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霊亀将  作者: 花鏡
総長中将編
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第百十七話「稀黔鳴動」

いつもお読みいただきありがとうございます。

励みになります。

危険な甘味。

「残存戦力減少、戦線維持困難」


 鳴り響く警報にあちこちを行き来するオペレーターたち。どう考えてもゼデキア側が圧倒的に不利な戦況、そのためヤンシャオグイの発令所は非常に慌ただしい。


「エルメラのゴミどもに何というザマだ!」


 イライラと地面を蹴飛ばすグーラに追い討ちを掛けるかのように再び警報が鳴り響く。


「大陸方面より反応多数」


「友軍か!?」


「否定、この反応は鬼紋獣、カテゴリーSとカテゴリーA」


「な、なんだと!?」


 予想だにしない報告にしばし呆然と立ち尽くすグーラ。エルメラ側に追い込まれると言うのもそうだが、ここに来て鬼紋獣が現れるなど完全に想定外の出来事だ。


「双方小隊規模、高速接近中」


「数分後に接触予測、戦闘不可避」


「馬鹿な、何故このタイミングで奴らが、しかも大陸種が現れる!」


 セハル海域を根城とする水棲種ことカテゴリーSだけならまだしも、大陸にしか出ない大陸種ことカテゴリーAの接近、信じられない展開にグーラの表情が鬼女のように歪む。


「エレミリヤ・クリューア、ルサルカ・コルネリウス両名に撤退命令を出します」


「残存戦力回収のため、浮上準備に入ります」


「う、うぬぬぬぬぬぬぬ……」


 部下がまだ何か報告しているのも聞かず、グーラは怒りの気運を纏い発令所を後にした。


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 不意を突く形で放たれたアイオナの一撃、しかしルサルカは理気硬化の掛けたロリポップキャンディーを振り上げこの一撃を凌いだ。


「私の初太刀を凌ぐなんて、思った以上に目は良いみたいね」


 強力な理気がぶつかり合い、空間が軋む中予想外とばかりに唇を尖らせるアイオナ。


「ふん、こんなものルーにとっては大したことないよ!」


「それが大言壮語でないなら大したものだけれど……」


 アイオナが微かに笑みを浮かべるとともに、彼女の身体が宙を舞う。


「っ! 何をするつもり?」


 何を狙っているのかはわからないまでもとんでもなく嫌な予感に楽観的なルサルカもさすがに顔を強張らせた。


「こうするつもり」


 短くアイオナが呟くとともに先ほどまで彼女が立っていた地点が微かにひび割れ、粘着質な液体が吹きあがる。


「なっ!」


「足元を疎かにしているようじゃまだまだね」


 慌ててルサルカも地面を蹴り後ろへ逃れたが、追撃激しく完全に回避することは出来なさそうだ。

 万事休すと言うべき状況。しかしルサルカに勝負を捨てるつもりはないらしい。


「まだまだ!」


 手に握っていたロリポップキャンディーを鞭のように振るえば彼女の周囲に漂う理気が白濁した液体に変化、そのままアイオナの現象を打ち消す。


「……なるほど、この私の現象も退けることが出来るってわけね」


「少しはヒヤッとしたけど、正体が割れちゃえばどうってことないかもね」


 無邪気な笑みを見せながらロリポップキャンディーを齧るルサルカ。アイオナがいかなる現象でもって攻撃をしているのかすでに見抜いているようだ。


「そっちの現象は多分接着剤、ううん物と物が接合するって現象そのものとかなんじゃない?」


「……よくわかったわね」


 面倒そうにため息を零すとアイオナは左手に理気を収束、掌の中で半透明の液体を生成する。


「私の現象は土と水で発現した糊、あらゆるものを接合することが出来るわ」


 アイオナの手の中で白、透明、琥珀色と慌ただしく色を変える糊。見た目ばかりでなく性質も変化しているようで、シンナーのような匂いがしたかと思えば次の瞬間には木工ボンドのものへと変わり、かと思えば無臭になるなど様々だ。


