第三十四話「神聖王の密命」
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奇妙な勅命。
桔梗城黒書院の一角、つい昨日ルドヴィカ・ウォルキアが秋隆と対面した部屋だ。
かの部屋に通されたカークスは先程まで被っていた天蓋を右脇に置き、正座にて城主たる秋隆が来るのを待つ。
しばらくして上座側の扉が開き、衣冠装束に着替えた秋隆が姿を現した。
「……お待たせしてしまい、申し訳ございません」
静々とした動作で上座に座ると秋隆は申し訳なさそうに頭を下げる。
さすがに平服で大神官を迎えるわけにもいかないため急いで着替えてきたものの、それでも来訪者を待たせてしまったことは間違いない。
そのため、いの一番で謝罪を口にしたのだが、待たされた側であるカークスはそんなこと気にしていなかったらしく、微かに首を振って見せた。
「いえ、何の約束もなくいきなり訪問してしまったのはこちら、貴方が気にすることは何一つありません」
どうやら彼女としても突然桔梗城に来てしまったことを気に病んでいたらしい。
その表情に申し訳なさそうなものを滲ませつつも秋隆の纏う装束を見て目を細める。
「その服装、よく似合っていますね」
「魔族風の衣冠装束、申し訳ございませんが御身を迎えるとは言っても、これ以上の装束は……」
「いえいえ、それで十分、貴方らしい服装だと思いますよ」
弁解を試みる秋隆の言葉を途中で制してそのようなことを告げるカークス。
衣冠装束は封神霊廟下にあっては平安時代の公家が着ていた宮中参内時の謂わば勤務服。
令和の時代ではよほどの事情がない限り着ることがない服、しかしエルメラでは魔族が着る正装の一つとのこと。
突然の来訪に際して他に着るべきものがないため着装したのだが、カークス的にはこれで良かったようだ。
しばし黒書院内に気まずい沈黙が立ち込める。
カークスもこちらの出方を伺っているのか、じっと秋隆の瞳を見詰めるのみで自分から言葉を発することはしない。
どうやらこちらが口火を切るのを待っているらしいことを悟り、静かに口を開く。
「神官長殿が、しかも見るからにお忍びで来られたと言うからにはよほどの理由があると考えてよろしいのでしょうか?」
ここにきて腹の探り合いは面倒とばかりに単刀直入に放たれた秋隆の言葉、これを聞いてカークスは表情一つ変えず、深く頷いて見せた。
「ええ、少しばかり貴方にお願いしたいことがあります」
おもむろに懐から一枚の書状を取り出すカークス、彼女が動き出すや否や秋隆の後ろに控えていたアズが小さな台座を手に前へ進み出る。
カークスが書状を広げてその全容を一瞬秋隆に見せるとともにアズは台を彼女の前に置き、書状をその上に乗せた。
やがてカークスの一礼とともに台を手に秋隆の前に進み出て、向きを変えてからこれを彼の前に差し出す。
流れるような見事な動作、大神官として数々の祭儀に参加するカークスが見ても惚れ惚れするような動きであった。
「少し見ない間に、今まで以上に出来るようになったようですね」
にこやかにカークスが話しかければ、アズはびくりと身体を震わせる。
「え? あ、ありがとうございますなのです」
「では、あらためさせていただきます」
台の上にのせられていた書簡を一目見て、秋隆の表情が一瞬にして険しいものへと変わった。
「まさか、これは神聖王陛下の……?」
「勅命です」
短く告げるカークスの言葉通り、墨跡鮮やかな文書の最後には神聖王の署名と捺印、すなわち御名御璽が押されている。
そんなものが新米の神官将に届くというのも驚きだが、問題となるのはその中身。
「……セント・ヴァルナール、そしてヴァルナ・ウルベリウムの調査任務、ですか?」
少しばかり戸惑った様子で勅命の内容を口にする秋隆。
そこに書かれていたのはエテメンアンキにある二つの都市、セント・ヴァルナールとヴァルナ・ウルベリウムの調査を命じるというものであった。
「はい、かの都市を調査することを陛下は貴方にお望みです」
カークスの肯定を受け、秋隆の中で大きな疑念が首をもたげる。
「……(妙な話だな)」
神官将の主な任務は鬼紋獣の討伐で、それに付随する形でゼデキアとの戦争、他には禁軍や警察組織では完遂出来ないほどに難易度の高い指令など。
基本的に上から下りてくる任務はこのいずれか、一都市の調査、しかも神聖王直々の指令など異例中の異例だ。
状況が把握できず困惑の表情を見せる秋隆を見てカークスもまた小さな嘆息を漏らす。
「……神官将となって日が浅い貴方には、何が何やらわからないでしょうね」
「申し訳ありませんが、一から話していただけると助かります」
秋隆の説明要求を受け、カークスは声を潜めつつ、口を開いた。
「セント・ヴァルナール、そしてヴァルナ・ウルベリウムはエテメンアンキ西方の街で、領主は代々ヴァルナー家の当主が務めています」
「ヴァルナー、と言うと確か……」
ヴァルナーと言う名前を聞いて、思い出すのはウォルキアでアズを嬲っていた蕃神族の神官将ナルカ・ヴァルナー。
秋隆の推察は当たっていたらしく、カークスもすぐさま首肯して見せる。
「神官将ナルカ・ヴァルナーと、その姉で神官将の長たる総長ミディアン・ヴァルナーがかの一族の出身です」
カークス曰くヴァルナー家と言うのはエルメラ建国期の頃より存在する最も古い家の一つであり、それ故にあちこちに影響力を持っているらしい。
