第三十三話「四道将軍家内管領」
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四道将軍家の家令。
「……朝か」
火霊聖母こと岱與山赫梨との対面を終え、目を覚ますと桔梗城の自室。
窓から差し込む早朝特有の、薄ぼんやりとした太陽の光を手で遮りながらその身を起こし、先ほどまで見ていた夢の内容を反芻する。
「……(不思議な夢だったな)」
あれがただの夢ではなく、秋隆の内側に存在するもう一つの魂魄、岱與山赫梨の意思によるものであるのは考えるまでもなく明白なこと、単なる夢と片付けるのは愚か者の所業だ。
「……(謎が深まるばかりであったがな)」
鬼紋王の正体は岱與山赫梨や彼女の姉弟子たる坎宮斗母正神といった何者かによって存在を歪められた被害者であることは判明したものの、その何者かの正体については依然不明なままである。
一応わからなかったことが一つ分かったという意味では前進と言えるかもしれないが、それでもまだまだ真実には程遠い。
「……(とりあえず、大手門でも開けてみるか……)」
こうして布団の上で悶々としていても仕方がない。秋隆は気分を変えるため、桔梗城の大手門に向かった。
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本丸御殿から大手門までは普通に歩いた場合、おおよそ十分程度の道のり。
無論理気を用いて身体強化を行ったり、あるいは時空捻転現象を利用すればもっと早くに到着するだろうが、今回に関してはそこまでする必要はないためのんびりと足を進める。
「お?」
昨夜より閉ざされたままの大手門、こんな時間からこの場所を訪れる者などいないと思っていたが、秋隆の前方を歩く者がいた。
後ろから近づいてみるとその人物も秋隆の存在に気づいたらしく、すぐさま振り返る。
「おはようございます杏一、良き朝ですわね」
そこにいたのは秋隆の師匠、瀛洲寺凍子、相変わらず涼やかな美貌にクールな表情、宿営である本丸からそれなりの距離を歩いてきたであろうにも関わらず歩き疲れた様子は全くない。
「おはようございます凍子、このようなところで何を?」
「朝の散歩です。卿は?」
「私は今から大手門を開けるところです」
大手門を開くという言葉を聞いて、凍子は呆れたように嘆息を漏らした。
「従四位下頭中将とやら、しかも一城の主がやらねばならない仕事とは思えませんわね」
記憶を失っている秋隆はもとより、凍子もまた従四位下頭中将と言うのがどの程度の地位なのか正確にはわかっていない。
しかし昨夜秋隆の同胞たる四道将軍家惣領、入江豊輝からもたらされた情報によればかなりの地位、少なくとも居城の大手門を開けるという作業をするような身分でないことだけは間違いなかろう。
「現在当家には私とアズ以外誰もいませんからね。なんでも城主がせねばならないのです」
凍子の様子を見て苦笑いしつつ秋隆は大手門の閂を外した。そのままゆっくり扉を引いて門を開くと金具を戸に掛け、風で開くことのないように固定する。
「では、早急に人を増やすことですね」
開いたばかりの大手門越しに城の外を眺めつつ、凍子は首を振って見せた。
四道将軍家惣領、従四位下頭中将となればそれなりの数の家来がいて然るべきであろう。
それに実際問題このような広々とした城を秋隆とアズの二人で維持管理するというのは土台無理な話だ。
そのあたりの事情を鑑みれば、人を増やすというのは可能な限り速やかに行わねばならないだろう。
さて大手門を開けた先に広がる城外の景色は相変わらず、延々とススキ野原が広がっているという恐ろしく殺風景なものだ。
まずエテメンアンキから通る街道が伸びており、そこから派生した畦道のようなか細い道の終点に桔梗城はある。
そのため途中で馬車から降りて徒歩と言うことはさすがに起こらないのだが、それでも不便な場所という評価は覆らない。
「凍子、話したいことがあります」
とりあえずの仕事を終え真剣な声音で口を開く秋隆。昨夜の対面のこと、凍子の耳に入れておいた方が良い。
「奇遇ですわね、わたくしも報告したいことがあります」
横入りする形でそう告げると、凍子は秋隆を一瞥し、つい昨夜豊輝が何者かと戦闘していた地点に視線を向けた。
「あそこにあった遺体はわたくしの方で始末致しました」
無残にも四肢と首を切断されたバラバラの死体、こちらの命を狙った刺客であることは疑いようもないのだが、そのまま野犬の餌になるのはあまりにも気の毒な話である。
そこで凍子は遺体を回収し、しかるべき処置の後丁重に埋葬したというわけだ。
「面倒を掛けましたね」
「いえ、そんなことよりもこちらを……」
凍子が胸元から取り出したものは紋章の刻まれた小さな金属片のようなもの。それなりに質の良い金属で作られたものらしく、微かに光沢を放っている。
「あの娘の身に着けていた籠手から切り離したものですわ」
その紋章は五芒星を重ね合わせた十角形の図案、秋隆も見覚えのある形状だ。
「これは、神官将の紋章、ですか?」
そう、それは以前エテメンアンキで行われた神官将の叙任式の際に見た紋章。
これを防具に刻むことが出来るのは神官将かあるいは神官将の息がかかった兵士だけである。
「では、昨夜尚左が斬ったのは……」
「ご、ご主人様っ!?」
突如として後ろから声を掛けられてしまい、秋隆は一旦思考を中止して声の主に身体を向けた。
