヴィカ、豊輝をすぐさま黒書院に集めた。
「では、評定を……」
「その前に杏」
上座に座る秋隆がカークスの話しをしようとしたその刹那、ルドヴィカの声が黒書院内に響く。
彼女の視線はすぐ隣に座る豊輝に向けられており、彼を気にしていることは明白だ。
「この人誰? 昨日までいなかったと思うんだけど?」
「彼は入江尚吉郎、私の古い友人だ」
「初めましてお嬢ちゃん、よろしくな」
秋隆の紹介に応じて小さく頭を下げる豊輝。見た目の胡散臭さと裏腹な礼儀正しい態度にルドヴィカも毒気を抜かれたように口角を上げる。
「ルイズはルドヴィカ・ウォルキア、あんた足手纏いには……」
その先を言おうとしてルドヴィカの瞳が微かに揺れた。全身に纏う強壮な理気を感じ、秋隆同様彼が只者ではないことを察したらしい。
「……ならなさそうね」
「話が早くて助かる」
言外に実力を認めると言う表明を受け、豊輝は嬉しそうに笑みをこぼす。
「杏、話の腰を折って悪かったわね」
ルドヴィカの言葉を受け、いよいよ本題とばかりに頷く秋隆。
「では、評定を始める」
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「また七面倒な仕事を引き受けちまったもんだねえ」
話を聞き終えるとや否や豊輝は微かに眉根を寄せつつ、小さな嘆息を漏らす。
「治外法権が認められてるような街に潜入し調査、場合によっては事態の収束までやろうって、とんでもない話じゃねえか」
セント・ヴァルナールもヴァルナ・ウルベリウムもエルメラ随一の権力者たるミディアン・ヴァルナーの息がかかった場所であり、おまけに彼女の後ろには宰相アウグスタ・ルベルムまで控えているのだ。
そんな潜入するだけでも危険な場所に赴き、事件の調査と解決を担当するなど、まともな神経で出来るようなことではない。
「杏、ヴァルナー領の噂はルイズも聞いたことがあるわ」
いつになく真剣な表情で豊輝の隣に座っていたルドヴィカが口を開く。
「酷いことになってるのは周知の事実なのに、誰も手をつけられずにいるって」
彼女の口ぶりから考えるに神官や貴族の間だけでなく、エテメンアンキの市民たちもこのことは知っていると見て間違いない。
そんな状態にも関わらずこれまで放置されてきたと言うことは、それほどまでにこの問題を解決することが難しいということだ。
「無茶無謀なことは百も承知だ」
これからやろうとする行為ががどれほどリスクのあることなのかそれを理解できないような秋隆ではない。
「しかし民が苦しんでいるかもしれないのに、見過ごすなど出来はしない」
キッパリ言い切る秋隆。神官将として神聖王から勅命を受けた以上に彼の心が、何としてもこの問題を解決せねばならないと叫んでいる。
これまで問題が表出しようとするたびに宰相と総長がその権力で妨害してきたのは間違いない。
だからと言って民の苦しみから目を背け保身に走るなど神州人として、否人間としてやってはならないことだ。
「杏……」
「……まあ、天下の頭中将殿ならそう言うだろうねえ」
ルドヴィカと豊輝もどこか呆れた様子で秋隆の姿を見ていたが、協力自体はしてくれるらしく、それ以上は何も反駁することはせず次の言葉を待つ。
「杏一」
沈黙に支配された空間を引き裂く秋隆を呼ぶ声、視線を下座に移せば凍子がじっとりとした目でこちらを見つめていた。
「……凍子」
「基本的にわたくしは卿の判断を尊重します。しかしあまりにも危険なことには賛成致しかねますわよ?」
「……わかっています。しかしさすがにこれは見過ごすわけには参りません」
液体窒素のごとき冷たい師父の瞳から一度として目を逸らすことはせずに秋隆は言葉を続ける。
「貴方が反対しても、なんらかの手立ては打つつもりです」
凍子がこちらのことを心配してこのようなことを言っているのは理解できるが、それでも此度の任務投げ出すわけにはいかない。
最悪多少強引でも無理矢理宰相と総長を表に引きずり出し、真相を問いただすくらいは出来るようにせねば……。
