第三十話「運命の再会」
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従四位下左近衛中将、蔵人頭
桔梗城大手門前、不穏な気配に城から出てきた秋隆が見たものはバラバラにされた少女の死体と、そのすぐ前にいる糸目の青年。
「……(誰だ?)」
秋隆の中にこの青年の記憶はない。しかし彼の姿を見た瞬間、心臓は早鐘を打ち、吐き気を催すほどの凄まじい頭痛に苛まれた。
この感覚は以前にも覚えがある。ウォルキアにて初めて鬼紋獣と戦った時に感じたものだ。
「……(知っている、私は彼を……)」
「ん? 頭中将殿、どうした?」
秋隆の様子がおかしいことを察したのか、豊輝は笑みを絶やし心配そうに彼を見つめる。
「まさか私のことを忘れてしまったとか、そんなことはないよな?」
「それは……」
「その通りですわ」
突如として聞こえた三番目の声、秋隆と豊輝が声の方角に目を向けると月光の下一人の女性がこちらに歩いてくるところであった。
長く伸びた色素の薄い銀髪に秋隆と同じ真紅の瞳、二メートルはあろうかというその褐色の身体を隠すものは首から下がる二房の布と前掛けのみで、鍛え抜かれた四肢も見事に割れた腹筋も全て露出している。
「凍子」
そこに立っていたのは瀛洲寺凍子、秋隆の師匠にして截教という勢力に属する仙女だ。
「ほう、これはまた……」
豊輝は顎に手を当て凍子の鍛え抜かれた肉体、ではなく全身から発せられる凄まじい理気を感じて思わず嘆息を漏らす。
どうやら一目見て彼女がただ者でないことを察したらしい。
「……(こいつは、並とは言えないねえ……)」
油断なく身構える豊輝を一瞥すると凍子は秋隆に視線を向けた。
「杏一、積もる話もあるでしょうからとりあえず屋内に入ってはいかがですか?」
凍子の言葉はもっともである。このような場所で話し込んでいては誰に聞かれるか分かったものではない。
「わかりました、では……」
秋隆の意思を汲んで頷く凍子。彼女が右手を上げると瞬時に時空捻転現象が発生、その場にいた三人を別の空間へと移動させた。
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三人が移動した場所は本丸御殿ではなく桔梗城天守閣二階にある小部屋。
六畳ほどの畳と小さな灯明、さらには昼寝する猫がいる以外何の調度品も存在しない場所だ。
「とりあえず一番目立つ建物に入りましたが……」
外から漏れる月光以外、何の光もない薄暗い空間、凍子が指を鳴らすと植物由来の油が燃える匂いとともに部屋に設えられた灯明に火がともる。
これでお互い相手の顔くらいならば見ることが出来るはずだ。
「いえ、ここなら誰にも聞かれることはありませんし、都合が良いかと」
明かりがついても誰一人として座ろうとしないため、とりあえず上座の位置に座る秋隆。
すると次席に凍子、そして上座の真正面に豊輝が腰を下ろした。
「そんじゃ、改めて自己紹介した方が良いかな?」
まず腰に下げていた刀を自身の右側に置いて敵意がないことを示すと、豊輝は鷹揚な調子で口を開く。
「私は従四位下左兵衛督、入江尚吉郎豊輝気軽に尚左って呼んでくれれば良い」
苗字、通称、諱を備えたエルメラ人らしからぬ名前と見た目、間違いない今目の前にいる人物は秋隆同様滅びた神州人の生き残り、しかも四千年前から生きている人間だ。
更に言えば入江、これも聞き覚えのある名である。岱與山赫梨を討伐した際に得た記憶の中で、自分と同じく御簾の前で膝をついていた少年の一人がその名で呼ばれていた。
「父は正三位権大納言で鎌倉大納言と呼ばれた入江家当主、入江勝豊公、四道将軍の一人だ」
「四道将軍?」
