第百十八話「炎電氷雷」
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エレミリヤとの戦い。
凄まじい理気を放ち、臨戦態勢を取るエレミリヤに対して、秋隆もまた鼈甲霊亀を引き抜き、戦闘に備える。
「それでは参る」
感情の籠っていない声音で一つ呟くと、エレミリヤは前方に理気を収束、あいさつ代わりとばかりに真紅の雷撃を放った。
無論秋隆もそのままというわけではなく、即座にこれを見切るとともに鼈甲霊亀を振り上げ、攻撃に備える。
しかし彼が鼈甲霊亀を一閃して攻撃を弾くとともに刀身が一瞬にして炎上した。
「これは……!」
すぐさま血振りをして火を振り払ったが、これまで起きたことのない現象に秋隆の表情が険しくなる。
「……(普通の雷でない、と考えるべきか)」
並大抵の理気では秋隆の理気纏化を貫いて鼈甲霊亀に直接一撃を加えることは出来ないし、出来たとしても単純な雷の属性攻撃でこのような現象を引き起こすことは出来ない。
つまりエレミリヤが使用したのは雷に酷似した何らかの現象と言うわけだ。
「……(正体が見えない現象が相手となると、いささか厳しいな)」
手の内がわからない相手ほど恐ろしい存在はいない。ましてや今目の前に立っているのは八識クラスの理気使いである。
しかし今秋隆が立つ場所は此度の戦闘における最終防衛ライン。一歩でも後ろに下がることは敗北を意味するのだ。
「……(逃げるわけにはいかないな)」
「覚悟は出来たらしい。ならば……」
瞬間、エレミリヤの右手が微かにブレ、その先端が光を放つ。
「っ!」
「仕掛けさせていただく」
彼女が刀を抜いたと秋隆が認識した次の瞬間、恐ろしい速度でエレミリヤの身体が飛び込んできた。
直後、理気纏化を掛けた二つの武具がぶつかり、凄まじい衝撃波が船全体を震撼させる。
どうにかエレミリヤの初太刀を凌ぐことは出来たものの、その速度決して並ではない。
気を引き締めるとともに唇を噛む秋隆だったが、相手の実力に戦慄したのは彼だけではなかった。
「……(予想以上の剣速、やはりただ者ではないか)」
数合打ち合ったのみですぐさま後方に下がるエレミリヤ。表情は一切変わっていないが、額には微かに汗が浮かんでいる。
「……(噂に違わぬ実力)」
無表情ながらも微かに揺らぐ瞳、どうやら彼女もまた秋隆の実力を見せつけられ内心閉口しているようだ。
無論エレミリヤとしても侮ってかかっていたと言うわけではないが、予想していた以上の能力に少なからず焦燥感抱く。
「これは私も本腰を入れねば太刀打ちできんか」
そう呟くとともにエレミリヤの瞳孔が一瞬だけ細くなり、一秒後左目から理気による閃光が放たれた。
「理刃」
「っ!」
それは六耳彌猴が使用する攻撃的な理気を束ねて放つ破壊光線。原理としては彼女らと変わらぬだろうが、その威力速度ともに段違いである。
「その程度!」
しかしそこは歴戦の理気使いたる秋隆、すぐさま左掌に群青色の蓮花を出現させ攻撃を吸収、無力化した。
「凌いだか、奇妙な現象を使用する」
刀を右手に握り、エレミリヤはじっとりとした目で秋隆を見据える。
「この程度の攻撃などどうとでも出来るということか?」
「……生憎、六耳彌猴との戦いには慣れているものでな」
蓮の花びらが舞い散る中、秋隆は鼈甲霊亀を脇構えに携え、エレミリヤに肉薄した。
「……ふむ」
これに応じる形で上段から刀を振り下ろすエレミリヤ。そのまま互いが互いの先の先を取るように激しい打ち合いを繰り広げる。
「強いな」
何度目かの打ち合い、鍔迫り合いの中でエレミリヤはそう零した。
「……これでは仮に全力を出したとしても勝てるかどうかわからん」
「……そういう割にあまり焦っているようには見えんぞ?」
秋隆の言葉とともに鍔迫り合いは解消され、再び打ち合いとなるが彼の言う通りエレミリヤの表情は冷静そのものである。
「見た目と言うものはお前が想像している以上に当てにならない」
横薙ぎに放たれた一撃を後ろに飛んで回避しつつ、エレミリヤは右手の人差し指から理刃を放った。
相変わらず恐ろしい速度に正確な照準、しかし正確と言うことはある意味予測をしやすいとも言える。
「そこか」
理気纏化を掛けた鼈甲霊亀で一閃、一瞬周囲を眩しい光が席巻し、その後理刃は霧散した。
「……見た目と言うものは当てにならない。それはそなたの正体にも当て嵌まることか?」
油断なく得物を構えつつ、秋隆はエルメラ人らしい褐色の肌と蕃神族の特徴である長い耳を一瞥する。
両種族の外見的特徴を併せ持つダークエルフのごとき存在はこれまで世界のどこにもいなかったはずだ。
「無回答とさせてもらう、と言いたいところだが……」
秋隆の問いに対して、何事かを考えるように一瞬だけ瞑目するエレミリヤ。やがて考えがまとまったのか瞳を開き、微かに顎を引く。
「もしお前が私を倒すことが出来たならば、そちらの質問に何でも答えてやるとしよう」
「っ!」
予想だにしなかった言葉に秋隆の表情が気色ばんだ。
