第百十四話「堕ちた宰相」
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頭中将ではなく儀同三司。
秋隆らが案内された場所は武骨なキュリアス船内の中でも一層重苦しい雰囲気の漂う一画。
通路脇には重装備の禁軍兵士が見張りに立ち、その奥にある出入り口もシャッターのような厳重な扉で固められている。
何となくここがどういう場所なのかを察し、秋隆は草に視線を向けた。
「……もしや、ここに?」
「はい、元宰相アウグスタ・ルベルムを含む、此度の反逆者が拘留されています」
五平方メートルはあろうかという鉄の扉を緊張した面持ちで見上げる草。
「この先には同様の扉が五つあり、その奥に各小部屋を隔離した牢屋があります」
「逃げることはもちろんのこと、侵入すら容易じゃないってことね」
あまりの厳重さに普段敵対者に容赦がないルドヴィカすらも表情に若干ながら同情の念が浮かぶ。
「天威将殿、此方たちをこのような場所に連れてきたのには、何らかの事情があるのでしょう?」
「もちろんです久坂妹さん」
一度だけ咳払いして喉の調子を整えると、草は静かな声音で口を開いた。
「久坂さんにはこの区域を担当していただき、他の御三方にここに至る直通路を見張っていただきたく思います」
「……それ、久坂じゃなきゃダメなの?」
そこまで説明を受けて異議を唱えたのはアイオナ。相変わらずの眠そうな目で草を見詰めている。
「久坂が五清将っていうなら私もそう、別に私がやってもいいじゃないの?」
「……アイオナ、可能な限り仕事がなさそうな部署についてサボろうという魂胆ではあるまいな?」
秋隆の指摘にアイオナは嬉しそうな笑顔を見せた。
「さすがは久坂、私の考えてることは何でもお見通しってわけね」
「全く嬉しくないスキルだな」
「ま、でも仕事を与えられるって言うのならば真面目にこなすつもりよ」
虚無的な声音ながらもそう言い切ると、アイオナは小さく嘆息を漏らし、こちらをじっと眺める草に瞳を向けた。
「信用できないなら、誰か私の見張りにつけてくれても良いけど?」
「いえ、人手も限られているのでそこまでする余裕はありません」
「そう、まあここまで来た以上サボるつもりはないから、大船に乗った気分でいなさい」
いつになくやる気のアイオナ、この任務をシャダが持ってきたときからそうだったが、何か事情でもあるのだろうか?
「で、ルイズたちのやることは分かったけど、あんたはどこにいるの?」
「私はキュリアス全体の監督のため艦橋に詰めています」
ルドヴィカの質問にすぐさま応じる草。彼女は今回の任務における最高責任者、警部に関する以外にも色々と気を回さねばならないことがあるのだろう。
「細かい場所に関しては後ほどお伝えしますが、現段階で不明点や要望はありますか?」
「……草、一つだけ良いか?」
慎重な動作で手を挙げた秋隆に視線を向け、草は微かに頷いて見せた。
「はい、何でしょうか?」
「ここにいる囚人、元宰相アウグスタ・ルベルムと話をしたいのだが……」
思いもよらない嘆願に草の表情が当惑に染まる。
「問題ないと思いますが、何か話したいことでも?」
「ああ、いくつか訊いておきたいことがある」
秋隆の言葉に口元を引き結ぶ草。有意義と思われることに関してはすでに彼女が聞き取り済みのため、今更尋問したところで新事実が明らかになる可能性は低い。
しかし相手は男性でありながら神官将となり、さらには五清将、総長にまで上り詰めた傑物、もしかしたら何か実のある話を聞き出せるかもしれない。
「……わかりました。久坂さんは今回の反逆騒ぎにおける功労者、それくらいのことは許されるでしょう」
儚げな笑みを浮かべつつ、草は懐からカードキーを取り出し秋隆に渡した。
「マスターキーです。話し終えたらすぐに返却ください」
「……厚意に感謝する」
秋隆が草に一礼すると彼女はルドヴィカたちに顔を向ける。
「では、細かい打ち合わせを行いますのでみなさんは一旦艦橋までお願いします」
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草から託されたマスターキーを使い、五重のシャッターを突破した先で秋隆が見たのは、広々とした廊下にいくつも並ぶ小部屋。
いずれの部屋にも誰かが監禁されているのか、扉の上に『施錠中』の看板が掛けられている。
「随分広いな……」
理気の導きを頼りに先へ先へと進み、歩くこと数分。秋隆の前にこれまで見たどの小部屋よりも厳重な扉でロックされた牢屋が姿を現した。
「……ここか」
周りを見渡してみるとどうやらここが牢獄区画の最深部、最重要人物が拘留されている場所と見て間違いないだろう。
静かに深呼吸して意を決するとロックを解除、部屋の中へと足を踏み入れていった。
中は思いの外広々としており、四畳ほどの空間にベッドと簡易トイレのようなものが見える。
そして現在秋隆のいる空間と囚人が過ごす牢屋の間はアクリルのような壁で遮蔽されており、こちら側に来ることは出来なくなっていた。
「誰?」
ベッドに腰かけ所在なさげにぼんやりしていたアウグスタは部屋の中に誰か入ってきたらしい気配を察し、顔を上げる。
「……久しぶりだな。アウグスタ・ルベルム」
アクリル壁に向き合うような形で設えられている椅子に秋隆が座ると、アウグスタの表情が一変した。
「っ! 久坂、杏一郎っ!」
悔しそうに歪んだ表情に憎悪を隠そうともしない禍々しい瞳、こちらに穏やかな感情を抱いていないことは間違いない。
しかしどういうわけだか口元は微かに緩んでおり、未だ余裕を感じさせる。拘留され最早後がない状況にも関わらずこの態度、何か裏があるのか、それとも……?
