第二十三話「炎獄鬼紋」
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鬼紋王との決戦。
秋隆と凍子の二人が島の中心部にて三頭狼と遭遇していたまさにその時。海岸線にいたルドヴィカ・ウォルキアもまた鬼獣の対処と言う修羅場の中にいた。
「ルイズ殿、次は右じゃ!」
島の中心方面から船を狙って大量に襲来する鬼紋獣、ベレク級やコーポラル級だけでなくオーロラ級まで混じっているとなるとさすがのルドヴィカも本腰を入れて戦わねばならないというもの。
双刀を振り回し、絶え間なく仕掛けてくる鬼紋獣を次々と斬って捨てる。
並の神官将ならばそろそろバテてくる頃合いだが、そこはさすが最年少の神官将、もうかれこれ一時間以上休みなく戦っているのも関わらず、その表情に一切疲労の色はなく、理気の衰えも感じられない。
「今度は正面から来るぞ」
「ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!」
雄たけびとともにルドヴィカの正面から襲い掛かるコーポラル級の集団、その数目算で20と言ったところだ。
「削れ! 白煙饕牙!」
ルドヴィカが刀を振るうとともに斬撃の形をとった霧、白煙饕牙が鬼紋獣の群れを穿つ。
正面から近づいていたコーポラル級は霧の斬撃を受けるや否やバラバラに切り裂かれ、空気に溶けるように消滅した。
「うむ、鮮やかな手並みであったぞ」
鬼紋獣の大群が消え、とりあえずの脅威が去ったあたりで陽華はニコニコ笑いながらルドヴィカに近づく。
「あんたねえ……!」
次の瞬間、ルドヴィカは陽華の胸倉を掴むと鼻先が触れ合うのではないかと思うほどに顔を寄せた。
相当の握力で握っているのか陽華の袂には皺が寄り、胸倉を掴んでいるルドヴィカの右手には深い血管が浮き出ている。
二人のただならぬ雰囲気にアズを含む非戦闘員たちが慌てふためく中、陽華はにんまりと笑みを浮かべた。
「お? なんじゃこの手は? 痛いぞ?」
「こっちに指示飛ばすくらいなら、あんたも戦闘に参加したらどうなのよ!」
そう、今回の戦いに陽華は一切参加せず、アズらの避難とルドヴィカに指示を出すことしかしなかったのである。
陽華は妖魔王として魔族らの頂点に立ち、クリシアにいるときにはルドヴィカに理気の扱い方を教えた大魔族。
どう考えても実力は神官将クラスであるはずだが、何故か直接戦うことをしなかったのだ。
「このようなか弱き者に神官将殿は働けと申すか?」
「あんたのどこがか弱いって言うのよ!」
「そうは言うがあの程度お主なら軽かろう?」
的を得た指摘に黙り込むルドヴィカ。確かに鬼紋獣はそれなりの数がいたものの、あの程度の相手ならば彼女一人で十分対処できるだろう。
実際かなり上手く立ち回ったため、あれほど戦闘時間が長かったにもかかわらず、ルドヴィカ本人は元より、陽華やアズらも傷一つ負っていない。
陽華としても本当に危なくなれば戦闘に参加するつもりであったものの、結果的に必要なかったというわけだ。
「そういう問題じゃ……」
まだ話を続けようとするルドヴィカであったが、直後感じた嫌な予感に従う形で陽華の胸倉から手を放し、即座に双刀を構えなおす。
「……また来るみたいね」
「うむ」
陽華の首肯とともに島の中心部から大量に出現する鬼紋獣。先ほどよりも数は少ないが、それでも並みの神官将ならば手こずるような大軍だ。
「……(杏、あんたは今どうしてんの?)」
アズら非戦闘員が避難するのを確認すると、ルドヴィカは双刀を手に前に進み出る。
「……(ルイズの許可なくどっかで野垂れ死んでたりしたら、許さないんだから)」
「ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!」」
鬼紋獣の雄たけびとともに最初の砲火が放たれ、戦闘の火ぶたが切って落とされた。