「杏一、何を言っているのですか?」
そんなことを考えていた秋隆であったがどこか拍子抜けするような凍子の言い方に若干意表を突かれた。
「わたくしは此度の件、反対する気はありませんよ?」
意外過ぎる返答、てっきり反対するかと思っていたため秋隆どころかルドヴィカと豊輝も呆然とする。
「……え? そ、そう、なのですか?」
「つまり、賛成ってこと?」
おずおずとルドヴィカが秋隆に続いて口を出すと凍子は静かに首を振って見せた。
「そうは申しません。卿が危険な目に遭って欲しくないというのはまごうことなき本音です。されど……」
微かに鼻を鳴らすと凍子はにこりともせずに結論となる言葉を言い放つ。
「卿がやると言うなら協力すると言うだけですわ」
「凍子……」
「どうやら話しは、まとまったらしいねえ」
やや大げさに両手を広げ、豊輝は凍子、次いで秋隆に視線を向けた。
「そんじゃ、すぐに仕事に取り掛かるのかい?」
「そのつもりだ。急いては事を仕損じると言うが、今回に関しては早めに片をつけたい」
今この瞬間にも苦しんでいる民がいるというのならば可能な限り早く動き出すに越したことはない。
「凍子、ヴァルナー領への道はわかりますか?」
「少しお待ちなさいな」
秋隆の言葉を受け、どこからともなくエルメラの地図を取り出すとその内容を確認する凍子。地図上を眺めること一分から二分、ある程度地形が頭の中に入ったのか微かに頷いて見せた。
「……大丈夫だと思いますわよ?」
彼女の準備が完了したのを確認すると、秋隆は後ろに控えていたアズに視線を向けた。
「アズすまないが留守中、東山殿たちのことをよろしく頼む」
「は、はいなのです!」
これで全ての用意は整ったと言って良い。秋隆の目配せに凍子は静かに立ち上がるとその身に理気を漲らせる。
「……では、参りましょうか」
彼女の言葉とともに黒書院内に時空捻転現象が発生、秋隆、ルドヴィカ、豊輝、そして凍子をこことは異なる空間へと移送した。
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一瞬の明滅と微かな振動、その後に秋隆らは桔梗城を離れ屋外に立っていた。
「っ! つ、着いたの?」
微かに顔を顰め、よろよろとおぼつかない足取りのルドヴィカ。初めての感覚に戸惑っているらしい。
「ええ、地図の通りならばヴァルナー領、ヴァルナ・ウルベリウム郊外ですわ」
乾燥しひび割れた大地に生命と言うものがまるで感じられない荒野、そんな情景を凍子は無感動に眺める。
「お嬢ちゃんはここに来たことあるのかい?」
時空捻転現象という超常現象を経験した直後にも関わらず、ルドヴィカと違っていつもと変わらぬ調子で豊輝はそう問いかけた。
「ないわ。領内に入れるのはミディアン・ヴァルナーの許可がある奴だけって話よ」
「……噂の真偽を別にしても、その時点で怪し過ぎるな」
秋隆が理気を用いて遠くを認識して見れば、なるほど高く囲った壁に検問らしき屯所、それが四方八方に存在している。
「そのような所業、疾しいところがあると周囲に喧伝するようなものですわね」
呆れたように呟く凍子に対してルドヴィカも思うところがあるのか微かに鼻を鳴らした。
「表向きは犯罪者の流入を抑えるためってことになってるけど、誰も信用してないと思うわ」
「それをゴリ押しして通してしまう、と。権力者の暗黒面を見た気分だな」
内心辟易しながら秋隆は彼方に見える山のような高台を見上げる。
どうやらどこの世界、どこの時代においても人間権力を握れば暴走しやすいものらしい。
「んでお嬢ちゃん、あの高台は?」
秋隆の隣で高台を見詰めつつ豊輝がルドヴィカに質問を飛ばした。
ルドヴィカもここに来たことはないながらも噂程度には聞いたことがあるらしく首を傾げながらも口を開く。
「多分あれがセント・ヴァルナール、あの蕃神族、ミディアン・ヴァルナーの別荘もあるって言う街よ」
なるほど、セント・ヴァルナールという街はそれなりの高地に存在するらしい。
