第九話「宰相アウグスタ」
「……ふう、何事もなく終わり僥倖といったところか」
神官長カークスとの対面を終え、アズの先導でエテメンアンキ大聖堂を歩く秋隆。
これから神官将叙任式の簡単な説明を受けることになっているのだ。
ようやく緊張から解放されたといった様子の秋隆を見て、アズは抑えきれないとばかりに笑みを浮かべる。
「杏一郎様ならこれくらい普通だと思うのです」
「ははは、そうでもないとも、正直緊張のあまり心臓が破裂しそうになっていたからな」
とりあえず最終目的に至るまでの第一条件はクリアできた。そして次にするべきことはすでに決まっている。
これから先のことを考えていた秋隆だったが、ふと前方に強い気配を感じ、足を止めた。
「あれは……?」
視線の先にいるのは取り巻きを複数人引き連れた一人の女性。
相当高位な人間なのか周囲の神官や侍従たちも、その女性が廊下を歩く際には頭を下げて道を譲っている。
「宰相のアウグスタ・ルベルム様なのです」
こちらに少しずつ近づいてくる女性に頭を下げつつ、アズはそう呟いた。
2メートル近いすらりとした体形に金銀がちりばめられた豪華なマント。
複数枚の布を幾重にも重ねて作られたドレスは煌びやかな光を放っており、虹を纏っているかのようにも見える。
堂々たる様子で胸を張り、取り巻きを引き連れて歩く姿はまさに一国の宰相に相応しきものであろう。
しかし、その見た目はアズやカークスといった標準的なエルメラ人のものではなく、秋隆同様ある種異様なものであった。
透き通るように白い肌に黄金の瞳、その耳は尖り、まるで物語に登場する妖精を彷彿とさせる容姿をしている。
身体的にもアンバランスということはなく服の上からでもわかるほど大きな胸と妖精らしいほっそりとした四肢が矛盾なく同居、するばかりか互いを引き立てるよう美しい体形だ。
あらゆる意味で完璧な外見、まさに妖精と呼ぶに相応しい見た目の女性である。
「あの姿は……」
「はい、蕃神族なのです。
微かにアズが頷いたのを見て秋隆もまた顎を引き頭を下げた。
蕃神族、秋隆自身この世界に帰還してまだ日が浅いため詳細なデータは頭に入っていないが、それでも断片的な情報くらいならば耳にしている。
特殊な処置により、高い身体能力と明晰な頭脳、さらには優れた人間性を獲得した強化人間。
処置には相当な額の金がかかる他、一度処置を始めると数か月もの時間が必要となる上、処置が出来るのは女性だけと言う厳しい条件こそあるが、その高い潜在能力はエルメラでもゼデキアでも遺憾なく発揮しているとのこと。
さて、自信に満ちた様子で廊下を歩くアウグスタの姿を頭を下げつつ上目遣いで眺める秋隆。
その視線に気づいたのか彼女も秋隆に視線を向けたのだが、その刹那極めて奇妙なことが起こった。
「っ! お、お前は……!」
秋隆の顔を見た瞬間、アウグスタの顔つきが一気に変わったのである。
血の気が引いて顔色が悪くなるなどというレベルの話ではない、ただでさえ白い肌はある種病的なほどになり、その唇はガタガタと震え、彼女が恐慌をきたしているのは誰の目から見ても明らかだ。
どうにも様子がおかしいがすぐ前で足を止められた以上自己紹介くらいはしておこうと秋隆は口を開く。
「お初にお目にかかります。アウグスタ・ルベルム様」
「なっ! 初、ですって……?」
衝撃からか身体を微かに仰け反らせるアウグスタ。なぜそんなことを言われるのかわからないと言いたげな表情だ。
どうにも覚えはないのだが、もしやどこかですれ違ったことでもことがあったのだろうか?