「紙と紙、木と木、金属と金属、他には……」


 直後、アイオナの左手に溢れていた糊が前方に広がり、微かに空間が歪む。

 続いて空間に広がっていた糊が消えたかと思うとルサルカのすぐ前にアイオナが瞬間移動した。


「えっ!」


「非物質と非物質、なんかもね」


 上段から振り下ろされたアイオナの刀をロリポップキャンディーで受け止めるルサルカ。

 どうにか攻撃自体は捌けたものの、かなりギリギリのタイミングだったらしく、額に汗がにじんでいる。


「チート! というか空間と空間を接着するとこんなことが起きるの!?」


 仕切り直しとばかりにアイオナとの距離を空けると悔しそうに表情を歪めるルサルカ。


 普通の糊では非物質、すなわち空間に干渉することなど出来ない。

 しかしアイオナの操る現象はそのような本来不可能なことすらも可能としてしまうのだ。

 空間と空間を繋げて瞬間移動したり、糊に触れた相手をその場に貼り付けて動きを止めるなどが代表的な例であろう。


 以前桔梗城で秋隆の腕を空中に縫い付けたり、地面がないにも関わらず宙に立つことが出来たのもこの能力によるものだ。


「……何故糊の発現でここまでのことが出来るのかわからないけど、出来る以上利用しない手はないわ」


 トントンと刀の峰で肩を叩きつつ、アイオナは微かに首を振る。


「さて、それじゃそっちの現象もそろそろ教えてもらえる? 自分で考えるのは面倒なの」


 やる気がなさそうなアイオナの言葉を受け、どことなく機嫌良さそうに頷くルサルカ。相手の能力を的中させたことが嬉しいようだ。


「ルーの現象? それはもちろん……」


 ルサルカがロリポップキャンディーを振るとともに、彼女の周囲に液体が渦巻き、甘い匂いが場を支配する。

 やがてその液体は少しずつ粘度を増していき、最終的に無数の飴玉に姿を変えた。


「これは、飴?」


 周囲に漂う色とりどりの飴玉を眺めつつ、アイオナは微かに首を傾げる。


「ルーが操るのは砂糖! そっちと同じで土と水!」


 次の瞬間、無数に浮かんでいた飴玉が理気に包まれ、弾丸のような速度でアイオナに襲い掛かった。


「……青いわね」


 しかしこの程度の攻撃を予測できないような五清将ペンタグラムではない。

 神速の動きで刀を振るい、飛来してきた飴玉を全てルサルカ目掛けて弾き返す。


「わわわわわわわわ……」


 慌てた様子で飴玉を回避し、いくつかは理気纏化を解除して口の中に放り込むルサルカを眺めながらアイオナは深いため息をついた。


「私も甘党だと思ってたけど、こんなに危険なお菓子は遠慮したいとこね」


「やっぱ、これくらいじゃ牽制にしかならないか……」


 しばしモゴモゴと口を動かしていたルサルカだったが、やがて口の中に入っていた飴玉を全て嚙み砕くと微かに喉を鳴らす。


「うーん、ちょっと甘くしすぎたかな?」


「戦闘中におやつだなんて、随分余裕ね」


 ゆらっと刀を振り上げるアイオナに対抗するかのようにルサルカはロリポップキャンディーを天高く掲げた。


「ところで鼈甲飴は好き?」


「は?」


 質問の意図がわからずアイオナが訊き返した瞬間、ルサルカの周囲に鼈甲色の液体が渦巻く。


「これは、砂糖水じゃなくて融解した砂糖……」


「ふふふ、良い色でしょ?」


 ニコニコと無邪気な笑みを見せるルサルカであったが液化した砂糖とわずかでも触れた鋼鉄の床は赤熱し、数秒後には爛れ落ちていた。

 とんでもない温度、これをまともに受けようものならば掠っただけで致命傷となるのは間違いない。


「……酷く、面倒な展開ね」


 アイオナが顔を顰めるとともにルサルカの周囲を漂っていた鼈甲飴が明確な意思を持って動き始める。


「……(どうやら、私の能力の弱点を見抜いたみたいね)」


 標的は言うまでもなくアイオナ、匂いこそ砂糖のものだが、まるで溶岩が迫って来るかのような感覚だ。


「けどまだまだ……!」


 手に持っていた刀を地面に突き立てると、アイオナは両手に理気を収束させる。


「はあっ!」


 彼女の手から放たれたのは大量の液体、まるで瀑布を前にしたかのような勢いだ。


「残念、異なる状態の物質を一度に接着することは出来ないんじゃないの?」


 得意げなルサルカ。そうアイオナの操る現象の弱点は固体や液体、気体と言った状態の異なる存在を複数接着することが出来ない所にある。

 つまり液化した砂糖を接着した場合、直後に固形化した砂糖を貼り付けることは出来ず、その逆もまた然りと言うわけだ。

 どちらに合わせて接着しても、その直後性質を変えればアイオナの現象をすり抜けることが可能となる。要するにあの現象は二段構えの攻撃と言うわけだ。


 だが、弱点を突かれたにも関わらずアイオナの表情に焦りはない。


「それじゃ、どうなるか見てごらんなさい」


 大瀑布のごとき液体を受け周囲の湿度が一気に上昇し、霧が広がる。

 やがて霧が晴れるとそこには意外過ぎる結果が広がっていた。


「あ、あれ?」


 結果を見て素っ頓狂な声を上げるルサルカ。何故か液化した砂糖は空間に固定されることなく固形化し、床に落ちている。


 一応この状態でもルサルカならば操ることは出来るが、そんなことをしても改めて個体用に狙いを定めた現象を発現されるだけだ。


「……いつ私が現象攻撃を放つと言ったの?」


