第十話「もう一人の神官将」
アズに案内されたのは大聖堂の片隅にある小さな礼拝堂、秋隆が面接前に控室として使っていた場所だった。
彼が最前列の席に腰を下ろすと、アズは大洪水が描かれたステンドグラスのすぐ前に立ち、両拳をぐっと握りしめる。
「カークス様のご命令で杏一郎様に叙任式の流れを説明するように仰せつかっているのです!」
彼女としてもこのような仕事を命じられるのは初めてらしく、やや緊張した面持ちだ。
「そうか、なにぶん礼儀作法も何も心得ていない田舎者、苦労をかけるかもしれぬがよろしく頼む」
叙任式、しかも神聖王直属の精鋭たる神官将の叙任となればそれなりの地位にある人間が集まるであろうことは目に見えている。
そんな場である以上失敗するようなことなきように準備をせねばならない。
「そんな、こちらこそ精いっぱいお勤めを果たさせていただきますです!」
一度だけ息を吐き心を落ち着けると、アズは手に持っていた資料を秋隆の前にある机の上に置いた。
「早速で申し訳ないのですが、まずは簡単に叙任式について説明させていただきます」
「よろしく頼む」
秋隆が資料に目を落とすとともにアズもまた懐から一枚の紙を取り出し、その内容を読み上げる。
「三日後に叙任を受けるのは杏一郎様ともう一人、ルドヴィカ・ウォルキア様のお二人となります」
ウォルキアという聞き覚えのある単語に、秋隆は微かに唇を尖らせた。
「ウォルキア、ということは西の……?」
「はい、シャダ様のご令嬢で、最年少の叙任とのことです」
アズの言葉に何度か頷く秋隆。大神官の娘で神官将、しかも最年少ともなれば相当注目されるであろう。
もしこれがコネによる叙任などではないならばとんでもない実力だと考えて相違ない。
「ふむ、また凄そうな人間が出てきたものだな」
「凄いなんてものじゃないのです。理気も体格も並じゃないのです」
ぶるっと身体を震わせるアズの様子から、秋隆はこのルドヴィカという人物が名前負けしない相当な実力者であることを察した。
ともあれ今は同期の神官将のことよりも自分のこと、アズもこれ以上ルドヴィカの話をするつもりはないのか、手元の書類に視線を戻す。
「杏一郎さまもルドヴィカ様も基本的にはカークス様の指示通り動いてもらうのでそれほど難しくは……」
そこまで話して突然礼拝堂の外がガヤガヤと騒がしくなり始めた。
あまりの喧騒、二人の人間が言い争うような声に思わずアズも説明を止める。
『……こが、そうなの?』
『はい、し……し、ル……ヴィ……様、さすがにこれは……』
『あんた……黙ってなさい』
聞き取れないながらも喧騒の内容を察するに、どうも誰かが何かしようとしているのを、もう一人の人間が止めようとしているらしい。
「……なんだ?」
「失礼するわよ」
瞬間、爆発でもしたのではないかという勢いで扉が開け放たれ、一人の少女が礼拝堂の中に侵入した。
「あ、あなたは!?」
入ってきた少女を見て思わず絶句するアズ。だが、もしアズ以外の人間であったとしても彼女の姿を見れば誰でも言葉を失うであろう。
「……なんと婆裟羅な」
ぽつりと呟くのは秋隆、その少女の姿はこれまで誰も見たことがないような、異常に攻撃的なものであった。
まず目を引くのはその長身、基本的に平均身長が高いエルメラ人女性の中でも群を抜いて高く、まず間違いなく2メートルは超えるであろう。
鍛え抜かれた四肢に、はち切れんばかりの巨乳、あらゆる意味で規格外の体型だ。
次に注目すべきは身に着けた装束。まともな衣服と呼べるものは金糸や銀糸で飾られた衣のみでそれを下腹部のあたりでパレオか何かのように乱雑に巻き、腰の辺りにクロスする形で二振りの白鞘の刀を帯びるという有様。
結果その身を保護するのは極端に布面積の少ない下着だけで、見事に割れた腹筋も戦士らしい屈強な太腿もすべて晒すという、凍子と良い勝負をするほどの露出度となっている。
そして、最も特徴的なのはその顔。一般的なエルメラ人に比べて濃い色をした褐色の肌を彩るのは、南方の部族を思わせるほどに濃い化粧。
おまけに長い髪も確認できる限り、緑、青、赤と毳々しい色に染められ、あらゆる意味で一般人離れした姿だ。
それこそ婆裟羅もの、あるいは令和の世界で言うマンバギャルという名称がぴったりとあてはまりそうな、そんな少女である。
しかし秋隆はその少女の姿を見て、奇妙な違和感のようなものを感じていた。
見た目に反して妙に幼さの残る言動、人よりも外見的な成長が著しく早いような、そんな感覚である。
「神官長んとこの侍従? 悪いけどあんたに用はないの! すっこんでなさい!」
呆然としているアズに冷たく言い放つと、マンバ少女は悠然とした足取りで礼拝堂を進み、秋隆のすぐ前の机に飛び乗った。
「……んで? 見たところあんたが久坂とかいう、噂の神官将ってことでいいのかしら?」
そのまま机に腰掛けると見下すような視線を秋隆に浴びせるマンバ少女。
「噂、とやらがどういうものか知らぬが、神官将の久坂を探しているのならば私で間違いない」
「ふうん、あんたが……」
ふんっと鼻を鳴らすとマンバ少女は秋隆の首を掴み、自分の近くに顔を寄せる。
「言っとくけど、ルイズも他の神官将もあんたを絶対に認めないから」
白い顔料や白に限りなく近い色のリップをすぐ近くに見ながら、秋隆は微かに口元を歪めた。
「これはこれは随分とご挨拶だがそちらは……?」
「なっ! 神官将でありながら、このルイズのことを知らないですって!?」
最早イライラを隠そうともせずに、マンバ少女は机から飛び降り、堂々たる様子で腕を組むと微かに身体を仰け反らせるようにして秋隆を見下ろす。
「……ルイズはルドヴィカ! ルドヴィカ・ウォルキア! あんたと同じでこれから神官将になる人間よ」
「そうか、そなたが噂の……」
ルドヴィカ・ウォルキア、先ほどちょうど話題に出た最年少の神官将。
どのような人物なのか気になっていたところだったので、こうして会えて僥倖と言ったところであろうか?
