第百八話「三昧真火」
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真紅の仙女。
火霊聖母こと岱與山赫梨、意外過ぎる人物の登場に凍子は呆然と立ち尽くす。
「あ、貴女は、まさか……!」
「ふむ、大地を踏むのは久方ぶりだが、思っていたほど鈍ってはいなかったらしい」
赫梨が浮かべるはイヌ科の動物を思わせる極めて獰猛な笑み。
見る者に恐怖しか与えない壮絶なものであるはずだが、その身に纏う仙女らしい神聖な気運のおかげか、畏怖は感じても恐怖らしきものは感じられない。
「ほ、本当に、姉弟子、なのですか!?」
「ーーーーーーーーーーーーーーーー!!」
凍子の言葉にかぶせるようにして咆哮とともに赫梨に襲い掛かる無数の鬼紋獣。
「……ふんっ!」
しかし彼女が右手を一閃させると、地面から炎の障壁がせり上がり、鬼紋獣たちを一瞬にして粉塵に帰した。
「久しぶりだな凍子、私の姿を忘れておらぬようで幸いだ」
「な、何故こちらに、い、いえそれ以前に御身はかつて広成子に……」
未だ何が起きたのかを理解できない凍子の隙を突く形で、鬼紋王が口から破壊光線を放つ。
「っ!」
「凍子!」
だが次の瞬間、まるで瞬間移動でもしてきたかのような凄まじい速度で秋隆が近づき、鼈甲霊亀を一閃、破壊光線を弾き返した。
「っ!」
「ふふふ、出来た弟子のようで正直うらやましいぞ?」
妹弟子である凍子が驚愕の表情を浮かべているのとは対照的に楽し気な笑みを見せる赫梨。どうやら同門として秋隆の活躍が嬉しいらしい。
「詳しい話は後だ。まずはこの怪物を討伐するぞ」
赫梨の見上げる先にいるのは聳え立つような巨体を持つ鬼紋王の複製。
「……まあ、複製に関しては先刻ほどの脅威ではなかろうが……」
そこで赫梨の視線がすぐ近くで鼈甲霊亀を構える秋隆に向く。
「では若き截教道士よ、卿がやってみせよ」
「私が、ですか?」
思わず問い返す秋隆の姿勢に、赫梨は瞳の奥に厳しものを宿らせた。
「先ほど私がやったことを見ていたであろう? なれば出来るはずだ」
いきなりの無茶振りに凍子の方を見れば、彼女も微かに頷いている。
「……(やる他ないか)」
「ーーーーーーーーーーーーーーーー!!」
覚悟を固め、恐ろし気な気運を漲らせる鬼紋王の前に立つと、秋隆は意識を集中、理気の流れに感覚を委ねた。
「……(落ち着け、理気による透視は基本中の基本……)」
要は理気の流れを視覚的に捕えて、物質を把握すること、これに関してはすでに会得して久しい。
「……(これは……!)」
なるほど、確かに赫梨が言う通り、見た目こそ鬼紋王のそれだが、身体のあちこちに脆い部分が見て取れる。
「……(問題はこの先、奴の隙間を突き、接合部に干渉出来れば……)」
「ーーーーーーーーーーーーーーーー!!」
いやな予感でも覚えたか、口から破壊光線を放つ鬼紋王。しかし今の秋隆にそのような目くらまし染みた攻撃は通用しない。
「そこだ!」
気合とともに鼈甲霊亀を一閃、弾かれた破壊光線をはそのまま鬼紋王の口に命中した。
「!?!?!?!?!?!?!!?!?!?!?!?!?!?!?」
本来ならば爪楊枝で顎を刺した程度のダメージ、しかし秋隆は弾いた破壊光線の軌跡を操作し、鬼紋王のもっとも脆い部分を貫く。
直後、凄まじい轟音とともに鬼紋王が爆発四散、どうやら成功したらしい。
「っ! 出来た!」
「うむ、まあ及第と言っても良い」
満足そうに何度か頷くと、今度は文良と東香に視線を向ける赫梨。
「さて、卿らはどうかな?」
赫梨の言葉に言われるまでもないとばかりに無言で得物を構える二人。
「はあっ!」
気合とともに東香は長巻を投擲、鬼紋王の額を穿った。
同時に文良も翼を広げて羽毛を射出、別の鬼紋王に攻撃を仕掛ける。
いずれにしても結果は同じ、最も脆い部分を突かれた上に連鎖的に体内の理気を暴発させられ、鬼紋王の複製二体は炎上、焼失した。
「ほう、截教外の道士にしては中々やるようだな」
理法念力で東香が長巻を回収したのを視界の端で確認し、にやっとキバを剥くような笑みを赫梨が見せれば、文良は微かに微かに肩をすくめる。
「……いつまでも、頭中将の足手まといではいられませんので」
「ふふ、その心意気や良し」
そこで赫梨が振り向けば、最初にいたオリジナルの鬼紋王がまた体表から複数の鬼紋獣を生み出すところであった。
「ふむ、苦し紛れに手勢を増やしたか……」
このまま放置していた場合、また鬼紋王の複製が増やされるのは間違いない。
しかし対処法を会得した以上、最早以前ほど脅威とは言えないだろう。
「岱與山赫梨、貴女が何者で、何故僕たちに力を貸してくれるのかわかりません」
赫梨の前に立ち、その高身長を見上げる形で彼女の目を見据える文良。
「しかし僕の穴を埋める形で彼を、久坂を救い、さらにはこの窮地を乗り越える術をくれたこと、心から礼を申し上げます」
静かに頭を下げるその姿に赫梨の表情が微かに緩んだ。
「礼をしたいと申すならば、一体でも多く敵を屠り、その名を上げることだ」
