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霊亀将  作者: 花鏡
黎明編
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第十九話「炎の領域」

 相当数の鬼紋獣、しかもコーポラル級をたった一人で殲滅してしまったルドヴィカ。

 実力に関しては疑うべくもないと思っていたものの、そのすさまじさ、容赦のなさを改めて見せつけられ秋隆は内心舌を巻いた。


「あの数の鬼紋獣を十分と経たずに全滅させてしまうとは……」


「ふん、ルイズがちょっとその気になればこんなもんよ」


 先日の六耳彌猴ろくじびこうとの戦いでは大した働きが出来なかったためか、今回の結果に満更でもない表情を浮かべるルドヴィカ。


 一方彼女の戦いを見ていた陽華は扇子で自身を仰ぎつつ、出来て当然と言わんばかりの泰然とした様子である。


「くくく、だから言ったであろう? 相当なものじゃと」


 心底愉快と言わんばかりの表情、クリシアでの修行に陽華も関わっているのならば、彼女の実力は誰よりもよく知っているのかもしれない。


「まあ、わらわたちがこれから行く場所で生き延びるのであるならば、これくらいは出来てもらわねば困るというものじゃがな」


「……つまり、かの場所に出る鬼紋獣はこれまでのものとは一線を画す実力だと?」


 徐々に近づきつつある島を一瞥する秋隆。鬼紋獣との戦闘中にも船は進んでおり、すでに島の海岸線が視認できるほどの位置にまで近づいている。


 陽華のもたらした情報が正しければ、この先に待つのは三頭狼ケルベロスの名前で知られる鬼紋獣のなかでも強力な個体。

 その力は未知数だが楽に勝てる相手ではないことは間違いない。


「うむ、基本的にはその認識で構わぬが、一つだけつけ足しておく必要がある」


 陽華は扇子を折りたたむと、その切っ先を秋隆に向けた。


「お主らにとってこれまでの鬼紋獣の実力を10と見積もるならば、この先に出てくる個体は百万でも、一億でも足りぬかもしれぬ」


 つまりは完全な別物と考えて対処した方が良いということ。

 要は同じネコ科であろうともそこらの野良猫と密林に潜むジャガーとでは危険度も対処法も全く異なってくるのと同じというわけだ。


「やれやれ、新人の初任務にしてはあまりにも重すぎる務めを背負ってしまったらしいな」


 軽く肩をすくめて見せる秋隆を見て、陽華はにんまりと笑みを浮かべる。『またまた御冗談を』と言わんばかりの表情だ。


「新人だろうと玄人だろうと神官将テンプルナイト神官将テンプルナイト、それにお主は、このようなところで立ち止まるようなタマではない、じゃろ?」


「……それは」


 陽華の言う通りである。秋隆はこの先、己の記憶を取り戻し、さらには神州を復興させるという重大な使命を果たさねばならないのだ。

 このようなところで足踏みをしているような時間はない。


「妖魔王陛下、そろそろ到着するとのことです」      

 デッキに報告に来たのは陽華の配下である魔族の女性。

 陽華と同様青い肌に狐の尻尾と耳を備えているが、九本もある妖魔王とは違いその尻尾の数は二つしかない。


「うむ、わかった。上陸準備を進めよ」


「承りました」


 魔族の女性が立ち去ると、陽華はこらえきれないとばかりに楽し気な笑みを見せる。


「さて、鬼が出るか蛇が出るか、と言ったところじゃな」


 そんな陽華の様子を見て、ルドヴィカは微かに鼻を鳴らした。


「……言っとくけど、島についたらルイズたちの指示に従ってもらうから」


「ほう、随分と偉そうな口を叩くではないか」


 じっと陽華はルドヴィカの瞳を見据えたが、今回のことについては彼女も譲るつもりはないらしく、目を逸らすようなことはせずにむしろ正面から睨み返す。


 薄ら笑いすら浮かべている陽華とは対照的にルドヴィカの表情は真剣そのもの、しかし両者ともその瞳の奥に宿る意志の強さはほぼ互角だ。

 どの程度の時間そのままであったろうか? しばらくして含み笑いを漏らすと、陽華は扇子を広げて自身の顔を隠す。


「案ずるでない、無理を言ってここまでついてきたのじゃ、これ以上の無茶はせぬよ」


 その言葉を陽華が発した際の顔は扇子に隠され、ルドヴィカが見ることは叶わなかった。

 不服そうにしていたのか、それとも苛立ちから顔を歪めていたのか視認できず、見た目で陽華の感情を伺うこと無理であろう。

 しかしただ一人、秋隆だけは顔を隠すその瞬間彼女の口角が上がるのを目撃していた。


「……(笑っていたな)」


 最後に見せたのは笑顔、もしかしたらかつての教え子が成長していたことが嬉しかったのかもしれない。

 本当のところは本人にしかわからないが決して的外れな推論ではないだろう。


 翠明院陽華、妖しげな見た目に胡散臭い言動とは裏腹に思いの外情の深い女性のようだ。


_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_


 それから数分後のこと、鬼紋獣による襲撃に遭うこともなく、秋隆たちは島に上陸した。

 島の大きさ自体は大したことないらしいが、全体のおよそ90パーセントは樹海に覆われ、残り僅かな場所の一つが、一行の上陸した砂浜である。


「……ここがそうか」


 たくさんの貝殻が散らばる砂浜に立つと、秋隆は周囲に意識を向けた。

 秋隆が気にしているのはこの島に鬼紋獣の母体、鬼紋王がいるかもしれないというその一点。

 情報にあった三頭狼ケルベロスが鬼紋王、秋隆の記憶を取り戻す手掛かりであると言うならば僥倖であろう。