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一方の島中心部、再び三頭狼の結界内に侵入した秋隆と凍子は、首尾よく鬼紋獣のいない空間まで逃れると、決戦に備えてつかの間息を整える。
「……行きますわよ?」
すでに凍子の手には宝貝、漁鼓が握られており、今すぐにでも三頭狼を誘き出すことが可能だ。
「……戦うしかないというならば、そうするのみです」
秋隆の言葉に頷くと、凍子は右手に握っていた撥を振り上げ、漁鼓を叩く。
瞬間理気がすぐ近くに収束するとともに時空捻転現象が発生、一秒遅れて、この空間の主がその巨体を晒した。
「ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!」
「三頭狼!」
咆哮とともに三頭狼は口から属性閃光を放つ。
すぐさま蓮の花を召喚してこれを無力化する秋隆であったが、あまりの火力に空間はひり付き、空気が焦げるような匂いが辺りに充満した。
「……(こいつが鬼紋獣の発生源であるというのならば、必ず倒さねばならない、しかし……)」
ちらっと秋隆は誅仙剣を構え、三頭狼の隙を伺う凍子を一瞥する。
「……(本当に、それでいいのか?)」
もしも凍子の話が本当ならば三頭狼の正体は彼女の姉弟子たる仙人、岱與山赫梨。
七千年の果てにようやく再会出来た同胞を、自分の目的のために斬ることは果たして正しいのだろうか?
このような状況に陥った原因を探り、岱與山赫梨が元の姿に戻れるように力を尽くすべきではないだろうか?
「ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!」
「っ!」
考え事をしていたためか三頭狼を前にして隙を晒すという愚行を犯してしまった。
隙を突く形で三頭狼が放った属性閃光を防御すべく秋隆は蓮の花を召喚しようとするがその前に凍子が動き、理気纏化で強化した誅仙剣を一閃、攻撃をはじき返す。
「凍子……」
「よそ見をしていては死にますわよ?」
ふわっと秋隆の前に着地した凍子は彼を守るかのように誅仙剣を構え、三頭狼を睨み据えた。
「申し訳ありません」
秋隆もまた油断なく鼈甲霊亀を構えなおしたが、心の中のもやもやは依然晴れぬままである。
「もしや、迷っていますの?」
「それは……」
思わず口ごもる秋隆の姿に凍子は彼の内面を見抜いたのか、またしても三頭狼の放ってきた属性閃光を弾き返し、その赤い瞳を弟子に向けた。
「卿は何ですか?」
「神官将、です」
「その使命は?」
「鬼紋獣の脅威から、力なき人々を守ることです」
秋隆の答えを聞き終えると凍子は三頭狼に視線を戻し、微かに首を振って見せる。
「ならばその通りに、卿の為すべきことをなさい」
「しかしそれでは凍子は……」
「弟子が師の心配をして何とするか!」
「っ!」
振り向いた凍子の顔は激情に染まったもの。普段無表情無感情を行く凍子が始めて見せた激しい感情、あまりの迫力に周囲の理気が凍り付き、秋隆ばかりではなく三頭狼すらも身を震わせた。
「卿の気持ちは嬉しく思いますわ。しかしそれとこれとは話が別、この場で何を優先すべきかをはき違えてはなりません」
優先すべきこと、それは岱與山赫梨を救うことではなく、神官将として鬼紋王を斬ること。
さらに言えば岱與山赫梨を知る凍子自身が三頭狼を倒すことを優先しているならば、秋隆がどうこうしようとするのはあまりに独りよがりと言うものであろう。
「立ち合いなさい、卿が真に祖国の復興を為そうというのならば……!」
「……はいっ」
すべきことは定まった。相手の正体がなんであれ、三頭狼を倒し、神官将としての任務を果たす。
否、最初からやるべきこと、優先すべきことはわかっていた。
足りなかったのは初志貫徹しようという意思、あるいは覚悟、これが備わった以上最早迷いはない。
「これは……」
瞬間秋隆はその身体のうちから、凄まじい熱否、理気が放出されるのを感じた。
