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霊亀将  作者: 花鏡
ヴァルナー領編
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第二十八話「登城」

いつもお読みいただきありがとうございます。

励みになります。

最初の来訪者

 理気の力を借り、秋隆が馬のような速度で大手門までたどり着くと、来訪者もちょうどついたところだったのか、馬車から降りて天守閣を見上げていた。


「な、なんなのよこれえええええええええ……!」


 信じられないものを見たと言わんばかりの表情、その様子に秋隆は思わず笑みをこぼす。


「人の新居を見て随分な反応だな」


「杏!」


 大手門の前で絶叫していた少女は秋隆と同じ神官将テンプルナイト、ルドヴィカ・ウォルキア。つい昨日エテメンアンキで別れたばかりの少女だ。


「昨日ぶりだなルイズ、そんなに供回りを連れてどうした?」


 秋隆の言う通り彼女の後ろにはたくさんの侍従が並んでおり、普段は一人で行動するルドヴィカにしては珍しい行動である。


「……ふんっ! 別に大した用事はないわ。ボロ城押し付けられて右往左往してるあんたのツラを拝みに来たのよ」


「そのためにこれだけの人数を集めたのか?」


「失礼いたします久坂様」


 会話の途中静々といった動作で秋隆の前に歩を進めてきたのは簡素なメイド服を身につけ、小さな眼鏡をかけた魔族の使用人。


 魔族らしい青い肌に背中にはカラスを思わせる漆黒の翼、スカートに隠れていて全容を見ることは出来ないがその足もまた鳥類のような逆関節。


「わたくしお嬢様にお仕えする家令、東山躑躅ひがしやまつつじと申します」


 優雅な動作で頭を下げる魔族の従者、よく見るとエテメンアンキ大聖堂でルドヴィカと初めて会ったときに後ろについていた人物だ。


 秋隆への挨拶が終わると、躑躅はルドヴィカに向き直り、自然な動作で眼鏡の位置を正す。


「……お嬢様、そのような言い方では久坂様に正確な要件は伝わりません。この城の改築の話をするのではなかったのですか?」


「ちょっ! 躑躅!?」


「そうなのか?」


 しばらくわたわたと慌てていたルドヴィカだったが秋隆が質問を投げかけると開き直ったかのように腕を組む。


「べ、べつにあんたのためじゃないわよ! 神官将テンプルナイトに相応しくない住居に住まわれるとルイズにも迷惑なの! そんで城を直してあんたに借金を押し付けようとしたってだけよ!」


