第百十五話「神は我が正義」
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海上の戦い、開始。
キュリアスから西に数百キロ離れた地点。太陽の光も届かぬほどの深い海の底に、それは存在する。
全長二百メートルはあろうかという筒形の巨大建造物、もしこの深海に来るものがいるならばその巨大な威容を見ることが出来るかもしれない。
「……先制攻撃に成功いたしました」
ソナー音響く広々とした発令所、モニターのデータを確認していたオペレーターは機械のごとき平淡な声でそう告げた。
否、機械のごときと言う言い回しは適切ではないだろう。何故ならばその肉体は生命よりもむしろ機械に近い構造をしているからだ。
半機械兵士、エルメラの隣国、ゼデキア帝国にて半機械師団を構成する機械と人間のハイブリッド兵士。
見た目は人間の少女と変わらなくとも、その身体の大半は高度なテクノロジーに裏打ちされた機械に代替されている。
そんな彼女らがいるこの場所はゼデキア帝国の最新鋭潜水艦ヤンシャオグイ。強襲揚陸を可能とする巨大潜水艦の発令所だ。
「続いて待機中の各部隊を発進させます」
目の前の機械を操作し、オペレーターが関係各所に発令を飛ばすと、彼女のすぐ後ろで大きな影が蠢く。
「敵は徹底して攻撃し、殲滅せよ!」
険しい表情でそのような指令を飛ばすのは簡素な装束のオペレーターとは違い、見るからに軍服と言うべき立派な服装を身に着けた大柄な半機械兵士
黒い上着に金銀で飾られた軍刀、胸元にはいくつもの勲章が飾られている。
特徴的なのはその耳、機械らしいメカ耳の半機械兵士とは違い、まるで蕃神族のように尖った、生身のエルフ耳をしているのだ。
見た目としては二十代後半と言った塩梅の相貌だが、半機械兵士と言うのは肉体と年齢が一致する方が珍しいため、それだけで年齢を推し量ることは出来ない。
だがその目は長い年月、欲望のままに生きてきた老人特有の濁り切った醜いものであり、相当の年月を生きてきたことだけは察せられる。
「出し惜しみせずに保有戦力を投入しろ!」
同じ半機械兵士でありながら、静かな声のオペレーターとは違いガーガーと喚くように指示を飛ばす女軍人。
「エルメラの黒豚どもを蹂躙するのだ!」
「……グーラ」
突如として近くから聞こえてきた声に女軍人、グーラは飛び上がらんばかりに驚いたが、その内面を見せることはせずに声の主に視線を向けた。
「ちっ! 貴様か……!」
そこにいたのはグーラや他の半機械兵士とは異なり、どちらかと言えばエルメラ人に近い褐色の肌をした少女。
恐ろしく虚無的な紫の瞳に束ねることもせずにただ流されるだけの色素の薄い髪、身に纏うものも死装束を思わせるような白一色の衣に、腰に帯びた白骨のごとき意匠を持つ武骨な刀とまるで生気のない、人間離れした見た目をしている。
こちらもグーラ同様エルフ耳をしているがこちらは褐色の肌、強いて言うならばダークエルフと呼ぶべき見た目だ。
「一体何の用だ?」
「此度の戦いはあくまでもアウグスタ・ルベルムの救出であったはず」
グーラの妙に威圧的な発言に対して、見た目通りまるで生気のない異様に平淡な声で反駁する少女。
「敵艦を轟沈させてしまっては我らの任務に支障をきたす」
「そんなことは二の次だ!」
最初から少女の諫言など聞く気はないのか、グーラはすぐ近くに置かれた机に握り拳を叩きつける。
「敵がすぐそこにいるのだぞ? 奴らを殲滅せずして何が救出だ!」
あまりにも無茶な要求だが、これに押されることはなく少女は微かに首を振って見せた。
「もう一度言うが我らの任務はアウグスタ・ルベルムの救出、エルメラ軍の殲滅ではない」
「貴様!」
瞬間、激昂したグーラの拳が少女の頬を殴打する。一般人が半機械兵士の拳打を喰らおうものならば、顎の骨が砕け散ってもおかしくはない。
しかし少女は一切痛がる素振りを見せないばかりか、吹き飛ばされることすらなく、ただグーラに視線を向けるのみ。
「……多少は気が晴れたか?」
「ふ、ふざけるな!」
「一応訊いておくが……」
蚊でも払うかのようにグーラの腕を振り払うと、少女は静かに腕を組む。
「お前はアウグスタ・ルベルムの救出をするつもりはないのか?」
「優先すべきは敵の殲滅! その他のことは後からこなせば良い」
「……では彼女の救出は私が行うこととしよう」
ここで話をしていても無駄とばかりに首を振るとグーラに背を向け、発令所を後にしようとする少女。
「ふん、勝手にしろ! しかしそれで巻き添えを受けても私は責任を取らんぞ?」
「そのようなことは最初から期待していない。私は私、エレミリヤ・クリューアとしての務めを果たすのみだ」
最早振り返ることすらせずにそう告げると、少女エレミリヤは発令所を後にした。
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廊下に出た瞬間感じるのはむせ返るような甘い匂い。菓子工場もかくやと言うべき匂いだが、エレミリヤは表情一つ変えずに先へ進む。
「あれ? エレちん?」
少しばかり歩いた先、そこに座り込んでカラフルなロリポップキャンディーを舐めていた少女がエレミリヤを見上げた。
桃色と水色が混じりあったかのような派手な色合いの髪を二つ結びに纏め、黒のハーフパンツに妙に袖の長いカラフルなジャケットを身に着けている。
