第十八話「初任務」
秋隆とルドヴィカの二人が神官将の叙任式を終えた数日後のこと。
二人の新米神官将は中型の船に揺られ、西方の海の上にいた。
「……ルイズ、そろそろウォルキアの領海だな」
操舵室の後方に設置された席に向かい合うような形で座り、秋隆はむすっとした表情のルドヴィカに話しかける。
「はあ、何で記念すべき初任務があのBBA狐からの依頼なのよ」
不機嫌そうにそう溢すとルドヴィカは手に握っていた駒を前に進めた。
現在彼らのすぐ前に設えられた机には本榧で出来た双六盤が置かれ、実際二人とも遊戯を楽しんでいるわけだが、その身に纏う気配はピリつき、油断なく気を張っている。
「そう言うな、鬼紋獣を倒して民の平和を取り戻すのは我々神官将の基本となる仕事だ」
ルドヴィカが駒を進めたのを見て秋隆もまた駒を一つ手に取り前に進めた。
先んじてルドヴィカの進めた駒が置かれた場所に秋隆の駒が入ったため、元あった駒は切断、すなわち振り出しに戻る形となる。
「それはそうだけど、あのBBA狐からって言うのが引っかかるのよ」
秋隆が堅実な動きで駒を先に進めるのを見ながら微かに唇を尖らせるルドヴィカ。
「それに今回の依頼、わざわざ元老院に手をまわして神官将に下りてくる正式な任務にしてるところがまた匂うのよ」
あの叙任式の日、翠明院陽華が二人にもたらした情報は二つ。
『どうやらウォルキア北西にある孤島から鬼紋獣が発生しているらしい』ことと、『彼の地には他の鬼紋獣を寄せ付けないような強力な個体が存在するらしい』という内容だ。
真実ならば神官将が無視するわけにはいかないような情報。実際、翠明院陽華は発生源の話を聞いた際、裏付けのために腕利きを派遣して調査にあてたらしい。
しかし結果調査隊は消息不明、さほど大きな島ではないにもかかわらずである。
そして彼女らが残した数少ないデータの一つが強力な個体、後に三頭狼と呼ばれることになる三つの頭を持つ異形の鬼紋獣を見たという証言だ。
「……ま、鬼紋獣が相手って言うならルイズも燻ってばかりもいらんないけどね」
サイコロを振り、6が二つも出たため、ルドヴィカはドヤ顔を浮かべつつ駒を一気に進める。
「どう?」
「……いや、普通に取るがな」
軽い調子で秋隆はルドヴィカの駒が止まるマスに自身の駒を進め、盤の外に移動させた。
「むぐぐぐぐぐぐ……」
「しかし、ゲームの一つでもあれば君も私の相手をしなくて済むかもしれぬのにな」
ルドヴィカの指がいくつかの駒の上をうろうろするのを見守りつつ、秋隆は軽い調子でそう呟く。
「は? あんた何言ってんのよ。遊戯なら目の前にあるじゃん」
「あー、まあ、そうだな」
秋隆のイメージするゲームは封神霊廟にいた際に嗜んでいたテレビゲームのこと。どうやらこの世界では発明すらされていないらしい。
盤上の趨勢が決したそのタイミングで、操舵室の扉を誰かが叩く音がした。
「はい」
「失礼するのです」
部屋に入ってきたのはアズ・オグトール。本来彼女は神官将でも何でもないが秋隆とルドヴィカの世話係としてついてきたのである。
「妖魔王様がお話ししたいとのことなのです」
「ちっ! お通しして」
勝負に負けそうなためか、イライラした口調のルドヴィカ。そんな彼女の姿などどこ吹く風で操舵室に翠明院陽華が現れた。
「うむうむ、お主もようやく礼節というものを心得てきたようじゃな」
「陽華殿、何か話が?」
秋隆の質問に陽華は胡散臭い笑みを浮かべる。
「いや、大した話ではない、此度の任務を受けてくれた礼を言わねばと思ってな」
「陽華殿、鬼紋獣を討伐するのは我ら神官将の使命、別に礼など……っ!」
次の瞬間、秋隆とルドヴィカの二人は弾かれたように立ち上がると、それぞれの武器に手をかけた。
「っ! この気配、覚えがあるぞ……!」
緊張した面持ちで秋隆が呟くや否や操舵室に鳴り響く警報、周りに艦影がない以上ゼデキア帝国ではない。
「アズ! 陽華殿とともに避難区域へ」
「り、了解したのです!」
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甲板に来た秋隆とルドヴィカの目に飛び込んできたのは輝く紋章と狼のような姿を備えた魔獣。
見た目からして危険な猛獣と言った姿をしているが、恐ろしいことにその数は一体ではない。
まるで煙のような状態で海上を浮遊し、甲板に上がるとともに実体化、そんな怪物が続々と乗り込んでくるのだ。