さて、コネによる叙任ではないとは思っていたが鍛え抜かれた身体つきに凄まじい気配、こうして相対しただけで感じる熱から鑑みるにまさに傑物と呼ぶに相応しい力は備えていると見て間違いない。
秋隆としても彼女のように力のある人間と知り合えるのは願ってもないことだ。
「私は久坂杏一郎、同期の神官将同士、今後ともよろしく」
友好的な笑みを見せる秋隆に対してルドヴィカの方は目を吊り上げ、彼を睨みつける。
「ふん、あんたとなれ合うつもりはないわ」
隠そうともしない強い敵意、どうやら最初からこちらに嫌悪感のようなものを持っているようだ。
本来同じ組織に属する人間が互いに反目しあっていたとしても、よほどのことがない限り生命に関わることはない。
しかし神官将とは鬼紋獣を始め国家の大敵と戦う役目を負った人間。もし互いに背中を預けなければならなくなった場合、その悪感情が戦況に影響を及ぼさないという確証はないため、あまり関係性がこじれるのは生命に関わると言える。
そのため、ある程度つかず離れずの関係を保つことが必要となるわけだが、相手は最初からこちらに敵意を抱いているような人間、どうしたものか……。
「久坂、あんたこのルイズと勝負なさい」
そのようなことを秋隆が考えるのをよそに、せせら笑いを浮かべつつとんでもないことを言い出すルドヴィカ。
勝負、普通に考えればこの場合互いに力を尽くした死闘、一応は味方同士でありながらそんな勝負を望むのはあまりにも好戦的すぎる所業だ。
「……一応聞いておくが、そのようなことしていったい何の得がある?」
「ルイズとあんた、どっちが上か、それではっきりするじゃん」
上か下か、何故ルドヴィカがそのようなことにこだわるのか秋隆には全く理解出来ず、首をかしげる。
「いや、同じ組織、おまけに同期で入っている以上そのようなことをしても不毛なだけでは……?」
「むかつくわねその態度、ルイズのことなんて最初から眼中にないってことかしら?」
相変わらずルドヴィカは敵意のこもった目で秋隆を睨みつけており、折れる気配はなさそうだ。
「眼中にないも何も、私とそなたは今日初めて会ったのだが……」
「うっさいわね、ルイズがやるって言ってるんだから、あんたは大人しく従えばいいの!」
とうとう我慢しきれなくなったのかルドヴィカは秋隆に人差し指を突きつけ、一方的な要求を告げる。
「用事がすんだら大聖堂の外に来なさい、すぐにどっちが上かあんたにも理解させてあげるんだから」
そのまま肩を怒らせて礼拝堂の中央を横切ると、外で待っていた侍従を引き連れいずこかへと去っていった。
「……やれやれ」
侵入者が去り、ようやく礼拝堂が静寂を取り戻すと秋隆は深いため息をつく。
「事情はさっぱり分からんが相当敵視されているらしいな」
「あの、杏一郎様はこうなったことに心当たりはないのですか?」
「うーむ、そう言われると何かしてしまったような気がしてくるが……」
遠慮がちなアズの質問に秋隆はここに至るまでのことを考えてみたが、思い当たることは何一つなかった。
「そもそも接点がない、何かあるとすれば私を推薦したのが彼女の母親というくらいだが、それであそこまで敵視されるものだろうか?」
「さあ、でも彼女、実の母親であるシャダ様じゃなくて南の大神官ガーラ・クリシア様の推薦で神官将になった方なのです」
新しくアズから与えられた情報に秋隆は腕を組む。
てっきり自分と同じようにシャダから推薦を得て神官将になったと思っていたのだが、どうやら違うらしい。
娘を推薦すること自体が禁止されているのではないかとも考えたが、アズの言葉から察するにそう言うわけでもなさそうだ。
「ふむ、何か特別な事情がありそうだな」
とは言え、まず第一に優先するすべきは自分の叙任、ルドヴィカのことも気になると言えば気になるが、現段階ではさほど注意する必要もないだろう。
「まあ良い、アズ、ブリーフィングの続きを頼む」
とにかくまずは一番手近なところにある務めを果たすこと、叙任式のために準備を整えておくことだ。




