第二十七話「桔梗湖畔の城」
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本拠地入手。
時間はまた戻り、大聖堂にて大神官たちと宰相、総長の密談があった数日後、すなわち秋隆たちがエテメンアンキに帰還した次の日のこと。
東の空に太陽が煌めき始める中、エテメンアンキ市街から離れた荒れ地を走る一台の馬車があった。
荷台にはたくさんの木箱や風呂敷包みが搭載されており、この馬車に乗っている者が引っ越しのために移動中であることがうかがい知れる。
「見えてきたのです、あれがそうなのです」
「……ようやくか、長かったな」
馬車に乗る二人の人物、アズ・オグトールと久坂秋隆がエテメンアンキから馬車に揺られること数時間、神官将として与えられた城が近づいていた
場所はエテメンアンキの南に位置する桔梗湖畔に建つ城、地理的に平城か水城に部類される城である。
さて、鬼紋王を倒した英雄の住まう城、本来ならばそれ相応の造りが期待されるわけだが、どうやらそれは秋隆の場合当てはまらなかったらしい。
「……ひどい状態だな」
馬車から降りてその全景を見た秋隆が思わずつぶやいた一言、それがこの城の全てを言い表していた。
湖畔の斜面に佇むようにして建てられたその城はもともとそれなりに豪華な造りだったのかもしれないが、今や見る影もないほどに荒れ果てている。
広く張り巡らされた堀は泥沼と化し、どの程度の深さなのか、どこからどこまでが堀なのかすら正確には判断できないほど。
城壁も大部分が崩れ落ち、たまに壁の原型を留めているところがあっても鬱蒼としたツタが一面に繁茂すると言う酷すぎる有様だ。
外側ですらこの塩梅なのだから、内側にある建物の無事は絶望的と断言しても良いだろう。
「ご主人様が神官将になるって決まってから、急ピッチで修繕するって話だったのですが……」
「そんな形跡は一切ないな」
軽くため息をついて屋根が崩れ落ちてしまった城門を一瞥すると、秋隆は静かにため息を吐いた。
「……これでは曲輪内に立ち入ることすら難儀しそうだが……」
正当な手段で中に入ることが出来ない以上、正当ではないやり方を用いる他ない。
周りを見渡してみると、城門のすぐ隣にある城壁の一部が倒壊し、巨大な穴を覗かせている。
かくなる上はやむを得ない、秋隆は身体を伸ばすと城壁に穿たれた大穴をよじ登るようにして敷地内に足を踏み入れた。
曲輪内も相当な荒廃具合で、一面腰のあたりまで植物が伸びており、かつては本城や家臣の館であったであろう建物はいずれも倒壊、雑草の海の中に埋もれてしまっている。
「わわっ!」
唯一完全な倒壊を免れていた城壁近くの倉庫小屋の扉を開けて、アズは思わず飛び上がってしまった。
続いて甲高い鳴き声とともにたくさんの野良猫が倉庫小屋から脱走、四方八方に走り去る。
「……前任の城主殿とその一門衆だな」
倉庫小屋もまたツタが絡み、長年の風雨に晒された結果そう遠くない未来倒壊しそうであったが、とりあえず夜露くらいならば凌げそうだ。
「新参者が偉そうにして申し訳ございませんが、少し大人しくしていていただきましょうか」
雑草の中に逃げ込み、用心深そうにこちらを睨みつけるたくさんの野良猫たちを見て笑みを浮かべると秋隆は能力でマタタビを生成、茂みに投げ込む。
「ご主人様、ここが乾いてるのです」
「うむ、すまぬな」
茂みの向こう側から聞こえる猫の声を尻目に秋隆は倉庫小屋の軒下に腰を下ろし、荒れ放題の城を眺めた。
「鬼紋王を倒した人間に与えられたのが廃城と大量の猫とはな」
近くに寄ってきた猫たちを猫じゃらしであやしつつ、秋隆はうっすらと目を細める。
「うう、本当に申し訳ないのです……」
「別にそなたが謝ることはない、この程度は予想の範囲内だ」
新参者の神官将、しかも前例のない男性となれば様々な嫌がらせが想像できるというもの。
さすがに命に関わるような出来事ならばそれなりの対処が求められるかもしれないが、今のところそこまでするつもりもない。
「あ、あの、ご主人様」
おずおずと言った様子でアズは秋隆に声をかけた。言うべきか言わざるべきか少しばかり迷ったが早いうちに白状してしまった方がいいと思い、口を開く。
「気づいてるかもしれないですが、エルメラはいつの時代も大なり小なり男性を蔑むような風潮があるのです」
「ふむ、まあ私もここまで来るのに色々な人々を見てきたのだ。おおよその見当はつく」
以前ウォルキアでひと悶着起こした神官将ナルカ・ヴァルナーのこちらを蔑むような態度や叙任式のパーティーの際に貴族や神官から向けられた蔑視、さらには元老院議長官邸にいた女、グレーン・マグラマのことを思い出し、秋隆は口元を歪めた。
「神官や貴族、神官将みたいな人たちの中にすら、そういうのを良しとする方が結構いるのです」
「まあ、そうだろうな」
近づいてきた猫をもふもふしつつ、秋隆はアズの言葉を聞いてその辺りの事情を何となく察する。
当たり前のように理気を扱える女性に対して、使うことの出来ない男性、その時点で相当なハンデがあるにもかかわらず、神官将のような高い地位にいる人間は総じて女性。
そうなってくると良くないこと、どころか重要な懸念材料になるようなことなのだが、女性=偉い、男性=下等、という極端過ぎる思想がまかり通ってしまうのも自然な流れと言えるのかもしれない。
「ご主人様があんな手柄を立てたのにこういう扱いなのも多分、その辺りが関係してると思うのです」
「とはいえ、最低限のものはある」
アズの言葉に肩をすくめて見せる秋隆。その表情は不安のかけらすらない、穏やかで落ち着いたものだ。
「でもこれじゃ普通の生活をするのも難儀するのです……」
「問題ない、住むところが不便ならば自分でどうにかすれば良いだけの話だ」
「それはそうなのですが、そんな簡単に……」
まだ何か言おうとするアズを手を上げて制すると、秋隆はその場に立ち上がり荒れ果てた曲輪内を見渡す。
すると、先程の猫たちが何かを察したのか秋隆の周りに集まってきた。
「ふふ、截教に不可能はない、師匠の受け売りだがな」
「は、はあ……」
曲輪内は荒れ果て最早どこから手をつけたら良いのかわからないほどの惨状を晒しているが、考え方によってはこれまでに得た力を試す良い機会かもしれない。
「まあ、見ていろ」
さて築城の際にはまず何をすべきであろうか?