「ーーーーーーーーーーーーーーー!!」
凄まじい雄たけびとともに周囲を威圧する魔獣。恐ろしい姿ではあるが秋隆は一切物怖じせずに前へ進み出る。
「やはり鬼紋獣か」
見たところ、今回現れた鬼紋獣は先日草の策謀により秋隆が戦ったベレク級とはまた違う種類らしい。
紋章の色が鈍い色をしていたベレク級とは違い、今目の前にいる鬼紋獣の紋章は煌々と輝く銀色。
その四肢もより戦闘に適した太く頑強なものに代わっており、それだけで格の違いが見て取れるほどだ。
第二階級の鬼紋獣たるコーポラルベレク、軍団の中核を成す魔獣である。
ベレク級が普通の一兵卒とするならば、コーポラル級はベテラン兵、まさに正規軍と呼ぶべき存在だ。
「ふん、神官将が二人もいる船に乗り込んで来るなんて、良い度胸してるじゃない」
そんなコーポラル級の軍勢を見て、顔色を変えないどころか好戦的な笑みを浮かべるのがルドヴィカ・ウォルキアと言う少女。
秋隆の前に立つと流れるような動作で双刀を引き抜く。
「杏、あんたはそこでルイズの戦いぶりを見学してなさい」
「え? 待てルイズ!」
「待たない!」
瞬間ルドヴィカは秋隆の返答を待つことすらせず、豹かチーターのごとき速度で鬼紋獣に襲い掛かった。
すぐさま彼女を援護しようと鼈甲霊亀に手をかける秋隆であったが、その手を何者かが掴んで制止する。
「まあ、そう猛るものでもないぞ? 杏一郎殿」
ゆらっとなんの気配もなく秋隆に近づき、左手で彼の抜刀を阻止したのは翠明院陽華。
「陽華殿!? 何故ここに……?」
非戦闘員であるはずの彼女が戦闘地帯にいることを咎める秋隆。彼女のことはアズに頼んだはずだったが……?
「くくく、あのような純真無垢な幼子の目をくらますなど妾にとっては児戯に等しいことじゃよ」
懐から扇子を取り出しつつ、いつもの胡散臭い笑みを見せ、陽華は微かに胸を張って見せた。
要するに口先三寸で騙くらかし、上手い事抜けてきたのであろう。
確かに、海千山千の妖怪をアズのような正直者が御するのは相当な困難かもしれない。
今後は気をつけねばならないと考える秋隆をよそに陽華はルドヴィカの戦いに目を向ける。
「まあ、お主のような長命種が短命種たる人間を心配する気持ちもわかるが、少しばかり信用してやれ」
掴んでいた秋隆の右腕を放し、陽華は彼の肩を扇子で叩いた。
「あの娘も、相当なものじゃからのう」
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「ーーーーーーーーーーーーーーーー!!」
雄たけびとともにルドヴィカに襲い掛かる鬼紋獣であったが、彼女は身をひるがえしてこれを躱す。
「はあっ!」
瞬間ルドヴィカはすれ違いざまに持っていた双刀を一閃、鬼紋獣を真っ二つにした。
「ふふん、そんなもの?」
煽るようにルドヴィカがせせら笑うと、真正面にいた鬼紋獣の口に光が集まる。
「ーーーーーーーーーーーーーーーー!!」
咆哮とともに放たれたのは真紅の閃光。六耳彌猴が放った高火力のエネルギー波ではなく、光線そのものに火属性の理気が付与された属性攻撃の一種だ。
直撃すればただでは済まない一撃、しかしルドヴィカは躱せたにもかかわらずあえて動かず、こちらに迫る閃光を見据える。
その表情は余裕そのもの、戦いの恐怖どころか迷いすら抱いていない澄み切った顔だ。
「そこっ!」
タイミングを見極めるとともに双刀のうち右手に握っていた方を鬼紋獣目掛けて投げつけるルドヴィカ。
理気を込めて投擲された刀は火属性の閃光を真っ二つに引き裂き、その射線上にいた鬼紋獣の首を一撃で切り落とす。
「!?!?!?!?」
二つに割かれた閃光は海面に落ち、凄まじい蒸気を上げたが、肝心のルドヴィカには傷一つついてはいない。
「残念、そんなもんじゃ、ルイズの髪の毛すら焼けないわよ?」
とんとんと刀で左肩を叩きながらルドヴィカは嘲るように顎を上げた。
「にしてもぬるい火力ね。焼きたいって言うならせめて……」
「ーーーーーーーーーーーーーーーー!!」
話の途中でルドヴィカの左右から襲い掛かる鬼紋獣、完全に不意を突いた形に見えるが、この程度でどうにかなるような神官将ではない。
直後ルドヴィカの周囲にいくつもの球体が浮かび上がる。
炎で形成され、お手玉程度の大きさの球体、ゆらゆら揺れる見た目は火の玉に近いだろうか?