総じてエレミリヤとは印象の異なる服装だが、褐色の肌と紫の瞳、そしてエルフ耳に関しては共通のものだ。
「もしかして出る感じ?」
「そのつもりだ」
エレミリヤが首肯して見せると、カラフルな少女はその場に立ち上がり彼女を見上げる。
「ふうん、またどうしてどして?」
「このまま行けば救出対象を海の藻屑にされかねない」
「相手が弱すぎるってこと?」
「逆だ」
カラフル少女がロリポップキャンディーを数るの見詰めつつ、エレミリヤは説明を続けた。
「あれほどの相手を敵にするのは我が方の半機械兵士全軍繰り出しても難しい」
「んん? それでそれで?」
「そうなれば無茶な戦法を選び、結果アウグスタ・ルベルムの肉体は失われる」
「ほへえ……」
わかっているのかわかっていないのかよくわからない返答のカラフル少女に視線を向け、エレミリヤは静かに口を開く。
「お前はどうする? ルサルカ・カルネリウス」
「うーん……」
カラフル少女ルサルカは一瞬だけ考え込む動作をした後、エレミリヤを正面から見据えた。
紫と紫の瞳が交差し、周囲の空気が微かに張りつめる。
「行ってみようかな? 会いたい人もいるし」
とんっとジャケットの内側にある傷跡を叩くルサルカ。それだけでかつて受けた傷を思い出し、彼女の表情が恍惚としたものへと変わった。
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大海のただなかで何者かの襲撃を受ける戦艦キュリアス、当然艦橋の騒々しさは比類なきものである。
「ど、どこからの攻撃ですか!?」
けたたましい警報にあちこちで飛ぶ怒号、これに負けない声で草は状況を掴まんと言葉を発した。
「っ! 大陸方面より飛来する人影を多数確認! ゼデキア帝国の半機械師団! 半機械兵士と思われます!」
「な、ぜ、ゼデキアが!?」
報告を受け微かに奥歯を唇をかみしめる草。ゼデキア帝国と言えば一つの大陸を国土とする大国であり、エルメラとは長年敵対関係にある。
これまでエメルスやクリシアと言った一部地域で小競り合いが起きることこそあったが、ここまであからさまな領域侵犯を行うことは非常に稀なことだ。
しかしそこはいくつもの修羅場を潜り抜けてきた五清将の一角、この程度で慌てるようなことはしない。
「すぐに第一種戦闘配備! かねてよりの打合せ通り敵機との戦闘を開始してください!」
一通りの指示を飛ばし、それらが各部署に伝わったことを確認すると草は神妙な面持ちで窓の外に目を向ける。
「……(ゼデキアの攻撃、もしや神聖王陛下はこれを見越して久坂さんやアイオナさんを……?)」
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各砲座からの対空射撃が雨のように飛び交うキュリアスの制空圏内。恐ろしい速度で飛び来る敵機を撃ち落とすと久坂綾音は空中に制止、静かに毒づく。
「……数ばかり揃えてきたか」
彼女の相手となるのは以前クリンゲルヴァルドで秋隆が交戦したサイボーグ兵士、半機械兵士
しかし陸戦用の兵装を装着していた前回とは違い、今回の装備は空中戦用、見た目的には令和の小型戦闘機のごとき姿だ。
無論その速度も音速に近い凄まじいものなのだが、今のところ綾音の足を止めることすら出来ていない。
その爬虫類を思わせる翼が一度羽ばたけば理気を帯びた突風が巻き起こり、超精度のレーダーすらも無効化され、角より発する雷は一撃で数十の半機械兵士を粉塵に帰す。
しかし最も恐るべきことは属性攻撃による迎撃ではなく、彼女の持つ戦闘技術だ。
鍛え抜かれた肉体は戦闘用に調整された半機械兵士すら及ぶところではなく、その隙を見出すことも容易ではない。
「恐れ多くも兄上様の座乗艦を沈めようとは、その罪、命を以て償うが良い!」
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空中で綾音が万夫不当の戦いを見せているからと言って艦上が百パーセント平和と言うわけではない。
確かに大半の半機械兵士は空から飛来するが、ホバークラフトを搭載した水上装備で海上を移動し、船に肉薄する者もいる。
しかし彼女らもまた機銃を潜り抜けてキュリアスにまでたどり着けても、その使命を全うすることは出来ない。
突所甲板より立ち込めた理気の霧に遮られ、マグマのごとき超高温の水蒸気を浴び、到着する前に身体を焼き尽くされる結果となるからだ。
「綾音の奴、杏が近くにいるからって張り切って……」
甲板の上で霧を発生させつつ、雨のように弾丸が飛び交う空の戦場を見上げるルドヴィカ。
まるで連発花火のように一秒ごとにあちこちで起こる爆発、恐らくその度に半機械兵士が焼滅させられているのであろう。
自分の下にあるのは最愛の兄秋隆のいる艦、そう考えればつい張り切ってしまうのも仕方ないことなのかもしれない。
「……(ま、気持ちはわからなくもないけどね)」
そこまで思考を巡らせて彼女の顔が茹蛸のごとく真っ赤に染まった。
「……って、何考えてんのよルイズは!」
ぶんぶんと頭を振って無理矢理冷静さを取り戻すとともに理気を集中、またしても霧に飛び込んできた半機械兵士の一団を撃墜する。
「けどま、こんなもんじゃないっしょ」
ルドヴィカの視線の先、霧の向こうからはまた新たな脅威が迫ってくるところであった。