何でもと言うことは彼女が何者であるのかだけでなく、アウグスタの背後関係などについても知ることが出来るかもしれない。
「……二言はないな?」
望むべくもない好機に胸が熱くなりそうだが、秋隆は可能な限り心を冷静に保つように心がける。
「無論だとも、それが果たせるかどうかは別問題だがな……」
刹那、エレミリヤは鞭のように刀を振るい、青白い稲妻を放った。
すぐさま秋隆も鼈甲霊亀を振り上げてこれを弾いたが、次の瞬間稲妻に触れた個所が白く変色し、一瞬にして凍結する。
「何っ!」
「ほう、理刃はおろか氷電すら凌くか」
現象の正体がわからず冷や汗を流す秋隆を尻目にエレミリヤは酷薄な笑みを浮かべた。
「そうでなければ甲斐がない」
続いて放たれたのは最初に使用した赤色の電撃。戸惑いながらも鼈甲霊亀で打ち払えば、とんでもない熱気に秋隆の顔が熱る。
「……(熱と凍気、一体どういう現象だ……?)」
「戸惑っているらしいな」
全身に理気の電撃を纏うと、エレミリヤは右手に持っていた刀を腰に納めた。
「では今度は同時に放つとしよう」
エレミリアの右手に赤い電撃、左手に青い電撃が出現し、時間を置かずこれを同時に放つ。
「……さすがに、見殺しには出来ぬな」
すぐ後ろにある犯罪者収容区域を一瞥し、秋隆は幾重にも連なる竹の盾を後方に出現させて扉を守護、そのまま大きく跳躍して攻撃を躱した。
「……人質がいるのもお構いなしか!」
どうにかエレミリヤの現象を盾で凌げたことに安堵すると、隙のない動きで鼈甲霊亀を構えなおす。
「……こうでもしなければお前を倒すことは出来ない」
「やれやれ、私が元宰相を盾にでもしたらどうするつもりだ?」
秋隆の問いにエレミリヤの両目が僅かながら広がった。
「なるほど、人質、アウグスタ・ルベルムを盾とするか、確かにそれは有効な手立ての一つであろう。しかし……」
そこで一旦言葉を切ると、彼女は恐ろしく真剣な目で秋隆を見据える。
「それは天下に名高い久坂左近衛中将の戦い方ではない」
「……どうかな? 主命のために敢えて卑怯な行為に手を染めることもあるかもしれぬぞ?」
実際のところエレミリヤの言う通り卑怯卑劣な方法を嫌う秋隆がそのような手段に出ることはない。
だが、古今東西正々堂々とした戦いと言うのは常に不利を強いられるようなものだ。
そのため、場合によっては卑怯なこともするかもしれないと匂わせることで牽制しようと思ったのだが、エレミリヤは微かに首を振る。
「しない。その行為を卑怯と認識している以上、お前はその戦い方を選ぶことはない」
「……随分、私のことを高く買ってくれているのだな」
「正当なる手段でもって正当なる結果を得る。それが神州の武士たる者の生き様だろう?」
予想だにしていなかったエレミリヤの発言に思わず絶句する秋隆。今のは彼ばかりでなく、四千年前に生きた神州人のことを知らねば出てこないような発言だ。
「……エレミリヤ・クリューア」
鷹のごとき鋭い瞳で相対する敵を正面から見据え、鼈甲霊亀の切っ先を真っすぐ向ける。
「必ずや正面からそなたを打倒し、正体を明かしてもらう」
「それが久坂左近衛中将のやり方であるならば、やって見せろ」
双魄将、その正体は相変わらず不明なままだが、エレミリヤ・クリューアと言う人物が今や希少な四千年前の情報を持つ人物であることだけは確かだ。
そんな存在が何故ここにいるのか、何が目的なのか、そのことを明らかとするためにも彼女を倒さねばならない。
「……行くぞ!」
最初に仕掛けたのは秋隆、鼈甲霊亀を振り上げ、エレミリヤに肉薄する。
「……相変わらず侍らしい太刀筋だ」
搦手を一切用いることなく、正面から剣術勝負を挑む秋隆の姿に若干呆れるエレミリヤであったが、特段何も言わずに刀を抜き、迫りくる斬撃に応じた。
「はあああああああああああ……!」
「むっ! これは……!」
正確な身体操作に精妙かつ力のこもった剣捌き、先ほどよりも明らかに数段レベルの上がった動きにさすがのエレミリヤも全力で以て応戦する。
ほぼ互角の決闘、見ているだけでも意識を持っていかれそうなほどに緊張感と気迫に満ちた戦闘だ。
「……どうやら此度の一戦は我々の負けで終わりそうだな」
何十合、あるいは何百合という打ち合いの果てに距離を空け、エレミリヤは残念そうに首を振る。
「どう言う意味だ?」
「言葉通り、ここをお前のような者が固めている以上アウグスタ・ルベルムの奪還は不可能に近い」
今回エレミリヤらが来たのはアウグスタ・ルベルム救出のためだが戦力の大半を失った上にここまで長期戦になってしまえばそれも絶望的、まだ何らかの行動できたとしても最早負け同然なのだ。
「それに、どうやら厄災が迫ってきているらしい」
「厄災?」
「一つお前に詫びておくことがある」
刀を腰に納めると静かに目を伏せすエレミリヤ。当然意味が分からず、秋隆は首を傾げる。
「確かにお前は強い、それ故に我らは主命のため卑劣極まりない手段を用いねばならぬだろう」
「エレミリヤ・クリューア、それは一体どう言う……?」
秋隆が言葉を続けようとした瞬間、凄まじい衝撃とともに天井が爆ぜ、何者かが上から落下してきた。