これもどこかで聞いたような単語である。しかしこちらはどこで聞いたのか、入江と言う名前ほどにはっきりとは思い出せない。
そんな秋隆の疑問に、豊輝はうっすらと笑みを浮かべながら応じた。
「四道将軍って言うのは征夷大将軍の下で実質的な軍運営をする四人の将軍、基本的に世襲制で私も頭中将殿も四道将軍家の惣領ってわけさ」
つまり神州と言う国を守るための将校、否、世襲制と言うことはこの場合軍人と言うよりも江戸時代の武家に近いのかもしれない。
「将軍家の惣領はどこに属して、どう出世して最終的にどこの責任者になるか決まってる」
そこで言葉を切り、糸のような細い目で秋隆を見つめる豊輝。ここまで理解できているかどうかを確かめるかのような目だ。
「……問題ない、続けてくれ」
秋隆の言葉に満足そうに頷くと、豊輝は微かに居住まいを正し説明を続ける。
「入江家の当主は左兵衛府に入って権大納言と左兵衛督を兼任、そいで久坂家の当主は左近衛府から始まって最終的には左近衛大将と権大納言、隠居してからは准大臣になるってのが慣例さ」
「なるほど……」
豊輝の説明を総合すると、どうやら記憶を失う前の秋隆は四道将軍家惣領、すなわち良いところのお坊ちゃんであったらしい。
そこで秋隆は蓬莱島で名前を改める際、凍子から父親の名前を教えてもらった時のことを思い出した。
確かその時名前と一緒に聞いた官位は従二位の内大臣、豊輝の言葉通りならば左近衛大将も兼任していたのだろうか?
「言っておきますが、わたくしもこのあたりの事情は卿の父君の名前以外何も知りませんわよ?」
秋隆の内面を察したらしい凍子が先手を打つ形で口を開いた。どうやら凍子も四道将軍のことは初めて聞いたらしい。
「となると私も官位持ちだったのか?」
「頭中将殿は私と同じ従四位下の近衛中将で蔵人頭、俗に言う頭中将さ」
近衛中将は皇族の近辺を守るための職務であり、蔵人頭は宮中の事務作業のなかでも一際重要な作業を行う官吏たちのまとめ役、どちらも神州皇に近い場所で仕事をする役職である。
「……よくわからんが、大変な立場だったんだな」
頭中将、その実態は今の秋隆にはよくわからないが相当過酷な仕事であったことは間違いない。しかしそんな様子を見て豊輝は思わず噴き出した。
「いやいや、久坂家当主は四道将軍の筆頭格。この後、従三位に上がったら参議に入って宰相中将、権中納言になったら左近衛大将を兼任、隠居したら隠居したで儀同三司こと准大臣までやらなきゃならないんだからな」
一口で説明し終えると、最後に「ご愁傷様です」とばかりに合掌する豊輝。つまりもしも順当に進んでいた場合、さらに忙しくなっていたということである。
「で、頭中将殿は左近衛府に勤めて蔵人頭も兼任することがちっさい頃から決まってたから頭中将殿ってわけだ」
豊輝の口ぶりから鑑みるに、どうやら亀童丸と呼ばれていたころから四道将軍家惣領たちの間では頭中将で通っていたらしい。
すなわち秋隆と他三人の惣領たちは幼い頃からの付き合いと言うことだ。
「それにしても、四千年経ったとは思えないな……」
秋隆の言葉は心からのものである。普通の人間ならば四千年などとても生きることは出来ない。
だが今目の前にいる豊輝は四千年生きているにも関わらずピンピンしているどころか、若い姿を維持している。
仙人か、あるいは他の方法によるものか、どちらにしても豊輝はすでに人間の域を超えていると見て間違いない。
「そりゃお互いさまってもんさ」
これ以上詳しい話を豊輝はするつもりはないようだ。そこで一旦手を叩くと微かに顎を引く。
「それじゃ次は私の質問に答えてもらおうか」
秋隆としてもこのあたりが潮時かもしれないと思っていたところだ。
今日はあまりにも色々なことを聞きすぎたため、これ以上聞いたとしても理解できないかもしれない。
