第二十四話「動き出す世界」
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記憶の(一部)回復。
三頭狼との激闘の果て勝利を収めたのは秋隆。霊亀の姿から元の人間の状態に戻ると、荒涼とした大地と不穏な空気が支配する結界内の大地に降り立つ。
「これは……?」
先ほどまで三頭狼が立っていた場所、そこに見たことがない奇妙なものが浮遊していた。
それは毬程度の大きさをした光り輝く赤色の光球。炎が中に揺らめいているようにも見えるその球、表面には三頭狼はじめ、これまで秋隆が戦ってきた鬼紋獣の額に浮かんでいた紋章が浮かび上がっている。
神秘的ですらある光の球、その正体はわからないがとりあえず持ち帰って調査してもらおうと秋隆が手を伸ばしたその瞬間。
「っ」
突如としてその光球が爆ぜたと思うと、いくつもの光の帯に変化、そのまま秋隆の体内に吸収された。
「な、なんだ、何が……っ!」
続いて秋隆の頭に過去に見たであろう鮮明な景色が、失われた記憶とともに蘇る。
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その日、私と三人の同胞たちは急ぎ呼び出しを受け、太陽に染まる純白の玉砂利が敷かれた庭園に座し、平伏していた。
こうして私がこの場所に呼び出されたということはいよいよその時が迫っているということ、覚悟を決めねばならないということである。
心に恐れなど一切ない、私のすべきことは神州のために、無力な民草、神州皇陛下の国民を身命を賭して守ること。
これまで技を磨き、身体を鍛えてきたのは一旦緩急あった際にその力を遺憾なく発揮し、その使命を果たすためだ。
さて、父とは違い殿上に上がるだけの位階にない私たちはしばしの間庭園に座したままその時が来るのを待つ。
庭園の北側、すなわち上座には一対の橘と桜が植えられ、その先にあるのが神州皇陛下の宮殿。
庭先に下りるための階段を備えた縁側のような空間でありその奥には神州皇陛下が使用される御座があるのだが、現在は御簾に覆われその奥をうかがい知ることは出来ない。
しばらくして板張りの床が微かにきしむ音がして御簾の向こう側が微かに揺れ動いた。どうやら神州皇陛下が御座に着かれたらしい。
「久坂准大臣の嫡男亀童丸、高杉権大納言の嫡男喜三郎、入江権大納言の嫡男尚千代、吉田権大納言の嫡男藤法師、全て御前に揃いましてございます」
御簾の左脇に控える公卿、菊宮左大臣は神州皇陛下に声をかけると、咳ばらいをしてからこちらに視線を向けた。
「帝は面を上げるように仰せだ」
左大臣殿の言葉とともに我々は顔を上げる。相変わらず御簾の向こうをうかがい知ることは出来ないが、ピリピリとしたプレッシャーのようなものを感じ、私は背中が粟立つように感じた。
「さて、その方ら四道将軍家の惣領がこうして集められた事情はすでに分かっていような?」
左大臣殿に言われるまでもなく、ここにいる理由はこの場にいる人間全員が理解しているであろう。
この先に何が待っているのかも、どんな困難が待っているのかも全て了解済みだ。
我々の反応を見て満足したのか、左大臣殿は神州皇陛下から預かっている勅命を託すべく口を開く。
「その時が来たならば七つの鍵を集めよ、これを揃え、京都に収めた時、神州の封印は解かれる」
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「封、印?」
「杏一っ!」
凍子の声にようやく秋隆は自分がどこにいるのか気づいたらしくはっとしたように空を見上げた。
周囲に立ち込める植物の匂いに白い雲が浮かぶ青空、荒涼とした鬼紋獣の結界とは違う見慣れた景色である。
「ここは、元の空間、ですか?」
「ええ、卿があの光の球を持った次の瞬間弾き飛ばされましたわ」
場所はどうやら島の中心部、鬼紋獣結界があった場所、知らない間に元の空間に戻っていたらしい。
しかし無事に使命を果たしたにも関わらず未だ心ここにあらずといった塩梅の弟子の姿に、凍子は心配そうに目を細める。
「杏一、何ともありませんの?」
「え、ええ、おそらく……」
見たところ体のどこにも異常はないが、気になるのは光球を取り込んだ瞬間に蘇った過去の記憶のこと。
『七つの鍵が揃った時、神州の封印が解かれる』とはどういうことだろうか?
否、そもそも神州とは現在のエルメラのある場所のはずだ。
封印されているというのはどういう意味だろうか?