ナルカ・ヴァルナーのような明らかに実力が足りていない者が神官将をやれているのもこのあたりに事情があるようだ。
「現当主はミディアン・ヴァルナー、つまりこの二つの街の領主を総長が務めていると言うことになります」
「……なるほど、して調査と言うのは?」
いよいよ本題、自分の前に置かれたままの勅命を一瞥し、正面に座るカークスを見据える。
「実はこの街、数年前から妙なことになっております」
「妙なこと?」
やっとカークスから出てきた答えはどうにも要領を得ないものであった。
それだけでは実態を把握できず、すぐさま説明を促す秋隆であったが、カークスとしても出来れば話したくない内容らしく、渋い表情のまま言葉を探すかのように口を閉ざす。
しばしの後、ようやく頭の中でどう話すのかを決めたのか、唇を震わせながらもはっきりとした口調で話し始めた。
「……かの場所で人権を与えられるのは蕃神族のみ、それ以外は粗雑極まりない扱い、いえ……」
そこで一旦言葉を切ると、カークスは秋隆の内面を見抜くかのようにその瞳を見据える。
「はっきり申しましょう。蕃神族以外は奴隷のような環境で働かされ、都市上層部に搾取されています」
「なっ!?」
予想だにしなかった言葉に秋隆の表情が険しいものへと変わった。
「それが事実だとして、神官長のお膝元、エテメンアンキでそのようなことが罷り通るのですか?」
秋隆の疑問は至極当然のものであろう。エテメンアンキは神官長たるカークスの管轄、しかも首都に近い場所で領主が非道な行為をするなど考えにくい。
万一何かあったとしても領主に責任を追及することは可能なはずだ。
「領主が貴族であろうが神官であろうが、本来ならば管区を統括する大神官に逆らうことは出来ません」
平淡ながらも悔しそうなカークスの言葉を受け、ようやく秋隆も事の全容を察し、目を伏せる。
「……ミディアン・ヴァルナーは家柄も良く、おまけに総長と言う地位にいるため手が出しづらい、と……?」
要は忖度、昔ながらの旧家であり代々数知れない手柄を上げてきた家の人間であるため、誰もことを荒立てたくないのだ。
「はい、おまけに彼女は宰相アウグスタ・ルベルム始め、多くの元老院議員と深い繋がりがあり、私が現状把握のため監察官を送ろうとしても全て握り潰されてしまいます」
微かに諦観の色が滲むカークスの言葉。恐らく彼女もこれまで何度なく事件の解決に動いてきたのであろう。
しかしその都度様々な方向から横やりが入り、結果今日まで無法を野放しにする形となってしまったのだ。
「強引な手を使おうにも、冷酷無比で有名な白薔薇旅団の二個大隊が駐屯しており、下手なことが出来ないと言うのが実情です」
「……なるほど、何故私のところにその話が来たのか凡その事情は理解出来ました」
正当な手続きなく総長の領地を嗅ぎまわるなど本来ならば問題行為でしかないが、エルメラ内でもかなりの権限が認められている神官将ならば、シロとは行かないまでも完全にクロとはならないのであろう。
「前人未到の鬼紋王討伐を成し遂げた貴方ならば、この事態をどうにか出来るのではないかと言うのが、神聖王陛下のお考えです」
カークスの言葉に微かに眉根を寄せる秋隆。
「……鬼紋王討伐の報告、まだ誰にもしていないのですが?」
「神聖王陛下は、非常に耳の良い方です」
一応秋隆の疑念に応じるカークスだったが、どのようにして情報を仕入れたのかについて話すつもりはないらしくそれだけ告げると貝のように口を閉ざした。
「……(もっとも、どこから漏れたのか全く覚えがないというわけではないがな)」
秋隆の脳裏に真っ先に浮かぶのは胡散臭い笑みを浮かべつつ、扇子で口元を隠す九尾の狐。
元老院のメンバーであり、此度の任務に同行した彼女、妖魔王翠明院陽華ならば鬼紋王との一件を正確に把握しているだろうし、それを秋隆が報告する前にどこかで話していても何ら不思議はない。
昨日の今日で神聖王の耳に入り、勅命を発布するというのはいささか早すぎる気もするが、仮にそこを突いたところでまともな答えは返ってこないだろう。
「……セント・ヴァルナールとヴァルナ・ウルベリウム、二つの都市を調査し、噂が事実だった場合『それに伴うあれこれ』を成せば良いのですね?」
「話が早くて助かります」
カークスの肯定は此度の任務が単なる調査に留まらず、事件そのものを何らかの形で解決することも含まれることを意味すると見て間違いない。
「……それで、この話はどこまで?」
どの程度協力を募れるかと言う秋隆の質問にカークスは少しばかり考えてから口を開いた。
「この城にいる人間以外が知るのは問題ですね」
「今この城には少数ながら外部の人間もいますが?」
「もちろん、城内にいる彼女らが知る分には問題ありません」
にこやかな表情のカークスとは対照的に秋隆は疲れたようにため息をつく。
つまりルドヴィカや豊輝といった秋隆に近い面々に話すのは良くとも、それ以外の人間に協力を求めてはならないということだ。
かなり厳しい任務になるのは間違いないが、神官将となることを選んだ以上任務を完遂せねばならないだろう。
「あいわかりました。なんとか期待に応えてご覧にいれます」
「神聖王陛下に代わり感謝いたします」
秋隆の言葉を受け、カークスは最後にもう一度だけ頭を下げると速やかな動作でその場を後にした。




