第二十話「赫梨」
「ーーーーーーーーーー!!」
「やはり、一筋縄では行かぬか」
単身森の中調査へと乗り出した秋隆。そんな彼を当然のように襲うのは鬼紋獣たちである。
「ーーーーーーーーーー!!」
凄まじい雄たけびとともに襲い掛かってくるが、理気の扱いに慣れつつある今の秋隆にとって苦戦するような相手ではない。
「そこだ」
鼈甲霊亀に理気を込め一閃、秋隆に襲い掛かってきた鬼紋獣は額から真っ二つに割かれ、空中に霧散した。
続いて木々の間から攻撃を仕掛けんとする複数体の鬼紋獣を横目で視認すると、鼈甲霊亀を腰に収め、両手に気を収束させる。
「……ふんっ!」
瞬間、両手から飛び出したのは幾重にも重なる樹木の幹。
「ーーーーーーーーーー!!」
まるで洪水のように放たれた樹木の激流に巻き込まれ、秋隆を狙っていた鬼紋獣たちは完全に押しつぶされた。
しかし、殲滅はしきれなかったらしい。一体の鬼紋獣がこの激流を乗り越えるようにして大きく跳躍、秋隆の急所を狙う。
「見切っている」
彼が大きく後ろに下がるとともに地面から生えてくるのはいくつもの竹槍。
とんでもない速度で伸びるそれは、鬼紋獣の身体を一瞬にして串刺しにした。
「!?!?!?!?!」
続け様に彼が指を鳴らすと竹槍がすさまじい勢いで成長を始める。
竹槍に刺し貫かれていた鬼紋獣はその流れに押しつぶされ、完全に消滅した。
「……あれで最後、だったらしいな」
2メートル程度だった竹槍が天に届くような巨木に成長したのを見て、秋隆は静かに嘆息を漏らす。
「……(だいぶ現象攻撃にも慣れてきたようだな……)」
周囲に鬼紋獣の気配はない、目を閉じるとともに意識を理気を集中し、この島の中央に意識を向けた。
見えてきたのは、相変わらず凄まじい理気の流れに無数の鬼紋獣の気配、あまりにも強すぎて、その全容を把握することすら難しいほどである。
「……(ふむ、やはりこの島に鬼紋獣の発生源があるのは間違いないらしいな)」
とするならば島の中央にいるのは鬼紋王、推察が正しければ三つ首の狼である三頭狼の姿をした個体。
これまで得た情報と理気の流れから鑑みるに相当な力を持つ鬼紋獣であるのは明白なことだ。
警戒して挑まねば返り討ちに遭ったとしても不思議ではないだろう。
「むっ!?」
そんなことを考えていた秋隆だったが覚えのある気配をすぐ近くに感じ、瞳を開いた。
続いて聞こえてくるのは枯葉を踏みしめる足音、どうやらまっすぐこちらに近づいてくるらしい。
「杏一、ですの?」
木々の間から現れたのは瀛州寺凍子、いずこかへ調査に言っていた秋隆の師父である。
「……凍子?」
「驚きましたわね。何故、卿がここに?」
鬼紋獣との闘いが行われ、荒れた戦場。根元から折れた樹木やあちこちに残るクレーターを代わる代わる眺めてから、凍子は秋隆の顔を見つめた。
「私はここに鬼紋獣の発生源が存在するのではないかと考えています」
発生源と言う言葉を聞いて凍子の瞳が微かに揺れ動く。
「この地に鬼紋王が?」
「はい、ほぼ間違いないかと」
「それで凍子は?」と尋ねようとして、秋隆は凍子と別れる寸前に話した内容を思い出した。
確か見知った人間の気配を感知し、ウォルキア方面に出るのであったか。
「……(とするなら、ここにいるのもその関係か?)」
「……卿の考えている通りです」
秋隆の内心を察したのか、凍子は静かな口調でそう告げる。
「見知った気配を察知して、追ってきた先がここと言うわけですわ」
「とすれば、その何者かはこの地にいると言うことでしょうか?」
「……真っ当に考えればそうなりますけれど、何かの間違いと言う可能性もありますわね」
話を聞く限り、どうやら凍子自身確定的なことは掴んではいないようだ。
そこで確実なものを得るためにこうして危険を冒してまでこのような場所にまで出てきたのであろう。
「……なるほど、それでその人物とは、何者ですか?」
凍子がそうまでして探すほどの人物、好奇心を刺激された秋隆が尋ねると、凍子は微かに目を伏せた。
「金鰲島三聖母の一人であり、わたくしの姉弟子に当たる人物、岱與山赫梨ですわ」
「凍子の姉弟子、ですか」
直接会ったことはないが師父の姉弟子と言う時点で相当な人物であろうことくらいは秋隆にも察せられる。
彼のそんな反応を見て、凍子は赫梨について話し始めた。
「ええ、わたくしとともに我が師、通天教主様に学んだ神仙です」
そこで一旦言葉を切ると、凍子は先ほど秋隆が出現させた巨大な竹を見上げる。
「しかし今から七千年以上昔、仙界を二つに分けた大戦、『闡截の大乱』にて封神、すなわち戦死し、魂魄のみ別の世界へ封じられました」
凍子の言葉に秋隆は背中に冷たいものが走るのを感じた。
つまり凍子の姉弟子、岱與山赫梨はこの世に存在しないはずの人間というわけである。
「その人物の気配を、感じたと?」
「……わたくしが間違えるはずないのですけれど……」
やや戸惑った様子の凍子の姿に秋隆もまた眉間にしわを寄せた。
本来ならば死んだ人間を復活させるようなことはいかなる技を用いても不可能なことである。