文良の頭を軽く叩いて頭を上げさせると、彼女は未だ攻撃姿勢を崩さない鬼紋獣の一団に向き直る。
「……承りました。それでは奥州大納言が一子、高杉総三郎文良の底力をお見せしましょう」
見た目とは裏腹な男らしい返答を受け、満足そうに微笑む赫梨。
「結構、話はここまで、来るぞ……!」
直後、鬼紋王から生み出されたばかりの鬼紋獣たちが一斉に破壊光線を放った。
まさに集中砲火、その数は百や二百では収まらないであろう。
「ここは拙僧に任せよ」
錫杖を手に前に進み出ると、東香は石突きで地面を叩き、錫杖の鈴を鳴らした。
「喝!」
空間に浸透するような力に満ちた声とともに彼から放たれた理気は周囲に伝播、周囲に干渉を及ぼす。
次の瞬間、微かに空間が震動しこちらに迫っていた破壊光線は全て打ち消された。
「……この程度、今の我らには何の脅威にもならん!」
「なるほど、ここまで来ると現象攻撃も当然のごとく会得しているか……」
東香の能力に嘆息を漏らす赫梨だったが、そんな彼女の不意を突くような形で無数の鬼紋獣が迫る。
しかし彼女の不意は突けても周りにいる人間がそうはさせない。
「はああああああ……!」
凄まじい気合とともに文良は右手から複数発の火山弾を放ち、こちらに迫っていた鬼紋獣を焼失させた。
「ほう、可愛いナリにしては中々の出力だ」
余裕と言わんばかりの態度をとる赫梨。どうやらわざと隙を作ることによって鬼紋獣をおびき寄せたらしい。
「では、返礼として金鰲島にその人ありと謳われた業火をお見せしよう」
赫梨が右手を上げると一瞬だけ空間が歪み、その手の中に一振りの宝剣が姿を現す。
金銀の装飾が施された柄に、青白い光を湛えた刀身には戮仙の二文字、見ているだけで身体を切り刻まれる感覚を覚えそうなほど冷たい気運の宝剣だ。
恐らくあれも凍子が呼び出す宝剣と同様、仙道専用の宝剣なのだろう。
「戮仙剣」
柄を軽く握り、赫梨が上段に構え理気を集め始めるや否や殺到する鬼紋獣の大軍。
遠距離攻撃では決着がつかなかったため、準備中に距離を詰め、近距離攻撃を仕掛けるつもりのようだ。
「燃えよ、我が理気よ!」
そのまま真っ向から戮仙剣を一閃、収束していた理気を一気に解放する。
すると、信じられないほどの熱量と光が斬撃の形を成して鬼紋獣の大軍を一瞬にして蒸発させた。
「これは、太陽か!?」
とんでもない威力に目を白黒させる秋隆。高熱でもって攻撃するのはルドヴィカや文良も同じだが、今赫梨が放った熱は両者とも比べられないほどのものである。
「火と風を用いた三昧真火、いえ核融合」
ヒリヒリと大気が焦げる匂いを嗅ぎながら、凍子は微かに瞳を細めた。
「姉弟子の十八番、これでもだいぶ抑えられた方ですわね?」
凍子の放った言葉に思わず秋隆は息を飲み込む。
「抑え、これでですか!?」
大軍を一撃で焼き尽くすほどの威力でありながら、まだ抑えられたものという現実に、知らず秋隆の背中に冷たいものが滴り落ちた。
現象攻撃というものは一歩間違えればすべてを破壊しつくす危険極まりない力、それを忘れてはならないだろう。
「露払いは我らがやる」
戮仙剣を横薙ぎに振るい、赫梨は秋隆に声をかけた。
「卿らは大本を叩け」
彼女の視線の先にはこの空間の主たるオリジナルの鬼紋王、秋隆らが脱出に使った大樹を背中に生やした個体がいる。
「……承知」
鼈甲霊亀を鞘に納め、秋隆は鬼紋王目掛けて走り始めた。
走るうちにその肉体は変容し、数秒後には仙道の本性たる形態、霊亀のものへと姿を変える。
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「……凄まじい理気だな」
凍子の使用した時空捻転現象で後方に逃れると、東香は霊亀の威容に舌を巻く。
まるで地球を背中に背負うかのような巨体は巨大であるはずの鬼紋王すらも陳腐に映るほどのまさに人知を越えたものだ。
「ええ、まるで惑星か、あるいは恒星そのものが意思を持っているかのようです」
その姿に圧倒されるのは東香ばかりでなく文良も同じこと、彼もまた呆然とした表情で霊亀の巨体を見上げている。
「背中にあれだけの生命を背負っているのだ。似たようなものであろう」
ちらっと凍子を一瞥し、赫梨は楽しそうに口元を歪めた。
「霊亀、しかもこれは、そこらの有象無象とは比較にならぬ。まさに甲虫の長に相応しい威容だ」
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「ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」
咆哮とともに霊亀に挑む鬼紋王であったが、最早ここまで来れば手合い違いも良いところ。
仮に鬼紋王の軍団を用意して当たったとしても勝つことは難しいだろう。
『これまでだ』
霊亀の口からあふれる破壊光線、性質的には鬼紋獣のものと変わらないが、その威力は桁違い。
「!?!?!?!?!?!?!!?!?!?!?!?!?!?!?」
そのまま防御することすらも叶わず、鬼紋王は光の中へと消えた。
『再生を夢見て眠れ』