様子を探っておこうと理気による遠視を試みて秋隆は己が高台だと思っていたものの正体を見た。
それは高台などではなく密集するような形で天高く聳え立つ超高層ビル群。
エテメンアンキ大聖堂もそれなりの大きさではあったが、それすらも陳腐になるほどに巨大な建造物が無数にひしめき合っている。
これまで見たどの街よりも近未来的な光景、そしてそんな都市を支えるかのように周囲にあるのが酷く無機質な工場のような建物が一面に並ぶ都市。
否、都市と呼ぶにはあまりにも異質な雰囲気、工業地帯と言った方がしっくりきそうだ。
「……あれがセント・ヴァルナールならば、周りを囲むのがヴァルナ・ウルベリウム、か」
「ええ、今のミディアン・ヴァルナーの時代になってから魔改造されてあんな姿になったって話よ」
「どちらも、エルメラの他地域ではお目にかかれないような様相だな」
呆れたようにため息をつく秋隆。ここ数年で急速に近代化した都市、このようなことが起きれば必ずどこかで歪みを生むのは間違いないだろう。
「杏一、どうやらお客人が来たようですわよ?」
凍子の鋭い声に振り向けば、微かな土煙とともにバギーを思わせる車輪を備えた車両がこちらに近づいてくるところであった。
こちらも他地域ではまず見かけないような近代的な設備、車両先端に刻印された白いバラのような紋章を見て、ルドヴィカは顔を歪める。
「……白薔薇旅団」
「白薔薇旅団? カークス殿が言っていた常駐部隊か」
「呑気な男ね。あれは宰相サマの直属で悪逆非道、人面獣心、泣く子も黙るって評判の連中よ」
白薔薇の紋章を見るのすら嫌なようで、ルドヴィカはバギーから顔を逸らした。
「大陸での民間人殺戮に強奪、暴行、あいつらの悪行を挙げてけばその内日が沈むかもしれないわ」
「要するに人非人の集まり、と言うことですわね」
「どうするよ? 逃げるかい?」
豊輝の言葉に秋隆はすぐさま頷いて見せる。
「そうだな、面倒ごとは可能な限り避けるに限る」
秋隆らを客観的に見た場合、入場不可能な場所に正式な手続きなしに入ってきた異物。
ここで領内の警備を担当する者たちと関わるのは百害あっても一利すらない。
早いこと逃れようと踵を返す秋隆であったが、意外なことに凍子がその腕を掴んだ。
「凍子?」
「いえ杏一、暫く……」
凍子はうっすらと目を細め、いよいよ理気を使わずとも視認できる距離にまで近づいてきたバギーを見据える。
「せっかくですので、尋問して情報を取りましょう。上手くいけば有意義な話が訊けるはずですわ」
「尋問、ですか? 果たして上手くいくでしょうか?」
確かに彼女の言う通りヴァルナー領の内側に詳しい旅団員を尋問すれば情報が取れるかもしれない。
しかし秋隆が懸念するように、首尾よく拘束できたとしても正直に話してくれるものだろうか?
そんな内心の不安を解消するかのように凍子はしっかりした様子で頷いて見せた。
「截教に不可能はありません。卿は彼女らの動きを止めて下されば結構です」
ここまで自信があるということは何らかの策があると言うこと、ならば多少危険であろうとも試してみるだけの価値はある。
「……わかりました。やってみます」
「おめえら、こんなとこで何してやがる?」
そのようなことを話しているうちに白薔薇旅団の旅団員たちがバギーから降り、こちらに近づいてきた。
全員エルメラ人女性で人数は七、八人程度、恐らく哨戒か何かに出ていた者たちであろう。
「エルメラ人がβ地区から出てんじゃねえよ」
「おら、とっとと身分証を見せな」
早速秋隆らを取り囲み乱雑な言葉を浴びせかける旅団員たちであったが、そこで一人が底意地の悪い笑みを浮かべた。
「いや、総長サマの言いつけに逆らう奴らだ、腕の一本くらい貰っても良いんじゃね?」
「それに、男どもは中々の上玉だぜ?」
「お? それもそうか、そんじゃ……」
次の瞬間、一人に兵士が手に持っていたサブマシンガンの銃口を秋隆に向ける。
「やり易いようにしてやんよ!」
銃声が鳴るのと、秋隆らが四方に散開するのはほぼ同時の出来事であった。