もしそんなことが起きたらこの世に存在するあらゆる理がひっくり返ることになりかねない。
そして死者、『闡截の大乱』以降、七千年間一度として感じられなかった気配をここにきて察知したというならば何らかの異常事態を疑ってしかるべきだ。
「わかりました。師父の姉弟子であるならば私にとっても同門の先立、調査に協力させていただきます」
思いもよらなかった秋隆の提案に凍子は一瞬だけ首を傾げる。
「それは助かりますけれど、卿の役目の邪魔とはなりませんか?」
「無論鬼紋王を追いながら岱與山赫梨殿を捜索させていただくつもりです」
どうせ鬼紋獣の犇くこの島を調査せねばならないのだ。
いまさら探し物が一つ増えたところで大した違いにはならないだろう。
「そう言うことならばこちらから言うべきことはございません。協力感謝いたします」
「それで、その、岱與山赫梨殿の居場所は、わかるのですか?」
秋隆から問いかけに凍子はすぐさま頷いて見せた。
「ええ、この島の中心部から気配を感じますわ」
「……中心から?」
中心という単語に思わず秋隆は唇を引き結ぶ。
「……鬼紋獣の発生源もこの島の中央にある古びた寺院と聞いています」
「……なるほど」
これ以上の言葉はもはや必要ない。秋隆と凍子の二人は無言で頷くと、一路島の中心へと向かって走り出していった。
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「ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!」
「熱烈歓迎ですわね」
島の中心部に辿りついた二人を待ち構えていたのは百を越える数の鬼紋獣。
発生源の名前に違わぬその多さにさすがの秋隆も背中に冷や汗が伝うのを禁じえなかった。
「凍子!」
「心配は無用、ですわ」
しかしそこは秋隆の師父、その巨体に見合わぬ素早い身のこなしで動くと、両手から雷を放ち次々襲い掛かる鬼紋獣を仕留めていく。
結果から言えば凍子がこの場にいた鬼紋獣の群体を倒すのに要した時間は、二人が中央についてからわずか数分、驚異的な実力だ。
「ここがそうですの?」
いつもと変わらぬ涼しい顔で秋隆に尋ねる凍子。
鬼紋獣の大群をほぼ単身で殲滅したにも関わらず、汗一つかいてはいない。
「座標的には間違いないかと」
秋隆と凍子の二人が立つ島の中心部は、たくさんの鬼紋獣がいたことに目をつぶれば特別なことなど何一つない場所。
情報にあった寺院すら存在しない、なんの変哲もない空間である。
だが凍子はその鋭い感覚で何かを察知したのか、微かに目を細め、警戒を緩めることすらしない。
「……何とも言えない不吉な場所、ですわね」
「情報によるとこの地点には朽ちた寺院があるはずなのですが……」
座標的にここが島の中心部、すなわち今回秋隆が目指していた地点に間違いないはずだ。
とにかく何か手がかりをつかもうと秋隆は精神を集中、理気の流れに意識を向ける。
「……ん?」
そこで彼は奇妙なことに気付いた。たしかに傍目には何の変哲もない空間に映るかもしれない、しかしその実、周囲の理気は空間の一点からいずこかに漏れ出している。
「これは……」
まるでそこに見えない穴があるかのような現象、原因はわからないものの異常としか言えない事態に秋隆の顔が強張った。
「どうやら、空間に綻びがあるようですわね」
凍子もこの事態に気付いたのか、秋隆の視線の先、理気がいずこかへと流出する空間に目を向ける。
「何者かが強い理気で空間を歪め、自分の支配領域を作っていますわ」
「……では、鬼紋王がいるのはこの先、ということでしょうか?」
「そういうことになりますわね。それにこれは……」
何やら考えこむ凍子。つまり鬼紋王がいるのはこことはまた別の空間、普通の手段では発見できない空間に潜んでいるというわけだ。
「しかしどうすれば奴の領域に……」
せっかく潜伏先を見つけても干渉できないならば意味がない。
「空間の座標が分かっているなら問題はありません。ここはわたくしに任せてもらいますわよ?」
秋隆の懸念もものともせず、凍子は一歩前に進み出ると、天高く右手を掲げる。
「……来なさい、四宝剣」
瞬間凍子の手の中に抜き身の宝剣が出現した。
金銀の細工が施された美しい柄に、冷徹な光を湛えた刀身には『誅仙』の二文字、どう考えても普通の剣ではないだろう。
「はあっ!」
気合とともに一閃、すると空間に一筋の亀裂が走った。
「なっ!」
信じられないような現象に秋隆が呆然とする中、陶器が割れるかのように空間が割け、巨大な建築物がその姿を現す。
「……古い寺院か、なるほど……」
苔むした瓦屋根に、くっきりと腐朽の痕跡が見てとれる柱、それは情報にあった古い寺院、その山門そのものであった。
「準備は出来ていますわね?」
宝剣を手に、先の見えない門の向こう側を見つめる凍子。
ここまで来た以上彼女の中に引き返して様子を見るという選択肢は存在しないのであろう。
無言でうなずくと、秋隆は凍子よりも先んじて門の中へと足を踏み入れていった。




