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霊亀将  作者: 花鏡
ヴァルナー領編
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第二十五話「処置保留」

いつもお読みいただきありがとうございます。

励みになります。

今回から新章に突入させていただきます。

 エルメラ神聖国北方の地エメルス、建国期より漁業とそれに付随した造船が盛んな場所である。

 北方と言うこともあって他の四管区に比べると一年を通して気温が低く、冬になると連日大雪と言うことも珍しくないような地域だ。


 一方、エルメラと言う国が出来た四千年前よりこの地はウォルキアに並ぶ鬼紋獣の生息域としても知られており、エテメンアンキから定期的に神官将テンプルナイトの滞在を依頼するほどに危険な区域も存在する。


 そのうちの一つがエメルス北方にしてエルメラ神聖国最北端の地に面する海、セハル海域。

この海域は水棲鬼紋獣の生息域であるとともに大陸ゼデキア帝国との国境、つまり二重の意味で危険な場所と言うわけだ。


 そんなセハル海域の深海、ただの人間ではたどり着くことすら出来ないような深度に存在する海溝のさらにその最深部、かの場所にそれはある。


 もしもこの海底洞窟にたどり着くことのできる者がいた場合、広々とした回廊に青い光で満たされた神秘的な広間を見ることになるかもしれない。

 どう考えても人工的に整えられた場所、そんな空間に一人の男がいた。

 男性にしては比較的長い黒髪、糸のように細い目、身に纏う装束は裏葉柳色の衣に袴、笹竜胆の紋章が染め抜かれた灰色の羽織を身に着けている。

 総じて穏やかな見た目であるが、どことなく胡散くささが拭いきれないような、そんな人物だ。

 何やら目を閉じて考え込んでいたその青年であったが、空間の揺らぎを感じその両目を開く。


「おや、お前さんが来るとは随分珍しいこともあったもんだな」


 軽い調子で笑いながら、青年は海底洞窟に現れた人物に視線を向けた。


「最後に会ったのは、560年ほど前だっけかな?」


「……いや、1200年前だ。どちらも大して変わりはしないがな」


 白い光のドーム、時空捻転現象じくうねんてんげんしょうから現れたのは極端に露出の少ない装束を身に着けた男性。

 墨染の衣に藤の紋章が染め抜かれた丈の長い漆黒の羽織、背中に陣太刀を背負い、手には錫杖を保持している。

 最も特徴的なのはその顔だ。フードのような物を被っている上に口元は布で隠され、露わなのは恐ろしく鋭い眼光のみと言う有様である。


「それで右兵衛うひょうえ、話っていうのは?」


「その前に尚左しょうざ、言っておきたいことがある」


 右兵衛と呼ばれた露出の少ない服装を着た青年はこの空間の主、尚左に向かって人差し指を振ると微かに顎を引いて見せた。


「自分は名を改め、今後は東香蓮西とうかれんせいと名乗ることにした」


 東香蓮西とうかれんせい、その名前を聞いて尚左は人懐っこい笑みを浮かべる。


「おけ、そんじゃ東香氏で良いかな?」


「それで良い、吉田東香よしだとうか、それなりに名前の通りも良さそうだ」


「見た目もそうだけど、名前も僧侶みたいだねえ。出家でもするのかい?」


 無論尚左の方は冗談で言ったに過ぎなかったのだが、対する吉田東香は神妙な面持ちで下を向いた。


「……場合によっては友殺しに手を染めねばならないのだ、それくらいはした方が良いだろうな」


「友殺し? 何の話しだ?」


 いまいち状況が理解できず困った様子で頬を撫でる尚左。一方の東香は焦りもあるのか、眉を吊り上げた剣呑な表情である。


「……鬼紋王を打倒するほどに強力な力を備えた新たな神官将テンプルナイトが現れた」


「ふむ、あしとしても噂くらいは聞いている。確かウォルキアに現れたんだっけか?」


 鬼紋獣の支配者にして発生源たる鬼紋王は、四千年の長きにわたり人類に被害を与えてきた存在。

 かの者を討伐するためには並外れた技量でなければならず、事実この四千年間それを可能とする実力者が現れることはなかった。


「それがあの男、頭中将とうのちゅうじょうだと言われている」


「頭の……はい!?」


 東香から飛び出した意外過ぎる名前に尚左は思わず目を見開く。


「頭中将って、あの?」


「あの頭中将とうのちゅうじょう、左近衛中将にして蔵人頭くらんどのとうたる久坂亀童丸で間違いない。長く姿を眩ましていたが、最近表舞台に現れ今は久坂杏一郎秋隆と名乗っているらしい」