「どこかでお会いしたことが?」
「っ! そ、そうか見た目……」
秋隆の質問にしばしの間慌てていたアウグスタだったが、胸に手を置いて呼吸を整えると静かに口を開く。
「い、いいえ、ないわ。貴方とは初対面のはずよ」
どうやら会ったことはないらしい。しかし秋隆を見た際の態度は会ったことがないと言い張るには怪しすぎるもの。
おまけに後ろにいる取り巻きの蕃神族たちも何故アウグスタがこんな態度をとったのか理解しているらしく、恐怖に彩られた瞳で秋隆を見つめていた。
しかし相手はエルメラの高級官僚、いかに怪しいところがあろうとも、必要以上に踏み込むべきではないだろう。
「申し遅れました。私の名前は久坂杏一郎と申します」
「っ! やはり……」
久坂杏一郎、その名前を聞いてアウグスタはただでさえ険しいものだった表情をさらに剣呑なものに変えた。
「その、つかぬ事を聞くけれど貴方のお父様は元気にされているの?」
父親、いきなり放たれた質問に秋隆は微かに首をかしげる。
このような場でされた以上何らかの意味があるとみて間違いないのだが、何故そんな質問をしたのかわからないのだ。
「いえ、もう亡くなりました。私の一門の中で生きているのは私だけです」
とりあえず無難な答えを返してみると、アウグスタは微かに肩を落とし嘆息を漏らす。
「そ、そう、悪いことを聞いたわね」
「いえ、もうずいぶん昔のことですので」
とりあえず父親の話はここまでのようだ。いい加減この場を離れたくなってきた秋隆だったが、アウグスタがどこにもいかない以上去るわけにもいかない。
「それで、ここまで来たのはどういう経緯かしら?」
どうやら秋隆とは違いアウグスタはまだ会話をするつもりらしく、値踏みするかのように彼をジロジロと眺める。
「はい、神官将となるためです」
ともあれ適当に応対するわけにもいかず、すぐさま口を開く秋隆。
「て、神官将!? あ、貴方が?」
「はい、鬼紋獣をすべて倒し、世界に平和を取り戻すことが私の目標です」
秋隆の目標自体は神官将になるというならばさほど不自然なものではない。
鬼紋獣をすべて倒すというのも実現できる
か出来ないかは別として、その意気込みを示す言葉というならば若者の大口で終わるような話だ。
「す、すべて倒す……? そ、そんなこと果たして可能なのかしら?」
だがどういうわけだかアウグスタはそんな言葉を真面目に受け取ってしまったらしい。
しかも青白い顔に震える唇、どう考えてもその状況を歓迎してはいないことは明白である。
「可能とするのが私の使命です」
「ず、ずいぶん高い志を持っているようね」
すでにアウグスタの姿に先ほどまでの堂々と歩いていた時の面影はない。
顔色は悪く、その目の奥にはくっきりと恐怖のようなものが浮かんでいた。
「じ、じゃあ、私はそろそろ行くから……」
そそくさといった様子で秋隆の前から立ち去るアウグスタ。その後ろを取り巻きたちが慌ててついていく。
「なんだか、具合悪そうだったのです」
アウグスタがいなくなり、ホッと胸をなでおろすアズ。どうやら彼女も相当な息苦しさを感じていたようだ。
「……宰相というのはよほど過酷な任務なのだろう」
当たり前だがあの態度の変化、単に具合が悪いというものではないだろう。
まるで秋隆のことを知っているかのような態度、しかも何かトラウマでもあるのか露骨に警戒されていた。
考え得る可能性としては封神霊廟に入る以前に出会った人物であること。
こちらが忘れていたとしても、何らかの非礼を昔働き、それを根に持っていると言うならばあの態度も納得がいく。
しかし自分で考えておいて秋隆は即座にありえないと言う結論を出した。
「……(まさかな、あれから四千年も経っているのだ。私のこと知っている人間など、おそらくこの世にはいないだろう)」
四千年も生きられるような人間はいないし、それだけの時間が流れれば肉体も消え失せてしまうだろう。
ともあれ今は目の前のこと、一旦最終的な結論は保留とし、秋隆は再びアズの先導のもと、大聖堂の廊下を歩き始めた。
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「お待ちしておりました。宰相殿」
来客とともに扉を開き頭を下げる神官長。
後刻のことアウグスタは先ほど秋隆もいた場所、カークスの執務室に招かれていた。
神官長と宰相が席に着き、取り巻きたちはアウグスタの後ろに控えるという状態になると、カークスが静かに口を開く。
「この度、新たに二人の神官将を迎えることとなりました」
もともと今日アウグスタが来たのは新たな神官将を迎え入れる報告を受けるためであり、あらかじめ予定されていたこと。
「一人は先日より予定しているシャダ・ウォルキアの娘であるルドヴィカ・ウォルキア、もう一人が……」
「……久坂杏一郎」
予定されていた神官将ならばともかく、飛び込みで叙任が決まった人間の名前をアウグスタが出したことにカークスは微かに目を見開いた。
「ご存じだったのですか?」
「……いいえ、そこでたまたま会っただけよ」
先ほどの邂逅を思い出し身体を震わせるアウグスタ。そんな彼女の姿に違和感を感じつつもカークスは説明を続ける。
「私の見る限り、二人とも神官将に相応しい能力を備えています」
カークスがアウグスタに差し出した書類はそれぞれの大神官が書いた推薦状。
シャダから送られた書状、つまり秋隆を推薦する書類をアウグスタが読み始めるのを確認するとカークスは言葉を続けた。
「特に久坂杏一郎はこれまでいなかった男性の超能力者、データを集めるという意味でも神官将という地位は好都合かと」
基本的に理気というものは女性から女性に引き継がれるもので、これまで男性が使用出来た例はない。
しかしここにきて現れた秋隆は男性にもかかわらず、理気を扱えるイレギュラーな存在。
神官将として戦わせればより詳細なデータも取れるだろう。
「……そうね」
長い沈黙の末、アウグスタが放ったのは肯定の言葉。シャダの書いた推薦状を机に置くと何度か頷いて見せた。
「……(こちらとしても、その方が監視もしやすそうね)」
頭の中で目まぐるしく様々なこと考えつつ、アウグスタは笑みを浮かべる。
「私としても二人を神官将とすることに異存はないわ」
「決まりですね。では三日後に四大神官と各界の重鎮、神聖王陛下をお招きしての叙任式を執り行います」
結論は出た。すぐさま叙任に向けて書類仕事を始めるカークスをどこか遠くに眺めながら、アウグスタは話題の男性、秋隆のことを思い出す。
「……(あれは、間違いなくあの男、久坂杏一郎だった。今になってあいつが現れたというのは偶然? それとも……)」




