第百十三話「キュリアス」
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エテメンアンキ北港にて
鬼紋王を討伐し、岱與山赫梨、方丈川瑪瑙との出会いから一か月後。
秋隆はかねてより陽華から依頼されていた任務を果たすべく、エテメンアンキ北港を訪れていた。
「……いよいよ北港か」
馬車の中から見える景色はすでに港町のそれ、しかしかなりの広さを誇る港町にも関わらず、一般人の気配はなく、神官将や禁軍兵士と思しき者たちの姿しか見えない。
どうやら、アウグスタ・ルベルム護送に当たり、この区画に戒厳令が出されているらしい。
「……お待ちしておりました! 総長!」
北港の指定された場所で馬車から降りると、その場で警備をしていた神官将が秋隆に向かって頭を下げた。
「エルメラ大聖堂よりお話は伺っております。すぐに今回の責任者が……」
「あ、久坂さん!」
パタパタと軽い足取りで秋隆の前に現れたのは以前にも会ったことのある少女。
青い肌に両手を覆うは骨を思わせる外甲、魔族らしい和風の袴には花吹雪の模様が見える。
彼女は尸道草、天威将の名前で知られる五清将の一人だ。
「草? そなたも此度の警備に……?」
「はい、不束者ですが警備主任を仰せつかっています」
ほんのりと頬を赤くしつつ、草は上目遣いに秋隆を見詰める。
「こうしてご一緒させていただくことが出来て光栄です」
草の友好的な態度に秋隆は内心胸を撫で下ろした。最後に会ったのがクリンゲルヴァルドでの戦いだったため正直心配していたのだが、どうやらこちらに対して嫌悪感のようなものを抱いてはいないらしい。
「期待外れとならぬように励ませていただく」
ひとまず当たり障りのない返答を返してみると、草は花が咲くような笑顔を見せる。
「またご謙遜を、神聖王陛下から『いかなる艱難辛苦あろうとも総長ならば軽く突破するから安心せよ』と伺っているのです」
「……陽華殿め、いらぬことを……!」
秋隆が一人ここにいない妖狐に対して苛立ちを覚えていると、彼のすぐ後ろに一台の馬車が止まった。
「……思った以上に暑いのね。日焼けしなければ良いのだけれど……」
「あんたの場合、多少は日焼けした方が良いんじゃないの?」
「雑談はここまで、お二方とも、兄上様の名前を汚さぬ働きをお願いしますね?」
ぞろぞろと降りてくるのは、秋隆同様此度の任務に就くこととなった者たちである。五清将のアイオナ・イグナウス、騰蛇将ルドヴィカ・ウォルキア、そして五龍将久坂綾音の三人だ。
「は、話には聞いていましたけれど、まさか本当にアイオナさんが来てくださるなんて……」
どうにも動きずらそうなゴスロリ服を纏い、黒い日傘を差してこちらに向かってくるアイオナを見て微かに目を見開く草。
五清将どころか全神官将のなかでも屈指の怠け者たる彼女がこうして任務の遂行に意欲的と言うのは、やはり異常事態らしい。
「……久しぶりね草、元気してたかしら?」
洗練された動作で一礼するアイオナを見て、周囲に居並ぶ神官将たちが思わずと言った様子で彼女に見惚れる。
なるほど、彼女以外にはまず着こなせないであろうゴスロリ服に、隙のない身のこなし、おまけに上品な所作と来ればまさに模範的な深窓の令嬢だ。
初見ではとても城の地下牢で下着も露わな態勢で昼寝をしたり、最も熱心にやる仕事が午睡する場所を猫と取り合うことという人物だとはまず思うまい。
「は、はい、アイオナさんもお元気そうで何よりです」
草もまたアイオナに挨拶を返すと彼女のすぐ後ろに控える二人の少女に視線を向ける。
「えっと、ルドヴィカさんは知っていますが、そちらの方は……?」
ルドヴィカに向けられた草の視線が綾音に向いた瞬間、空気が一変した。
まるで凶悪犯に裁定を下す裁判所か、あるいは取調室のような威圧感が周辺を支配する。
天威将尸道草の操る現象は圧力、物質的な気圧に留まらず、それは比喩表現としての圧にも及ぶのだ。
追及するときや、交渉時に顕著となるが、よほど注意して話をしなければ無意識的に現象を発現させてしまうのである。
「……お初にお目にかかります。天威将尸道草殿」
しかし綾音はそのような状況下にあっても、一切目を逸らすことをせず、正面から草を見据えた。
微かに右手が震えているところを見るに、現象が効いていないというわけではない。しかしここで引き下がることは敬愛する兄秋隆の恥と考えたのか、むしろこちらから圧迫感を与えんばかりに気を張る。
「此方は久坂綾音、総長の妹です」
「い、妹君!?」
綾音の返答に草は驚愕が隠し切れないのか、思わず秋隆に視線を向けた。
「で、でも、どう考えても種族からして……」
「草、その辺りの事情は察してもらえると非常に助かる」
秋隆の言葉にしばし沈思黙考する草であったが、やがて小さく嘆息を漏らす。
「……わ、わかりました。他ならぬ総長が身元を証明するというのなら私から言うことはありません」
まだ釈然としないようではあるものの、総長の言葉に逆らうつもりはないらしい。
「それではみなさんお揃いのようですので、元宰相の輸送船にご案内いたします」
