第二十二話「三頭狼」
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鬼紋王の正体?
突如として発生した爆炎により瞬時に炎上する樹海。豊富な水分を含む木々を一瞬にして燃やし尽くすほどの火力に天は焦げ、大地を炎が支配する。
燃え盛る樹海に最早生命の痕跡はない。だが炎から離れた地点に理気が収束、次の瞬間、時空捻転現象が発生した。
「ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!」
「……間一髪、でしたわね」
光のドームが消え、代わって現れたのは先ほどまで樹海の中にいた人物、すなわち久坂秋隆と瀛洲寺凍子の二人である。
何者かの攻撃で樹海が炎上するその刹那、凍子が時空捻転現象を引き起こし、辛くも危地を脱することに成功したというわけだ。
「あの規模の樹海を一瞬で……」
呆然とする秋隆の視線の先にあるのは山火事のごとく燃え盛る樹海。そして炎の中心部に佇む異形の姿をした鬼紋獣である。
鬼紋獣は大きな個体でも精々二メートルほどの体躯、しかし今目の前にいるのはそんな陳腐な大きさではなかった。
全長は600メートルはあるだろうか、信じられないほどの巨体に高層ビルもかくやと言わんばかりの巨大な手足、全身からは炎のような理気が常時吹き出ている。
炎に照らされたその頭部は三つに分かれ、それぞれの額にこれまで現れた鬼紋獣と同じ紋章が浮かび上がっているがその大きさもまたベレク級などとは比べ物にならないほどのものだ。
その威容たるやまさに伝説に登場する三頭狼そのもの、一目でも見ればあまりの恐怖に威圧され、正気を失いかねないような恐ろしい姿である。
そんな怪物を前にして秋隆は油断なく鼈甲霊亀を構えつつ口を開いた。
「漁鼓で現れたのがあれ、ということは……」
「今目の前にいる怪物もまた卿やわたくし同様、截教の仙人ということ、そして……」
「ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!」
三つの声が重なるかのような大音声の咆哮が響き渡る中、凍子はかすれた声で言葉を紡ぐ。
「……我が姉弟子、岱與山赫梨のなれの果て、ということですわね」
凍子の出した結論にさすがの秋隆も動揺が隠し切れないらしく、目を見開いて三頭狼を見上げることしかできない。
「まさか、そんなことが……」
「杏一、こうなった以上わたくしも部外者ではいられません」
誅仙剣を手に秋隆の隣に立つと、凍子は鋭い目で三頭狼を見据えた。
「鬼紋王、とは一体何ですの? 何故姉弟子があのような姿にならねばならなかったのですか?」
「それは……」
「ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!」
秋隆が口を開こうとしたその刹那、三頭狼が先んじて動き出す。
三つの口に理気を集めると、これを瞬時にエネルギーへと変換、すさまじい火力の熱線を照射したのだ。
「っ!」
即座に秋隆は理気を収束させるとともに青い蓮の花を召喚、三頭狼の放った熱線を理気に変換するとともに吸収する。
あくまでも防御のための現象、しかし今回に関してはそれだけでは済まなかった。
理法念力を使用して周囲に舞う花びらを操作、三頭狼を幻惑したのである。
「ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!」
攻守二つ分の理気が込められた花びら、これを焚きつけられて三首狼は一瞬視野を失った。
その直後、凍子が誅仙剣を振り上げ、空間を引き裂く。
三頭狼が動けるようになるころには、二人の姿はどこにもなかった。
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結界の外側、凍子の能力により中心部にある山門前にまで撤退すると、秋隆は微かに目を細めた。
「眩しいな……」
薄暗い鬼紋王の結界から急に通常空間に復帰すれば一時的に目が眩むのも当然のこと、何度か瞬きを繰り返して目を慣らす。
やがて視界が開けてくると、周囲を見渡し師父の姿を探した。
「凍子?」
本来ならばさほど心配することもないのかもしれないが、先ほどの様子を見るに凍子が相当動揺しているのは明白、名前を呼び、周囲に目を向ける。
広々とした森を見渡してみて、やっと少しばかり離れた場所でこちらに背中を向ける形で蹲っているのが目に入った。
「……なんですの?」
秋隆の呼び声に応じる形で立ち上がりこちらを向いた凍子の姿はいつもと同じ泰然自若とした落ち着いたもの。
しかし、どことなく違和感のようなものがある。とりあえず無理やり動揺を押さえつけ、見た目だけでも取り繕っているかのような、そんな感覚だ。
凍子がこのような無理をする羽目になったのは先ほどの鬼紋獣、岱與山赫梨の気配を持つ鬼紋王に遭遇してしまったことが原因とみて相違ない。
まともな神経の持ち主であれば、身内があのような姿になったのを見て動揺しないということの方がおかしいだろう。
「……いえ、なんでもありません」
自分が冷静ではないということは他ならぬ凍子自身が一番良く知っているはず、それがわかっているからこそ秋隆はそこに触れるようなことはしなかった。
「……話を、聞かせていただけますわね?」
「私も知っていることより、知らないことの方が多いので、不完全な話にしかならないと思うのですが……」
「構いません」
一切迷いのない言葉で応じると、凍子は秋隆の瞳を正面から見据える。