さて、豊輝は軽く咳ばらいをして息を整えると秋隆と凍子の二人を代わる代わる眺める。
「まず、そっちの人は?」
豊輝が視線を向けるとともに凍子は王侯貴族を思わせる優雅な動作で一礼した。
「瀛洲寺凍子、杏一の師です」
「師匠、そうかそれでか……」
師匠と言う言葉に何かを察したらしく豊輝は感慨深そうに何度も頷く。声には出さないものの「やっとか」という心の声が聞こえてきそうだ。
「っと、で頭中将殿は記憶がないんだっけか?」
「ああ、修行中の不具合で記憶がなくなってしまったらしい」
「……ふうん、そいつは難儀だな」
ただでさえ糸のように細い目をさらに細め、疑わしそうにジロジロと秋隆を見つめる豊輝。
記憶喪失と言うことを疑っているというよりかは、秋隆が何を考えているのかを見極めようとしているような雰囲気である。
しばし無言で秋隆を見ていた豊輝であったが眉根を寄せると再び口を開いた。
「神官将になったのは?」
彼が疑問を言葉に出した瞬間、空間が凍り付き、空気が微かにピリつく。
同時に豊輝の全身から不可視の理気が溢れ、天守内の柱や梁が軋むような音を立てた。
「もしお前さんが神州からエルメラに寝返ったって言うなら、この場で首を落とす」
そこで豊輝は両目を開き、秋隆を正面から睨みつける。先ほどまで隠れていた彼の瞳は強靭な意思が宿る力強き目、四道将軍の名前に相応しいものだ。
少しでも意志が弱ければ意識を刈り取られ、失禁するのではなかろうかという恐ろしくピリついた雰囲気、そんな中でも秋隆は豊輝から一度として目を逸らすことはせず、正面からその視線を受け止める。
「私が神官将になったのは記憶を取り戻すのに最適だというだけのことで他意はない」
「記憶?」
「ああ、どうやら鬼紋王を倒せば私の記憶は戻るらしい」
予想外としか言えないような秋隆の言葉にしばしの間言葉を失う豊輝。
実は彼としては秋隆が記憶喪失になったことに関しては最初から疑ってはいなかった。
真に抱いていたのは記憶をなくした結果、本来持っていた神州への忠誠心を失い、祖国が滅びたこと幸いにと好き放題しようとしているのではないかと言う懸念である。
そのため答えによっては本当に斬首するつもりでいたのだが、予想していなかった答えを聞いてしまい、一瞬頭が真っ白になってしまったのだ。
「……確か、なのかい?」
「理由はわからんが……」
豊輝の追及に困ったように首を傾げる秋隆。彼自身何故鬼紋獣を倒せば記憶が戻るのかわかってはいないため、現段階ではこれ以上答えることは出来ないだろう。
「まあ、それはいい、つまり頭中将殿は神州からエルメラに鞍替えしたわけではないってことか?」
「無論だとも、祖国を復興するために何が出来るかを考える日々だ」
秋隆のまっすぐな瞳と迷いのない言葉、四千根前と何ら変わらないその様子に豊輝は目を細めると何度か頷いて見せた。
「とりあえず信じることにはする」
「ありがとう」
どうやら、一応秋隆に二心なきことは伝わったらしい。
「まあ、その言葉にちゃんと行動が伴ってるかどうか、しばらく監視させてもらうつもりだけどな」
思想に行動が伴っているのかどうか判別する最も簡単な方法はすぐ近くで行動を監視すること。
どちらかに矛盾があればたちどころに双方に破綻をきたし、見るも醜悪な姿をさらすことになるだろう。
「もしも私が信用ならなくなった時には、いつでもこの首を落とすと良い」
その言葉に無言で頷くと、豊輝は灯明皿の上に輝く小さな光に視線を向けた。
「では随分と夜も更けた、明日に備え、今日のところはこの辺りにして休むとしようか」
すでに時刻は夜の一時、秋隆が言うようにこの辺りで休まねば明日に響いてくるだろう。
三人はほぼ同時に立ち上がると灯明の火を消し、その場を後にした。