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元宰相アウグスタ・ルベルムとその配下が収容されている輸送船の見た目はとんでもないものであった。
二百メートルはあろうかという船体にあちこちに搭載された砲台、まさに鉄の城と呼ぶべき強大な戦艦、秋隆が見たどの船よりも壮大な船影をしている。
「これは、すごいな……」
草の先導により船内の廊下を歩く秋隆。外ばかりではなく内部もまた見事なものであり、船ではなく要塞の中にいるような錯覚を受けるほどだ。
「戦艦キュリアス、エルメラの総力を挙げて建造された巨大戦艦です」
前を行く草によると、船名の由来は遥か昔エルメラ神聖国初代神聖王キュリアス一世から取られているらしい。
初代神聖王の名前を冠する船、国家の威信を示すために作られた謂わば切札と見て間違いないだろう。
「セハル海域に潜む水棲鬼紋獣はもちろんのこと、ゼデキア半機械旅団の半機械兵士との戦いも念頭に入れて設計されているとのことです」
「つまり、エメルスまで快適な旅を約束していただける。ということか?」
秋隆の冗談めかした言葉に草は肩をすくめて見せた。
「階級にもよるでしょうけど、鬼紋獣や半機械兵士なら束になって掛かってきても返り討ちにできると思います」
気弱な草らしからぬ強気な答えであるが、その言葉に対して、ルドヴィカが勢いよく口を開く。
「なるほど、つまり神聖王殿はそれ以上の脅威も想定してるってわけね?」
本来ならばこれほどの船に五清将が三人も乗っているのはどう考えても過剰戦力だ。
しかし神聖王ハクアこと翠明院陽華の性格を考えると、クリンゲルヴァルド以上の何かが起きることを想定してこれだけのものを用意したとしか思えない。
果たして、草もまたそのことについて考えていたのか、困ったかのように首を振る。
「わ、私も必要以上のことは知らされていないので何とも……」
「ふうん、まあいいわ」
そこで一旦草との会話を切り上げると、ルドヴィカは素早く前に進み秋隆の前に立った。
「そういえば杏、こないだ陽華の奴が来てたって小耳に挟んだんだけど?」
「っ!」
予想だにしていなかった詰問に秋隆の表情が微かに強張る。
「……一応来てはいたな」
「この仰々しい警備についてなんか説明されてたんじゃないの?」
ジト目で秋隆を見詰めるルドヴィカ。此度の警備に関してひと騒動起こる確率が高いことは話していたが、不確実な情報を伝えることを嫌い、宰相邸宅の地下で不穏な発見があったことまでは誰にも伝えていない。
しかしルドヴィカも不穏なものは感じており、このような過剰戦力を用意してきたことでそれが確信へと変わったようだ。
「……それは」
「……ルドヴィカ殿」
必要最低限の説明をしようと秋隆が口を開いたその刹那、二人に割って入る形で綾音が前に進み出る。
「何よ綾音」
「兄上様にも色々あるのです。一介の旗本が詰問するなど褒められたものではありませんよ?」
綾音の言葉遣いは穏やかなものであったが、同時に有無を言わさぬものであった。この威圧感にさすがのルドヴィカも思わず語気を弱める。
「それは、そうかもだけど少しくらいはルイズたちに相談してくれたって……って、ちょっと待ちなさい!」
何かに気付いたのか、弱まっていたがルドヴィカの口調が突如として剣呑なものへと変わった。
「旗本ってなんのことよ!?」
「おや? ルドヴィカ殿はとっくの昔に兄上様の郎党、久坂将軍家の旗本になっていたと思っていたのですが……」
「んなわけないでしょうが!? なんでルイズが杏の部下にならなきゃならないのよ!」
肩を怒らせつつ反駁するルドヴィカの姿を見て、綾音は微かに口元を緩める。
「左様でしたか、ではいずれは大奥に入内されるおつもりですか?」
「大奥?」
聞きなれない言葉に思わず首を傾げるルドヴィカの姿を見て呆れたように嘆息を漏らす綾音。
「……直球に言えば兄上様の側室になるつもりか? ということです」
「っ! な、なんでルイズが側室なのよ!」
「お、落ち着けルイズ!?」
興奮のあまりとんでもないことを口走りそうになっているルドヴィカを慌てて止めようとする秋隆だったが、暴走した彼女をそんなもので止めることなど出来ない。
「き、杏の奴がどうしてもって土下座するなら、せ、正室で勘弁してあげないこともないかもしれないけど……!」
「待てルイズ、そなた自分が何を言っているのか……」
「……それは不可能です」
氷点下よりも冷たい声。発生源こと綾音は冷ややかな笑みを浮かべているが、その目には一切の光が宿っておらず、見ていると引き込まれそうなほどに暗く、濁ったものだ。
「すでに兄上様の正室、御簾中はずいぶん昔に決められております故」
「綾音?」
普段からどこか危うい雰囲気のある綾音だが、今纏う気運はいつも以上に危険なもの、この話題は禁句とするのが吉であろう。
「……あの、お取込み中大変申し訳ないのですが……」
おずおずと言った様子で草が口を開き、廊下の果てを指差した。
「一応、目的地に到着しました」