「杏一郎、内府だいふ殿と同じ名前か……」


 胸を撫でて無理やり気分を落ち着けると腕を組んで何やら考え込む尚左。


「まさか、あいつが神官将テンプルナイトなんて……」


「もしこれが本当だとしたら二君に仕える真似、重大な裏切り行為、即刻逆賊として誅殺する必要がある」


 瞬間東香の全身から凄まじい理気が放出され、海底洞窟全体がびりびりと震えた。あまりにも強すぎる理気に洞窟の外に広がる深海にも波紋が広がる。


 しかしそんな気迫も瞬時に抑えると東香は一度だけ咳払いをして口を開いた。


「……が、あの頭中将のこと、何か事情があるのではないかとも思う」


「例えば?」


「内部に潜り込んで出世し、合法的に国を奪おうとしてるか、あるいは内側から国を崩そうとしているか、紋章の情報を効率よく集めるための行動と言う線も考えられる」


「あり得ない話し、ではないかもしれないねえ」


 腕組みをやめると尚左は乾いた岩壁を指でなぞり、その表面にわずかに付着していた埃を削り落とす。


「そもそも論、忠義者の頭中将殿が神州皇陛下やその身内以外に忠誠を誓うことはないだろうし、九割方考えあってのことだと思うけどねえ……」


 しばし壁に向かい沈思黙考していた尚左であったが、すぐに考えをまとめると東香に向き直った。


「よし、そんじゃちょっくらあしが頭中将殿に直接会って確かめてくるとしよう」


「もし、奴に逆心ある場合は?」


 東香の質問に一瞬だけ糸のように細い、人のよさそうな尚左の瞳に冷徹な光が宿る。


「……その場で首を刎ねる」


「わかった。しかしあの娘に頭中将のことは漏らすな」


 『あの娘』と言う名前だけで誰のことか察したのかすぐさま頷いて見せる尚左。


「まあ、よく話しを聞きもせずに『二君に仕えるなど武士もののふの風上にも置けぬ所業、即座に腹を詰めさせるべし!』くらいは言うかもしれないしねえ」


「そういうことだ。それに総三そうぞう、彼奴に至っては自分で自分の腹を切るような可能性すらある」


 疲れたように嘆息すると東香は時空捻転現象じくうねんてんげんしょうを発生させ、その中に消えた。


「では頭中将のこと、くれぐれも頼む」


_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_


「会えないとは、何としたことだ?」


 月の光に照らされたエテメンアンキの街、大聖堂や議事堂、さらには官公庁が並ぶ中央市街。

 当然この場所に居を構えているのは元老院の重鎮か、あるいはエルム教団の大幹部、選び抜かれた支配階級である。


 そんな町の一角、豪奢な白い石で組まれた巨大な邸宅の前に数人の男女が集まっていた。


「宰相殿はお忙しいお方、大変申し訳ございませんが久坂様とはお会いになる時間がないとのことです」


「鬼紋王を打倒したと言うのは重要な案件だ。仔細な報告をしたいのだが……」


 門扉の前で身なりの良い女性と話しているのは赤い瞳をした男性。白い紙衣に薄紫色の袴、羽織に帯刀、額には鉢金とまるで侍のような装束をしている。


 彼の名は久坂杏一郎秋隆くさかきょういちろうあきたか、世界各地に出現する厄災、鬼紋獣を倒す役目を帯びた神官将テンプルナイトである。


 数日前のこと、秋隆は西方領域にあるとある離れ小島に行き、強力な能力を備えた鬼紋獣を倒した。

 どうやらそれは六体存在する鬼紋獣の王にして発生源、鬼紋王であったらしく、秋隆による討伐と時を同じくして、かの王の支配下にあった魔獣たちは消滅。

 そして秋隆たちは平和を取り戻した英雄として来たとき同様に数日かけてエテメンアンキに帰還したというわけである。


 極めて重要な案件、そこで秋隆は討伐依頼を出した元老院の元締め、元老院議長たるアウグスタ・ルベルムに報告するために議長官邸まで来たのだが、秘書を務める蕃神族アルコーングレーン・マグラマに何故か取り次いでもらえないのだ。


「ですから、宰相殿はお忙しいお方なのです」


「では、いつならば良い?」


 秋隆の言葉にグレーンはめんどくさそうに手帳を取り出しパラパラとめくり始める。しかし最初から確認するつもりがなかったのか、すぐさまポケットにしまい込んだ。


「さあ、明日か明後日か、それともその翌日か……」


 そこでグレーンは微かに顎を上げると口元を歪め、秋隆を嘲笑する。


「どの道今日は無理なので、大人しく桔梗湖畔にあるご立派な邸宅に帰られては?」


 秋隆がまだ何か話そうと口を開いたその刹那、いきなり暗がりから何者かが現れグレーンの胸倉を掴んだ。


「あんた、あんまりルイズを舐めんじゃないわよ!」


「ぐえっ!」


 そのまま彼女を持ち上げたのは二メートルは超えているであろうかと言う長身の女性である。

 鍛え抜かれた肉体に複数の色が混じった派手な髪、見る者が恐怖を抱く白い顔料を塗りたくった毳々しい化粧、その身に纏うのは下着のような極めて布面積の少ない装束のみという、一度見たらまず忘れないような見た目。


