第百十九話「ゼデキアの災厄」
いつもお読みいただきありがとうございます。
励みになります。
機魂将
天井を突き破り秋隆とエレミリヤの前に落ちてきたのは異形の姿をした存在であった。
機械的なシルエットに四肢を覆う外甲、背中に装着されたバックパックは先ほどまでフル稼働していたのか微かに熱を帯びている。
ゼデキアの半機械旅団に属する半機械兵士で間違いなさそうだが、以前クリンゲルヴァルドで見たものとは異なり、重厚な装備に鋭角的なフレームと、どこか特別感のあるデザインである。
「……半機械兵士か」
ゆらっと立ち上がった半機械兵士がこちらを視認した瞬間、一瞬秋隆の頭に締め付けられるような痛みが襲った。
「っ!」
意識が揺らぐほどの強烈な既視感、続いて鉢金の奥で鋭い痛みが走り、額の古傷から血が滲み始める。
「……なんだ、これは……?」
感じたことのない違和感に秋隆が戸惑っていると、本来機械であるはずの半機械兵士が凄まじい殺気を放った。
「死ねえ!」
「っ!」
直後秋隆に何種類もの火器による攻撃が殺到し、廊下を爆炎と轟音が支配する。
「死ね、死ねええええええええええええ……!」
目視できる限り放たれたのは小型ミサイル、ガトリング、可視熱線、いずれにせよ軽はずみに屋内で放って良いような武装ではない。
「思い知ったか! ゴミ虫が!」
酷く歪んだ顔で半機械兵士廊下全体を覆うほどの炎に向かってそう叫んだ。
すでに勝利を確信しているらしく、憎悪にまみれた悍ましい表情でも口角が微かに上がっている。
「こんなのを相手に何を手間取っていた!?」
マウントを取るかのような半機械兵士の言葉を受けても、エレミリヤの表情が変わることはない。
ただ炎の向こう側を油断なく見据えるのみで反応らしい反応を返すことすらなかった。
そんな態度が心底気に入らないのか、イライラと舌打ちする半機械兵士
「聞こえているのか? この魂喰らいが!」
「……聞こえている」
一応返事は返したものの、エレミリヤの目が半機械兵士に向けられることはない。
代わりにあれだけ火器を集中したにも関わらず炎が上がるのみで、損傷していない廊下を見渡す。
「……これしきの火力で左近をどうにか出来るならば、楽で良いだろう」
「左近? 確かに奴は左近衛大将だが今はただの……」
半機械兵士が何か言おうとした瞬間、屋内にも関わらず強い風が吹き廊下を明々と照らしてしていた業火を一瞬にして消し飛ばした。
「っ!」
「……随分とご挨拶だな」
炎に代わってそこに立っていた秋隆はあれほどの業火の中にいながらも無傷、しかもよく見れば彼の後ろにある扉も、周囲の壁も一切損なわれていない。
「ば、馬鹿な、どうやって……」
何が起きているかわからず狼狽する半機械兵士とは対照的にエレミリヤは冷静に状況を分析する。
「……理気硬化を周囲に掛けるとともに飛来する兵器に理法念力で干渉、火力を最小限に抑えたという辺りか」
「あの程度でどうにかなる総長ではないというだけのことだ」
正確な分析、それに対してわざわざ肯定も否定もせず、秋隆は憎々し気に顔を歪める半機械兵士を正面から見据えた。
「その底知れぬ悪意に、私に対する隠しようのない怨嗟、ただの半機械兵士ではないな?」
「一般的な量産機ではなく、これまでの実戦データを元に作られた新型、識別名は機魂将」
機魂将とやらを一瞥し、口を開いたエレミリヤの声音は恐ろしく冷たい。
「……個体名はグーラ・マグオール、ゼデキアセハル艦隊司令殿だ」
「此度の戦の司令官直々のお出ましと言うことか」
なるほど、確かにエレミリヤの言うように今目の前に立っている機魂将のグーラ・マグオールは以前クリンゲルヴァルドで戦った者よりも遥かに高いスペックを備えているのだろう。
しかしどういうわけか先ほど攻撃を捌いた感じでは多少火力が上がった程度の違いしかなさそうだ。