 ルドヴィカの言葉を聞いて秋隆はだいたいの事情を察した。おそらく彼女はこの城が人も住めないような廃城であることを知り、大慌てで建築に詳しい人間を集めたのだろう。


 おまけに家令である躑躅まで連れてきたということは改築費用もある程度ルドヴィカ側で持つつもりだったのかもしれない。


「すまぬな気を遣わせてしまって」


 秋隆の言葉に羞恥からか、それとも怒りからかルドヴィカの頬が一気に赤く染まった。


「だからあんたのためじゃ……!」


「お嬢様、城持ちの方をこのような場所に留めるのは礼節にもとります」


 躑躅からの容赦のない指摘にルドヴィカは不満げに口をとがらせる。


「わかってるわよ!」


「……では、積もる話は我が城ですることにしよう」


 とにかくここで話すのは場所が悪い、秋隆は出来たばかりの天守閣を見上げた。


_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_


 ルドヴィカたちを案内したのは軍事施設たる天守ではなく、本丸に存在する秋隆の居住スペース兼事務所たる本丸御殿。

 真新しい畳やヒノキの匂いが立ち込める純和風の邸宅である。


 とは言え郎党もいなければアズ以外に侍従もいないため、客人たるルドヴィカたちを先導するのは他ならぬ秋隆自身、建築の出来を確かめつつの案内だ。


「魔族風の城なのね」


 長い廊下を進んで応接用の部屋に向かう道すがらルドヴィカは白い紙の張られたふすまや広間に敷かれた緑色の畳を見て微かに鼻を鳴らす。


「あのBBA狐は気にいるかもね」


「と言うことは、そなたはそうでもないというわけか?」


「まあね、こういう感じの部屋って、居心地が悪いのよ」


 ルドヴィカの言葉に秋隆はうっすらと目を細めた。生粋のエルメラ人であるルドヴィカにとって、このような慣れない城は居心地が悪いのかもしれない。


 しかしそこで主君たるルドヴィカのすぐ後ろを歩いていた躑躅は咳ばらいをすると事の真相を口にする。


「お嬢様、それは正座が苦手な言い訳にはならないかと思います」


「に、苦手じゃないわよ! 五分くらいなら平気よ!」


 どうやらエルメラ人らしいエルメラ人であるルドヴィカは神州人の動作である正座が出来ないらしい。


 それが原因でこのような場所が苦手、思わず秋隆が噴き出しそうになる中、躑躅は一切の容赦なく言葉を続けた。


「世間一般だとその程度で痺れる場合、苦手に分類されるかと」


「む、むぐぐぐぐぐ……」


 反論すら出来ずにうなり声をあげるルドヴィカを一瞥し、秋隆はにこやかな笑みを浮かべる。


「心配はいらん、苦手と言うなら座椅子でも用意すれば良いだけの話だ」


 さて話しているうちに応接間である黒書院にたどり着いていた。秋隆はふすまを開くと、ルドヴィカたちを中へ案内する。


「うわ、なんにも置いてないのね」


 思わずルドヴィカがそう呟いた通り黒書院には調度品らしきものは何も置かれてはいない。

 二百畳近い空間を襖で仕切り、一部屋三十から五十畳ほどに調整、一行が立ち入った応接用の部屋も調度品の類はなく、上座に城主たる秋隆が座るための座が用意してあるのみだ。


「応接用の部屋と言うのはそういうもの、必要最低限のものだけにしておくことが機能美を求める際の鉄則だ」


 ルドヴィカたちが部屋に入ると秋隆は右手に理気を集中、簡単な座椅子を出現させる。

 簡単と言ってもそこは神州人らしく妙なところにこだわりのある男秋隆、主だったるところはヒノキで組み、座板と背もたれには綿花由来のクッション、そして足は漆で塗るという高級感あふれる品の良いものだ。