 地面に突き刺さっていた刀を引き抜き、気だるげに吐息を漏らすアイオナ。


「もしかして今のって、水?」


「……現象攻撃ばかりに気を遣って、基本的なことを忘れていたようね」


 アイオナの言う通り、先ほど彼女が放ったのは現象攻撃たる糊ではなく、属性攻撃に属する能力である水。

 弱点を突かれたことを理解し、敢えてこちらで迎撃したのである。


「属性攻撃で、現象攻撃を止めるなんて……!」


 またしても出し抜かれ悔しそうなルサルカの顔を見て、アイオナが気を緩めた刹那。


 超高度から恐ろしい速度で何かが飛来し、キュリアスの床に激突した。

 続いて凄まじい轟音とともに破壊困難であるはずの床に穴が開く。


「これは、久坂妹に後で叱責されても仕方ない、わね」


 焦ったように冷や汗を流すアイオナ。大穴が開いた場所は秋隆のいるエリアの真上であった。


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「……随分と騒がしくなってきたな」


 キュリアス最深部、罪人収監用の区域、油断なく鼈甲霊亀の柄を握りつつ、秋隆は天井を見上げた。


「どうやらこの私を助けに来たみたいね」


 アクリルの板を一枚挟んで隣の部屋に幽閉されている元宰相アウグスタ・ルベルムの言葉を受け、秋隆の表情に険しいものが宿る。


「この船にどの程度の戦力がいるのか知らないけど、多勢に無勢、あんたたちに勝機はないわよ?」


「ほう、その言い回し、どこの誰が助けに来たのか知っているのか?」


「っ!」


 秋隆の追及にはっとしたように口を押えるアウグスタ。その反応を見る限り何らかの考えあっての発言ではなく、口を滑らせてのものらしい。


「国内の勢力を粗方抑えた今、ここまで大掛かりな行動をとれるのは国外の勢力のみ、我が国の国家権力者殿は敵国と強いつながりを持っておられるらしい」


 すでにアウグスタシンパの国内勢力は軒並み監視対象となっており、彼女の派閥も各地で締め付けられているのが現状。

秋隆の言う通りこのような軍事行動が起こせる 者たちが国内にいないならば、この騒ぎは国外勢力によるものであることは明白だ。


「だったら、どうするって言うの?」


 開き直ったのか強気に声を上げるアウグスタを冷ややかに眺めつつ、秋隆は微かにまなじりを吊り上げる。


「知れたこと、今後のために誰とどういう繋がりがあるのか詮議する」


「ふ、ふん、そんな出来もしないことを言うものではないわよ?」


 その恐ろし気な気配に内心慄きながらも、外面だけはどうにか取り繕い言葉を続けるアウグスタ。


「一時間もすればあんたらは海の藻屑になってるし、私はエルメラから遠く離れた場所に逃げおおせているわ」


「言葉を返すようだが、それこそが『出来もしないこと』だな」


 秋隆がそう零すのとほぼ同時に、彼の第六感が強力な理気使いの気配を察知した。


「……(こちらに向かっているな)」


 どうやら上の警備を突破して何者かが船内に押し入ってきたらしい。恐らくここまで来るのも時間の問題であろう。

 これ以上ここにいても得る者はない。そう判断すると秋隆は収容区画を出て持ち場へと向かった。


_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_


 収容区画前の廊下に秋隆が出ると、そこにはすでに侵入者がいた。

 虚無的な雰囲気に褐色の肌、蕃神族アルコーンを思わせる長い耳を備えた女性。その無機質な表情は仮面を被っているかのような印象を受ける。


「様子を見るにお前がエルメラ神聖国の最大戦力、総長グランドマスター霊亀将久坂杏一郎か?」


 見た目に違わぬ冷たい声、彼女が口を開くだけで寒気のようなプレッシャーが秋隆に襲い掛かった。

 しかしその程度の圧迫感クリンゲルヴァルドで尸道草相手に経験済み、これを涼風のように受け流し、笑みすら浮かべて見せる。


「最大戦力、とは随分と過剰な評価を頂いているらしいな」


「申し遅れた。私はエレミリヤ・クリューア、お前の後ろにいる元宰相、アウグスタ・ルベルムの救出任務を受けている」


 軽く目を伏せ頭を下げる双魄将グノーシアエレミリヤ。隙のない身のこなしに礼を尽くした品のある所作、神州の礼法指南すら唸らせるようほどの見事な動きだ。


「丁寧な自己紹介痛み入る」


 これに応じて秋隆もまた戦場とは思われぬほどに丁寧な動きで頭を下げる。


「従四位下左近衛中将久坂杏一郎秋隆、エルメラでは総長グランドマスターの地位にいる」


 ここまで丁重な動きで応対してくれたことに敬意を表し、秋隆も礼を尽くそうと正式な名前で名乗りを上げてみたが官位官職、いずれも神州由来のもののため現代人の中で理解出来る者は少ない。

 しかし意外なことにエレミリヤは微かに目を細め、一度だけ小さく頷いて見せた。


「従四位下の左近衛中将、では総長中将殿ということか……?」


 自分の名前を完全に理解したらしいエレミリヤに秋隆も意外そうに嘆息を漏らす。


「その反応、そなたは一体……?」


「今の私はアウグスタ・ルベルム救出任務を受けた刺客であり、双魄将グノーシアの一人であり、同時に……」


エレミリヤから吹き出す凄まじい敵意、その凄まじい理気に空間が軋み始めた。


「……お前の敵でもある」

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