むしろスペックや火器に頼った戦い方をする分こちらの方がまだ楽な相手になりそうな気すらする。
そこまで考えた秋隆だったが、全身に寒気のようなものを感じすぐさまグーラへ意識を戻した。
「大人しく死んでアウグスタ・ルベルムを寄越せ!」
グーラが怒声を発するとともに右手首が展開、小型の火炎放射器が姿を現す。
「むっ!」
「死ねええええええええええええええええええええ……!」
直後、空気を焦がす音がして、秋隆目掛けて凄まじい炎が吐き出された。
しかし秋隆にとってこの程度涼風のようなもの、地面に散らばっていたミサイルの破片を理法念力で操作し、発射口目掛けて投擲する。無論理気纏化を掛けて強化することも忘れない。
刹那、理法念力で以て放たれた破片は正確に飛来、グーラの火炎放射器を貫き、無力化した。
「なっ!」
慄くグーラを尻目に秋隆は鼈甲霊亀を振り上げるとともに開いていた距離を一気に詰める
「受けよ!」
「舐めるな!」
忌々し気に顔を歪め、秋隆に応戦する形で腰から非実態剣を引き抜き、そのまま横薙ぎに振るうグーラ。見た目とは裏腹な豪腕に、理気纏化を掛けても尚、秋隆の両腕に痺れるような感覚が走った。
「……むっ!」
「そらそら! どんどん行くぞっ!」
続いて恐ろしい速度で縦横無尽に振るわれるグーラの非実態剣。スペックに頼っただけの斬撃だが、しっかり理気纏化は掛かっており、当たれば容易く致命傷を負うことになろう。
「……(精度はともかく早い上に重い)」
鼈甲霊亀を振るい、どうにか活路を見出すべく攻撃を凌ぎ続ける秋隆の様子を見てグーラは唾を飛ばすような勢いで哄笑した。
「あははははははははは……! どうしたどうした!? 霊亀将だなんだと言われても所詮はカスオス、その程度か……?」
「……(落ち着け、このようなタイプの対処などいかようにも出来るはず)」
次の瞬間、秋隆の瞳に鋭い光が宿り、グーラの剣筋を正確に予測、そのまま鼈甲霊亀が非実態剣を絡めとる。
「なっ!」
「……そこだ」
気合いを込めた一閃とともにグーラの腕を離れ廊下を転がる非実態剣。剛力による武装解除ではなく身体操作を用いた技術、卓越した剣技を持つ者のみが放てる一撃だ。
続いて、得物を奪い取った勢いそのまま、トドメを刺さんと秋隆の放った二の太刀がグーラに迫る。
だが、間一髪のところで足の裏からジェット気流を噴射、後方に逃れる形で斬撃を回避した。
「将というにはあまりに品のない言動に身体能力頼りの稚拙な剣術」
呆れ果てたと言わんばかりに深いため息を吐き、廊下に転がる非実態剣を一瞥する秋隆。
「エレミリヤは元より、同じ半機械兵士ならばクリンゲルヴァルドで戦ったあの娘の方が遥かに将らしいかもしれぬな」
「だ、黙れえええええええええええ……!」
グーラの顔が憤怒から深紅に染まる。今度は両手の指先に高熱を纏い、秋隆を貫かんと迫った。
「……(剣技はともかく、基礎的な能力に関しては驚異的なものがあるな)」
恐ろしい速度と科学的武装に理気を絡めた戦闘技術、それだけならば最初の見立て通り相当なものだろうが、スペックに頼るばかりで剣術や格闘術といった武芸を全く使いこなせておらず、それ故本来使える高スペックを活かしきれていない。
否、基本的な武術を会得していないにも関わらず秋隆とここまで渡り合えることこそが逆に機魂将が持つ潜在能力の高さを証明していると言っても良いだろう。
「死ねえええええええ……!」
連続で貫手を仕掛けるグーラ。確かに早いが動き自体は稚拙、この程度の動きで秋隆をどうにか出来るわけがなかった。
「……そこか」
攻撃を見切るとともに秋隆は腰を下げ、そのまま隙を突く形でグーラの腰を一文字に両断する。
「ぐぎゃああああああああああ……!」
「恨むまいな? それほどの敵意を向けた以上とうに覚悟は出来ているはずだ」