 彼女の名はルドヴィカ・ウォルキア、秋隆と同じく神官将テンプルナイトであり、西方の大神官、シャダ・ウォルキアの娘だ。


「時間なんていくらでも捻出できるでしょ? さっさと取り次ぎなさい!」


 どちらかと言うと穏やかな気性の持ち主である秋隆とは違い口よりも先に手が出る危険なタイプのルドヴィカ。

 その行動は常に苛烈そのものであり、今もギリギリと首を締め上げられたグレーンの顔は空気と血を失い土気色になりつつある。


「あ、あがががが、い、息が……」


「『はい』? それとも『YES』? どっち?!」


「よさぬかルイズ、その辺りにせよ」


 横から秋隆が注意するとようやくルドヴィカはグレーンをその場に放り投げた。


「ちっ!」


「あぐっ!」


 苦しそうに嘔吐えずくグレーンを面白くなさそうに睨みつけるルドヴィカ。その恐ろし気な姿に哀れな被害者は震えあがる。


「……まあ、これくらいは予想の範囲内じゃろうな」


 ルドヴィカの後ろから出てきたのは異形の姿をした女性。身に纏うは十二単じゅうにひとえ、海のような青い肌に狐の耳、後ろには九つの尻尾が揺れている。


 翠明院陽華すいみょういんはるか、エルメラ神聖国と言う国が出来る前から五大洲に住んでいる先住民たる魔族の王妖魔王であり、同時に元老院議員でもある人物だ。


「陽華殿、何か案が?」


 秋隆の問いかけに陽華は懐から扇子を取り出すと、妖しげな笑みを浮かべつつ口元を隠す。


「こう見えてわらわは元老院議員、政治工作をしてみる故、何日か待っておれ」


「そんな七面倒な真似しなくても、このまま押し込んでアウグスタの野郎を押さえつければ問題ないっしょ!」


 相変わらず過激なことを言うルドヴィカ、そんな彼女を見て陽華は満面の笑みを見せた。


「そんな怖いことを言うとは、ルイズ殿は相当疲れておるようじゃ」


「は? いやルイズは……」


「皆の者出ませい! ルイズ殿をご自宅にお送りせよ!」


 陽華が下知を飛ばすとともに暗がりの中からたくさんの魔族が出現し、いつの間にやら用意されていた牛車にルドヴィカを押し込む。


「ちょっ! ルイズはまだアウグスタの野郎に用事があんのよ!」


「まあ、一晩寝て頭を冷やすことじゃな」


 秋隆に向かってウィンクすると陽華もそのまま牛車に乗り込み、夜の闇へと消えていった。


「……あそこまで強引にせずとも良いだろうに……」


 ため息をつき肩をすくめる秋隆。とは言えルドヴィカの性格上、あのまま放置していた場合本当に官邸への押し込みもやりかねないため、陽華の対応も致し方ないだろう。


 さて台風一過、いきなり静かになると秋隆は門扉の前にへたり込んだままの秘書に目を向けた。

 どうも完全に怖がらせてしまったらしく彼女は秋隆の視線を受けるとビクッと身体を硬直させる。


「……迷惑をかけたな」


 とりあえずこの件に関しては陽華に任せた方が良い、そう判断すると秋隆は議長官邸を一瞥し、歩き始めた。


「お疲れ様なのです」


 そんな秋隆の横に立つ少女が一人。エルメラ人らしい褐色の肌に短く切り揃えられた髪、その身に纏うのは活動的な使用人の装束、特徴的な耳は妖精ダークエルフのように尖ったもの。


 彼女はアズ・オグトール、普段はエテメンアンキ大聖堂にて神官長カークスに仕える幼い侍従で、今回の任務で秋隆の身の回りの雑用をするためについてきた侍従である。


「待たせてすまぬな、大聖堂まで送ろう」


 エテメンアンキはまだ治安も良いのかもしれないがすでにそれなりの時刻、こういう時は住まいまで送った方が良い。

 しかしアズは秋隆の言葉に首を振ると優雅な動作で顎を引いた。


「いえ、実は今回の任務が終わったら杏一郎様にお仕えするように言われているのです」


 予想だにしなかったアズの言葉に秋隆は微かに首を傾げ、困ったような表情で口を開く。


「神官長殿のご指示か?」


「はいなのです」


 彼女の上司たる神官長カークス・トルキオ、かの人物の指示である以上単に人手を与えるという話ではないことは明白だ。

 監視か、あるいは政治的な工作、その意図するところはわからないが何らかの狙いがあると考えた方が良い。


「……わかった、では今後とも頼む」


 当面は慎重に過ごして、そのうえで向こうの出方を伺う。相手の意図が分からないのは不気味だが先手を取られた以上致し方ない。


「ではまず新たに用意された杏一郎様の居城、桔梗湖畔の近くにあるお城にご案内するのです」

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