「どうぞ」


「ふん、気が利くじゃないの」


 どうやらルドヴィカもこの座椅子の出来には満足らしい。秋隆が畳の上に設置すると、その上に座り微かに黒光りする座椅子の足を撫でる。


 そして主君たる少女が席につき、秋隆も上座に座るのを確認すると躑躅たち従者は上品な動作で下座に正座した。


「躑躅殿は魔族と言うだけあって正座はお手の物か……」


「お褒めにあずかり光栄です久坂様」


 畳に手を突き深々と頭を下げる躑躅。腰から曲げるような美しい礼の所作は洗練されたものであり、大名家の姫君を思わせるようなものである。


斯様かような邸宅は魔族たちの本場たるクリシア、幽都ゆうとにすらそうは見ないもの、僭越ながら妖魔王陛下の白狐びゃっこ城に比肩しうるほどと愚考致します」


「ふふ、ならこの城に恥じぬように、また鬼紋王の首を上げねばならぬかもしれないな」


 秋隆の言葉を受け微かに頭を下げる躑躅。ただでさえ男性の神官将テンプルナイトというだけでもあちこちから厳しい目で見られているのだ。

 それこそ鬼紋王を倒して平和を取り戻すくらいの心持でなければ今後どこかのタイミングでつぶされてしまうかもしれない。


 躑躅としては秋隆の言葉をそのように解釈しており、まさか本気で鬼紋王を全滅させるつもりであるとは思っていない。

 この場で彼の真の目的を知っているのは他ならぬ秋隆だけである。


「ふん、あんたがやる前にこのルイズが鬼紋王をみんな倒しちゃうかもね?」


 藪から棒に放たれたルドヴィカの言葉に秋隆は微かに顔を曇らせた。

 恐らくルドヴィカ自身は何か考えがあってこのようなことを言ったわけではないのだろうが、秋隆以外の人間が鬼紋王を倒すというのは実は大きな懸念材料なのである。


 今回鬼紋王を倒すことで記憶の一部が回復したということは、すべての鬼紋王を自分の手で倒さねば記憶が完全に戻らないのではないかと言うこと。


 つまり、もしも秋隆以外の人間が鬼紋王を倒してしまった場合、秋隆の記憶が不完全なままになるのではないかと言う懸念だ。


 今のところ秋隆以外の人間が鬼紋王を倒すということはないし、仮に倒されたとしてもどうなるかはそれこそやってみないとわからないのだが、最悪の事態は常にしておくべきだろう。


「杏、どうかしたの?」


 理気の使い手たる神官将テンプルナイトらしく空気の変化を敏感に察したのか、ルドヴィカは心配そうに口を開いた。


「いや、大したことではない」


 ルドヴィカは他の大勢の人間同様に鬼紋王を倒した場合秋隆にどのような変化があるのかと言うことは知らない。知られた場合どんな騒動になるか予想できないが、ろくなことにならないだろう。

 ならば下手なことは言わずにこのまま黙っておいたほうが良いかもしれない。


「鬼紋王を倒せそうな神官将テンプルナイトにはどういう者がいる?」


 そうなってくると気になるのは秋隆と近い実力を持ち、鬼紋王を打倒しうる者たちが世の中にどの程度いるのかと言うこと、秋隆の質問に、ルドヴィカは微かに唇を尖らせると口を開いた。


「この場に二人はいるけど、そうね……」


 しばらく頭の中に有名無名な神官将テンプルナイトの顔をいくつも浮かべるルドヴィカ。どうやら神官将テンプルナイトと言うのはそれなりに数がいるとは言え、さすがに鬼紋王を倒せるほどとなると相当数が絞られるらしい。


「ぱっと思いつくのは総長グランドマスター管轄の五清将ペンタグラムじゃない?」


「五清将?」


 聞き覚えのない言葉に思わず聞き返す秋隆。一方のルドヴィカは珍しく秋隆にマウントが取れると思ったのかいたずらっぽい笑みを浮かべる。


「そ、神官将テンプルナイトが国家反逆みたいなことをやらかしたときに出動する対神官将を任務にしてる神官将」


 神官将テンプルナイトと言うのは一度なってしまえば、当人がよほどのことをやらかさない限りは罷免されることのない職。

 故に心技体に優れた強壮な超能力者サイキッカーでなければこの名誉ある役に着くことは出来ない。

 しかし結果己の力を過信し、エルメラ神聖国に反旗を翻すような不届き者が出るのは想像するに容易いことだ。

 そんな逆賊たちを討伐するための存在が五清将ペンタグラム、つまり精鋭中の精鋭である。


「名目上、神官将テンプルナイトのリーダーである総長グランドマスター含めて五人、一応こいつらがルイズを差し置いて神官将テンプルナイト最強ってことになってるみたい」


 五清将ペンタグラムの説明をしつつ面白くなさそうに唇を尖らせるルドヴィカ。どうやら五清将ペンタグラムに任命されることは名実ともに最強の神官将テンプルナイトであると内外に認められることと同義らしい。


「そうか、そのような者たちがな……」


「ま、見てなさい、すぐにルイズがそんな奴ら押さえて総長グランドマスターになってやるから」


「向上心があることは非常に良いことだ」


 鼻息も荒くそのようなことを言うルドヴィカを見ながら秋隆は理気を集中、盤双六の道具を一式取り出した。


「あんた、何でも出せるの?」


「植物であるならヒノキだろうとクヌギだろうと、かやだろうと、柘植つげだろうと何でも出せる」


 ルドヴィカのすぐ前まで膝を進めると彼女のすぐ前に双六盤を置き、木でできたサイコロを手に取る。


「せっかく来たのだ、一局どうだ?」


「ふん、望むところよ、返り討ちにしてあげるから」

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