その力たるや、あまりに強すぎるがゆえに制御しきれず、むしろ抑え込もうとするほどである。
「どうやら卿の覚悟に卿自身の理気が反応したようですわね」
一秒ごとに高まり続ける秋隆の気運に凍子はうっすらと目を細め、理気の暴風に乗るかのように空中に浮かび上がった。
「その力を解放なさい、さすれば三頭狼すらも圧倒できるようになるでしょう」
「ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!」
いよいよ危険とみなしたのか、三頭狼は雄たけびを上げると、属性閃光を秋隆目掛けて吐き出す。
「う、うおおおおおおおおおおおおおおおおおおお……!」
「その時卿は真に超越者たる者、霊亀将となるでしょう」
三頭狼の放った属性閃光が秋隆に命中するその刹那、彼の周囲を覆うように凄まじい勢いで植物が生え、属性閃光を吸収した。
「!?!?!?!?!?!!?!?!?!?!?!?!」
「これは……」
さすがの凍子も絶句する中、秋隆を飲み込んだ大樹は成長を続け、わずかな間に途方もない空間を大樹海に変える。
否、よく見ればそれはただの樹海ではない、木々の生い茂る山々に海のごとき雄大な湖、噴煙を上げる火山、さらにはその周囲に立ち込める雨雲、人の手が入っていない原初の地球の姿がそこにはあった。
そんな『地球』が突如として鳴動、ゆっくりと浮上を始める。
現れたのは惑星一つ分の領域を背負うほどの巨大な甲羅、その表面に今の今出現した大陸も、海も、何もかもが乗っているのだ。
続いて甲羅から現れるは巨大な手足、これもあまりに巨大すぎていかなる巨大建造物、巨大生物、衛星すらも陳腐に映るほどの大きさである。
そして最後にその者は龍のごとき巨大な頭部を甲羅から伸ばした。
あまりにも大きすぎてその形状を正確に把握することは出来ないが、それは惑星一つ分の領域を甲羅に背負う巨大な亀。
ここが鬼紋獣の結界であるがゆえに現界出来た超巨獣、霊亀の姿である。
『な、なんだ? 何が起きた?』
霊亀こと秋隆も現状をよく把握できてはいないらしい。
もっともいきなりこのような姿に変化することを予測するなど、神ならぬ秋隆には無理な話だ。
「さすがは封神霊廟を踏破した超越者、この結果は想像以上ですわね」
時空捻転現象を起こして秋隆の頭の上に瞬間移動すると、凍子ははるか下にいる三頭狼に意識を向ける。
まるで富士山の上から見るような景色、この高さにいるとあれほど大きく見えた三頭狼も理気を使わねば認識仕切れないのだから恐ろしい話だ。
「ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!」
「来ますわよ?」
三頭狼の足跡から発生した夥しい量の鬼紋獣が秋隆に突撃を仕掛ける。
しかしそれはあまりにも無謀な攻撃、地球のと言う惑星そのものを相手にするような真似だ。
属性閃光は秋隆に届くまでもなく霧散し、近づこうとすれば背中の『地球』から出現した木の幹が薙ぎ払う。
あまりにも手合い違い、最早ここまでくると生物としての格が違うとしか表現できない。
「ここまで来たらガーディアン級すら鎧袖一触ですわね……」
巨大な樹木の一閃でガーディアン級が粉々に粉砕されるのを認識して内心舌を巻く凍子。
「さ、残すはただ一人、どのように仕留めますの?」
『あれだけ見たのです。やり方はわかっています』
瞬間秋隆の口腔に理気が収束、原理的にはこれまでコーポラル級以上の鬼紋獣が放ってきた属性閃光と同一のものだが、理気の質と良い量と良い、明らかに次元が違うものだ。
『破壊は必然』
瞬時に吐き出された属性閃光は一瞬にして三頭狼の肉体を焼き尽くす。
『再生を夢見て眠れ』
そして属性閃光で三頭狼の肉体が焼失するその瞬間を凍子は一度として目を逸らすことなく見届けた。
「……須臾の別れ、せめて眠りの中でくらい良き夢を……」
一度だけ目を伏せると凍子はしばしの間瞑目する。その後目を開いた時にはすでに、いつもの無表情な顔に戻っていた。