秋隆の脳裏に浮かぶのは封神霊廟における五十六億七千万年の記憶、その中には当然建設業に携わった記憶も存在する。
複数存在するそれらの記憶を一つに結びつけ最適化、それが終わると理気を集中し城の縄張り、地形、構造物を瞬時に把握した。
「……(よし、ではまず片付けからだな)」
本来ならば複数人でやったとしても数日は掛かるような作業、しかし理気を味方につけている秋隆ならば一人で作業してもさほどの時間はかからない。
全ての物質が理気で出来ているならば、逆にどんな物質も理気に変えることが出来る。
秋隆は微かに頷くと認識領域内に存在する崩れた建築物や城壁など築城の障害になる邪魔なものを理気に変換、消滅させた。
「わ、わわわわわわわわわわわわわ……」
「城、と言うからには土台自体はしっかりしていそうだな」
目の前で繰り広げられるこの世ならざる光景を見て慌てふためくアズを横目に秋隆は頭の中で城の形を思い浮かべる。
「百万石の太守のように、と言うわけにはいかんが神官将と言うならばそれなりのものに仕上げておく必要がある」
土地をきれいにしたならば、次に用意するのは城や関連施設を建てるための木材、幸いなことにそれはすぐに準備できるはずだ。
土と水の理気を集中、建築材に相応しい樹木を発生させるや否や瞬時に研磨、長さを調節し理法念力で骨組みを組み立てていく。
木材以外に必要な物質、すなわち壁や瓦に使う土なども理気を変換して入手、数時間後秋隆が満足して頷く頃、朽ち果てた廃城は消え、代わりに白い壁の天守や茶室を備えた屋敷、さらには足軽長屋まで揃った壮大な城が現れた。
「す、すごいのです!」
築城が終わるとアズは太陽の光を浴びる石垣やピカピカの瓦を備えた城壁、さらには立派な天守を見て顔を輝かせる。
「ふふ、まだこの程度序の口だ、では荷物を城の中に……」
「は、はいなのです」
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エテメンアンキから持ってきた僅かな荷物を屋内に運び込むと、秋隆はアズを連れて天守閣に登った。
「すごく良い眺めなのです」
「平城ではこの程度、山城だったらもっと高かったかもしれぬな」
頂上から見えるのは城のすぐ近くにある巨大な湖、まるで海のような広さに日の光を浴びてきらきらと煌めく湖面、令和の日本における琵琶湖を彷彿とさせる湖である。
「あれが桔梗湖か……」
「はいなのです、エルメラが出来た時に現れたっていう不思議な湖なのです」
「そうか、あれも四千年前からあるのか……」
創世神話によればエルメラ神聖国は神の怒りによって国土の大半が沈んだのだったか。
そのようなことになれば地形が変わりこのような大きな湖が出来るのも不思議ではないのかもしれない。
「桔梗湖畔の城、桔梗城と呼んでも良いかもしれぬな……」
とりあえず必要最低限、どころか数万石の大名が暮らすような城を用意したのだからこれ以上の環境は望むべくもない。
秋隆が伸びをして天守から降りようとすると、どこからともなく大量の猫が現れて涼しいところでゴロゴロし始めた。
毛並みや体格、特徴から察するに先ほど出会った猫、元々この城に住み着いていた野良猫たちのようである。
「なんだ? 先輩たちも新しい住処が嬉しいのか?」
城主を差し置いて天守閣でくつろぎ始める猫たちを見て秋隆は嬉しそうに喉を鳴らした。
「これじゃ桔梗城じゃなくて猫城とか呼ばれそうな気がするのです……」
しばらくのどかな表情で猫を眺めていた秋隆であったが、城に近づく気配に顔を上げる。
「……来客だな」
「そうなのですか?」
きょとんとした様子のアズに向かって頷くと理気を集中、こちらに向かっている人間はそれなりの大きさの馬車に乗り、少数の従者も連れていることを察知した。
「うむ、応対は私がするからそなたは荷解きを進めておいてくれぬか?」
「わ、わかったのです」
静かに、同時に素早い動作でアズ天守閣から去ると、秋隆は身体を伸ばし大手門も方角に視線を向ける。
「さて、我が城に最初に訪れる人間は誰かな?」