「ーーーーーーーーーーーーーーーー!!」
勢いそのままに殺到する鬼紋獣、相変わらずルドヴィカは避ける素振りすら見せない。
ついに鬼紋獣の一体が揺れる火の玉の一つに接触、その刹那。
「!?!?!?!?」
火の玉に触れた鬼紋獣の肉体が瞬時に燃え上がり、一瞬にして焼滅した。
慣性に従いルドヴィカの方に焼死体が飛んでくるが、彼女の肉体に触れる前に灰燼と化し周囲に霧散する。
「……こんくらいは出しとかないと」
鬼紋獣が消えたのを確認すると、周囲に浮かんでいた火の玉を一旦消し、ルドヴィカは当然とばかりに胸を張った。
見た目のはかなさとは裏腹に鬼紋獣、しかもコーポラル級の肉体を一瞬にして焼き尽くしてしまうほどの凄まじい威力。
万一都市部で炸裂しようものなら数キロ圏内は一瞬にして焦土と化すかもしれない。
「タネはもう出尽くした感じ? ならさっさと失せなさいっ!」
念力で放置されたままになっていた刀を回収し、ルドヴィカは揃った双刀を構えなおす。
すると追い込まれた鬼紋獣たちは後先考えす一斉にルドヴィカ目掛けて躍りかかった。
「……ふうん、数でルイズを倒すつもり?」
先ほどと同じく火の玉で鬼紋獣を罠にはめても良いのだが、同じ手段を使っては面白くない。
「……(それに、今日は観客もいることだしね)」
ルドヴィカはこちらを眺める秋隆に一瞬だけ目を向けると、微かに笑みを浮かべて見せる。
「そんじゃ、そろそろキメにかかろうかしら?」
鬼紋獣を殲滅させる手立てはいくつもあるが、その全てが秋隆に見せたい技というわけではない。
ならば今日一度も使っていない現象攻撃でとどめを刺すのが良いのではないだろうか?
使う技は決まった。一瞬のうちに脳内で導き出した結論に我ながら満足である。
微かに頷くと、ルドヴィカはいよいよ目と鼻の先にまで迫ってきていた鬼紋獣の群れを正面から見据え、双刀に二属性の理気を纏った。
「はああああああああああ……!」
続いて刀身から立ち上る蒸気、ルドヴィカの使用する現象、霧である。
「削り取れ! 白煙餮牙!」
双刀を振るとともに霧は明確な意思を持って広範囲に広がった。
「!?!?!?!?」
異変が起きたのはその直後、霧に触れるや否や鬼紋獣の肉体が削り取られるかのように消失したのである。
水蒸気の一粒一粒に火属性が込められた霧、微細な水一粒が先ほど放った火の玉以上の熱を内包しているのだ。
何の準備もなくそんな霧に触れようものなら、肉体は瞬時に消し飛ぶであろう。
全ての鬼紋獣が霧の中に消えるまで僅か数秒、敵の気配が完全に消えるとルドヴィカは得意げに歯を見せた。
「所詮、ルイズの敵じゃなかったわね」