「一体全体何の用事かしら?」
ベッドの上から立ち上がろうともせず、アウグスタはアクリル壁越しに吐き捨てるようにそう呟いた。
「当面忙しくなりそう故、今のうちに片付けられそうなことはやっておこうと思ってな」
秋隆の返答に面白くなさそうに鼻を鳴らすアウグスタ。とても神官将の総代、総長に対する態度とは思えない。
「……その口ぶり、私に訊きたいことがあるようね」
「話が早くて助かる」
素直に協力してもらえるとは思っていなかったがこの態度、話を聞きだすのは予想した以上に骨が折れそうである。
「追い込まれた蕃神族、具体的にはミディアン・ヴァルナーが化け物に変じた」
「ふうん、奇妙なこともあるのね」
「我らは六耳彌猴と呼んでいるが、そなたはあれの正体を知っているのではないか?」
「……知らないわね」
興味なさそうに髪を弄りつつアウグスタは秋隆の問いを切って捨てた。こちらに視線を向けることすらしない。
「本当か?」
「ええ、仮に知っていてもそちらに教える義理はないと思うけど?」
「違いないな」
取り付く島もないようなそっけない返答である。秋隆にとって有益となる情報を話すことはしたくないようだ。
そうなると正攻法ではなく搦手、別の話をしつつ隙を疑うのが上策であろう。
「……ところでそなたの邸宅、地下に面白いものを置いているようだな」
「草の奴も言ってたわね。調査するなら勝手にすればいいんじゃない?」
またしても興味のなさそうな反応、このまま地下を調査しても大した成果は上がらないということか?
「興味深い話故な、今度私も参加させてもらおうかと思っている」
先に言っておくと秋隆としてはこの言葉、特に何か思惑あって放ったわけではない。
あくまでも雑談の延長線上、大した意味のない発言となるはずのもの。
「っ!」
だが、秋隆が調査の参加を表明した瞬間、アウグスタの表情が一気に強張った。
「……(これは?)」
恐らくアウグスタは秋隆が地下の調査を行うことを恐れている。それがいかなる理由によるものなのかはわからないが、攻めるならばここしかない。
「……先に言っておくが、私の目をごまかすことは出来ぬぞ?」
「……っ! な、何を言っているのかわからないわね」
どうにか冷静さを保とうとするアウグスタだが、動揺によるものか身体は微かに震え、唇からは血の気が引いている。
「わからないならわからないでも構わぬが、私の知ることと合わせた場合面白いことが発覚しそうだな」
「……き、貴様……!」
いよいよ進退窮まったのか、歯が折れんばかりに奥歯を噛み締めるアウグスタ。しかし彼女はそこで奇跡的に一つの事実を思い出した。
「……(い、いや、確かこいつは記憶を失っているはず)」
そう、詳しい事情をアウグスタは知らないが秋隆が記憶を失っていることは把握している。
もしも彼の記憶が完全であった場合、『自分は確実に葬られている』であろうことからもそれは確かなはずだ。
「……(どこからどこまで記憶があるのかわからないけど、六耳彌猴のことを知らないというのならばまだどうにかなりそうね)」
自分を安心されるために必要以上にそう言い聞かせつつ、アウグスタは余裕を見せるために笑みを浮かべる。
「さ、参加したいならすればいいんじゃない? 骨折り損に終わると思うけど……」
「そういえば、つい先日色々と思い出すことがあってな」
「っ!」
ようやく希望を掴んだにも関わらず、一気に絶望に突き落とすような言葉にまたしてもアウグスタの表情が凍り付いた。
この言葉自体は嘘ではない。鬼紋王を倒したことで失われていた記憶を取り戻したのは事実である。
しかしながら未だ完全とは言えない記憶、封神霊廟に入る前のことを全て思い出すのはまだまだ時間がかかりそうだ。
無論そんなことをアウグスタに話すようなことはしない。こちらの記憶は完全であり、地下空間の調査をすれば彼女にとって不利益なことが発覚すると匂わせるだけで充分であろう。
後はこの設定のままどこまで行けるかということ、さらに圧力を掛けようと秋隆が口を開こうとした瞬間、凄まじい衝撃が船全体を襲った。
「っ!」
「ついに、来られたわね!」
何が起きているのかわからず顔を顰める秋隆とは違いアウグスタの表情は先ほどとは打って変わって明るい。
「どういう意味だ?」
まず間違いなくアウグスタの差し金、秋隆の問いに彼女は嘲笑でもって答える。
「お前たちはもうここまでってことよ! 儀同三司!」