「……(またしても、謎を抱えてしまったか)」
依然、わからないことだらけだが、いくつかわかったこともある。
祖国を復興するためには七つの鍵の鍵とやらが必要であること、そして……。
「……(あの光の玉を手にすると記憶が戻るということだな)」
原理は一切わからないが脳内に蘇った記憶。どうやら以前の直感通り鬼紋獣が秋隆の失われた記憶に深く関係していると見て間違いないらしい。
そこまで考えて、秋隆は周囲に鬼紋獣の気配が一切感じられないことに気付いた。
「……そういえば、鬼紋獣はどうなったのでしょうか?」
結界に入る直前には姿は見えないまでも森の中に夥しい数の気配が感じられたものだが、それすらなくなっている。
「……周辺に気配はありませんわね」
どうやら凍子も秋隆と同じように鬼紋獣の気配を察知できなかったらしく、両目を閉じると降参するかのように首を振って見せた。
「……ふむ、わたくしの仕事はここまでのようですわね」
彼女の言うように三頭狼を倒し、鬼紋獣の姿も消えたのであるならばもう仕事ははないだろう。
しかしあまりにも足早に去ろうとするその様子に秋隆は思わず口を開いた。
「何か別の場所でやるべきことが残っておられるのですか?」
「……今回の鬼紋王、正体はわたくしの姉弟子、岱與山赫梨でほぼ間違いないでしょう。変化した詳しい事情を探ってみようかと思いますわ」
岱與山赫梨の気配を持っていた魔獣、表面上は冷静に振舞っているが内心凍子が混乱しているであろうことは間違いない。
故にこの怪現象の原因はどこにあるのか、それを探ろうとするのは自然な判断であろう。
それにとそこで一旦言葉を切ると、凍子は海岸線のある方向を一瞥、微かに頷いて見せた。
「それにあの少女、ルドヴィカ・ウォルキアはわたくしのことを良くは思っていないでしょうから、必要以上に接触するのは避けようと思います」
ルドヴィカ・ウォルキア、凍子の口から出た意外な名前に秋隆は思わず首を傾げる。
「いや、そもそもさほど接点がないのでは?」
「それはそうですけど、あの少女にも色々あるのですよ」
「そうなのですか? 正直よくわかりませんが……」
秋隆の言葉に凍子は微かに目を吊り上げ、液体窒素のような冷たい瞳で彼を見つめた。
「……これではあの少女も、ついでに言えばわたくしも、前途多難かもしれませんわね」
まるで弟子が恐ろしく不出来なことをやらかしたかのような、そんな雰囲気である。
しかしそんな雰囲気も一瞬のこと、一度だけため息をつくと、凍子はいつものクールな無表情に戻った。
「では杏一、二、三日ほどしたらまた合流することと致しましょう」
「それは構わないのですが、どこで落ち合うのですか?」
「それくらいになったら卿がどこにいようともこちらから出向きます。それまで自由に過ごすと良いでしょう」
考えてみれば凍子は七、八時間あれば世界中を調査して回るほどの人物。見知った弟子の気配を辿って居場所を特定するなどお手の物なのだろう。
「わ、わかりました。お待ちしています」
「では、後日またお会いしましょう」
最後に一礼すると凍子は時空捻転現象を起こし、秋隆の前から姿を消した。
取り残される形となった秋隆は身体を伸ばし、肺腑いっぱいに新鮮な空気を吸い込む。
「……とりあえず、海岸まで戻ってみるとしよう」
一人頷くと、ルドヴィカたちの待つ海岸線に向かって歩き始めた。
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一応警戒はしていたものの、海岸線に向かう道にも鬼紋獣は一体も出なかった。
「お? 戻ってきよったな」
船の前で何やら通信用の端末をいじっていた陽華は秋隆の姿を見つけると大きく手を振って見せる。
「遅いわよ杏、どこまで調査に行ってたのよ!」
怒りによるものか微かに顔を紅潮させて秋隆に近づくルドヴィカ。いつもと変わらぬ彼女の姿に秋隆は微かに顔を綻ばせた。
「すまないルイズ、鬼紋獣たちは?」
「なんかいきなり消滅したわ」
ルイズの話によると、秋隆の指示を守り海岸線に来ていた鬼紋獣を休みなく迎撃していたわけだが、ある時崩れ去るかのように霧散し、以降襲撃してくることはなくなったらしい。
「この辺にはなんの気配もないし、この島からは完全に消え失せたみたい」
「ルイズ殿、どうやらこの島だけの話ではないみたいじゃぞ」
島の外側にいる人間と通信していたらしい陽華は妖しい笑みを浮かべると、通信端末を懐にしまい込み、次いで愛用の扇子を広げる。
「ウォルキア周辺におった鬼紋獣が消滅をしたようじゃ」
「本当か?」
やや身を乗り出すような秋隆の食いつきに楽しそうに笑い声をあげる陽華。
「まだ確定的なことは言えぬし他地域は依然変わらぬらしいが、ウォルキア周りに関して言えばすでに鬼紋獣の消滅が確認されておる」
「……やはりあれが発生源で要だったというわけか」
最早疑うべくもない、大ボスを倒せば眷属は皆消えるというのはありがちな話ではあるのだが、どうやら鬼紋獣に関してはその認識で間違いないらしい。
「あんたまさか、三頭狼を倒したの?」
秋隆の言葉を聞いておおよその事情を察したのか、ルドヴィカは不機嫌そうに目を細める。
「……一応そうなる」
「……ったく、遅いと思ってたらそんなことやってたわけ」
しばらくルドヴィカは秋隆を睨みつけていたが、すでにことを仕上げてしまった以上どうすることもできない。
「今度からこう言うことがあったら、まずルイズに報告なさい、良いわね?」
「う、む、わかった」
「約束したからね!」
秋隆とルドヴィカが会話をする横で陽華は一種だけ目を細めると、波が揺れる水平線に視線を向けた。
「……(さて、この結果、お偉方はどう見るかのう?)」
ウォルキア周辺を悩ませていた鬼紋獣の脅威をたった一人の神官将しかも男性が取り除いたとなれば大騒ぎになるのは間違いない。
しかし陽華の懸念はそれだけではなく別の、政治的な部分にこそ存在する。
「……(最早杏一郎殿を無視することは出来ぬじゃろうな)」
この先に待ち受けるであろうものを想像して、陽華は一瞬だけ眉根にしわを寄せたが、結局何も言わずただ波間に浮かぶ泡沫を見つめていた。
次回から新章に入らせていただきます。