「アズか、おはよう」
「お、おはようございますなのです」
そこに立っていたのはこの城唯一の使用人であるアズ・オグトール、ここまで走ってきたのかその額には球のような汗が浮かんでいる。
「ああ、大手門ならさっき私が開けておいた」
「あうう、久坂家の侍従として情けないのです……」
開門済みの大手門を見てがっくりと肩を落とすアズ。この件について役目を申し付けていたわけではないのだが、この城の仕事は全て自分のすべき仕事であると心得ていたらしい。
「申し訳ないのです。それでその……」
ちらっと凍子に視線向けるアズの姿を見て、秋隆は即座に彼女が何を気にしているのかを把握した。
「彼女は瀛洲寺凍子、私の師匠だ」
「師匠!? ご、ご主人様の!?」
びっくりしたように目を見開くアズとは対象的に凍子は落ち着き払った仕草で一礼して見せる。
「瀛洲寺凍子です。見たところ卿は杏一に仕える従者のようですわね?」
「は、はいなのです!」
名を名乗られているにも関わらず、いつまで経ってもこちらから名乗り返さないのは非礼に当たると考えたのか、慌てながらもすぐさまアズは頭を下げた。
「アズ・オグトールと言いますです。よろしくお願いしますです」
緊張しているため、おかしな言葉遣いとなっているが、その一生懸命さに秋隆は心底感心した。
「……(どこまでも真面目な娘だ)」
大都会たるエテメンアンキからこのような田舎に出向させられ、得体のしれない人間に仕えさせられればモチベーションを維持することすら難しいだろう。
そんな中腐ることもせずに、与えられた職務に忠実であろうと言う姿は、未熟であってもまさに使用人の鑑と呼ぶべきものだ。
今後城に詰める使用人が増えた際、彼女の行動を指標として務めに励んでもらいたいものである。
「そうなると、もう一介の侍従ではいられないな」
「……はい?」
何が何やらわかっていない様子のアズを見て、秋隆は微かに口元を緩めた。
「アズ・オグトール、その方を四道将軍家内管領に任ずる」
「ないかんれい……はい?」
「要するに家令だ。このような城に住む以上、家政はしかと管理せねばならない」
内管領とは四道将軍家の宗家における執事、家令であり、同時に宗家筋に仕える旗本たちの筆頭のことでもある。
「わ、私が、なのです?」
家令と言う言葉を聞いてアズは危うく腰を抜かすところであった。
エテメンアンキ大聖堂では一番の若輩であり、使用人としての経験も勤続年数も満足ではない自分がそのような地位に任命されたことが信じられないのである。
「他に出来る者はいない。逆に言えばそなたなら十分やれるはずだ」
状況を消化しきれず、わたわたと慌てふためくアズを前に秋隆はそう断言した。
内管領は立場上相当な権力を有するためその人選は慎重に行わねばならない。
その点生来生真面目なアズならば内管領の地位についても私利私欲を満たすこともしなければ、仕事をさぼることもしないと見て間違いない。
「従四位下頭中将に仕える家令、本来なら相当高禄で権威のある地位になるのでしょうけれど……」
秋隆とアズのやり取りを見ていた凍子は静かに嘆息し、小さく肩をすくめる
「少なくとも今の段階では、単なる雑用係ですわね。しかも死ぬほど忙しい……」
「だけの役職」と凍子が続けようとしたその刹那、ススキ野原の広がる遥か向こうから何者かが近づいてくるのが見えた。
「……あれは、何だ?」
秋隆の言葉に凍子は微かに両眼を細め、それから豊かな胸の下で腕を組む。
「この距離からではしっかり視認することは出来ませんが、どうやら馬に乗ったエルメラ人、恐らくは女性ですわね」
どうやら理気による技術を何一つ使用することなく、凍子は相当距離のある場所にいる存在が何なのかある程度正確に把握したらしい。
確かにここからでも対象の動きに連動して波打つススキ野原を見て、何者かがこちらに近づいてくることまでは認識出来るだろうが、それでもあまりに距離が遠いため普通なら相手の姿形を視認することなど出来ないはずだ。
「……とんでもないお方のようなのですね。この御仁は……」
そんな普通ではない凍子の姿にアズは少しばかり身体を硬直させる。
「でも、杏一郎様のお師匠様って考えると何となく納得出来るのです」
「弟子はともかく師父は規格外だったと言うだけのこと、そんなことより当家内管領殿に早速仕事を与える」
ちらっと桔梗城の奥、本丸御殿の方向を一瞥すると秋隆はアズに瞳を向けた。
「恐らく客人であろうから応接用の部屋、黒書院を整えておいてくれ」
「っ! わかりましたなのです。すぐさま取り掛かるのです!」
アズが元気よく返事をして走り去っていったのを視線の隅に留め、こちらに向かって近づいてくる人影に向き直る。
「……さて、今度は誰が来たのやら」
秋隆がそう呟いてから数分後、大手門の前に辿り着いた人物は奇妙としか言えない風貌をしていた。
あちこちに縫い跡が残るマントにこれまた袖が随分ほつれたボロボロの上着、顔は虚無僧が被るような天蓋で隠すというとても普通とは言えない姿である。
「そなたは……?」
「久しぶりですね。久坂杏一郎」
天蓋の奥から聞こえてきた声は聞き覚えのあるもの、秋隆が記憶の中からその人物の顔を思い起こすよりも前に、彼女は天蓋を脱ぎ正体を晒した。
「こうして神官将としての貴方と会えて、このカークス・トルキオ、嬉しく思います」




