第十六話「権力者たちの宴」
神官将の叙任式が終わり、待合室に戻るや否や秋隆はすぐさま束帯を脱ぎ、いつもの装束に着替えた。
「……やっと終わったな」
ようやく肩の荷が降りたとばかりに身体を伸ばし、安楽椅子に腰掛ける。
「……(ともあれ本当に大変なのはここから、神官将としての使命を果たさねばならないな)」
微かに強張る表情、彼の場合はそれに加え鬼紋王の調査も必要だ。一般的な神官将よりも遥かに忙しくなることを覚悟しておかねばなるまい。
直後聞こえるノックの音、秋隆はすぐさま身なりを整えると扉の向こうに声を返す。
「はい」
「失礼するのです」
待合室に入ってきたのはアズ。まっすぐ秋隆の前にまで来ると緩やかな動作で一礼した。
「杏一郎様、そろそろパーティーの時間なのです」
パーティー、どうやら神官将就任の祝宴をこれからやるらしい。
秋隆としてはこのまま大聖堂内の資料室で鬼紋王の情報を当たりたかったのだが、そのようなことは言い出せないような雰囲気である。
「息をつく間もないとはこのことだな」
一度だけ嘆息すると安楽椅子から立ち上がり出入口に向かおうとして、その前をアズが遮った。
「どうした?」
戸惑いながら秋隆が問うとアズは両手を彼の方に差し出す。
「お腰のものだけはこちらでお預かりするのです」
お腰のもの、すなわち鼈甲霊亀のことだ。
祝宴の場である以上武器の携行は認められないのであろう。
「わかった、では頼む」
パーティーに出るように要請してきたのは向こうなのだからこれを理由に断ると言うことも出来ようが、そこまでする理由もない。
腰から鞘ごと鼈甲霊亀を引き抜くと秋隆はそのままアズに渡した。
「はい、確かにお預かりしたのです」
アズは懐から取り出した白布で包み込むように鼈甲霊亀を抱えると、先導するかのように秋隆の前に立つ。
「ではご案内させていただくのです」
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パーティーの会場は先程儀式を受けた大礼拝堂ではなく、大聖堂にいる神官や侍従が使う食堂のような場所だった。
食堂と言っても天下のエテメンアンキ大聖堂の施設、その広さたるや王侯貴族の城にあるような大広間を彷彿とさせるものである。
そんなパーティー会場には長いテーブルがいくつも用意され、山海の珍味が山と並べられているわけだが、残念なことにそれどころではないことが秋隆の身には起きていた。
「あれが噂の男性神官将ね」
「妙な色の肌に妙な服、とても神官将としてやっていけるようには見えないわ」
「所詮理気も使えないクソオス、すぐにメッキが剥げてくるでしょう」
これである。秋隆が会場に入って程なくしてから、ギリギリ聞こえるか聞こえないか程度の声で悪意に塗れた言葉が周囲から飛んでくるようになったのだ。
どの人物も久坂秋隆、と言う一個人ではなく史上初となる男性の神官将と言う肩書きにばかり目がいっているのは考えるまでもなく明白であり、何かを為す前から蔑むと言う有様である。
「……(やれやれ、だな)
このような目に遭うならば最初から来るべきではなかったかもしれない。
嘲笑と蔑視から逃れるように会場の隅に移動すると、用意されていた緑茶を一口飲んで深いため息を吐いた。
「……(嫌な疲れ方をしたものだな)」
秋隆は会場の隅で壁にもたれると深く息を吸い込み、呼吸を整える。
「ふん、女に囲まれてさぞ楽しんでるかと思って見に来れば、退屈そうね」
聞き覚えのある声に顔を上げるとちょうど一人の少女がこちらに歩いてくるところであった。
「ルイズか」
秋隆に話しかけてきたのは同じ神官将のルドヴィカ・ウォルキア、いつもと変わらない露出過多な姿をしているが、今日は右手に橙色の飲み物が満たされたグラスを持っている。
「……何よその間抜け面は……」
「知らぬ顔だらけだったからな、そなたの顔を見たら少し安心した」
ニヤッと秋隆が笑みを溢せば、ルドヴィカも呆れたように肩をすくめて見せた。
「ま、あんたはそうでしょうね。でも少しぐらいは顔を覚えといたほうがいい奴もいるわ」
秋隆のすぐ隣に立つとルドヴィカは会場にいる高官たちに視線を向ける。
「四人の大神官はわかるわよね?」
ルドヴィカの視線の先にいるのは厳粛な法衣に身を包んだ二人の女性。
うち一人はルドヴィカ本来の姿にどことなく似た面影を持つ神官だ。
「神官長のカークス・トルキオ、血縁上ルイズの母親であるシャダ・ウォルキア」
簡単に名前だけ告げるとすぐさまルドヴィカは視線を横に移動させる。秋隆も慌てて彼女の視線を追ってみればそこにはシャダと同じ法衣を着た二人の女性がいた。
一人は叙任式の際に見かけた神官。エルメラ人らしい褐色の肌に小さな眼鏡、髪は短く整えられている。
もう一人は鼻を横切るかのように一文字の傷跡を持つ人物。高身長の女性が多いエルメラ人の中にあってもその体格は一回りか二回り大きい。
「んで、あそこにまとまってるのが南のガーラ・クリシアと北のジドス・エメルス、眼鏡がガーラでデカい方がジドス、どっちも武闘派で知られてるわ」
ガーラ・クリシアにジドス・エメルス、確かガーラはルドヴィカの師匠であり彼女を神官将に推薦した大神官だったか?