「卿が知っていることとわたくしが知っていること、二つ合わせれば謎が解き明かせるかもしれません」
三人寄れば文殊の知恵、凍子の言う通り二人で頭を悩ませれば、もしかしたら新たな視点が開けるかもしれない。
一つ頷くと、秋隆は頭の中でこれまでに得た情報を整理しつつ、口を開いた。
「鬼紋王と言うのは、エルメラ各地に出現する鬼紋獣の母体にして頭目と見て間違いありません」
「それは、わたくしも知っています」
微かに首を振る凍子。その通り、もともと鬼紋獣の母体、鬼紋王が存在すると言う情報を得てきたのは彼女である。
秋隆が神官将に叙任される三日前にもたらされた話だ。
「もちろんです」
どことなく不機嫌そうな凍子の姿に秋隆は言葉を続ける。
ここまでは以前から知られていたことであくまでも復習の範疇、問題となるのはここからだ。
「そして恐らく、その正体は岱與山赫梨殿ということでしょうか?」
これに関しては先ほど漁鼓を叩いて現れたことと、岱與山赫梨の気配を鬼紋王が持ち合わせていたことを考えればほぼ間違いないことだろう。
「……私が今のところ掴んでいるのは、この辺りまでです」
気まずい雰囲気の中、困った表情で一旦言葉を区切る秋隆。
情報とも言えないような内容、話の半分はこれまで知られていた事柄だが、鬼紋獣という存在はエルメラが四千年かけても根絶できなかった獣、一筋縄ではいかない存在なのだ。
「……なるほど、卿の知ることはわたくしが知っている内容と、大差ないということですわね」
「申し訳ございません。鬼紋獣が私の失われた記憶の中にいるのは確かなのですが、これ以上は……」
大した情報を提供出来ず、心底申し訳なさそうな秋隆に対して凍子は優し気な微笑を浮かべる。
「記憶がないのならば仕方がありません、それよりも今後のことです」
そこで凍子は秋隆から視線を逸らし、森の奥に存在する一点を見詰めた。
一見したところは何もない空間、しかしその実先ほど秋隆らが鬼紋王の領域に踏み込む際に使った出入り口の隠された地点である。
「卿は目的のために岱與山赫梨、いえ鬼紋王を倒さねばならないのですね?」
「はい、そのつもりでここまで参りました」
迷いなく言い切る秋隆の姿に凍子は嘆息を漏らすと、その手にある誅仙剣を握りしめた。
「では、わたくしから言うことは特にございませんわ」
そのまま立ち上がり誅仙剣を振り上げる凍子。どうやらこのまま空間を斬り、鬼紋王の領域に行くつもりらしい。
「凍子」
秋隆の呼びかけに凍子は誅仙剣を一旦下げ、こちらに顔を向ける。
「なんでしょうか?」
「もし、あの鬼紋王が岱與山赫梨殿だったとして、何故あのようなことになったのか思い当たる節はありませんか?」
「……全くない、と言えば嘘になるかもしれませんわね」
誅仙剣を地面に突き刺し、その柄の部分を握ったりと話したりしながら、凍子は言葉を続けた。
「ただ、万一わたくしの仮説が正しければ、鬼紋獣を人為的に生み出し、世界が混乱する原因を作った者がいるということになりますわね」
「自然発生した災害ではない、そういうことでしょうか?」
「わたくしの仮説が正しければ、の話ですけれど……」
普段冷静な凍子にしては珍しい曖昧な態度を見るにどうやらあまり話したくはない類の話らしい。
推論の段階で訳知り顔に新説をひけらかすのを避けたいのか、それとも別の理由があるのか秋隆には判断つかないことだが、自身よりも遥かに経験豊かな仙道の仮説、聞いておいて損はないだろう。
「その仮説と言うのは……?」
「何者かが姉弟子、岱與山赫梨を召喚し、その魂魄を利用したということです」
予想だにしなかった返答に秋隆は思わず目を見開いた。
「そのようなことが可能なのですか?」
死者の魂を呼び出し、自身の目的のために鬼紋王とする。
技術的に可能かどうかと言うこと以前に、倫理的に許されないような話だ。
「不可能です」
無表情の中に不快感をにじませながら、凍子は秋隆の疑問を切って捨てる。
「姉弟子の魂魄は神界、すなわちこの世界とは位相の異なる別世界にあったはず、それを呼び出すなど人の子の持つ力では叶わぬことです」
どうやら仮説を立てた当人にもどのようにして呼び出したのかまではわからないらしい。
「……とはいえ、この仮説を支持するならば、可能かどうかよりも、誰が何の目的でそんな真似をしたのかと言うことの方が重要かもしれませんわね」
それはつまり鬼紋王を生み出し、世界を混乱させる黒幕が存在するということ。
何のためにそのようなことをしたのかはわからないが、碌な目的でないことだけは確かだ。
「……とにかくなんの証拠もない現状ではこの程度の仮説が限界、そして今はそれよりも先にしなければならないことがあります」
「……彼女を倒すことですね?」
秋隆の返答に一つ頷くと、凍子は誅仙剣を地面から引き抜き、その切っ先を天高く掲げる。
「あれの正体が何であれ、卿が倒すと決めたのならば、わたくしはそれを支持いたします」
相手はかつての姉弟子、しかも一度は死に別れたような人物だ。
そんな存在を敵に回し、あまつさえ弟子に倒させようというのだが、凍子の無表情からその内面をうかがい知ることは出来ない。
「戦うというのならば、早くなさい」
誅仙剣を一閃、再び山門を出現させると、凍子は冷たい瞳で秋隆を一瞥する。
「わたくしは卿を待つつもりはありません」
凍子が山門に飛び込んだのを見て、秋隆は慌てた様子で彼女の後を追った。
まとめてお読みいただいている方もおられるようで、光栄の極みです。
今後とも頑張って参りますので、よろしくお願いします。