 しかしもし鬼紋王がいるのならば、さほど集中せずともその痕跡はすぐに見つけられそうなものだが……。


「っ!」


 索敵のために意識を広げ、認識できる空間を広めたその刹那、心臓を鷲掴みにされたかのように感じ、秋隆は思わず顔をしかめた。

 額には汗が浮かび、背中は冷や水でもかけられたように粟立っている。


「……(なるほど、これは確かに百万でも、一億でも足りぬかもしれぬな)」


 あまりにも強すぎる気配、離れていても感じる威圧感、鬼紋王云々を抜きにしてもこの島にいる存在は『本物』らしい。


わらわの得た情報によると、この島はもともと無人島ではなかったらしい」


 懐から古びた手記のようなものを取り出すと陽華はぺらぺらとページをめくり、目当ての記述を探した。


「古い文献によるとこの島の中心部にはいつの時代に誰が建てたのかわからぬ朽ち果てた寺院があり、調査隊の追加情報では鬼紋獣はそこを根城にしているとかしていないとか」


 なんともふわふわとした情報である。しかしそのような建築物があろうとなかろうとこの島に強力な鬼紋獣が潜んでいるのは間違いない。


「んで陽華?」


 陽華の説明を聞いて気になることが出来たのかルドヴィカが右手を上げる。


「前にここまで来た連中はどこまで行けたのよ?」


 そう、陽華がここに来るまでに語ったところによると、秋隆たちよりも前にこの場所を調査した腕利きたちがいたはずだ。


 結局詳しいことはわからないまま消息を絶ったしいが……?


「うむ、寺院には辿り着けたらしいがそれまで、それ以降なんらかの事情により全滅したのじゃろうな」


 前任者最後の連絡は寺院を発見したと言うもので、その後音信不通となり、エルメラ側では全滅した扱いとなっているらしい。


「鬼紋獣の仕業だな」


 秋隆の仮説に、陽華は見た者が冷たいものを覚えるような、ぞっとする妖しげな笑みを浮かべた。


「恐らくはな、ただ必ずしもそうとは限らぬぞ?」


 陽華の言葉に何か思いついたことがあるらしく無言で目を伏せる秋隆だったが、ルドヴィカには通じなかったようだ。


「何よ、もったいぶらずに早く言いなさい」


 結論を促すルドヴィカに視線を移すと陽華は片目を扇子で隠す。


「自分では飲み込めないほどの困難に直面すると、人間は本性を明らかにするものじゃ」


 そこまで言われてルドヴィカもようやく陽華の言いたいことに気付いた。


「……同士討ちが起きたってこと?」


 そう、調査隊の全滅の原因は鬼紋獣による襲撃とは限らない。

 例えば樹海をさまよった末、食料も水も底をつき、互いに争いあったということも考えられる。

 あるいは方針の違いから対立し、鬼紋獣との戦いで連携が取れずに返り討ちに遭ったということもありそうな話だ。


「まあ、戯言じゃ、しかしこの先は未知の領域、何が起きても不思議ではないじゃろうな」


 要はそんなことも起こりうる場所ということである。

 陽華の話を聞いてしばらく無言で何事かを考えていた秋隆だったが、何度か頷くと静かな声音で口を開いた。


「……ではひとまず私が先に入って偵察してくる」


「はあ!? あんた正気?」


 秋隆の提案に真っ先に反駁したのはルドヴィカ。こんな危険極まりない場所に一人で入ろうというのだから、無理もない。


「正気も正気だ」


 軽くそう告げると秋隆はここに来るまでに使った船と砂浜のすぐ後ろに広がる樹海を代わる代わる眺める。


「今は落ち着いているが、この島にいる以上どこに行っても鬼紋獣は出てくる」


 島に近づく段階ですら襲われたのだから、上陸した今襲撃の危険性は更に高まったと言っても過言ではない。


「襲撃があった際に陽華殿たちを守る人間が必要だ」


「……なるほど、ルイズたちに安全な場所で留守番させようって魂胆ね」


 秋隆の提案に、ルドヴィカは不満げに唇を尖らせた。


「ルイズ、先ほども言ったがこの島に来た時点でこの場にいる全員は生命の危機を背負っている」


 小さな子供を諭すような優し気な口調でそのま秋隆は続ける。


「私は偵察を行い、そなたはここでみんなを守る、ただ単にそれだけのこと、役割分担をしようと言うだけの話しだ」


「ルイズ殿、この場は杏一郎殿に従った方が賢明じゃと思うぞ?」


 未だ納得の行っていないルドヴィカを見兼ねて、秋隆に助け船を出すような形で陽華が口をはさんだ。


「先ほども言ったがこの先は何が起きても不思議ではない。ならば偵察には常に冷静沈着で実戦経験も豊富な人間が行った方が成功率も上がるというものじゃ」


「む、ぐ……」


 秋隆個人の実力についてはルドヴィカもよく理解している。

 正直なところ正面から戦った場合、全く勝てるビジョンが浮かばないというのが本音だ。

 それ故陽華の提案についても、実のところ異論はない。


「ルイズ、ここで陽華殿たちを警護するのも重要な仕事の一つだ。第二級以上の鬼紋獣の相手は神官将テンプルナイトにしか務まらないからな」


「……わかったわよ、あんたの提案に乗ってあげるわ」


 渋々と言わんばかりの表情で提案を受け入れる旨を口にすると、ルドヴィカは秋隆に人差し指を突きつける。


「その代わりちゃんと鬼紋獣の巣窟を突き止めてきなさい、いいわね?」


「無論そのつもりだ。そちらも陽華殿たちを頼む」


 秋隆の言葉にルドヴィカは微かに口角を上げ、恐ろしく立派な胸を張って見せた。


「ふん、あんたに言われるまでもないわ。どんな役目であろうと、完璧に果たしてやるんだから」

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