「次はあっち、宰相アウグスタ・ルベルム、元老院の長、元老院議長もやってるわ」
ちょうど会場の隅でたくさんの蕃神族に囲まれている女性にルドヴィカは顎を向けた。
「蕃神族ばっか侍らしてて、中でもお気に入りの議員が周りにいる三人、通称三羽烏ね」
彼女の視線の先にいる三人はいずれも蕃神族で、一人は眼鏡をかけたthe官僚と呼ぶべき女性。
一人は妙に顔色の悪い、儚げと言うよりかは病弱と言う言葉が似合いそうな少女。
そして最後の一人はアウグスタと話しながらも巨大な骨付き肉から手を離さない粗野な印象の人物である。
「右からグレーン、キエス、ダラニア、元老院議員にも色んな奴がいるけど、どいつもこいつも小物揃いだからルイズの敵じゃないわ」
「また無茶なことを……」
嫌に好戦的な言葉を使うルドヴィカに内心呆れつつも秋隆はアウグスタと三羽烏の周りにいる人間、元老院議員の姿を見た。
大半がアウグスタ同様の蕃神族、しかしよく見ると彼女のすぐ近くに青い肌の女性がいる。
「あ、でもあいつは大物ね、翠明院陽華」
「魔族か」
秋隆の言葉通りその女性はエルメラ人とも蕃神族とも違う姿をしていた。
青い肌に頭から生える狐の耳、背後には九つの尻尾があり、十二単を着ているのもあって古の大妖怪を思い起こさせる女性である。
エルメラ神聖国が出来る前からこの地に住んでいるとされる原生種族、魔族だ。
「そ、魔族の頭目妖魔王、議員である以上にそっちの方が重要かもね」
「その翠明院殿と話しているあの人物は?」
陽華と話している人物は濃い褐色の肌を備えた女性。常に人の良さそうな笑みを浮かべているがその目は油断なく光り、一切笑ってはいない。
秋隆の問いかけにルドヴィカは面白くなさそうに鼻を鳴らす。
「あいつはナイン・アケイオス、多国籍軍事産業カオス・クロールの社長よ」
つまりは武器を売り捌くことを生業とする人間、おまけに他国籍と言う名称がつく以上エルメラだけでなく敵国であるゼデキアとも取引していると見て間違いない。
「死の商人、というわけか」
「いけ好かない奴だけど、あいつの力は無視できないわ」
ルドヴィカとしても戦乱の早期解決を図るどころか、むしろ煽るような真似をするナインに思うはところはあるのだろうが、文句を言う以上のことは出来ないのが現状のようだ。
「あいつの顔見てたら気分が悪くなってきたわ」
これ見よがしに右手に持っていた飲み物を飲み干すとルドヴィカは秋隆に視線を向ける。
「杏、ちょっとルイズに付き合いなさい」
「別に構わぬが、主役が二人とも抜けて問題にはならないのか?」
「なるわけないでしょ、見てみなさい」
ルドヴィカに言われて周りを見渡してみると会場にいる神官や官僚はみなそれぞれの派閥内での会話に熱中しているらしいことが見てとれた。
「わかる? ルイズたちはあくまで添え物で本命はあくまであっち、1、2時間くらいどっか行っててもどうってことないわ」
つまり神官将就任の祝宴と言うのはあくまで建前であり、実際のところは神官たちの会と言うことである。
「そうか? そなたがそう言うならば」
そう言うことならばこちらも遠慮する必要はない。ちょうどこの会場の雰囲気にも嫌気がさしてきたところだ。
「決まりね、早くなさい」
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「隣にこんな部屋が……」
ルドヴィカに連れ込まれたのは隣の部屋。空き部屋かと思ったが掃除は行き届いており、等間隔に並べられた丸テーブルには紅茶の入ったポットやドミノ、トランプなどが置かれている。
「ルイズたちみたいに会場を抜け出してきた人が使う用の部屋よ」
そんな丸テーブルの内の一つに座るとルドヴィカは対面にある席を指差した。
「そっちに座って」
「これは盤双六、それも相当古いタイプか……」
ルドヴィカの着いたテーブルには24のマスに敷きられた盤と白黒合わせて15枚ずつの駒が置かれている。
封神霊廟内で言うところの所謂盤双六、バックギャモンはともかく盤双六の方は随分前に廃れたものだが、こちらの世界では未だに現役らしい。
「元は魔族の文化だけど、あんたもできるんでしょ? 接待モードはいらないからかかってきなさい」
秋隆が席に着くや否やルドヴィカはサイコロを一つ取り、手の中で振る。
「これも神官将に必要なスキルなのか?」
「そうね、強いとあちこちで評判になるでしょうね」
ルドヴィカに応じる形で秋隆もサイコロを放り投げた結果、盤上に出た数字が多いのは秋隆、すなわち彼が先行を取った形だ。
「……鴨川の水に賽の目に僧兵、か」
迷わず秋隆は二つの駒が一つのマスに並ぶように進める。
「ふん、実に小市民的な進め方ね」
「定跡通りの動きと言って欲しいところだな」
続いてルドヴィカもまた勇ましく駒を進めたが、そこでどこからともなく第三の声が聞こえた。
「それは最善、とは言えぬな。ルドヴィカ・ウォルキア」
「っ!」
慌ててルドヴィカが顔を上げるとそこにいたのは妖しげな気配を身に纏う妖怪じみた姿の女性、口角は上がり、その表情にはくっきりと嬉色が浮かんでいる。
思わず秋隆は先程紹介された名前を口に出していた。
「翠明院陽華?」