深紅の血が廊下を濡らす中、身体を真二つされても尚グーラは生きていた。
「ひ、ひ、ひいいいいいいいいいい……」
ジタバタと足掻き、少しでも秋隆と距離を取ろうと藻掻く。あまりにも往生際の悪い姿だ。
「……そこまでだ」
理法念力でグーラを空中に浮かばせると、エレミリヤは秋隆の前に立つ。
「エレミリヤ・クリューア」
「この勝負私が預かる」
油断なく秋隆を観察しつつグーラを回収、器用に左手で彼女の襟元を掴んだ。
「こ、殺せ! 奴を殺せ!」
まだ何か騒いでいるグーラを一瞥もせず、首を振るエレミリヤ。
「……それどころではない、もたもたしていては帰る場所を失う」
そのまま刀を納めると両手でグーラを抱え、ふわりとその場に浮かび上がる。
「は、放せ! 放さんか!」
「久坂杏一郎、いずれゼデキア帝都、ノスフェラにて見えることを……」
雷光を放ち、一瞬秋隆の目を眩ませるとそのままエレミリヤは天井に開いた穴から外に出ていった。
_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_
未だ戦闘の続くキュリアス甲板、激しい攻防の果てにルサルカは呼吸を荒げながらアイオナと距離を取る。
「っ! 稀黒将のお姉さん、中々勝たせてくれないね」
「役目を受けた以上果たさなければならないの。心底面倒だけどね」
刀でトントンと床を叩き、ふとすぐ上から強力な気配が近づいて来るのを感じた。
「でも、それもここまでかもしれないわよ?」
「はい?」
キョトンと首を傾げるルサルカの前に降りてきたのは久坂綾音。右手に握る刀は半機械兵士の返り血で濡れている。
「……そちらの機械人形どもは全滅した」
血振りをして気を整えつつ、綾音はルサルカを睨みつけた。
「海域も今やエメルス近海、最早そちらの不利は揺るがぬであろう」
「むぐぐぐ……」
「……これまでだ。ルサルカ」
虚無的な声とともに甲板に開いた大穴から何者かが飛び出す。
「エレちん!?」
「これ以上この場に留まっても得るものはない。撤退する」
片手でグーラの上半身を抱え込み、全身返り血に浴びた姿、どこからどう見ても敗軍の将と言うべき様相だ。
「行かせるとお思いか?」
エレミリヤの撤退を阻むべく、綾音が彼女の前に立つ。
「兄上様の座乗船を狙っておいて、五体満足で帰ろうとはあまりも不遜極まる」
「……ほう、そちらの女は見た目以上に血の気が多いらしい」
先手を打つ形で綾音は左手から赤い龍を放ったが、エレミリヤは全身から真紅の稲妻を放ってこれを霧散させた。
「っ!」
「……中々出来るらしいが、左近ほどではないな」
「そうだ! 杏のこと!」
はっとした表情で大穴に飛び込もうとするルサルカであったが、その襟首をエレミリヤが掴む。
「ぐえ!」
「……いずれ邂逅の機会はある。それまで辛抱しろ」
「ええっ!」
「ここから逃れることが出来るならばそのような些事どうとでもなる。それに……」
そこまで話してちらっとエレミリヤの瞳が大穴の奥、先ほどまでいた空間に向けられた。
「我らと左近の縁、この程度で切れるものではない」
エレミリヤの言葉にただならぬものを感じたのか、綾音の瞳に困惑の色が浮かぶ。
「そなたは一体……」
「ここまで来ておいて無傷で逃げれると思ってる?」
逃がすまいと今度はアイオナが前に出たが、これを見てルサルカが騒ぎ始めた。
「え、エレちん! あの人めちゃんこ強いよ! 逃げるなら早くしないと……!」
「噂に聞く五清将、戦うは今ではない」
即座に動きを止めようとアイオナは現象を放つ。しかし彼女の理気が届く前にエレミリヤを中心に光のドームが出現、そのまま三人をいずこかへと転移させた。
「時空捻転現象……!」
これが使えるということは九識以上の実力、エレミリヤの底知れなさに綾音も思わず唇を噛む。
「……随分と面倒そうな相手、ね」




